ニャン殺害について2
そういうわけで、全員の話を聞いたうえで表にしてみた。
「うーん……」
あくまでも0時前後、ということでいうとこんな動きか。つくった表を全員に見せながら僕は唸る。
黄色にしている部分は、睡眠などで意識がない状態だ。そう、タリィはずっと半分寝ている状態だったらしい。まあ、簀巻きにされて持ち運ばれるだけなんだからそうなっても不思議はないか。
「ということは、そのお」
イースターの方をちらちらと伺いながら、
「つまり、イースターさんは、実質、一人で動いていたようなもの……ってことを、言えます、よね?」
一応、そう言ってみる。
「ええ。多目的室でエーカーとヴァンさんに合流するまで、結局眠ることができず見回りをしていた間は、そう言えます……ただ、こいつがいつ目を覚ますか分からない状態だが」
ちら、と目をやられるとタリィは縛られた状態で無理に肩をすくめようとしてから、
「魔術か、それとももっとシンプルに殴ったりすれば、いくらでも意識ない状態を延長できるだろう? 俺はこういう状態なんだ。生殺与奪を握られてるんだから」
言いたい気持ちは分かる。しかし、どう考えればいい?
つまり、イースターの動きについては多目的室以前は彼自身の証言しかないことになるから、どこまで信用していいものか。ともかく、10時後半に倉庫2に見回りに行っているのが大きい。つまり、その時点ではニャンの死体はそこになかったということだ……いや、まあ、予言のことを考えるとそれは当然と言えば当然なのだが。
ええと、あと気になるところは。
「エジソンさん、メアリさん夫妻は10時くらいには寝室エリアで、エジソンさんの方が寝ていた、と」
エジソン・メアリとディーコン・ルイルイがペアになって少し休んでいたんだったな、確か。
「そうそう。あたしの方が先に寝させてもらったから、その後主人に9時前くらいから寝てもらってたのよ、9時前くらいから」
じゃあ、やっぱりその間、つまりエジソンが寝ている間はメアリは自由に動けるわけか。
顔に出ていたのか、僕の考えを読んだらしいメアリは、
「ちょっとちょっと。それであたしを疑ってるっていうなら変よ。だって、そこの表には書いてないけど、そんなことを言うんだったら7時から8時くらいまではあたしの方が寝ていてエジソンの方が自由に動けたんだから」
妻に売られた夫であるエジソンは苦笑して、
「それはそうですな。確かに、その表の外で自由に動ける人間はいくらでもいます」
まあねえ、と僕は嘆息する。確かに仰る通りなのだが、だからといってニャンを監禁してから死体発見まで、ということで考えると結局誰もが自由に動けるチャンスがあることになって、収拾がつかなくなったのだ。だから、犯行に関係あると思われる10時から0時前後の証言をまとめた。いや、そもそも犯行に関係あるのがその時間帯だ、というのは、結局のところ予言によるバイアスだ。予言のことをとりあえず無視してニャンの殺害だけを考えよう、としているのだからそもそもそのバイアス自体無視しなければならないのかもしれないが、しかし。
「ルイルイとディーコンのペアは、睡眠を小分けにしたのか」
思考が堂々巡りに陥っている僕を尻目に、ヴァンが質問している。
「ええ。それぞれ、一時間を二回。やはり状況が状況だからそこまで落ち着けませんからね」
「そう。だから、私たちは周囲の見回りをしながら、小分けにして仮眠をとる形にした」
「ふうん……ちなみに、それって誰の発案?」
そう言われて、ディーコンとルイルイは顔を見合わせて、更にエジソン・メアリ夫妻とも互いに顔を見る。しばらくの沈黙の後、
「いや、二人、いや、四人でどう動くかっていう話を相談していて、自然とこっちの二人組はそういう風に動こうと決まった、という感じだったと思いますけどね」
あまり自信はないのか、ディーコンが首を捻りつつ言う。
多分、全員ジエリコのせいで頭がぼうっとしていながら相談していたのだろうから、あんまりそういう細かいところが思い出せないのも仕方がない、か。
「……つまり、誰かがそういう風に誘導しようと思えば、できるわけだね。誰かが、ある時間に自分がフリーになるように予定を組もうとすれば、疑われずにそう組むことは可能だ、と」
またヴァンが物騒なことを言う。
