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過去 ヴァンの推理

「とりあえず、ウーヘイやオーキ含めたナムト国側が共謀してこの犯罪を行ったって話はなしにしよう。それが前提だ」


 その発言にさっそく噛みつこうとするイワンの気配を感じて、ヴァンは手でそれをおしとどめ、


「ああ、理由はさっき言った動機の面だ。ナムト国側にとって、今回のイベントにケチがつくなんて何と引き換えにしても釣り合いがとれそうにない。もちろんこれはナムト国の人間が犯人ではないことは意味しない。個人的な事情でナムトの誰かが犯人だとしてもおかしくはない。これはいい?」


 それならば納得したのか、とりあえずイワンは大人しくなる。やれやれ。


「で、そうなるとナムト国からの情報――四本の鍵がないと金庫が開かないだとか、予告状だとか、そういう前提から嘘があった、って話は考えないでいい、とりあえずは。そうなると、普通に考えて――この金庫から『黄金の瞳』って宝石を盗み出すのは無理だね」


 あっさりとそう結論を出したヴァンに、全員が目を丸くして黙る。唖然としている。


 広がる沈黙を破って話を続ける気にならず、ヴァンも黙って待つ。


「……ですが、とか、続かないのか?」


 しばらくの沈黙ののち、ようやく、イワンが言う。


「続かないけど。どう考えても、金庫から宝石を盗み出すのは無理だ」


「どういうことや、一体? 現に今、ないやろうが。それとも、それが間違っとるのか? 本当は、金庫の中にあるんかい?」


 オーキの疑問に、ヴァンは首を振る。


「まさか。自分の目で確かめましたよ。確かに、あの金庫の中には何もなかった」


「分からんな。何が言いたい?」


 焦れた様子のウーヘイ。


「つまり、金庫からあの宝石は盗み出されていない。そして今はない。ということは、簡単な話だ。最初から、宝石は入っていなかった」


 しん、と全員が黙る。今度は、さっきよりも長い沈黙。


「……いやいや、衆人環視の中、金庫に『黄金の瞳』が入れられた。それは全員が見ただろうが」


 苛立ちと嘲りの入り混じったイワンの反論に、他の全員も無言ではあるが同意を示す。


「確かに、黄金色で透き通った宝石らしきものが金庫に入れられるのは見たよ。だけど、それだけだ」


 ヴァンの答えに、また沈黙。


「――偽物だった、と? けれど、それでもおかしい。偽物だろうと何だろうと、『それ』が金庫の中にない」


 静かにソラが言って、余計に周囲の混乱は広がったようだ。ソラの言葉の意味を理解したのは、


「ふむ」


と相槌を打ったオーキくらいで、他の連中は目を白黒させている。


「ええっと、ちょっと待ってくださいよ、どういうことだ。偽物? だとしたら、ええと」


 ホージョウがぶつぶつと呟いていると、


「ああ、そうか、そうだ。当然の話か。もしも宝石が偽物にすり替えられたうえで金庫に入れられたとしても、それならば宝石を盗み出すことはできても、結局偽物がその金庫の中に残る。それすら残っていない、ということか」


 その横にいて一足早く結論に辿り着いたらしいビンチョルがまるでホージョウに教えるかのようにゆっくりと言う。それを聞いて、ああ、とホージョウは納得して頷く。


「もちろん、その通り。だから、偽物の宝石ならそこに残っていないといけない。それなのにそこに何も残っていない理由はただ一つ。つまり、それはそもそも」


 目だけを動かし、ヴァンは周囲を探る。まだ、見つからない。


「宝石ですらなかった。あれは偽物の――」


 諦める。おそらく、もう逃げた。無理だ。ならば、ここで引き伸ばしたり油断させても無意味か。


「――氷です」


「はあ!?」


 ほぼ全員の声が重なる。驚愕と呆れの入り混じった声を出さなかったのはその場にいる人間の中でヴァンを除くとソラとハヅキだけだ。ちなみにハヅキは驚いていないわけではない。多分、元々声を出すタイプではないのだろう。


「氷って、そんなわけがないだろう」


 イワンが真っ先にそう言うと、


「どうして?」


 即座にヴァンは返した。


「どうしてって……ええと」


「氷ならさすがに間近で見た人間が気付く」


 言い淀んだイワンの代わりにソラが言った。


「それに、そもそも色が違いますな」


 続いてホージョウ。


「大体、溶けるだろう」


 最後にウーヘイ。


 見事に全員にぼろぼろに反論された。


 だがヴァンは動じることはない。


「近くで観察した人間が気付くっていう話なら反論はない。色なら、顔料を水に溶かしてから凍らせればいい。溶けるのを防ぐためには、魔術で凍らせ続ければいい」


 矢継ぎ早にする返答。その途中で、何かに気付いたらしいウーヘイははっとした顔で周囲を見回した。


「ちょ、ちょっと待て。ひょっとしてお前、犯人が僕だって言いたいのか?」


 唐突にイワンが慌てだす。これはヴァンもぽかんとした顔をした。


「……え?」


「だって、氷の魔術で、宝石そっくりの氷をつくりだすことができる天才なんて僕くらいのものだろう? やめろ、いくら天才だからって濡れ衣だ」


 当人は本気らしく、口調には悲惨なものが混じっている。


「いやいやいや、全て魔術で宝石そっくりな氷をつくる必要はないよ。例えば、そうだな、部屋かどこかで色のついた水を魔術で凍らせる。それからそれを手作業で切ったり削ったりして宝石のように仕上げて、あとは魔術はその氷が溶けないようにするために使い続ければいい」


