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エピローグ

エピローグがなぜか一万字くらいあります。

後書きと、あと活動報告もご覧いただけると幸いです。

 あの事件から三ヶ月が経過した。


 事件の詳細は伏せられ、ヴィクティー姫は体調不良で表に出れない、と世間には伝えられている。

 一時しのぎだろう。果たして最終的にどうするつもりなのか俺は知らない。

 多分、誰にもどうすればいいのか分からないのだろう。


 レオは突如としてシャークの表舞台から消え去ったことになり、バアル家はいくつかに分割され、親戚達がそれぞれの当主となったらしい。何らかの談合があったのだろう。

 ともかく、シャークを代表する大貴族としてのバアル家は消えてしまったわけだ。


 関係者は皆、事件については口止めをされ、口止め料代わりのように何らかの報酬を得た。


 誰が何を得たのか詳しくは知らないが、ボブのメージン家は元々はバアル家のものであるいくつかの利権を手にしたとか。アルルは王と王妃つきの主治医になったらしいし、ライカも近々出世すると聞いている。

 ジンは聖騎士を辞して冒険者に戻ったとか。あいつには現金が与えられたんじゃあないかと俺は疑っている。

 ヤシャについては知らない。姫の親代わりだったあの女性が今どんな心境なのかも想像できない。

 キリオの、今にも消え去りそうだったラーフラ家は王家のとりなしで取り潰しを免れ、そのおかげで妄念に取り憑かれていた彼女の両親も少しずつまともに戻ってきているらしい。キリオ自身は、現在、宮廷医師となるための研修を受けている。


