捜査開始1
研究室に戻る。
薬のことがあるからだろう、だれもお茶やコーヒーを飲んで落ち着こう、という話にならない。
ただ、全員で無言のまま研究室まで戻り、全員無言で座っている。
「ああ、ぼうっとする」
ずっと寝ていないであろうヴァンがそうぼやいて、首を振る。
「このまま、ずっと皆で黙っていてもしょうがないでしょ。これからどうするか決めない?」
「おい、一体何が起きたのか、いい加減説明しろ」
縛られて転がされているタリィが言う。当然だが。
その横には、同じように縛られて転がされているビンチョルがいる。こっちは、怯えた顔をして無言でこちらの様子を小動物のようにびくびくしながら窺ってきている。
これも気持ちは分かる。ドラゴンイーターなんて超越者に、おそらくは無理にこんな場所への殴り込みに付き合わされて、気が付けばその張本人が消えて自分が縛り上げられて取り囲まれているのだ。リンチにされるかもしれないと思うだろう。
タリィの要求に、僕たちは顔を見合わせる。
何が起きたのか。はっきり言って、僕たちが知りたい。
「……一応、現役の探偵士のイースター、それと――あと一人、誰か、もう一度倉庫に確認に行ってもらった方がいいよね、多分」
ヴァンが言う。誰からも反論は出ない。
「エーカー、着いてきてもらえるか?」
既にイースターは立ち上がっている。
「あ、ああ……」
多少戸惑った様子を見せながらも、エーカーも立ち上がり、二人で部屋から出ていく。
「おい、いい加減に――」
激昂しかけたタリィに、
「おそらく、ニャンが死んだ」
端的に言ってイースターが出ていく。
ぽかん、と口を変えて固まるタリィ。
続いて出ていくエーカーに向かってヴァンが、
「ああ、エーカー、悪い。ええっと、ココアを一緒に連れて行ってくれない?」
「ぐえっ」
声が出る。どうして?
「俺もいきたいところなんだけど、全く寝ていないのもあって頭が働かなくてさ。大ポカしそうで怖いんだ。というわけで、ココアに調査をしてほしいんだけど」
「構わねえけどよ……」
ドアに手をかけたまま、エーカーは戸惑っている。それはそうだろう。さっき、ヴァンがイースターにもう一人調査についていく人間がいた方がいい、と提案して、そしてエーカーが選ばれたのだから。どうしてここで僕が追加される必要がある?
「心配しないでも、念のためだよ、念のため」
眠気と戦っているらしく、半分目が閉じかけている状態でヴァンは、
「大切なのはイースターが誰か一人、と言われてエーカーを選んだことだよ。それを知りたかっただけ。つまり、今回の事件の犯人がイースターで共犯者がいる場合エーカーの可能性が高いってこと」
とんでもないことを言いながら頭を揺らす。
「で、そこにココアを突っ込めば、とりあえず調査の時点で誤魔化される可能性はないでしょ。ココアはこの中で、そこのビンチョルを除けば、唯一今回初めてこの研究塔にやってきた、それまでこの場所のことを知るはずもなかった人間だ。事件に無関係な可能性は一番高いでしょ。もう限界、ちょっとだけおやすみー」
勝手なことを一方的に喋ってからとうとうヴァンはがくんと頭を机に落とす。
つまり、イースターに一人だけという条件で指名させたのは、共犯者がいるとしたら誰かを確かめるため? ……滅茶苦茶性格悪いな。
「は、はは……どうも」
で、気まずくなった僕は愛想笑いをエーカーに向けて、立ち上がる。
正直、貧乏くじを引かされた気分でもあるが、同時に。
「ど、どういう――」
唖然としていたタリィが再起動しそうだ。横で混乱の極みにあるビンチョルも口を開こうとしている。実際、このままこの研究室にいても嫌な空気になりそうだし、どっちもどっちだ。
そう割り切って、僕はエーカーと一緒に出ていくと、外で待っていたイースターに変な顔をされる。
ヴァンの意図をイースターに説明すると、彼は感心したような納得したような微妙な表情をした後、
「さすがは名探偵、ということか」
そう呟いただけでそれきり文句も何も言わない。人間ができている。
ということで僕たち三人は再び倉庫へと向かう。
ドラゴンイーター。
ヴァンから聞いた話では、不老不死であり不死身。四肢はおろか首を切り離したところで、ただ念じるだけで首は繋がり流れ出た血も元に戻り、傷一つなく再生する。
