推理7
脚本には不自然な場所があった、とヴァンは始める。
「ダンジョンだから、というのもあるんだけど、それ以外の不自然な点があった。一番分かり易いのは、プロットだけどね。プロットの最後――ハルルは死体を見つけて墜落死だと断定するとあった。これが妙だ」
でしょ、と同意を求めてくる。ハルルとムニルの二人は苦い顔をしているが、それ以外の全員はぽかんとしている。何を言っているのか、と。だが、探偵士の面々は意外にも頷いている。
「死因の断定ですね。素人がそれをするのは難しい。特に、最上階に死体があるのならば状況からして墜落死だとは思えない。その状況下で死体を見て墜落死だと判断するには、明らかに専門的な知識が必要です。自分でも同じ状況であれば、専門家を呼んで意見を聞かなければ死因は分からない。いえ、それどころか、何か巨大な凶器を激突させて殺したのだと考えて、土の魔術の熟練者を疑うくらいでしょう」
イースターの発言にヴァンは満足気に頷いて、
「そういうこと。医術知識に長けているのはムニルの方だ。ムニルならともかくとして、ハルルがその状況下でどうして墜落死だと判断できたのか。これは一番大きな不自然な点だ。そして、それに引っかかると遡って脚本の中にも奇妙な点があった。不自然なセリフだよ。覚えているかな? ハルルの服は噴水の中に入ったことで水でびしょ濡れになった」
「ああ、ありましたね」
だが、あのシーンが何だというのか。
「そこで、二人はこんなことを言う。屋内で風が吹いていないから、服が渇きにくい、と。妙なセリフでしょ、よく考えたら。ハルルにとっては双子の姉が死んだばかりで、脚本としてはその死に対して何らかの感情をみせなきゃいけない場面だ。そこで、能天気なこんな会話を二人でするなんて、不自然だし、少なくとも不必要なセリフだ。このセリフは、観客から突っ込まれるためのものだよ。つまり――」
さすがにそこまで話が進めば僕にも分かる。
「お前は風の魔術が使えるだろ、ってことですか?」
「うん。風がないことを不平不満言うくらいなら自分で風を起こせってことだね。まあ、細かいことを言うと、そもそもムニルとハルルの姉妹が風の魔術が得意だって話は誰もが知っている話ではないから、観客というよりも関係者からの突っ込み待ち、か。ともかく、これは何を表しているかというと、ムニルは風の魔術が使えないことを暗示しているセリフだ」
ようするに、とヴァンはまとめる。疲れたのか、俯きがちになってきている。
「脚本家はムニルとハルルが入れ替わっていることを――つまり、医療魔術が得意な方がハルルになっていることもあることや、どちらかしか風の魔術を使えないことを知っていて、それを脚本やプロットで示していたってことだよ。もちろん、これだけじゃあ脚本の中の話、ただのフィクションの話だ。だけど、一度そうやって疑ってしまえば、現実の方でもそれを示唆することはいくつかあった」
俯いたままで、指折り数えだすヴァン。
「まず一つ目。脚本家について質問している時に、ムニルが答える場面があった。団長として脚本家と接触しているのはハルルの方なんだから、そこでムニルが入ってくるのはおかしい。二つ目。稽古を逃げ出したマカロンを捕まえにムニルがやってきた。これも妙だ。立場的にもキャラ的にも、そういう時に追うのはハルルであるはずでしょ。風の魔術が得意な方がマカロンを捕まえるのも得意で、そっちが『ムニルをやっている』時にマカロンが逃げ出したんで思わず捕まえてしまった。それ以来、ムニルの方がマカロンを捕まえる担当になった――いや、担当にせざるを得なかったんじゃない? だから、逆の方が『ムニルをやっている』時にマカロンが逃げ出したら、捕まえられない」
「あっ」
声が抑えられない。そう言えば、マカロンが言っていた。逃げ出した時に成功するのは二回に一回だと。あれはつまり、風の魔術が得意な方=捕まえることができる方がムニルだった時は失敗で、逆だったら成功ということか?
「そして三つ目。ある意味でこれは奇妙でもなんでもないんだけれど――誰よりも自他ともに厳しい、団長ハルルの姉でありながら、ムニルはよくリハーサルを抜け出す」
「……どういう意味? まさか、双子なのに性格が違いすぎるとか?」
ようやく、多少固い口調ながらもハルルが声を出す。
「違うよ。性格違う双子なんて山ほどいるでしょ。俺が言いたいのは、誰よりも厳しい団長であるハルルは、本来ならムニルの脱走を誰よりも許さないはずだってことだよ。だってそりゃそうでしょ。ハルルの立場で一番まずいのは、不公平だとか贔屓しているとか思われることだ。だからせっかく、他人と同じくらい自分にも厳しいスタンスをとっている――これはマカロンから聞いたんだけど――のに、身内に甘いと思われたら台無しでしょ」
その指摘にハルルは何か言い返そうとして、結局言葉が見つからなかったのか、黙る。
「つまり、これはそういうリスクと引き換えにしてもムニルが逃げ出すことにハルルとしてもメリットがあるということで……まあ、手っ取り早く言うと、ムニルは元々そういうものとして存在したってことでしょ?」
「あのお、まったく意味が分からないのですが」
僕たちの気持ちをエジソンが代弁してくれる。
「ああ、そうですか? つまりですね、元々月華劇団を運営するため、完璧な誰からも文句のつけようがない、自他ともに厳しい団長としてハルルがつくられた。けどもちろん、そんな完璧な存在を演じ続けることなんて人間には無理だから、二人で分担した。多分、まずスタートはここ。で、じゃあハルルをやっていない方はハルルをしていた時のストレスを解放するように、色々なことを思い切りさぼって、何もかも人任せで、それでいて誰からも何となく許されてしまうようなキャラクター、それを演じることにした。そのためにつくられたのが、ムニルだ。そういうことじゃない?」
顔を上げて二人に向かってヴァンは問いかけるが、ムニルもハルルも反応しない。いや、ムニルは微かに反応している。舌打ち。彼女らしくもない、小さな舌打ちだ。
「全部俺の妄想だ、っていうならさっきも言ったけど風の魔術をこの場で二人とも使ってくれればいいよ。あるいは二人に医術クイズでも出すとか」
誰も何も言わない。
「……ともかく、二人が役割を入れ替えているとしたら、今『ムニルをしている』方も、当然ハルルとして脚本家と連絡をとったり、プロットに口出しをしたりもしていることになる。入れ替わった時に問題が起きないように、そのあたりの情報共有もこまめにしているはずだ」
つまり、ハルルが犯人でないならば、ムニルも同様に犯人ではないと。
「――まったく」
不意に、ムニルが疲れ切った声を出す。
「まあ、犯人にされるよりはマシだと割り切るしかないわね」
これまでとは全く違う、やさぐれた態度のムニルに、
「ああ、もう。諦めるの早いわね」
呆れた声を出してハルルが髪をかきむしる。
「じゃあ、本当に?」
そんな二人の様子を見ていて、ルイルイがひきつった顔をして問う。
「幻滅した?」
ムニルの返しに、ルイルイは絶句してそのままとすん、と横の椅子に倒れるようにして座る。ある意味で事件以上にショックを受けているようだ。
そして、沈黙。その中で、全員の視線がゆっくりとマカロンへと向いていく。
次で終わって、あとはエピローグです。




