予言機3
「さっきの説明で、いくつか、気になるところはなかったか?」
タリィに訊かれるが、気になると言ったら全部気になる。ただ、制限というキーワードで考えると。
「ええっと、その日の予言をする、の『その日』って部分と、範囲内の情報を読み取る、の『範囲内』ですか?」
「どうした、今日は冴えてるねえ」
ヴァンがかなり本気で驚いているので少し腹が立つ。が、無視だ無視。
「まずその日っていうのは、どういうことですか? スイッチを押した時から二十四時間ってことです?」
「違う。本当にその日、だ。日付の問題だ」
タリィの言葉に僕は、ん、と少しひっかかる。
「ええっと、つまり0時から24時までの間ってことですよね。じゃあ、例えば、夜の10時――22時に予言を聞こうと思ったら、24時までの二時間の間しか予言できないってことですか?」
「そうだ」
それは、ちょっと不便だな。
「そして範囲内――これは、移動させられないから他で試したことはないが、とりあえず現時点では、この研究塔内だ」
「……え?」
この研究塔内?
「じゃあ、この予言機って、色々と面倒な方法をとってやっと、この研究塔内でその日のうちに起こる出来事を予言する機械ってことですか?」
タリィではなく、渋い顔でメアリが頷く。
ゴミじゃん。
「じゃあ、僕たちみたいに外から来る場合って、塔に入るまでは予言できないんですか?
「そういうわけでもない。言ったろう、予言機は人の記憶や思考も含めた情報を読み取る。俺たちは当然今日ココアとヴァンが研究塔に来ること知っていた。その俺たちの意識を読み取ってココアとヴァンが来ると予言すること自体はできる、が」
タリィは苦々しく眉を顰めて、
「信頼性はかなり低くなる。塔の外、つまり範囲外で何かが起こって、ココアとヴァンが来なかったりしてもおかしくない」
そうか。それこそ、潜水館で事故が起こる可能性だって、ないことはない。
「ん? ちょっと待ってくださいよ。逆に言うと――この研究塔では、潜水館を使うとか特別な方法を使わない限りは、本来は外の影響、つまり予言機の範囲外からの影響を受けないわけですよね」
ということは、つまり。
「この研究塔って、その予言機が予言するにはかなりぴったりな場所っていうか、ひょっとして、この研究塔ってそもそもその予言機の実験のためにあるんじゃあ?」
「ありうる話だ。実際、それくらいやってもおかしくないほどのものだろう? 未来を知る、などと、まるで神のごとき力を得ることができる」
タリィは満足気だが、
「実用性皆無だけどね、さっき言った制限のせいで」
とげとげしくメアリがけちをつける。
「全く芸術を理解しない凡人が――」
文句を言おうとするタリィをエジソンが遮り、
「それから、時間の情報については予言できません。例えば何時に何が起こるですとか、それが起こるのは何時か、というような予言は不可能です。エラーがでてしまいます。正確ではなくざっくりとした時間帯についてならば予言できる場合もありますが、その場合もかなり予言機に負荷がかかってしまうので好ましくはないようです」
補足説明してくる。
「それは……どうしてかっていうのは分かっているんですか?」
「この天才の推論でよければ」
と、余計な前置きをしてからタリィが続ける。
「さっきの飽和予言の話と同じく、これも予言機自身の未来予測や予言が関わってくるためだろう。未来予測にかかる時間や、予言を伝えるのにかかる時間、ほんのわずかとはいえ、それが時間の問題には関わってくる。つまり、『正確にいつ起こるのか』をシミュレートするためには『自分が未来予測を完了するのにどれくらい時間がかかるのか』をシミュレートする必要があり、そのためにはさらに『そのシミュレートをするには時間がどれくらいかかる』……とキリがなくなる」
「ええっと、よく分かりません」
正直に答える。
「凡人には説明が高尚すぎたか……時間についての情報を予言しようとすると、負荷がかかるのでエラーが出る、とだけ考えておくといい」
「まあまあ、ともかく、です」
エジソンがにこやかに、
「以上の情報を踏まえて、脅威ではないが、しかし非常に興味深い聖遺物である、というような形に記事にしていただきたいのです。どうでしょうか」
「ううん」
腕組みする。
「他国が警戒するような実用性はないが、非常に興味深い……聖遺物にしてはもろいけれど、聖遺物にしか思えないような技術が使われている……うーん、結構そのまま、素直に予言機を記事にしたらいけそうですけどね」
特集記事が組めそうだ。
「酷使すると破損の可能性も否定できないから、一日に実験できる回数は限られている。今日は、取材用に残しておこうとまだ実験をしていない。どうする、やってみるか?」
タリィの誘いに、僕は頷く。願ってもない。
「じゃあ、いきます」
少しどきどきしながら立って予言機の前まで歩く。僕以外の面々は特に反応なくそんな僕を見送っている。多分、今更予言で昂ったりはしないのだろう。飽きるぐらいやってきているのだ。
「ええと、じゃあ……予言せよ。この研究塔で、事件は起こるか」
『――起こる』
起こる?
慌てるが、周囲の人々は全く感情を動かそうとしない。
「あー、ココア。事件って言ったら、例えば誰かが転ぶとか、コップが割れるとか、無数にある資料の山に埋もれて物がなくなるとか、そういうのだって事件だ。もっと限定しないと」
ヴァンがアドバイスしてくれる。なるほど。
「予言せよ。特筆すべき大事件は起こるか」
これならいいか?
『――起こる』
途端、全員がきょとんとした顔を見合わせる。その後、ゆっくりと緊張感が満ちる。
「これって、まずい、ですか?」
すぐには誰からも返答はなく、しばらくの沈黙の後、
「まずい、というか……ココア」
何事か考え込んでいたヴァンは、
「何が起こるか、だ。問題は」
「え? あ、ああ。そうか」
そうだ。別に、それを訊けばいいのか。
「予言せよ。起こる大事件とは何か?」
『――侵入者を発見。研究塔へ閉じ込められる』
はっきりとしたざわつき。イースターが抜け目なく動き、ドアを開けて警備室に向かおうとして、ドアの向こうを見たきり、固まる。
それを横目で見ながら、
「予言せよ。侵入者とは誰?」
僕は更に問うことを止められない。
『――ニャンとビンチョル』
その答えと同時に、
「こんにちは。タリィ以外とは、初めまして」
イースターがドアノブに手をかけたままゆっくりと倒れて、その体を乗り越えるようにして男女が部屋に入ってくる。
二人とも、見覚えがある。そのうち一人、少女の方は、絵を通してだけだが。
「俺の方は、目玉奪う時に会っていると思うけど」
静かに、ヴァンが言う。
「ああ、あの時はどうも」
にっこりと笑う、黄金の眼の少女――ニャンがこちらを向く。
「さて、それでは始めようか、ビンチョル」
名前を呼ばれたニャンの横の男――記憶の中に比べてやつれ、目だけがぎょろぎょろと輝いているビンチョルが黙って頷く。
犯罪組織のインテリ幹部だった面影はもはやなく、追い詰められた奴隷のようだ。
「僕の最高傑作になるはずの演目――名探偵の最後だ」




