推理6
とうとう、最後に残ったムニルに顔を向けると、ヴァンは咳払いして、
「さて、じゃあ、ムニルだけど――ううん」
言いにくそうに顔を歪めて、
「言っておくけど、これは本意じゃないんだ。人の隠していることを全部晒して回るような趣味もない。ただ、ムニルが犯人というのが妥当じゃあないと言うためには、仕方ないっていうかさ。そう睨むなよ」
言い訳しながら、今度はハルルに顔を向けると、懇願している。彼女は睨んでいるのだろうか?
一体、何の話を?
「まあ、そうだね、ほら、どっちにしろ、劇団員から犯罪者が出たら、これまで通りってことにはならないでしょ? だからさ、これを機会に月華劇団も生まれ変わるとか、そういうのも込めて、ここで全部告白しちゃうとか、そう考えたら?」
「――な」
滑稽なほどに必死に言うヴァンに対して、ようやくハルルが口を開くが、
「何のことか、わ、分からないわね」
明らかに動揺した口調で、誤魔化している。それにしても、役者であるハルルが珍しいほど崩れている。まるで、そういう演技をしているかのようだ。
「あ、そう? ムニルは――」
「あ、あたしもー、分からないわよ、あ、いや、うーん、分からないわー」
ムニルに至っては口調が崩れている。
「まあ、そうだよね。認めるわけがないか。じゃあ、勝手に言わせてもらうよ」
「ちょっと、さっきから一体何の話をしているのよ」
苛立たし気にマカロンがほとんど怒鳴る。
「ああ、悪い悪い、先に結論を言うよ。ムニルが犯人というのは妥当じゃあない。何故なら、それはハルルと同じ理由だ。ハルルが犯人であることが妥当じゃないなら、同様にムニルも妥当じゃあない」
しん、と一瞬だけ部屋が静まり、
「……双子だからって、それは乱暴すぎて話にならないわ。冗談はいいから、早く説明して」
ルイルイが突っ込む。
「いやいや、大真面目だよ。プロットの件をもってハルルが犯人じゃあないのならば、ムニルも犯人ではない。何故なら、ムニルはハルルだからだ」
は、と思わず声が出る。固まっているムニルとハルルを見比べる。確かに、二人いる。ムニルとハルルがいる。何を言っているんだ?
「そして同時にハルルはムニルでもある。でしょ?」
「何を――」
「ちょ、ちょ、ちょっと」
ハルルが反論しようと口を開いたが、それよりも先に耐え切れずに僕が声を出す。
「もうちょっと、ちゃんと説明してください。一体、何を言っているんです?」
「え? いや、だからムニルはハルルだし、逆もまたしかりってことだよ。これ以上説明のしようがないような……ああ、ええと、つまり、今ムニルをしている彼女は少し前はハルルだっただろうし、今ハルルの彼女はムニルだったこともある。そういうことだよ。双子で、おまけに両方役者。互いの役を入れ替えるくらいは簡単でしょ? ああ、どっちが本物のハルルとかムニルとかまでは分からない、というか本物っていうのがあるの? まあ、そんなことはどうでもいいか。とにかく、二人は入れ替わっているはずなんだよ。だから、二人ともハルルだし、ムニルなんだ。脚本家と連絡をとったり、脚本に口出ししたりも二人ともしているはずなんだよ」
「ちょっとちょっとー、いくら何でも現実離れしすぎじゃないー?」
ムニルが気を取り直したようにいつのもの間延びした口調で文句を言う。
「あたしとハルルちゃんが入れ替わっているなんて、そんなの無理に決まって――」
「俺の推理が間違っているって言いたいなら、いい方法がある。今この場で、ムニルとハルル双方とも風の魔術を使ってよ」
かちん、とムニルの声と動きが止まる。ハルルも同様だ。
風の魔術? それって――
「ムニルとハルルは二人とも風の魔術が得意。そうだったよね、確か、ルイルイ?」
突然名を呼ばれたルイルイは、
「え? あ、ああ。そうよ。劇団では有名な話よ。どちらも風の魔術に関しては一流で――」
「多分、それは間違いだよ」
「はい?」
彼女らしくもない間抜けな声をルイルイが出すが、それも仕方がない。関係者であるルイルイがそうだと言っているのに、どうして部外者のヴァンがそれを否定できる?
「元々、ええっと、ハルルの方が風の魔術が得意で、ムニルの方は医療魔術が専門。風が得意な方と医術が得意な方がいるんだ。だから、ムニルは風の魔術が使えないか、もしくは使えるとしてもハルルほどじゃあない。そのはずだ。そういう設定にするはずだったんだよ。多分、何かの拍子で間違えて、風が得意な方が『ムニル』をやっている時に人の前で魔術を使っちゃったんだ。それで、どうしようもないからそれ以来、どちらも風の魔術の腕は一流って設定に変えた。どう?」
頭が混乱して、ヴァンの言っている意味がよく分からない。だが、少なくとも、ハルルもムニルも黙り、風の魔術を使おうとする素振りすら見せない。一体、これは?
「どうも、いつもと勝手が違うから困るな。ええっと、じゃあ、そうだ、俺がどうしてそう思うようになったのか、それから話した方が皆納得するのかな」
黙って固まった二人を見比べた後ヴァンは頭をかいて、
「きっかけは、やっぱり脚本だったよ」