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なにも起きないはずの夜5

 大丈夫だとは思いながらも、全員で様子を窺いながら警備室へのドアを開けて、また時計を確認。


「なった」


 簡潔なルイルイの報告を合図に、皆で速足で警備室をつっきって予言機の部屋へと入る。


 相変わらず鈍い音を立てて変わらずそこにある巨大な円柱。今は、どこか安心感がある。この機械に予言をしてもらって、そこで問題がなければ今日の安全は保障されるわけだ。潜水館の修理も今日中には終わっているかもしれない。


 アイコンタクトを互いに交わして、エジソンが一歩前にでる。腰の高さにあるスイッチを押して、予言機の音を一段大きくさせる。未来予測が終わる。


「予言せよ」


 そして、エジソンが言う。


「特筆すべき事件は起こるか」


 起こらない。そう言ってくれ。いつしか僕は祈っている。機械に。

 そして、その祈りは。


『――起こる』


 裏切られる。周囲の空気も凍る。奇妙な感覚。その返事が返ってこないで欲しいと祈っていながらも、予想はしていたような気がする。僕以外もきっと。


 だが、希望もある。そう、この予言を聞くことによって予言は裏切られる。そう説明された。つまり、予言を聞いてそれについて対策を立てれば、その特筆すべき事件というのは回避できるはずなのだ。


「……うむ」


 唸ってから、エジソンは僕たちとまた目を交わし、


「予言せよ。ニャンは倉庫から脱出するか」


 まずは、一番気になるところを質問する。もしそうならば、ニャンの脱出を防ぐことが第一となる。違うならば、ニャンが脱出しないにも関わらず起こる事件の詳細を確かめて対策する。そう、はっきりと対応策はできている。


 だが、しばらくの沈黙、そしてひと際大きくなった稼働音の後に返ってくるのは、


『――エラー』


 そんな、僕が全く予想していなかったものだ。


「……え?」


 間抜けな声を漏らしてしまう。


『エラーです。オブジェクトが存在していないか、存在値がオーバーフローしている可能性があります』


 予言機は、そんなわけのわからないことを言う。


 僕と同様に困惑しているのはメアリだ。一方、それ以外、ルイルイ、エジソン、ディーコンの顔色は凍り付いている。その返答の意味が分かっているかのように。


「このエラーは――」


 かすれた声でエジソンが言う。


「――既に起こっていることについて予言した時に出ることが実験で分かっています」


 それで、僕とメアリの顔も凍り付く。それは、つまり。もう、ニャンは脱出している、と?


「……予言せよ。起こる、特筆すべき事件とは何か」


 そのかすれた声のままで、エジソンが続ける。


 そうだ。もしも、ニャンが既に脱出しているとしても、それでも事件を防ぐことはできる。そのはずだ。


 だが、予言機の答えは、またしても、


『――倉庫におけるニャンの死体の発見』


 僕たちを、混乱の極みに叩き落すものだ。


 そして、そこから僕たちは混乱したまま、はっきりと記憶もできないままに、動く。全員で多目的室に駆け込み、見張り役のヴァンとイースター、エーカー、そして簀巻きにされたタリィが無事なのを確認してから、全員で口々に、とりあえず予言機から伝えられたことをそのまま伝える。おそらくは、理解できないくらいの乱雑さで。


 訝しがりながらも、ヴァンとイースターはその深刻さは理解してくれたらしく、全員で身構えながら鎖で封じていた扉を開く。エーカーは眠そうな目をしてきょとんとしたまま、着いてきている。


 中には、無数の荷物、そして倒れたビンチョルだけがいる。


「――生きている。意識がないだけ」


 駆け寄って手早くそう報告したルイルイの顔は困惑している。見回してみれば全員そうだ。おそらく僕も。

 どういうこと、だろうか?

 ニャンがいない。それはでも、さっきの予言で半ば予想していたことだ。問題は、じゃあ、ここでしばらくしたらニャンの死体が出現して、それを誰かが発見するのか、ということだ。倉庫でニャンの死体を発見。それは、もうしばらく経ってのことなのか。


「……あれ?」


 そこで、違和感に気付く。

 そもそも、ニャンの倉庫からの脱出と、倉庫でニャンの死体が発見されること。これが同時に成立するのが、妙じゃないか? じゃあ、ニャンが脱出した後で殺されて、その死体を犯人が倉庫まで持ってきて、誰かが発見する? いやいや、その場合、特筆すべき事件がニャンの死体の発見だけなのはおかしい。ニャンの殺害、そして死体の運搬自体が事件として予言されないと。


 少しだけ冷静になってきた頭に、無数の疑問が湧きあがってくる。


 いや、そもそも。

 どうやって、ドラゴンイーターを殺す?


 根本の疑問に突き当たって呆然としたところで、


「――あっ」


 メアリが突拍子もない声を上げる。


 全員が彼女を向く。


「あの、さ……ひょっとして、倉庫って、こっちじゃない、とか、ないよね?」


 ゆっくりと、全員で、顔を見合わせる。

 そう言えば、倉庫は、もう一か所あった。


 こっちの、廃棄物を集める倉庫ではなく、寝室エリアの奥にある、あっちの倉庫。まさか。


「一応、調べてみましょう」


 のろのろと、エジソンが言う。全員、賛成の声すら上げることなく、まるで夢遊病者のような力ない足取りで向かう。タリィと気絶しているビンチョルは置いたまま、全員で。


 廊下を横切り、寝室エリアを通り、倉庫2の扉に辿り着く。


 扉は開かれる。


 日用品などの物資が並べられている。その隅。


 心のどこかで、僕が予想していたものが、そこにある。


「マジかよ」


 ヴァンの呻き声が後ろから聞こえる。


 倉庫の隅に、まるで不要物か何かのように、ニャンと呼ばれていた少女が、胸にナイフが突き立っている状態で、転がっている。四肢は奇妙にねじられ、口からは血をこぼし、そして、死んでいてもなお、その瞳は黄金に輝いている。


 つまり、予言されなかった殺人が起こった。

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