 ウーヘイ以外にも、ヴァンの結論に気付いた人間がちらほらと出だした。周囲を窺っていた。誰かの顔を捜しているように。


「ちょっと待ってくれ、いや、待ってくださいよ」


 ビンチョルが頭を振る。


「つまり、金庫の中には宝石ではなく氷が入っていた、と? だが、それなら溶けた跡があるはずだ。水や、混ざっていた顔料……それはなかった。違いますか?」


「ありませんでしたよ。目だけでなく、指で触って確かめました」


 ヴァンは中指と親指をすりあわせる。


「きれいなものでしたよ。ほこり一つなかった――だからそれが怪しかった。あまりにもきれいすぎた。だから、金庫が開いた後に、誰かがこっそりと金庫の中を拭ったんじゃあないかと思ったんです」


 そして、ウーヘイに顔を向ける。


「さて、さっきソラが指摘したように、さすがに目の前にあればそれが宝石か氷かなんて気付くはずだ。そして、どのタイミングで宝石と氷がすりかえられたとしても、開会式の場で金庫に入れられたあの瞬間――あの時には絶対に氷でないといけない。あくまでも、金庫の中には氷が入っていた、という仮定の元だけど――怪しいのは、まずはあの時に金庫に入れた係員。そして、その係員なら氷の魔術を金庫に入れる直前まで使い続けることができる。そうして、次に確認のために金庫が開けられた時に中を即座に拭うことができた係員。最後に、氷の魔術がそれなり以上にできる奴。こいつらが怪しい。いや、こいつら、って言い方はおかしいか。それぞれが別の人物だとは限らない。もしも、全てを同一人物に重なるとしたら――」


「ショウトウはどこだ?」


 ヴァンの言葉が終わらないうちにウーヘイが声を上げる。


「いえ、先程から探しているのですが」


 その声に応じる係員たちは皆焦って、誰かの顔を捜している。


「――心当たりがあるってことね?」


 ヴァンの問いかけにウーヘイは頷く。


「ああ、ショウトウという係員に、全て当てはまる。おのれ、何ということだ――緊急配備だ」


 ウーヘイの号令と共に、係員たちが駆け出していく。ウーヘイもまた目だけでヴァンに礼を言ってからそれを追う。

 後には、ヴァン、オーキ、イワン、ソラの大会出場者と、そしてその関係者のハヅキ、ギンジョ―、ビンチョル、ホージョウが残される。


「……ええっと」


 誰も何も言わないので、仕方なくヴァンは言葉を続ける。


「それで、これからどうする?」





 結局、ショウトウは見つからなかった。そのまま失踪。既に住居はもぬけの殻となっていた。彼が犯人で間違いないだろう、というのが結論だ。犯行の動機としては、のちの調べで分かった、彼がしていた少なくない額の借金が関係していたのだろう、ということになった。

 怪盗セイバーという名乗り、予告状から考えてそれはおかしい。単独犯ではないのではないか。ヴァンはそう声を上げたが、この醜聞をさっさと終わらせたいナムト国当局によりそれは黙殺された。


 大会は続行された。ウーヘイの嘆願を出場者が受け入れた形だ。そもそも、出場者の誰も『黄金の瞳』自体にはそこまで興味はなく、名声が目的だったのかもしれない。弱冠一名――イワンだけがナムト国側の不手際を理由にして再試合をずっと要求し続けていたが、スポンサーであるビンチョルが黙らせた。事件を知る者は口をつぐんで滞りなく大会を進めることと引き換えに、ナムト国に貸しをつくった形になる。ビンチョルやホージョウといった商売人にとっては、そちらの方が重要だったろう。


 大会はオーキの優勝で幕を閉じた。

 盗難事件は公になることはなく、大会にナムト国民は満足し、そしてこれで話は終わる。


 元々そこまで乗り気ではなかったこともあって、ヴァンは大会が終わるとすぐにこっそりと会場を去ろうとしていた。

 控室からは少し遠い、つまり誰も使わないであろう出入口から外へ、こっそりと抜け出そうとドアを開けたところでヴァンは固まった。


 何もない、静かな夜闇の中、白く少女の姿が浮かび上がっていたからだ。そして、その少女には見覚えがあった。


「ソラ、だっけ」


 かなり驚いて心臓がばくばく音を立てているのを誤魔化し平静を装って声をかける。


「……ヴァン、さようなら。それだけ言おうと思って」


 彼女の傍には、ずっと張り付いているかのように一緒にいたハヅキとギンジョ―の姿はない。


「どうして、ここに?」


「お別れを言いに」


「いや、どうして俺がここを通るか分かったのかって意味なんだけど」


 その質問に答えることはなく、ソラは星空を見上げた。


「さすがは名探偵。私の事件も、あなたに捜査してもらえればと思う」


「私の事件?」


「未来の話。私は事件に巻き込まれることになる」


「神のお告げってやつ? 予言?」


 ずっと星を見ていたソラはそこでゆっくりと顔を戻す。


「また、会うことになると思う。さようなら」


 夜の闇の中で、まるで輝くかのように夜空をそのまま映していた彼女の瞳は美しかった。


 訳が分からないが、ともかく繰り返し「さようなら」と別れを告げられたので、ヴァンも軽く頭を下げて、彼女の横を通り過ぎて、その場を去った。


 それで、終わり。


 その後、ヴァンの片目がセイバーによって『黄金の瞳』と引き換えに奪われたことは、ごくごく限られた一部の人間しか、知らない。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今更かもしれませんが、 合いかぎはウーヘイが持っていて他の人はそのことを知らない⇒ ウーヘイが金庫の中身が無いことを確認して係員を呼んだ と言っているので、そのような状況からショウトウ…
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