推理5
「大昔のことは知らないよ。かつて、村で何があったのかなんてね。今から掘り返してもいいけど、あまり意味はないだろうし、何となく――愉快なことにはならない気がするしね。古い因習の残る田舎で、代々引き継がれる巫女にされた少女とその友達がどんな風に、なんて、いやーな感じでしょ」
確かに。何となく、どろどろとしたものを感じる。
「だから、重要なのはその何となく嫌な感じからあの三人が抜け出した後だ、ソラが神がかりになったのをきっかけにね。その後、例の大会があった。これで更なる飛翔を、と狙っていたのかもしれない。けれど、そこでソラはつまずいた。それから、まあ、こういう言い方も悲しいけど、ソラたち三人……『歪杯の会』は、落ちぶれていったわけだ」
例の棒らしきものをくる、と回してヴァンは表情を殺す。感情のない、観察するだけの目でケイブを眺める。
「落ちぶれた、でも知名度だけは半端にある組織。いかにも食い物にしてくれと言わんばかりだ。また悪いことに、そこへのパイプがあった。ホージョウ、元々ソラのスポンサーをしていた男は、今では落ちぶれて犯罪組織の下っ端だ。そこから、ソラに……ああ、そうだ、多分、ソラにだ。彼女に、提案があった。彼女はそれに乗った。『宗教ビジネス』だ。犯罪組織が協力すれば、失せもの探しに凶事の予言。何でもできる。失せものや凶事をつくることが仕事みたいなもんだからね」
「い、インチキってことですか? でも、じゃあ、あの地中に埋まっていた杯は――」
「あれも当然前もって適当なものを埋めておいたんだ。それから、ソラがお告げをきいたとかでそこの屋敷を買って地下から掘り出せばそれでおしまい。で、だ。多分だけど、それに協力したのが、妙な逃げ方してるし、オーキのじいさんだったんじゃない?」
「何を言ってるのか分からねえな」
青白い顔で睨みつけるケイブの表情は、どう見ても何もかも分かっているようにしか見えない。
「土の魔術の泰斗ならぴったりだ。土に潜って先に杯を埋めておく……それ以外にも、結構面倒なことをしなきゃいけないしね。こいつをつながなきゃいけない」
棒状の金属を掲げるヴァン。
「鉄の棒を、ですか?」
「ココア、さっきチェックしていただろう? これは、ただの棒じゃあない。筒だ。つまり、金属のパイプ。これを埋め込んで、例の聖域と、ある場所をつなげたんだよ。かなり大規模な仕事になるが、元々廃墟だったことに加えてオーキの魔術なら、しっかりとした準備をして後は時間をかければそこまで困難じゃあない。ああ、ちなみに、オーキもソラもあんたらの組織に揃って嫌気がさしていたんだと思う。どうにかならないかな、なんて二人で相談してたんじゃない? さて、このパイプはあの屋敷の地下の聖域に埋め込まれた。で、そこからなるべく曲げずにつなげるとしたら、どこがある? 近くに、つなげられそうな場所は?」
「あ。そういうことっすか」
アオイが手を打つ。
「え? でも、どういうことっすか? つまり、そういうことっすよね。あの杯のあった場所から、あのホテル、『ガレージ』の地下のどっかに、パイプでつないで、それが――」
うっ、とアオイがそこで呻く。
「そ、そういうことっすか――伝声管だ」
「そう。ご神体の杯のお告げを聞く、という名目で、実際はそのパイプを通してホテルにいる人間と連絡をとっていたってこと。例の失せもの探しや凶事の予言なんかもここからでしょ。聖域から一歩も出ずに外の様子を探る千里眼、なんかもできたんじゃない?」
「いや、でもちょっと待つっす。いくらなんでも、そんな距離を土の中を通ったこんな細いパイプで、ちゃんと連絡を取れるもんすか?」
「アオイさん」
ようやく僕も全容が見えてくる。
「ソラさんに限っては、それを心配する必要はないですよ。だって、音や声っていうのは空気の振動なんですから」
「あっ、そ、そっか、そうっすね」
そう。一国の代表に選出されるほどに風の魔術に長けるソラなら、そのパイプを通しての通信は可能だ。
「それに、そのままダイレクトに声を使っているとも限らない。モールス信号に類するものを決めていたのかもしれないしね」
「モールス信号?」
聞いたことがない。
「あっ、やべっ、何でもない、ともかく、簡単な信号にしてたのかもしれない。まあつまりは、そのパイプを使ってやりとりは可能、ってことだよ。で、あのホテル『ガレージ』の地下にいる組織の人間とやりとりをしていると考えたら、ほら、あの地下に住み着いている、犯罪組織の人間がいたよね?」
全員の視線が、その人間――ケイブへと集中する。
「だから、どうした?」
絞り出したケイブの声と視線は怒気と殺気に塗れていて、気弱な人間ならそれだけで悲鳴を上げてもおかしくないくらいだ。だがそれを受けたヴァンはやはり観察者の目をしたまま、
「もう一つ、あんたが怪しい理由が増えたってことだよ。イワンはソラにつきまとっていた。かつてのあの事件の犯人がソラだと思い込んでね。それは完全に大間違いっていうか、プライド高すぎて後に引けなくなって自分で自分にそう言い聞かせた結果なんだろうけど、それはいいとして、それでイワンはこのインチキに気付いた。付き纏っていた結果ね。で、どうしたの? 金でもせびってきたわけ? 黙っといて欲しかったら、ってさ。ソラの方じゃなくてあんたの方を脅迫したのはよく分からないけど。で、まあ、さっき言ったように、殺し合いになった、と」
「……あれ? ちょっと待ってもらっていいっすか? ということは、ソラと組んでその、インチキ宗教ビジネスしたのも、今回の事件の犯人も、そこのケイブってことっすか?」
余程意外だったのか、今更ながらそこに驚くアオイ。
「そうだよ。なかなか悪知恵が働くよね。自分は暴力以外取り得がない、なんて風に見せておきながら、こんな頭を使った金稼ぎを裏でする。ビンチョルは確かもうちょっとで大幹部になる瀬戸際なんだっけ。さぞや、金が必要だろうね。このタイミングであいつに大金を都合してやったら、自分ももっと旨い汁を吸えるのかな。いや、ひょっとして、実はビンチョルを裏から操っていたのがあんただったとか? それはちょっとうがちすぎかな」
黙ってしまったケイブに、ヴァンは畳みかける。
「さあて、まだ観念してくれないなら、もう一つの殺人の方に移ろう。こっちはあくまでおまけみたいなものだけど、まだ頑張るあんたへのとどめくらいなら使えるか」
そうして、少しだけヴァンは言い淀み、何か振り切るように首を振ってから、
「まず、大前提だ。ケイブ、あんたとソラは、例のインチキにおける共犯関係だけではなくて――愛人関係だったんでしょう?」