 そして、俺は。


 宮廷探偵団の団長へと出世したゲラルトの後釜に座ることが決定している。つまり宮廷探偵団の副団長補佐。

 俺とレオの書いたあの本のおかげで名を知られているとはいえ、士官学校を出たばかりの人間がそんな役職に就くなど通常ありえないことだ。

 更に、それだけでなく王家、そして教会側が積極的に俺の提唱している捜査論、推理論を肯定している。

 今や、国内ではなく、他国からもシャークの新しい犯罪捜査の担い手として、俺は注目されているらしい。

 だが、とりあえず今は、宮廷探偵となるために研修を受けている途中だ。





 あの事件があった時の凍える寒さが嘘のような陽気の中、俺は王都の中心地にある公園の木製のベンチに座っている。

 座って、待っている。片手には昨日自分宛に届いた便箋を握っている。


「お待たせ」


 軽やかな声に目を向けると、事件の時よりも少しだけ髪の伸びたキリオがいる。

 相変わらずジャケットにパンツ姿だが、色遣いが明るいし、デザインもどこか女の子っぽい。


「ああ、久しぶり」


「ごめんね、せっかくの休日に呼び出しちゃって」


「気にするなよ。お互い、研修中で休みなんてあってなきが如しなんだ。会える時に会っとかないとな」


 俺は立ち上がり、キリオと一緒に公園内を歩き出す。


「それで、どこ行く?」


「ん? お前が行きたいとこあるから、俺呼び出したんじゃないのか?」


「ランチを食べたいお店があるのよ。でも、まだお昼には早いでしょ?」


 卒業祝いでもらった懐中時計を取り出して時間を確認してみれば、なるほど、確かにまだ昼食には早い。


「そんなに昼まで時間があるわけでもないし、適当に散歩でもしとかないか?」


「うん、それでいいけど……何、その紙?」


 俺の手にある便箋にキリオが目をとめる。


「ああ、これか。昨日届いたんだ。ジンさんからだよ。冒険先からだ」


「へえ、そんなに仲良かったの?」


「まさか、俺、嫌いだよ、あの人。偉そうだし」


 俺が言うとキリオは口を手で隠すようにしておかしそうに笑う。

 あの事件から、キリオはぐっと女性らしくなっている気がする。表情も柔らかくなっているし、振る舞いも淑やかだ。


「頼んでおいたんだ」


「え?」


「気になっていたからさ、いつか言える時が来たら、教えてくれるように」


「ああ」


 ぽん、とキリオは手を叩く。


「ジンさんが、どうして護衛に選ばれたかって話?」


「そうそう」


 つい最近、ミンツ大司教がファタ関係を管理する役目から退き、半分隠居のようになったらしい。きっと諸々の責任をとってのことだろう。

 不思議と、落胆をするというよりは安堵をしたような様子だったという噂だ。世間ではそのミンツの様子とヴィクティー姫、そしてレオが姿を消したことを合わせて、あることないこと噂している。


「もう言ってもいいだろう、ということで手紙をくれたんだ。文面からして偉そうなんだけどさ」


 ひらひらとその手紙を風になびかせてから、俺はそれを折り畳んで懐に入れる。


「それで、内容は?」


 並んで歩きながら、キリオは興味しんしんで訊いてくる。


「端的に言うと、ジンさんは護衛というより見張りとして選ばれたらしい。だから、ジンさんが適任ってことになったんだってさ」


「見張り?」


「ああ、何かあるかもと思ったミンツ大司教がジンを手配したらしいよ」


「じゃあ、ミンツ大司教は事件を予期してたわけ?」


 目を丸くするキリオに、俺は首を振る。


「違うよ、予期というより恐れていたんだ。それも、自分が殺されるのをね」


「え?」


「ヴィクティー姫、そして王城側から危害を加えられるんじゃあないかと恐れていたらしい。ジンさんが言うには、あの当時にはミンツ大司教はほとんど被害妄想みたいになっていたそうだ」


「なるほどね、罪悪感があったわけね」


「多分な」


 ヴィクティー姫の扱いに関して罪悪感があって、姫にも王家にも憎まれているとそう思い込んでしまう。そのミンツ大司教の気持ちは、何となく理解できる。

 今、あの老いた大司教は何をしているのだろうか?