「否定はできませんな。正直なところ、どんな話し合いをしたのかあまり記憶にはありませんが……このような状況ですから、例えば二人組をつくって行動するということについても、今思えば二人組の方がいい理由も悪い理由もいくらでも用意できる気がいたします」
考えながら、といった口調でエジソンが答える。
「まあ、そりゃあそうですよね。こんなわけの分からない状況だと」
思わず何度も頷いてしまう。
事態が意味不明すぎてAにする理由もBにする理由も無数にある状態だ。誰かが理由をもってAにしようと主張していけば、疑われることもなくAになるだろう。
「つまりこの四人組の中に犯人がいる可能性もある、と。そういう意味ではあなたたちは有利ね、ヴァン。あなたとココア、そしてエーカーはずっと誰かと一緒にいたことになる」
明らかに皮肉を込めた様子でルイルイが言うとヴァンは眉をひそめて、
「まあ、俺はずっと多目的室にいたからね。ココアもずっと多目的室で寝ていた後、そのまま研究室に直行した……その道中でちょこっとニャンを殺したとは考えにくい。でも、エーカーはちょこちょこ動いてなかった?」
そう言えば、表の中でもエーカーは動いている。
「そりゃあ、トイレとかにいくこともあるし、その途中でちょっとした見回りくらいするぜ。お前みたいにずっと多目的室にいれる方がおかしいんだよ」
苦い顔をするエーカーに、
「ちなみに、この表にある研究室っていうのは一体何の用だったんですか?」
僕が突っ込むと、彼の顔は更に苦くなる。
「……これだよ」
渋々、といった様子でエーカーは膨らんでいた尻ポケットに手を突っ込むと、何かを取り出す。
それは、なかなかに武骨な懐中時計だ。だが、つい最近見たビンチョルのものと比べてしまうと、何というか、地味というか、ところどころ雑というか。
「安物だな」
ずばりとヴァンが言う。
「うるせえよ。言っとくけど、そもそも懐中時計自体が結構するんだからな。まあ、確かにその中ではこいつは安物だけどよ。だから、すぐに時間が狂うんだよ。だから一日に二回くらいは時間を合わせなきゃいけねえんだ」
「二回も」
僕が驚くと、更にエーカーの顔が情けなさそうに歪む。
「仕方ないだろ。俺の給料じゃこんなもんなんだよ……とにかく、こいつを研究室の時計を見て合わせてたんだ。希少な魔術式の時計だからな」
説明を聞きながら、納得する一方で何やらもやもやとしたものが胸に広がってくる。何だろうか? エーカーが膨らんだ尻ポケットから懐中時計を取り出したことが、なんだかやけに気になる。そこから、そんなものが出てくるはずがない。そんな気がして仕方がない。一体、僕はどうしたんだろうか? 夢の中で見た例のイメージといい、ちょっと僕はおかしくなっているのかもしれない。
ともかく、気になることを聞き終わり、ちょうど誰も喋らなくなってしん、となった研究室の中で、
「……んんー」
とんとん、とヴァンはこめかみを指で叩きながら唸っていたが、
「……あー、ちょっと、ここまでの時点で気になることがある。あとで調べておきたいことが……忘れそうだから、ココア悪いけどメモっておいてもらえる?」
「あ、はい」
慌ててペンをとる。
「まず、改めてタリィの身体検査とか持ち物検査、普段使っているものとかを徹底的に調べて欲しい」
「はあ? おい、お前、ちょっと」
何かタリィが言おうとするが、イースターが上から押さえつけて黙らせる。
「それから、イースターとルイルイ、ディーコンの三人――つまり、見回りした組だね。10時より前も含めて、どこをどう見回りしたのか、何か少しでも気になることはあったのか、その見回りしたルートやタイミングはどうやって決めたのか。そのへんはどうかっていうのを――」
「それは――」
答えようとするルイルイを制して、
「いや、確実なところとか、ちょっとした細かいところでも教えて欲しいから、ちょっと真剣に思い出しておいてから教えてよ。ジエリコの影響もあるし、よく分からない部分はよく分からないでいいからさ」
そう言ってから、ヴァンは目を閉じる。
ひょっとして、寝ているんじゃあないだろうな?
不安になりつつも、僕はそろそろずっと避けていた議題に移ることにする。結局、ジエリコ混入もニャン殺害も、犯人特定や事件の謎を解くことにはつながらなかった。やるしかない。
「じゃあ、その……そろそろ、いきますよ」
僕の宣言に、全員が神妙な顔で頷く。
「では――どうして予言機の予言が外れたのか、皆さんで話し合っていきましょう」