突入(1)
「まずは、この穴を降りて行かなきゃいけないわけね」
ベントの屋敷での説明から三日後、それぞれ準備を整えた俺達は土中迷宮のあるクア地方、その谷にある大きな穴の前に集合している。
げんなりとした顔でさっきのセリフを言ったのはエニだ。
「すごいな、こりゃ。底が見えないぞ」
真っ暗い穴を覗きながら、ヘンヤは楽しそうだ。
全員、帰還できないダンジョンに挑むということでそれなりに荷物を持ってきている。
例外はブラドくらいか。彼の場合、大剣と巨大な鉄箱を持っているから、それ以上ものを持つわけにもいかないのだろう。
「穴自体が曲がりくねり、さらにいくつも枝分かれしている。この中を、迷わないように地図とにらめっこしながら降りていかなければいけないらしいが」
言いながらハントがちらりとモーラを見る。
ハントは、何とお目付け役として俺達と一緒にダンジョンに潜るらしい。
意外にも誰からも反対が出なかった。師匠であるブラドが「もしもパーティーに危機が迫っても、一人で逃げ延びる程度の実力ならある」と保証したからかもしれない。
「ま、この穴を掘ったのうちだからね。うちが先頭で案内しますよ」
視線に応えるようにモーラが肩をすくめてランタンを取り出すと先頭に立つ。
「行きますよ」
そうしてモーラの案内で穴を降りていくが、なるほどこれはモーラが案内でないと相当骨が折れただろう。
なにせ真っ暗な穴を降りていくだけでも神経がすり減りそうなところなのに、そこに穴が曲がりくねり、さらに無数に枝分かれしている。
一度迷ったらモーラはともかく、素人なら絶対に抜け出せないだろう。もちろん、そうならないようにダンジョンに至るまでの道筋を示した地図が存在するのだが。
俺も一応その地図はもっている。というか買った。これの販売権もトレジャー家のものらしい。さすがというかなんというか。
穴を降り始めて一時間弱。
「着いた」
穴の途中で、モーラがほっと息をつく。
え、どこだ?
俺の目には今までと同じ穴の道中にしか思えない。
「あれだ」
ジンが指差す先を目を凝らすと、穴の途中から土とは質感の違う、平な部分が出ているのがランタンのわずかな明かりに照らされて見える。それも、割れ目が入っているようだ。
あれか。
「それじゃお先に」
言うが早いか、モーラは小柄な体を割れ目に落とすようにして降りていく。
モーラの体のサイズでぎりぎり通れる程度の割れ目だな。
「懐かしいな」
遠い目をしたブラドは、到底通るとは思えなかった大剣と鉄箱を押し込むようにして割れ目に落とす。そして巨体のいたるところを折りたたむようにして自らも降りていく。
すごいな。
素直に感心しながら、俺も後に続く。
内壁自体が淡く発光しているのか、いざ潜り込んだら中の様子は穴の時よりもはっきりと見える。
身長で言えばブラドを超えるかもしれないウォッチと、体格のいいジンも何とか体を滑り込ませる。
こうして、俺達は全員その壁の向こう側に乗り込んだ。
「はあん、これは、酷いな」
ヘンヤの呟きに俺も同意見だ。
ダンジョンとは思えない。ひびの入った内壁に、内部にまで入り込んだ土と石。
「これね」
ぼそりとシロナが呟いて屈んだところに、ひび割れた水晶が転がっている。大きさといい形状といい、帰還石に間違いなかった。
「これ、壊れているんだよな?」
俺が一応確認すると、
「見て分からない?」
とエニに見下されるような目つきをされる。
「いや、だって帰還石も聖遺物なんだし、これまで壊されたことなんてないはず、ですよね?」
言いながら不安になる。
「少なくとも帰還石を破壊した記録はないね」
こんな異様な場所でも品をなくすことなく、ハントが鷹揚に同意する。
「だから、帰還石がどこまで破壊されたら機能停止するかなんて分からないだろ。ひょっとしたら、この状態でも使えるかもしれない」
「むっ」
俺の反論に悔しげな顔をしてエニは言葉を詰まらせる。
「もちろん、壊れてるぜ」
ジンがその壊れた帰還石を蹴飛ばす。
「何なら、同期しといて試しに帰還してみりゃいいだろ」
「ま、そうですよね。念のために質問しただけです」
と言いつつも、一応俺は帰還石に触れてから帰還をしようと試みるが、やはり何も起こらない。
「だよな」
うんうん、と一人頷く俺に、
「ところで、探偵二人」
とブラドが声をかけてくる。
俺だけでなくキジーツにも声をかけているはずだが、キジーツの方は全く反応をしない。
「何です?」
「お前らは、それなりの力はあるとはいえ、探偵だ。純粋な戦闘要員じゃない。そこで提案なんだが、俺達の荷物持ちをしてくれないか? 代わりに、俺達がお前らを囲うようにしてダンジョンを探索する。どうだ?」
「いいですね」
ナイスだ。
キジーツが相変わらず反応しないが、俺は一も二もなく賛成する。何なら俺一人で持ち歩いてもいい。
確かに帰還石が使えないという理由で大半の人間が消耗品類を大量に持ってきていて荷物が多い。確かにこれでは戦闘力は半減だ。
それならそれを誰かが一括で管理すればいいというのは理にかなっているし、なによりも俺が戦わないでいい。超ラッキーだ。
「それでいきましょう」
「お、いいか」
もはやキジーツを無視して俺とブラドで話を進める。他の皆も特に異存はないようだ。
「地下七階にキャンプがある。まずは、そこまでを目指すぞ」
唯一、地下十階まで降りたことのあるブラドがそう言って音頭をとる。頼もしい。
これ、案外何のトラブルもなくするっといけるんじゃないか?