 ふと気になる。

 祈っているのかもしれない。姫の魂の安寧と己の贖罪を。


 ジンとしては王城側の動きを見張らなければいけないわけだから、ウラエヌス王が剃刀を持ち込んできたことまで目を光らせていたわけだ。


 もしも彼がレオの動きも見張っていたら、事件は起こらなかったかもしれない。そう考えると残念ではある。


 俺とキリオは連れ立って、日差しを避けるように木々の茂る道を歩く。


「そう言えば、ヴァン、おめでとう。貴族になるんでしょう?」


 キリオが木漏れ日に目を細める。


「ん、ああ」


 これも口止め料の一種だろう。というより、平民をそのまま宮廷探偵団の副団長補佐にするわけにはいかなかったのかもしれない。

 治める領地は、かつてのバアル領の一部になるそうだ。


「あの家名って、ヴァンが自分で考えたの?」


「そうだよ、好きにしていいって言われたからな」


「どういう意味なの? ホームズって?」


 ヴァン・ホームズ。

 これが俺の新しい名前だ。


「まあ、響きがいいだけだよ」


 まさか由来を話すわけにもいかない。


「うちの家族もついでにホームズ家ってことになるから、皆驚いたみたいだよ。手紙が来たけど、うちの妹なんて今から貴族のお姫様気取りらしい」


 苦笑してしまう。無理にお嬢様のように振る舞う妹に苦労していると、両親からは愚痴混じりの手紙が届いた。


「ねえ、今度、研修が終わったら、ヴァンのご両親と妹さんに会いに行ってもいい?」


 上目遣いで、キリオはこちらを窺うような顔をする。


「え、別にいいけど」


「ほんと? やった」


 弾けるようにキリオは笑顔になる。

 本当に、女の子らしくなった。


「ね、逆に、うちにも来てくれる?」


「そりゃ、構わないけど」


「ほら、うち、両親が両親だから、正直なところヴァンが平民だとうちに呼びづらかったんだ」


「ああ、確かに、そうだろうな」


 会ったことはないが、キリオの両親が学生時代の俺を歓迎しなかったであろうことは手に取るように分かる。


「でも、もう貴族なんだから安心して紹介できるわ。それに今をときめく名探偵だもん。うちの両親もむしろ喜ぶわよ、うちの娘にこんな立派な友達がいたのかって」


 娘。そう、娘だ。

 家が立ち直ったことでキリオの両親は少しずつだが現実を見るようになり、キリオのことも娘だと認めているらしい。彼女が女の子らしくなってきたのは、そこらへんもあるのだろう。


 それにしても、「今をときめく名探偵」か。


「実態は何もないっていうのにな」


 王家や教会側の支持により俺の捜査論や推理論が世界に広がり話題となって、実績がないままに俺の名前だけが先に売れてしまった。

 支持してくれたのは口止め料としてだけではなく、その方法論による解決を目の当たりにして有効だと判断したからだと信じたい。


 ともかく、先に売れた名前、いきなり宮廷探偵団の副団長補佐という異例の人事、そして同時期にヴィクティー姫とレオが姿を見せなくなったこと、これらを結びつけて人々は色々と噂し、噂が噂を呼んで、今やヴァン・ホームズは実物よりも巨大な存在になりつつある。


