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推理8

 部屋の空気は張りつめている。探偵士たちが緊張しているからだ。何が起こっても対処できるように、身構えている。ヴァンの話を聞いているうちに、


喋りすぎた、とばかりに水を飲みだすヴァンは、また再び俯いて、


「ふう、で、イースター君、どう? ここまで聞いて。マカロンを一時拘束して徹底的に捜査するくらいの根拠にはなるんじゃない?」


「自分の判断としては、任意でお話を聞いて、家などを捜索する程度の根拠でしょうか」


 イースターはそれだけ言うと、マカロンに向き直る。


「それで、マカロン殿。よろしいですか? もしよろしければ捜査に協力を――」


「断る、と言ったら?」


 この状況下では冷静すぎるほどに冷静な表情と声色になって、マカロンは言い放つ。


「もしも犯人じゃあないなら、それは賢くないんじゃない、さすがに?」


 取り繕うのをやめたからか、腕を組み顔をしかめるというこれまでの浮世離れした振舞いとはまるで違う態度で、ムニルが指摘する。


「ここまで話を聞いたら、正直怪しむわよ、あたしたちだって。これまで通りにはいかない。でも、セイバーの正体がマカロンだって確信しているわけでもない。仲間だし、信じたい気持ちもある。ねえ、劇団のためにも、大人しく捜査に協力しない? それでセイバーじゃなかったと結論が出たら、あたしたちもこれまで通りに接することができるじゃん。まあ、その場合問題はあたしたちだけど」


「ほんとよね。ヴァンも余計なことをするわよ」


 横でハルルが頷き、


「これでマカロンが犯人じゃなかったら無意味にあたしたちの秘密を暴露したってことで慰謝料搾り取ってやるわ」


 とヴァンを睨む。当の本人は俯いているので多分睨まれていることに気付いていない。


「まったく薄情な連中だわ……ルイルイ、あんたもそうなの?」


 追い詰められているのか、マカロンは平然とした様子ながらも貧乏ゆすりを始める。小刻みに右足のつま先でかたかたと床を叩く。


「私はあなたがセイバーだとすればむしろ納得する。元冒険者で、公演で各地の劇場に移動することがあり、享楽的な性格。一方セイバーは、マジックアイテムを多用しつつ身体能力が高く、世界を股にかけていて、予告状をわざわざ出したうえで娯楽として盗みを行う。ほら、ぴったりでしょう?」


「本当、やってられないわ。同僚からも上司からも、信頼ないのよね、あたし」


 肩をすくめた後、マカロンは貧乏ゆすりをぴたりと止めて、


「分かったわよ。じゃあ、えっと、イースターさんですっけ、捜査に協力するわよ。これでいい?」


 ため息とともに、イースターへと一歩踏み出す。


 臨戦態勢だった探偵士たちの気がふっと緩むのが僕にも分かった、その瞬間。


「――悪いわね」


 そう言って突如として笑うマカロンは、しかし。


「え?」


 僕たちが何もしていないのに、そのまま笑顔を凍り付かせて、思い切りその場に転ぶ。顔面から床に突っ込む。


「うわっ」


 ずっと俯いていたヴァンはその様子に仰天して、


「ま、まあいいや。イースター君。今のうちに取り押さえて」


「えっ? あ、はっ、はい」


 我に返ったイースターと、数人の探偵士が倒れたマカロンを囲み起こす。勢いよく顔面を打ち付けたせいで、どうやら気絶しているらしい。


「あの、何が起きたんですか?」


 僕の質問に、


「え? ああ、マカロン、パーティーの時も普段も今も、ずっと靴が一緒だったんだよ。靴でマカロンだって判断できるくらい、ずっと一緒。何か仕込んであるんじゃないかなって、ずっと気にしてたんだ」


 俯いていたのは、靴を観察していたのか。


「そうしたら、前準備みたいに爪先を何度も床に当ててるから、多分靴のどこかの部分に思い切り衝撃を与えたら発動するタイプだと思ってさ。煙幕弾か、それとももっとえげつないものか……まあともかく、怪しいと思ったから、ほら」


 視線でヴァンが指し示す先を見てみる。探偵士に抱えられているマカロンの足の先。靴。凍り付いている。


「あれって……」


「何かやる、と思った瞬間に両方の靴を凍り付かせてやったんだよ。ずっと準備しておく時間はあったんだから、この超天才魔術師でもある俺にとっては簡単な話だ。足を動かそうと思ったら両足が地面に張り付いたみたいになって隙ができる。その瞬間にとっ捕まえる……つもりだったんだけど」


 まだ目を回しているマカロンを一瞥して、


「多分、ちょっとやそっとの衝撃じゃあ誤作動しないように、よほどの勢いと力で踏みつけなきゃ起動しない仕掛けだったんだろうね。まさか、あそこまで見事にすっころぶとは……」


「これまで、ずっと劇の中みたいに不思議だったのに」


 脱力しきった声で、ルイルイが言う。


「最後が、これ? あまりにも間が抜けて過ぎていて、自分たちが劇の登場人物みたいなさっきまでの感覚――完全に消えてしまったわ」


「まあ、そりゃあそうですよね」


 思わず僕は口をはさむ。


「だってこれは、現実ですから」


「確かに、こんな間抜けな終わり方をするフィクション、あるはずがないわね。はは、はははは」


 ハルルはそう言って突如として笑いだす。緊張から解放されたのもあるのだろう。


「終わった、のね--ある意味で、ずっとつくりものみたいだったこの事件には、相応しい終わり方なんじゃない?」


 メアリの批評に答える人間はいない。誰も答えられないのだろう。こうして、つくりもののような事件は、つくりものではありえないくらいに間抜けな終わり方を迎える。

後はエピローグです。

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