俺は、そんな楽観的な考えさえ過ぎらせる。
見たことのあるトカゲのでかぶつだ。
「ポイズンリザード。単純な戦闘能力自体は大したことがないが、毒は人間を数秒で絶命させる、だったな」
ダンジョンに入るのは初めてらしく、物珍しそうに言うヘンヤのもとに、ポイズンリザードが数匹飛びかかる。
危ない、と声を上げるまでもない。
きん、という鍔鳴りの音だけを残して、腰に差した刀を抜く素振りさえ見せないうちに、その飛びかかったリザードの頭がころころと胴体から離れて転がる。
「苦手だな、こういう奴は」
臆病にも見えるくらいに警戒して後ろに下がるのはブラドだ。確かに、あの傷をものともしないごり押しの戦闘スタイルと相性は悪いだろう。
鉄の箱を背負っているのに、更に背後を警戒するようにして、後ろに下がりながら背中を壁に寄せていく。
キジーツは荷物を持たないくせに戦う気もないようで、俺のとなりでぼんやりと立ち尽くしている。
「あっ、やばっ」
火薬らしき粉を振りまいて敵を丸焼けにしていたエニが、跳ねるようにして飛び退く。右ひじの辺りを押さえている。
「やられたのね」
が、飛び退いたエニにすぐにシロナが走り寄る。
その肘の辺りに金属製の注射器のようなもので薬を打ち込むと同時に、何やら魔術を使いだす。
「これで大丈夫」
「手早い。並みの医師ではああはいかない。ポイズンリザードの毒を食らえば、死か、それを免れても数時間は動けないものだが」
長槍をするすると大して力を入れずに動かすようにしながら、数匹のポイズンリザードを串刺しにしてこう呟くのはウォッチだ。
「しかし、本当に地下一階からポイズンリザードとは。確かに、最高レベルの難易度のダンジョンに違いないな」
「だ、なあ」
感想を漏らすハントと、それに同意するジン。
二人は、さっきから剣を手にして、突出することもなければ退くこともせず、確実に一匹一匹ポイズンリザードを片付けていく。
心強いことこの上ないな。
俺は身体強化しつつ荷物を全身に持って安心する。
「ほいほいほいっと」
最後に残った数匹を、モーラがつるはしで殴り殺す。結構えぐい。
モンスターを倒して先に進むと、見たことのあるガラスのような壁がある。
「あ、一方通行の壁か。これも一階からあるのか」
俺は思わず感心する。
一方通行の壁のようなギミックは初級、中級のダンジョンなら終盤にならないと登場しないものだ。これがあることで迷路がかなり複雑化する。
これがいきなりあるということは、やはりモンスターといいこのダンジョンはかなりの難易度だ。
「これ、潜ったら二度と地上に戻れないってことはないだろうな?」
嫌な顔をしてヘンヤが確認するが、
「だったらそもそも俺がこのダンジョンから生還してねぇよ。ちゃんと帰りの一方通行の壁もある」
と呆れたようにブラドが答えて、そうして俺達はその壁を通る。
「おい、俺の背中に回るな」
集団で歩いている途中、エニが何の気なしに陣形を変えようとしたところでブラドが飛び跳ねて構える。
「うわっ、ごめん、そう言えばそうだった」
さっきからブラドは歩きながらも巧みに背中を壁に向けるようにしていたが、そこにエニが入り込んでしまったらしい。
敵は分からないでもないけど、味方にまで、それもあんな鉄の箱を背負いながらも背中を見せないようにするとは、慎重を通り越し、臆病を越えてもはや異常だ。
「こりゃすげえな」
一方、ジンは目ざとく宝箱を見つけて、その中身を改めている。
宝石を両手にもって、喜ぶよりも恐れている。
「どんな高難易度のダンジョンでも、入ってすぐの宝箱でこんなもんが手に入るなんて聞いたことがない。一体、このダンジョンは……」
唸るジンに、
