表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
344/345

推理6

エピローグとの同時投稿です。

 気まずい沈黙が少しの間、部屋に満ちる。


「あー、元気だった?」


 やがて、その沈黙を嫌うように、ヴァンが世間話みたいな切り出し方をする。


「今のところは。正直、消されるとばかり思っていたけれど」


「あー、意外と、あいつ、甘いんだよ。諜報機関の長なんてやってる割には」


「私もそれは知っていたつもりだったけれど、想像以上だった」


 あの後、観念して全てを認めた後、詳しく語る前に消えてしまったルイルイ。彼女が、ここにいる。何か奇妙な感覚だ。


 二人の会話を、どこか遠くの出来事のように見ている自分がいる。また、僕の頭の中には、予言を外してドラゴンイーターを殺した、その情景が繰り返されている。

 ヴァンの言うような、予言を外さない方法を使ったとは、どうしても思えない。

 ドラゴンイーターは、予言を外されて、そのために油断して殺されたはずなのだ。そのはずだ。根拠のない、確信。


「何となく、分かってるんだけどさ、一応、ほら、動機とか、いい?」


 ヴァンの要請に、ルイルイは彼女のものとは思えない露骨な嫌そうな顔をする。眉を寄せ、口もひん曲げている。


「インコグニートに殺し屋として雇われたから。それが全て」


「本当にそれだけ? だったらどうしてニャンを始末した後、もうちょっと穏便に話を進めることだってできたでしょ。そもそも、女優やってたルイルイがどうして諜報機関の殺し屋なんてしてるんだよ」


 真っ当な突っ込みに、ルイルイは更に顔を嫌そうにした後、やがて諦めたようにため息をつく。


「大体、分かっているんでしょう?」


「予想はね。いや、予想っていうより、もはや妄想だよ。ああ、じゃあ、適当に妄想を喋っているから、違ったら教えてよ。それでいい?」


 無言でルイルイは肩をすくめるだけだ。


「えーっと、まずインコグニートにスカウトされた経緯だけど、最初に教えてくれた研究塔に来るようになった経緯、あれがそのまま当てはまるんじゃない? つまり、ニャンを追っているうちに、同じくニャンを調査していたインコグニートの目にとまって、でしょ。けど問題は、そもそもどうしてそこまでしてニャンを追っていたのか、そしてよりにもよって諜報機関の一員になって、それも殺しなんて汚れ仕事を引き受けることを断らなかったのか、その理由、だけど」


 言葉を切ってちらちらとルイルイの顔色を窺うヴァン。


 彼女は大きくため息をついてから、


「今更、怒ることも傷つくこともない。思うように言って問題ない」


「ああ、そう? まあ、普通に考えたら、嫉妬、なんじゃない? ニャンへの。あー、ニャンというより、『脚本家』へのね」


 そうか。思い出す。ルイルイは、元々劇団の脚本家だったのか。新しい『脚本家』が現れるまでは。


「だから個人的にニャンを、その、憎むというか、まあ、嫉妬していたし殺すっていうのも、分かる、かなあ」


 何だか歯切れが悪い。どうも、ルイルイの反応を気にしているようだ。


「だから、怒ったり気分を害したりしないと言っている」


 またため息。そして少しルイルイは苦笑する。


「敢えて訂正するなら、彼女を憎んで殺してやろうと思ったわけではない。むしろ、ああ、けれどそうかもしれない。自分の本当の気持ちなど分からない。けれど、少なくとも私は、彼女の脚本家としての能力に嫉妬はしていても憎んではいなかったつもりだ。彼女を追った理由は彼女のことを知りたかったからであり、インコグニートに参加したのも同じ理由だ」


「殺しを引き受けたのは?」


「重要なのは、その過程。ただニャンを殺すという話なら受けなかった。彼女が何か企んでいて、そのために研究塔に乗り込んでくる。その彼女の企みを逆に利用して殺す。これは、彼女の脚本に参加して、そしてその脚本を超えることに他ならない。分かる?」


「えーっと」


 助けを求めるように一度僕の方を向いてからヴァンは、


「ごめん、全然分からない」


 その答えにルイルイはきょとんとした後、


「そう。まあ、いいわ。それで?」


「後は、細かいところを確認したい。俺の推理がどこまであっていたのか、まあ自己満足だね。ニャンの計画はどうやって知ったの? やっぱり、タリィとの手紙のやり取り?」


「イースターが言っていたように、あそこにあったのは極めて断片的な情報のみ。あそこから計画を知ることはできないわ。私が計画に気付いたきっかけは、もっとシンプルだった」


「あ、まさか」


 ヴァンは呆れた顔をして、


「時間のずれに気付いたの?」


「ご名答。あの事件が起こる前に、個人的に持っている時計と、あの研究塔の時計が少しずれていることに気付いた。ほんのわずかなズレだったけれど、それでも気付いた」


「神経質だねえ、本当に……けど、普通、その懐中時計の方がずれているって考えるでしょ」


「もちろん、普通なら。ただ、私はその時点で、ずっとニャンが何を企んで、いつ何を仕掛けてくるかとずっと待ち構えて、考え続けている状態だった。いや、それは――」


 ぐい、と口の端を持ち上げて、見ようによっては美しい笑みを浮かべるルイルイ。何故だか、僕はその笑みを見て怯える。恐ろしい笑顔。


「――それは、ずっと昔から。そう、ずっと昔から、私は、彼女の脚本を読んでは、それを超えることばかり考えていた。読んでいる最中に常に次の展開を予想し、そしていつも彼女の脚本はその予想を超えた素晴らしいものだった。私のような凡人がつくりうるものとは比べ物にならないほどに。それでも諦めきれず、ずっと私は、ずっと、ずっと、常に彼女の脚本を予想して、そしていつの日かそれを超えることだけを考えていた。ずっと」


