推理4
「珍しい魔術式の時計だから、あの時計を基準に時計を持っている人間は時間を合わせていた。時間の確認も全てあの時計で行っていた。だから、基準のあの時計がずれていたら、全員の想定していた時間がおかしくなる」
だから予言は外れていない、とヴァンは言う。
「あの時計は遅れていたんだ。だから、まだ予言の範囲内の日だ、と思っていた時には、既に0時をまわって次の日になっていた。ええっと、確か最後に眠るのがココアだって予言があったよね、確か」
「あ、ええ」
予言が外れていなかった。
その話をまだ頭で受け入れられず、どこかぼんやりしたままでココアは返す。
「あの予言も外れたじゃん。あれだっておかしな話なんだよ。確かに俺たちがその予言を聞いたから、外れることはありうるよ。だけどさ、別にあの予言を聞いて、その予言を外してやろうと思って誰かが眠る時間をずらしたりなんてしなかったはずだ。だから、本来で言えばあの予言が外れる可能性は低い。なのに外れた。何故か? 答えは、外れていない、だ。確かにココアは最後に眠った。そして、その後に日付が変わって、他の連中が眠ったのはその後だ……ああ、まあ、ずっとだらだら眠り続けていたタリィって例外はあるけどね」
「いや、やっぱりおかしいですよ。いくらなんでも時計がずれていたら、気付くはずじゃないですか?」
「そりゃあね。あまりにも大幅に、そして長い期間ずらしたままだったら、時計を合わせる時とかに気付く人間もいただろうとは思うよ。だけど、そうじゃない。ニャンは、普通に時計をずらしたわけじゃあない。ほら、『例の部品』、あれを組み込んだんだよ。おそらく、ジエリコ混入の際にね」
あの部品。そう、確かに、魔術式のものに組み込むようにデザインされていると、そうエジソンは分析していた。
「あの部品がどういう機能を持っているのか、はっきりしたことは現時点では分からないけど、推測はできる。多分、あの部品は『徐々に時計を遅らせる』機能を持っていた。だから、仕込んだ当初はほとんど時間にずれはなかったはずなんだよ。だけど、それが少しずつ、少しずつ遅れ続けて、あの事件の夜、ニャンが脱出すべきタイミングには、実際の時間とそれなりに大きなずれが生じていた。とはいっても、多分、30分以内なはずだけどね」
「ほう。どうしてそこまで分かる?」
楽し気な声が闇の向こうからヴァンに問いかける。
「そりゃあ、それ以上のずれがあったらバレる可能性が高いからだよ。ほら、ココア、覚えてない? 潜水館で研究塔に乗り込んだ時、潜水館内の時計だと時間通りのはずだったのに、『少し早め』だとディーコンが言っていた」
「あ、ああ。そう言えば、そんなことを言ってましたね」
ほとんど覚えていないけど。
「つまり、あの事件で時計がずれていたってことなんだけど、あの時は何も考えていなかったから詳しく確認しなかった。ただ、少しって表現から考えて、30分以上遅れているとは思えない。多分、あの時点ではぎりぎり怪しまれない程度――精々、15分くらいしかずれてなかったんじゃないかな。そう考えると、そうだなあ、まあ、具体的にいつあの装置を仕込んだのかは分からないからそれによるけど、あの時点で15分くらいずれていると考えると、夜には精々20分~30分くらいの遅れなんじゃない? でも、それで十分だ。あの時計が23時30分を指しているくらいのタイミングで、ニャンは脱出をできるわけだよ」
「でも、やっぱりそれを気付かないなんてありますかね? 特に、ニャンやビンチョルが侵入したってことで全員殺気立ってましたし、時間を気にして――ああ」
そこで気が付く。そうだ。時間を気にしていたかもしれない。だが、集中はしていなかった。いや、できなかった。
「ジエリコの混入をした動機はそれだと思うよ。つまり、単純に、意識を少し朦朧とさせて『時間感覚』を曖昧にした。ただ、それだけのために混入されたんだよ。ココアは効きすぎて爆睡していたけど」
ふっと笑った気配がする。ヴァンなのか、それとも向こうの何者か。両方かもしれない。
「ニャン自身は、どのようにして正しい時間を把握していたのか。彼女がそれを把握していなければ、脱出するタイミングが計れないはずだ」
呟き。それは、質問というよりも確認といったニュアンスだ。何者かが、ヴァンの話を補完するために分かっているのに言葉を投げかけている。
「ビンチョルの懐中時計だろうね、多分。ああ、もちろん、監禁の際にそれが取り上げられてしまった時の対策も多分あったはずだよ。予想だけど、ニャンはもう一つ、精巧な懐中時計を、あー、飲み込んでいたのかな? 胃の中にあるんじゃない? そういや、それは確認してなかったな」
「……なるほど。こうして、君はニャンの計画の大部分を理解した。そこから、ニャンを殺害した犯人も把握できたわけだ」
「把握というか、凄いシンプルな話だよ。ほんの僅か、30分足らずの時間ずれていて、その時間を利用してニャンは脱出した。で、ずれている時計で0時をまわって少しの時点で皆でニャンの死体を発見している。ということはつまり、あのずれている時計で0時になる直前の時間帯、あそこで自由に動けた人間が殺害犯ってことでしょ? それぞれの証言をまとめてつくったあの時間表を確認したら一発だったよ。直前のタイミングで、相方のディーコンが眠ってフリーになっているのはルイルイだ。彼女が一番怪しい」
「ディーコンがそのタイミングで眠ったのは偶然では?」
また、例の確認のための質問だ。
「まさか。そもそも、ジエリコのせいで全員眠い状況で、おまけにルイルイは――あれだ、そっちのいわゆるプロの工作員で諜報員でしょ? どのタイミングでどこを見回るか、どのタイミングでどっちが仮眠をとるか、コントロールできないわけがない。それは、デイーコンもルイルイも認めていたしね。コントロールしようと思えば誰でもあの状況はコントロールできたって……ああ、ともかく、そういうわけでルイルイが怪しいと思ったんだけど……あっ」
そこで、ヴァンが唐突に声を上げる。
「そうだった、ごめんごめん、これを確認しようと思ってたんだ。あのさ、もう一人怪しいと思っていた人間がいてさ、それがエーカーだったんだけど」
「ほう? エーカーとルイルイを比べて、ルイルイの方を疑ったのは何故だ?」
「うん、その話なんだけどさ。確認させてもらっていいかな、エーカーは『運搬係』ってことでいい?」
その質問に、これまでで初めて、闇の向こうの何者かが数秒黙る。