「パンゲアの六探偵が、これからはパンゲアの七探偵になるんじゃないかって噂よ」


「実質的には何の事件も解決してないっていうのにな、肩身が狭い」


 自分がこう祭り上げられているのは、妙な気分だ。


「いいじゃない、別に。世界中からヴァンと、ヴァンの方法論が注目されてる。羨ましい限りよ」


「そういうお前も、アルルの一番弟子ってことで注目されてるって聞いたぞ。卒業論文も、かなり医学界では話題になってるそうじゃないか」


「ふふ」


 嬉しそうに笑う。


 歩いているうちに、俺とキリオは公園を一周していた。


「もうそろそろ、そのオススメの店に行ってみるか」


「ん? もう一周しましょうよ、ね?」


「ああ、いいよ」


 別にそんなに空腹なわけじゃあない。


「あたし、こういう風に何をするでもなくのんびり歩くの、好きなんだ」


「そうか」


 また公園を歩く。

 俺達と同じように、男女二人組で歩いているカップルが目につく。

 この公園がデートスポットとして有名なことを、今更思い出す。


 横を見れば、キリオの顔はかすかに赤い。


「なあ、キリオ?」


「な、何?」


「黙って歩くのもあれだし、事件の話をしていいか?」


「えー? いいけど、ムードないわね」


 いたずらっぽくキリオが笑い、俺も笑い返す。


「ちょっと、キリオに聞きたいことがあってな」


 日差しが気持ちいい。

 俺は歩きながら伸びをして、


「キリオは、レオの動機は何だったと思う?」


「レオが言ってた、ヴィクティー姫が見るに堪えないからっていうのが、そのまま理由じゃないの? レオらしいと言えばレオらしいじゃない」


 不思議そうに目を猫のように丸くするキリオ。


「ああ、あれが全部嘘だとは思わない。けど、あれが全てだとは思えなくてな」


「どうして?」


「首だよ」


 俺はもう一度伸びをする。気持ちが良くて思わず息を漏らす。


「首を食ったなんて言ってたけど、あれ、本当だと思うか?」


「さあ……」


「ああ、言い方を変えようか。キリオの知っているレオは、首を食べるなんて猟奇的で無意味な真似をするか?」


「それは、しないと思うけど」


「だよな、まがりなりにも三年間友人として付き合って、ああ、キリオの場合はもっとか。昔から社交界で会いはしてたんだっけ?」


「あんまり話したりはしなかったけど、確かに付き合いはあったわよ。向こうも士官学校で顔を合わせる前からあたしのことは知ってたみたいだし」


「うん、ともかく、俺とキリオからして、レオはそんなことをする奴じゃあない。俺が思うに、やっぱりレオは首を投げたか適当な場所に埋めたかしたんだろう」


「じゃあ、レオは嘘をついたわけ? どうして?」


「衝撃的なことを言って、あの場の追及をうやむやにしたかったんじゃないかな」


「うやむやって、事件の犯人はレオだったんじゃないの?」


「うん」


 頷いて遠くを見れば、学生時代らしいカップルが木陰で何やら語り合っている。

 平和だな。


「だから、あの場でうやむやにしたかったことって言ったら、動機だよ。まだ、他に動機があったのを誤魔化そうとしたんじゃないかな?」


「じゃあ、その他の動機って何なの?」


 謎めいた微笑を浮かべたキリオは、その瞬間、ぞっとするくらい美しい。


「これじゃないか」


 足を止めず、俺はただ手を広げる。


 そのゼスチャーで、「これ」というのが「今の状況そのもの」を指していることは、キリオにもすぐ理解できたようだ。


「ヴァンが、名探偵になったこと?」


「それも一部だな。あの事件、何というか、俺がよく出した犯人当てクイズによく似ていただろう?」


 あの事件は、あまりにもミステリ的過ぎた。

 入れ替わり、密室、首無し死体。

 ミステリ小説の存在しないこの世界の発想では解決が難しく、そしてそんな話ばかりしていた俺にとっては解決し易い事件だ。


「シャークのトップの人間の前で、無視できずそして俺以外には解決できない事件を起こす。それがそもそもの計画の根幹だったんじゃないかな」


 それも、できれば事件の真相を明かせないような、口止めの代わりに俺を引き上げなければいけないような、そんな事件がいい。


「そして、俺にあの方法論の有用性を証明させるわけだ」


「でも、どうして? レオがヴァンのためにそこまでするの?」


 きょとんとキリオが首を傾げる。


 どうして、か。

 本当に、分からないのだろうか?


「いや、あくまでもレオがやったのは自分のためだ。あいつの言っていた、『生きるとは自分の意思で何かを為すことだ』って言葉、あれは嘘じゃなくて、あいつの、レオの本心だった気がする。そういうキャラクターだしな。レオは、何を目指していたか覚えているか?」


「うん」


 手で日を避けて、キリオは青い空を見上げる。


「世界の変革、でしょ。レオとヴァンが書いた、あの論文に基づいた」


「ああ。あいつは、それをしたかったんじゃないかな」


 ただ、能力のある者の使命として、それをしたいのだと。


「現に、このままの流れなら、あの論文の内容はそう遠くない未来、現実にある程度の影響を及ぼす。

俺が旗印となるんだろうな、不本意ではあるが」


 あの事件がなければ俺の目が黒いうちにここまで進んだかというレベルで、論文の内容は全世界に浸透しつつある。


「けど、それをやったって、レオは世界を変えた名誉も受けられなければ、変わっていく世界を見ることすらできないじゃない」


 ふっとキリオは顔を暗くする。


 その通りだ。あれだけのことをして、今レオが生きているとは思えない。


「関係ないんだろう、そんなことは」


 そういう奴だった、あいつは。

 己の名誉や、生命すら関係なく、ただ自分の意思でそれをすることそれ自体が目的なのだ。あいつにとっては、それこそが生きるということなのだろう。

 俺達とは、違いすぎる。


「握るだの握られるだの、妙なことを言っていただろ、レオが、最後に」


「え? そうだっけ?」


 よく覚えていないのか、キリオは眉を寄せる。


「あの時は意味が分からなかったけど、最近ようやく分かったんだ」


 答えは記憶の中にあった。


「俺は、昔レオに訊いたことがあった。平民の俺の方が優れているのをどうしてそんなに素直に認めるのかと、抵抗はないのかと」


「どう答えたの、レオは?」


「拳よりも剣が強いからって、拳に価値がないわけじゃない。そんな答えだった。レオが拳で、俺が剣だ」


 そう、あれはその喩えの続きだったのだ。


「俺は単純に種類が違うっていうだけの喩えかと思っていたが、そういうことじゃなかったみたいだ。拳は、つまり『手』だ。道具を利用できる。剣の方が強いなら、拳を開いてその剣を握ればいい。その剣を使えばいいんだ。あいつは、俺を利用して、俺という剣を振って世界を変革するのが目的だった、今ではそう思う」