 そして、と、まるで夢見るような口調と顔で、


「ようやく、それができた」


「……えーっと、要するに、ニャンの企みについて警戒していたから時計のずれに気付いてピンと来たってことね」


「そうとも要約できる。実際、時計をチェックすると奇妙な部品が中に仕掛けてあることが分かった。ああ、彼女が研究塔を舞台に脚本を書くのなら、当然予言を絡ませるのは予想できる。そして、時計の時間をずらす装置。ここまで条件が揃えば、彼女の脚本のプロットは想像がつく」


 あとはタリィの手紙から手に入る情報の断片と組み合わせれば、とルイルイは両手でパズルを組み替えているようなゼスチャーをする。


「なるほど、それで、ニャンの計画を一足先に盗んだわけだ……ああ、でも、その作業をしているのをよくニャンに気付かれなかったね。だってダクトの中でずっと様子を窺ってたわけでしょ、あいつ」


 確かに。


「ああ、それは我らが長の慧眼を評価するべき。時計の内部を調べる際もそうだけれど、とにかく、現場で何をしようと個人の判断に委ねると言い渡されていたけれど、一つだけ指示があった。それが、何かする時はイースターとは距離をとれ、ということ」


「ああ、そっか。そういうことか。ニャンはずっと、囮のイースターを気にしているもんね。イースターと離れて、彼が何かしているタイミングでこそこそ調査なり何なりしてたってことか……不死殺しのナイフの件といい、大胆なところは大胆で人任せなのに本当に嫌になるくらい慎重だな、あいつ」


「そう。エーカーのナイフを盗んだ時も、イースターがいない時を見計らって。だから警戒されなかった。殺した時だってそうだった。四肢が砕けた状態で、這うようにして通気口から出てきた彼女は、全く私のことなど警戒していなかった。物陰に隠れていた私に気付くことはなかった。他の部屋にいるイースターの方を、ダクトを通して様子を窺っていたのかもしれない」


「はあ? ダクトを通してってそんな――いや、ありうるか。風の魔術の応用でダクトを通して音を拾うとか、そこまでできるもんかな、ドラゴンイーターとはいえ。まあいいや、で?」


「そして鉄格子を直そうとしている彼女に忍び寄った。彼女は私を見て、きょとんとした顔していた。本当に、予想していなかったものを見るような顔。そう、自分の脚本が予想外のものによって壊された時の顔。あの顔を見たくて、私は――」


「う、うん……」


 本格的に気持ち悪がっているヴァンは、やけに優しい口調で、


「それで、ニャンの殺害の後、一体どうしてあんな形になったのかな? 多少乱暴でも自殺に見せかけるなり、諜報員に未練なさそうだし名乗り出てもよかったんじゃない?」


「それだと、脚本が終わってしまう」


 その答えに、更に顔をしかめたヴァンがこちらを向く。


 気持ちは分かる。


「そう、彼女の遺した脚本。名探偵に挑戦するための不可思議な事件。それを終わらせるのは惜しい。いや、違う。私は超えたかった。彼女の脚本を超えて、私が新しい脚本をつくる。その脚本で成功することで、本当の意味で私は彼女を超えることができる」


「成功っていうのは、つまり、俺が事件を解決できないってことで、いいっすかね?」


 とうとうヴァンは敬語になりつつある。うっとりとしているルイルイが怖いのだろう。


「ええ、そういうこと。ニャンが殺されたことによって、事件はより不可解になったはず。そう、より優れた脚本に……」


「そっすね。で、予言機で俺が解決できないって予言を聞いて、そこからタリィとビンチョルを消す方向に動いたのは? ああ、俺の推理した通りでいいのかな」


「多分あっているわ。イースターを利用してまで消したかったのは、ビンチョルの方。いえ、正確に言えば――」


「ビンチョルの持っていた、あの高級品の懐中時計だね」


 ああ、と叫びそうになり慌てて口を押える。


 そういうことか。状況が状況だから誰も落ち着いて調べていなかったけれど、あの高級品の懐中時計と研究室の時計を比べて、そして時間のずれに気付いたら、ひょっとして研究室の時計の方がずれているのではないか、と気付く人間が出てきてもおかしくない。


 ということは。つまり、あれは。

 二人の人間を殺したあの凶行は、彼の持っていた懐中時計を壊すため。タリィとビンチョルを殺したのは、その目くらまし。

 ぞくり、と僕は背筋が凍る。


「そういうこと。予言機が解決を予言しなかった以上、あとは名探偵に推理の材料を与えなければ、そのまま脚本は成功する。そう思っていた」


「実際には逆だよ。あの事件のせいで俺はイースターに辿り着いて、そこから事件の裏側を知って、おかげで万全で推理できた」


「そう。まさかあなたが、潜水館の到着をきっかけに事件を解決すると心に決めていたとは、予想していなかった」


 ルイルイは神妙な顔に変わり、そしてゆっくりと目を閉じる。


「……私も、イースターも、これから先どうなるのか分からない。消されるのか、それとも別の役割のために使いつぶされるのか。ただ」


 ゆっくりと目を開いた彼女は、女優らしく美しく微笑んで、


「悔いはない。価値はあった。私の脚本は、名探偵に超えられてしまったけれど、それでも、彼女を超えることができた。彼女の脚本を超えたのなら、それは傑作だ」


「ああ、そう」


 一刻も早く部屋から出たい気持ちが伝わってくる目をヴァンは僕に向けてくるので、頷いてあげる。


「じゃあ、今日はありがとう」


 そして、僕たちは逃げるようにその部屋を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