その永遠にも思える生涯をかけて知識と技術を積み上げることで、他種族からすれば神の御業の如き力を持つ。聖遺物はその一端に過ぎない。
だからこそ、その聞いた話からすると、目の前に転がっているニャンが死んでいるとは思えない。どう見ても死体だが、御伽噺のようなあのドラゴンイーターの話が本当だとすると、それでも今すぐに生き返って襲い掛かってもおかしくない。そう思う。
だけれども、何度見直しても、死体は死体だ。蘇らない。
「やはり、か」
イースターはナイフが胸に突き立っているニャンの死体にかがみ観察して、何度も頷く。
「どうしたんだよ、イースター」
倉庫の入口付近で僕とイースターを見張るように立っているエーカーが声をかける。
「ああ、いや、やはり死んでいると確認しただけだ――ココアさん」
「はっ、はいっ」
「予言機は、『ニャンの死体を発見する』と予言したんですよね?」
「そうです、そんな予言を……あっ、そっか!」
当たり前のことに気付く。
そう。予言機が死体を発見すると予言しているならば、その予言が当たる前提で言えば、僕たちが発見したこれはニャンの死体に違いないはずだ……いや。
「トリックだっていうことは考えられませんか?」
「トリックですか?」
「はい。これは実はニャンの死体じゃあない。そして予言も嘘ではない。つまり、これはニャンの死体ではなく偽物だけれど、この後、今日中にニャンの死体も見つける。だから予言も嘘じゃない。これはどうです?」
予言の裏をかいたトリックだと思うが、イースターは首を振る。
「難しい、と思うが……エーカー?」
「ああ、俺? 俺も駄目だと思うぜ。だってそれなら、予言機は事件を教えろっつったら、そこの偽物の死体の発見とニャンの死体の発見、2つを答えたはずだろ」
「ああ、予言機って複数予言できるんでしたっけ――」
と自分で言いながら解決する。そう言えば、『侵入者を発見。研究塔へ閉じ込められる』と、予言機は確かに事件を複数予言していた。答えが複数になるならばちゃんと複数答えてくれるのか。
「――でも、例えば実はそれが死体に見せかけたよく似た人形で、それで予言機が事件だと判断せずに予言しなかったっていうのは――」
「これが人形だとしたらそれはそれで大事件だ。ドラゴンイーターだからこんなよくできた人形をつくることができる可能性はゼロとは言わないですが」
死体を調べていたイースターが言う。
いや、僕も本当は分かっている。どう見ても死体だ。ちょっと、言ってみただけだ。
「けど、だとしたらどうしてドラゴンイーターが殺されてるんでしょうか?」
結局、僕の疑問はもっとも根源的な部分に至る。
「確かに見事にナイフが刺さってるなあ。心臓を一突きだ……ああ、見てみろ、手足ねじれてるだろ、そのせいじゃねえか?」
エーカーのその言葉に、何とも言えない違和感を覚える。
何だろうか? 何かが、おかしい。
「ああ、確かに……ふむ、どうやら、両肩、そして腰のあたりが、砕けているようだ」
触って確かめたイースターが言う。
「なるほど、これではいくらドラゴンイーターとはいえ、胸にナイフの一撃をくらってもおかしくない」
胸のナイフを指先で触れたイースターは、
「見たことがない。外から持ち込まれたか……おそらく、このナイフは不死殺しの聖遺物だ」
ドラゴンイーターの残した聖遺物の中で最も数の多いもの。それは、不死殺しの聖遺物だそうだ。永遠に生きるからこそ、ドラゴンイーターは自分たちの生を終わらせる研究に力を入れた。それが不死殺しだそうだ。見た目は普通の武器と違わないし、実際に不死のドラゴンイーターを刺してみないと効果が確認できない。そのため、実は不死殺しの聖遺物とは気付かれずに市井に出回っているものが相当数あるのではないか、とはヴァンから聞いた推測だ。
「なるほどなあ」
そう言ってエーカーは咳払いする。
その後、死体以外についても倉庫全体を調べてみる――結果として、とてつもない発見があった。
死体が転がっていた壁だが、その壁の上に、鉄格子つきの長方形の穴が開いている。何だ、あれ?
「ああ、あれは通気口ですよ」
横からイースターが説明した後、自分で言っておいて顔色を変える。
「そう、か……これか」