「だからこそ、父上が拘る理由も分かるというものでしょう」
ハントは涼しい顔だ。
さっき安心したばかりなのに、経験豊かなジンが危険を察知している様子に不安になってくる。
が、そんな俺の不安もよそに、何度かシロナの世話になりながらも俺達のパーティーは危なげなく降りていき、ついに地下五階を超える。
その辺りから出てくるモンスターが変わる。ブラックスライム、ポイズンリザードといった組み合わせだったのだが、ブラックスライムとメタルクラブに変わる。
メタルクラブというのは鉄よりも固い殻に包まれた蟹の化け物で、毒などはないが、ともかく固いらしい。
「戦闘力自体はメタルクラブの方が高いな。いやらしさでは断然ポイズンリザードだが」
とはジンの言だ。
「ははは」
喜々として前に出て大剣を振るうブラドは、鋭いはさみが足や腕に突き刺さっても意にも介さない。殻ごと叩き潰すようにしてメタルクラブを屠っていく。
「ほらほら」
エニの炎の前では鉄の殻も意味がなく、メタルクラブはスライムと一緒に高熱で茹でられたようになっている。
ウォッチ、ジン、ハントも堅実に敵を倒していく。
キジーツは相変わらず何もせず、ヘンヤは「刃が欠ける」とブラドと入れ替わるようにして後ろに下がる。
そうして、地下七階。
俺達はキャンプに着く。
「荷物のうち、すぐに使いそうにもないものはここに置いとこうぜ。どのみち、今夜はここで夜を明かすだろうしな」
モンスターが突然出現しなくなった広間に着いて、そこがキャンプだと判明してからすぐにジンが指示する。
「荷物持ちさせとくのも気の毒だしな。それなりに実力はあるんだ。そろそろ戦ってもらわないとな」
にやりと目だけで笑って睨んでくるジン。
「げっ」
俺は肩をすくめる。
もう、何もしないキジーツのことを全員ほとんど無視している。
むかつく、というよりも、何を考えているかわからないから怖いのだろう。
「む、ウォッチがいないな」
ハントが剣を収めて眉をひそめる。
そう言えば、あの槍を持った長身が見当たらない。
「いない、だと?」
過剰とも言える反応をしめしたのはヘンヤだ。キャンプだというのに、刀の柄を握っている。
どうも、ヘンヤとウォッチの間にはただならないものがあるように見える。どちらもイスウの出身ということだが。
「戻った」
と、長槍を片手で軽々と持ってウォッチが戻ってくる。俺だったら、身体強化を限界までして両手を使ってようやく持てるような長槍をだ。
この男の剛腕は並みじゃあない。遠くの敵を槍で突き殺すのはもちろん、懐に入り込んできたメタルクラブを、槍を巻くようにして槍の柄で砕き殺したところを見ている。
技量だけでなく、単純な力も優れているというのが分かる。
「どこ行ってたの?」
エニは袋に粉やら液体やらを詰め直す作業をしながら、目だけウォッチに向ける。
「先がどうなっているのか見ただけだ。この先には降りる階段しかない」
「あまり単独行動をしないでもらいたい」
ハントがくぎを刺すと、ウォッチは無言で頭を下げる。
「もう、怪我人はいない? どんな小さな傷でも見せて。そこから病になったり、毒になったりするから」
薬や色々な機材を取り出して小さな、しかしよく通る声を出すシロナ。
「大丈夫だろ」
そう言うブラドは、キャンプについてからも、他のメンバーからは距離をとって一人、壁にもたれかかるようにしている。
ある意味で、キジーツよりも浮いている。そこまであからさまに他人を信用しないという態度をとるなんてと思うが、他の誰も妙な顔をしないということはこれがブラドにとっての普通なのだろう。
まあ、妙な奴だ。
というか、妙なやつらばかりなんだけど。