「へえ、そういうことか」


 うんうんとキリオは頷く。


 そのキリオの顔を見ているうちに、ふと、心の中にしまっておこうと思っていた質問が、こぼれ出ようとする。


「なあ、キリオ」


「どうしたの?」


 キリオが顔を寄せてくる。

 美しくて、無邪気な顔だ。ほんのり頬が染まっている。


「レオは自分も握られる側だったかもしれないと最後に言っていた。つまり、利用される側だったのかもしれないと」


「うん」


「どう思う?」


 訊きながらキリオの顔をじっと見る。


「さあ……あたしには、どうも分からないわ」


 質問の内容よりも、俺に見つめられていることに照れたようににやけてキリオが目を逸らす。


「キリオ」


 木漏れ日を心地良く浴びながら、俺は呼びかける。


「え?」


「お前は、俺のことが好きなのか?」


「えっ、はあ!?」


 顔を真っ赤にして、キリオはごにょごにょと呟く。


 俺達二人を見て、すれ違うカップルが微笑ましいものを見るような顔をする。初々しいカップルだと思ったのだろう。


「それはそうと、仕事の方はうまく行きそうなのか?」


「えっ、ああ、うん」


 話が切り替わったことに戸惑いながらも、


「今、アルルさんに協力してもらって、色々なデータを集めて類型別にしてるところ。やっぱり学生が一人でやるのとは違うわよね」


 あの時には、キリオは自分でいくつかのデータを集めていただけだった。その中に凍傷についてのデータもあったと彼女は言っていた。

 アルルと一緒に姫の死体を調べた時、頭が真っ白になって何も分からなかったと言っていた。

 本当だろうか? ひょっとして、傷口が一度凍らせられていることに気づいていたのではないだろうか? あの時にそれを指摘していたら、ゲラルトが真相に辿り着いていた可能性はゼロではなかった。


「順調そうで何よりだ」


「家も持ち直したし、言うことなしよ」


 俺とキリオが大聖堂地下のファタの像の顔を知らなかったことから、レオは恐るべき頭の回転で事件を計画した。顔どころか、俺達は存在自体を知らなかった。だが、それもおかしい。現に、レオは不思議がっていた。貴族のキリオがそれを知らないことを。

 確かに今にも消えそうな没落貴族ではあったが、そうでありながらもキリオの両親はキリオを社交界にことあるごとに参加させていたはずだ。それなのに、像の噂すら知らないということがありえるだろうか。


「やっぱり、両親や家が大事か」


「まあ、ね。あたしを男として扱って、消えようとする現実も見ないで、そうまでして両親が守ろうとした貴族って地位も家も何もかも、全部くだらないと思っていたけど、それでも、両親はやっぱり両親だから」


 憎めなかったんだ、と寂しそうに笑う。


 貴族制度をくだらないと思うこと、それはおかしくない。

 キリオの生い立ちやあの事件で持ち直す前のラーフラ家の状況を考えれば、当たり前だ。貴族というものの在り方自体に何か屈折した思いを持ってしかるべきだとすら思える。

 だから妙だ。

 あの日、ヴィクティー姫と会えると決まった日、その極めて貴族的な名誉を、どうしてあそこまで素直に喜んだのだろう? レオの前で、ヴィクティー姫の話題をずっと話していたのだろう?

