ジエリコ混入事件
まず、何から話そうか、という話になる。
全員、そこから迷っている。それも分かる。何しろ、どこから考えていいのか分からない。ニャンの殺害そのもの以外にも、いくつもの疑問がある。
「とりあえず、メインのニャンの殺人だけを考えればいいんじゃねえか? 面倒なことは全部飛ばしてよ。まずは、そこからだろ」
エーカーの意見は乱暴だが、確かに一理はある。結局、それを解決するのが最大の目的であることには変わりはないからだ。
「ちょっと待って」
だがルイルイがそれに待ったをかける。
「あの殺人事件について話すのはいい。けれど、その前に明らかにしておかなければならないことがあるはず」
全員、ルイルイを向く。
「それは?」
ディーコンが促すと、
「もちろん、あれが自殺でないかどうか」
「馬鹿な、あんな自殺がありうると――」
反論しかけて、イースターは止まる。
そうして沈黙が満ちたのを確認してから、ゆっくりと、ヴァンは口を開く。
「――つまり、自分の死の謎を解いてみろっていう、これがニャンの挑戦なんじゃないかってことだね」
そんなわけが、とは言い切れないのが難しいところだ。ニャンという存在は、そもそもが名探偵への挑戦をするためにこの研究塔に侵入してくるような物好きなのだ。おまけに人間ではなく、ドラゴンイーターという超越者でもある。
「ない、と思うけどね」
だが、すぐに続けてヴァンがそれを否定する。それもあっさりと。
「どうして、ですか?」
僕の質問に、ヴァンは肩をすくめて、
「だって、そもそもこの事件、俺は半分くらい捜査とか推理しないでいいと思ってるんだけど」
「何言ってるんだ、お前」
がば、と縛られたままでタリィが体を起こそうとして失敗して転がる。
「そんな、そんなことが許されるわけがないだろう」
「いやいや、だってさ、まずこの場所は曲がりなりにも国家機密の場所だよ。そこで起こった事件を公にできるかどうかがまず難しい。おまけに被害者はドラゴンイーターという、公にはそもそも存在すら知られていない存在。更に、そいつはこっちに向けて敵意をもって侵入してきた犯罪者だ。これだけ条件揃ってて、どう?」
そう言われて、はっとする。確かに、こんな事件が起こったものだから、はっきりさせなければいけないと当然のように考えていたが、そういうのもあり、か。
「おっそれいいわね、そうしようよ、そうしよう。臭い物には蓋ってね」
メアリが手を叩いて喜んでいる。慌ててエジソンがそれをたしなめる。
「いや、まあ、正直気持ち悪いし、迎えが来るまで全く事件のことを話さないのも逆に難しいから、一応考えてみようとは思うんだけどさ……とにかく、重要なのは、俺たちにはこの事件を解決する必要性はないってことだよ。つまり、ニャンの挑戦を無視してもいいってことだ。多分だけど、ニャンは元々事件を起こして――殺人事件だとしても、殺すのはニャン以外だったはずだ――その事件を解決しないと俺たちを皆殺しにするとか、そうやって無理矢理挑戦させるつもりだったはずだよ」
そうか。挑戦への強制力がないから。そうなると、ニャンは自分が死ぬことで挑戦する意図はなかったと考えるのが妥当か。
「じゃあやっぱり殺されたんだな、ニャンは」
さっきからぐったりしていたビンチョルが呟く。
「しかし、だとしてたら、ニャンは共犯者に裏切られて殺されたということか?」
イースターが呟く。それは人に聞かせるためのものではないようで、完全に独り言として呟いたらしいが、全員がその言葉を受けてイースターに視線を向ける。
「う、あ、ああ」
それを受けてイースターは咳払いをして、
「申し訳ありません。ですが、共犯者の話はしておくべきでしょう」
そうか、そうだった。薬の混入。研究室に、ニャンとビンチョルは入れない。だとすると、共犯者がいるのではないか。そんな話になっていた。
「ちょっと待って。えーと、一応、訊いてみるんだけど、この中にニャン殺した人いる?」
ヴァンはあっけらかんとした口調で言う。
「さっきも言ったけど、多分罪には問われないしさ。ここで名乗り出てくれたら皆ハッピーだ」
誰も、名乗り出ない。
「じゃあ、しょうがない、か……イースターの言うように、まずニャンの計画には共犯者がいたのかどうか、から話をしなきゃいけないみたいだね。そうなると、まず考えなきゃいけなくなるのは――」
ぱちん、とヴァンは指を鳴らす。
「俺も飲むことになっちゃった、あの薬の混入事件だね」