捜査開始2
「この通気口って、倉庫1と2がつながっているんですか?」
だとすれば、これを通って移動したと考えられる。
「ああ、そりゃあ、俺の領分だな」
エーカーが口を出してくる。
「ここは湖の底だ。だから、色々なものが貴重だがその中でも特に空気が貴重になる。警備室にそのための装置があるんだ。空気を循環させて浄化するためのな。もちろん、仕組みなんて俺たちには分からないぜ。ただメンテナンス、っていうより清掃するくらいだ。とにかく、その装置から全ての部屋に向けてダクトが伸びているようなイメージだな」
「じゃあ、例えば、倉庫1から通気口に入って、ダクトを通ってその警備室の装置のところを経由してから倉庫2の通気口から出るっていうのも……」
「理論上は可能だろうぜ」
あくまで理論上はな、とエーカーは繰り返す。
「まずダクトもこの通気口も、見てみろ、人間が普通に通り抜けられるサイズじゃあないぜ」
確かに、比較的サイズの小さい僕ですらこの通気口を通り抜けるのには肩がつかえそうだ。
「子どもとからならまだしも、確かにそうですよね」
「ああ、そうだぜ。これを大人が通ろうと思ったら、それこそ肩とか腰のあたりが、つっかえ、て……」
言いながら、エーカーの視線、そしてそれに少し遅れて僕とイースターの視線もそちらを向く。肩や腰のあたりが砕けているニャンの死体を。
「……つまり、そういうことか?」
イースターが呟くと、
「いや、待てよ。もう一つ、肝心なとこを忘れてるぜ。そこの鉄格子が――」
エーカーが更に反論すると、イースターは通気口の鉄格子に手を伸ばし、何度か引っ張ってみる。
ぱきり、と間の抜けた音がして、鉄格子は通気口から抜ける。
「おいおい、そんなに力自慢だったか、イースター?」
「違う。見ろ」
と、イースターは僕たちにすっぽ抜けた鉄格子を見せてくる。
鉄格子は、おそらくは元々は通気口と接触し、接着していたであろう部分が、すっぱりと直線的に断ち切られている。
「この鉄格子については、他の壁や天井とは違って聖遺物級じゃあないんですか?」
「ああ。というより、元々はついてなかったんだ、この格子は。安全のためにってことで初期の段階でエジソンだったかメアリだったかの発案で取り付けられたものだぜ。だから、ただの鉄だ」
「であれば、破壊は可能、ってことですよね?」
「ええ、ましてや、ドラゴンイーターであれば。これはおそらく、風の魔術の応用で断ち切った後、誤魔化すために土の魔術か、もしくは炎の魔術か、ともかく一時的にくっつけてあるだけです」
つまり、ルートはこれか。
「見えてきましたね……つまり、ニャンは倉庫1の排気口の鉄格子を同じ方法で外して、それから自分の肩と腰を砕いてむりやりに鉄格子からダクトにもぐりこんだ……ドラゴンイーターでなければ絶対にやらない方法ですが」
顔をしかめつつイースターは続ける。
痛みを想像してぞっとする。確かにドラゴンイーターじゃないとやらない、いや、ドラゴンイーターでも普通ならやらないんじゃないだろうか?
「その状況だからこそ、圧倒的な力を持つドラゴンイーターであったのに、ナイフを胸に突き刺されてしまった……つじつまはあいますね。四肢を使えない状態で、更に鉄格子を再接着している最中に不意を突かれたとしたら」
「ちょっと待ってください。結局、一番大きな問題は解決していませんよね?」
僕は初心に返る。
「予言機はニャンは脱出しないし、事件も起きないって言ってたんですよ? なのにニャンは脱出して、おまけに殺人事件が起きているじゃないですか」
「……ふむ」
それについては、と残念そうにイースターは顔を歪ませて、
「一応は専門家であるタリィ、そしてあの名探偵ヴァンの力を借りるしかないかもしれませんね……とりあえず、他に分かることはないかチェックを続けましょう」
とはいっても、そもそも倉庫には後は日用品の類――例の潜水館から運ばれた木箱の中に入っていたものたち、が整理して置かれているにすぎない。
「ここの管理はルイルイさんですっけ」
彼女らしく、かなり几帳面に整理されている。
水、食料、薬――例のジエリコだ――その他の日用品、がそれぞれ小分けにされている。それだけなく、更にそれぞれが小分けにされて、何やらメモが張り付けられている。メモは、日付のようだ。
「その日、使用する分ってことだな。安全性のために、その日のうちに使うものが決まってるんだ。水と食料はな。さすがに薬は一週間単位だが。ともかく、その日のうちに使えなかったものは廃棄する。もったいない気もするけどよ、それで体調不良になった方がまずいんでな、何せこんな場所だから、ちょっとした薬も医術者もいない」
なるほど、確かに。そっちの方が大問題か。
見れば、今日の日付からの7日間分がきれいに並べられている。本当にルイルイらしい。
「……ええっと」
また、何かひっかかる気がする。だが、何にひっかかっているのか、いまいち自分でははっきりしない。とりあえず、分かったことをメモにひたすら書き込む。
これを、ヴァンに話してみよう。何か分かるかもしれない。