 もしもあそこでキリオがヴィクティー姫と会えることをくだらないと断じていたなら、レオは俺達を大聖堂地下に忍び込むようにうまく誘導できただろうか?


「最近は、両親との仲も悪くはないんだろう?」


「ちゃんと会話できる状態になってきているしね。凝り固まった価値観は相変わらずだけど」


 困ったようにキリオは笑う。


 俺とキリオとレオの三年間。

 その三年間で俺達はそれぞれ何を見ていたのだろうか。

 特に、キリオとレオはそれ以前から社交界で顔を合わせ、そしてお互いに色々な噂を聞いていただろう。

 ひょっとして、キリオとレオは、俺なんかでは及びもつかないほどの深いレベルで、お互いの本質的なところを理解していたんじゃあないだろうか?


「複数人が嘘をついているとしか思えない、か」


「え?」


 俺の呟きにキリオが疑問を返す。


「いや、何でもない」


 あのキリオの感想がきっかけで、俺は事件を推理した。明らかなヒントだった。

 つまり、キリオは事件の大体の全容をあの時点で把握していたのかもしれない。


「ところで、さっきの質問の答えを聞いてないな」


「え?」


「俺のことが好きなのかどうかって話だよ」


 俺がそう言うと再びキリオの顔が赤く染まる。


 その顔を見ながら、俺はナイフのことを思い出す。


 ヤシャに取り上げられた投げナイフ。そもそも、どうしてキリオはあんなものを持っていたのか。

 授業中に入れたものをそのまま持ってきたと言っていた。けど、本当にそうなのか?

 何かが起こると予期していたから、念のために持ち込もうとしたんじゃあないのか。それが、思ったよりも厳重なボディチェックでそれが取り上げられてしまった。


「いじわる」


 不意に、そう呟いたキリオが俺の腕に腕を絡ませてくる。

 細身の体の体温と柔らかさが伝わってくる。かすかな花のような香りが鼻をくすぐる。


「好きよ、あのね、今だから言うけど」


 そうして、キリオは至近距離で俺の目を見つめる。


「一目惚れだったの」


 上気した顔でそう言うキリオの美しい目をじっと見返す。曇りひとつない澄んだ瞳。

 ただの無邪気な恋する少女の瞳に見える。それとも、そこに秘められたものが複雑すぎて俺には読み取れないだけなのか。


 二周目の散歩も、終わろうとしている。


「じゃあ、今度こそ、行こう。美味しいパスタのお店らしいから」


 腕を組んだままでキリオが言う。


「なあ、キリオ」


 俺の口が自然と動く。


「今、幸せか?」


「もちろん」


 俺の目を覗き込むようにしながら、キリオは即答する。


「幸せよ、これ以上なく。何もかもうまくいく気がするの」


 捨てきれなかった両親は家の復活により徐々に回復し、キリオは普通の少女として振る舞うことが許される。

 一目惚れの相手は貴族となり、名声も手に入れ、両親に紹介しても何の問題もない。

 そして希望した仕事に就いて、今その一目惚れの相手と腕を組むことができる。


 なるほど、確かに全てがうまくいったし、これからもうまくいきそうだ。


「ねえ、ヴァンは?」


「ん?」


「今、幸せ?」


 キリオは俺の目から目を逸らさない。


 さっきまでの疑念は全て俺の妄想だ。何の証拠もない夢物語。いや、根拠や証拠があったところで、ゲラルトも言っていたように、絶対の真実など存在しないのだ。

 人は、都合のいい幻想を選択していくしかない。探偵が事件を解決する時ですらそうだ。


 だから、俺はここで、自分にとって都合のいい夢物語を選ばないと。


「もちろん」


 俺はキリオに笑いかける。


「幸せだよ」


 その言葉に、キリオの顔が輝く。


「じゃあ、あたしのこと、好き?」


「まあね」


「本当に?」


「本当だよ」


 腕を組んだまま、俺とキリオは公園の出口へと歩く。

 キリオはとびきりの笑顔で、足取りは弾むようだ。


 ふと、俺が幸せだというのは本当かどうかと自問自答してみる。

 答えは出ない。

 俺はそれが真実かどうかの検証を早々に諦める。

 答えを出さずにおいた方がいいことなどうんざりするほどこの世には存在しているのだろう。


 暖かな日差しが、俺とキリオの目の前にある全てを輝いているように見せる。

 目に入る誰もが、春の陽気を楽しむように笑顔で行き来している。


 まるでこの光景そのものが夢物語のようだ。


「ああ、幸せだ」


 自分に言い聞かせるように呟いてから、キリオにもう一度微笑む。






 全ての夢物語(ファンタジー)に幸いあれ。

拙作にお付き合いいただきありがとうございました。

本来ならこのスペースに後書きをするべきなのでしょうが、ちょっと別のことに使うので


後書きは活動報告の方にさせていただきます。

お礼、蛇足的解説、お願い、続編について等々はそちらでさせてもらいますので、

よろしかったら活動報告をご覧になってください。




さて、ここからは予告していたように、読者への挑戦に参加された方の、あまりに答えに近すぎた解答感想へと返信します。

作者が笑って誤魔化していたやつです。





・妖精のモラルさんの解答

アイスとヤシャが共犯という説は作者自身想定していなかったので驚きました。そして、確かにこの方法ならいけそうな気がする。

隠れていた犯人に気づかなかった理由にヴィクティー姫を前にした緊張を絡めていただいたのも嬉しかったです。

あえて言うなら、布で隠れたトリックを使うなら、どこかしらにそのヒントを入れておくかなあ、と言ったところ。

作者が正解とした解答以外に解決方法が出てきたと思い、焦った解答でもありました。



・コッバニさんの解答

犯人の一人としてレオを指名、天井に隠れていたというキーワード、像の入れ替え、鍵は時間稼ぎ、

といくつも正解キーワードを出していただき、あまりのことに笑うしかなかった解答です。

読者の挑戦をしてすぐにこの解答が出てきたことから「こりゃ瞬殺だな」と作者は投げました。



・サカナさんの解答

はい、もう単純にほぼ正解です。

ここで、一週間解答待ちを作者はやめました。



・鳥肉さんの解答

凍らせたとか、いくつか正解のキーワードがあったんですけど、それよりも!

最初から顔は魔術で変化させていたという発想が素晴らしすぎます。というか悔しかったです。理由も面白いのが思いつきそうだし、そっちで事件を作ればよかったーと思いました。



・通行人Aさんの解答

犯人がヤシャという以外は、基本にトリックが正解とほぼ同じです。

さすがに「おしい、犯人以外はほぼ正解です」とはコメントできませんでしたw



・クロベルさんの解答

今までの皆さんの推理を参考にしたということで、集大成のような解答で、こちらの用意した正解に恐るべき精度で当たっていました。

単純な正解の近さで言えばこれが一番ですね。



もちろん、これ以外の方々の推理、解答も非常に興味深く、またありがたく読ませていただきました。

挑戦に参加していただいた皆様、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白かったし、悲しかったです。魔術がある世界でのミステリーというのは初めて読みましたが、すごく丁寧に書かれていて、素晴らしかったです。 [一言] 読者への挑戦まで読んで、もう一度読み…
[良い点] >「レオは自分も握られる側だったかもしれないと最後に言っていた。つまり、利用される側だったのかもしれないと」 [気になる点] これもしかして、キリオがヴァンに好意持ってる事と家のことで葛藤…
[良い点] めちゃくちゃ面白かった。ミステリー小説処女にも楽しめました。 [気になる点] 自分が知ってるコナン君とか有名なミステリー物は自供とかもあって後味スッキリ終わるけど、全てが明らかになるわけじ…
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