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四日目 考察2

同時に読者への挑戦を投稿しています。

 メモしてある第一部、第二部の劇中にあった舞台の特徴と、それぞれの美術館の特徴をすりあわせていく。


 まずは入り口に絵画があるかどうか、か。ただ、これはなかなか資料だけでは分からない。それに、今はそこに絵画を展示していなくとも、かつては展示していた可能性はある。絵画なんて取り外しは容易だろう。劇中のように、海の絵が入り口に展示してあったらかなり有力だと思うが。


「ああ、これ」


 海や水をメインテーマにしている美術館がいくつかある。これは海の絵画が入り口に展示している、もしくは展示してあった可能性がある。まずはそれをピックアップしていく。


 それから、噴水か。屋内に噴水。これはかなり珍しいはずだ。先にこっちで絞っていくべきだったか。


 これはなかなかない。だが、さすがに噴水があったり、過去に設置していたりしたら、資料に絶対に書かれているはずだ。資料を片端から見て、ひたすらに探していく。


「あくまでもモデルであって、現実のその場所とは相違点がいくつかある可能性もあるから、気を付けた方がいいよなあ」


 本を読みながら呟くヴァン。それももっともだ。だが、噴水についてはさすがに、まったくそんなものが存在していないのに劇中で噴水の話を、それもメインで出すとは考えにくい。


 一応広めにとって、噴水とまではいかなくとも、水を使ったオブジェクトがあるものは全てピックアップしていく。それから。


「ああ、剣」


 剣が無数に転がっている、という話もあった。

 武具の展示をしている、もしくはしたとこがある美術館。とはいえ、例えばある一時期に「世界の武具展」のようなイベントとしていたとしたらそれが資料に残っているかどうかは怪しい。あの剣については、あくまでも補足情報として考えるべきか。

 現時点でピックアップしているものの中に、武器関係の展示物があったりそれについての描写が少しでもあるものは更に有力だとして付箋をつけていく。


「それから――」


 最上階。この単語が出てきた。そう、プロットにもはっきりと記されている。最上階で墜落死。ならば、絶対にある程度の階数がなくてはいけない。平屋建てだったら最上階も何もない。


 これで、ある程度以下の規模の美術館は消えていく。


「ヴァンさん、結構絞れましたよ」


 と、喜んで報告したところで、ヴァンはずっとルーの郷土史の本を読んでいる。ルーは関係ないだろう、と文句を言いかけて気付く。そうとも限らないのか。


 慌てて、ピックアップしなおす。美術の町であるロウトンが圧倒的に多いが、確かにロウトン以外にも美術館はある。ほぼ境界線上で、ぎりぎりルーの側にあったりブルの方にあったりする美術館もある。そこでも条件に当てはまるものがあるかもしれない。


「ええと、これと、これと……」


 しばらくそのピックアップ作業を続ける。

 そして。


「よし、できましたよ、ヴァンさん」


 ルーのものが終わってブルの郷土史の本を読んでいるヴァンに話しかけると、彼はようやく本から目をこちらに移す。


「どれどれ」


「これです」


 とピックアップした5つの資料と、それを整理したメモを差し出す。



1 ロウトン公立美術館

 ・エントランスに絵画の展示あり(ただし海を描写したものではなく、宗教画)

 ・水路あり

 ・ロウトン最大レベルの規模

 ・武具をテーマとした展示エリアあり


2 アマーリエ美術館

 ・水をテーマとした美術館

 ・水や海を主題とした絵画多数

 ・水を使ったオブジェ多数

 ・通称「水と風の美術館」

 ・三階建て


3 ポルックス美術館

 ・かつて噴水が設置されていた記述あり(ただし中庭)

 ・三階建ての美術館が二つ。姉館と妹館に分かれており、姉館は絵画がメイン、妹館はそれ以外。

 ・二階の渡り廊下で二つの館がつながっている。


4 剣の森美術館

 ・武器類専門の美術館

 ・戦争を主題とした絵画も複数展示(海つながりで、海戦の絵画の記述もあり)

 ・入り口付近に小さな噴水あり

 ・四階建て


5 ロードテイル美術館

 ・ブルにある歴史ある美術館

 ・エントランスに海を主題とした有名な絵画

 ・噴水・剣については記述無し

 ・2階建て



「どうです?」


「うん」


 頷いて、ヴァンは本を閉じて僕にしっかりと向き合う。


「いいんじゃない?」


 なんてふわっとした感想だ。


「いやいや、一つ一つ検討していきましょうよ。まずは、ロウトン公立美術館ですけど……」


「劇の内容的にはかなり広い場所だったっぽいから、そういう意味では最大規模のここが候補にはなるだろうね」


「そうなんですよ。で、劇中のものとは違うとはいえ入り口付近に絵が展示されているし、水路もあります」


 正直、僕の中では一番の有力候補だ。


「……でも、ここが舞台だったとして、そうなると一体誰がセイバーだってことになるんだよ?」


 その問いかけに、僕としては意気消沈するしかない。


「いやあ、そうですよね……」


「そこまでは思いつかなかったのか……じゃあ、ダメじゃない?」


「い、いやいや、あの、実際に行ったら分かることもあるんじゃないですか? ほら、今からここの美術館、行ってみましょうよ」


「何を必死になっているんだ……そこまで必死にならなくても、もしここが劇の舞台だったら、犯人はメアリかエジソンでいいんじゃないの?」


 あまりにもあっさりと言うので、一瞬意味が分からず、


「……え?」


 どうして?


「さっき話を聞いたけど、名前を売るためにメアリとエジソンはこのパーティー以外にも金をばらまいているらしくて、この公立美術館にも結構寄付したらしいよ」


 それだっ、と叫んで立ち上がりたい衝動を必死で抑えて、


「へ、へえー……じゃあ、かなりそれは怪しいですね。さて、それでは二番目です」


 と震える声でできるだけ冷静な外面を崩さずに検討を続ける。


「アマーリエ美術館、か。これ、確かかなり有名な美術館だよね? 俺ですら名前を聞いたことがある」


「ええ。観光客には特に人気のある美術館です……ここが舞台だった場合ですけど、犯人は――」


「ハルルとムニル、って言いたいんでしょ? 分かってるよ」


 頷き、ヴァンは資料のその部分を指で叩く。


 通称、水と風の美術館。


「風の魔術が得意な姉妹だからな。ここで連想するのは当然と言えば当然だ」


「ですよね?」


 セイバーのヒントとしてはこの上なくしっくりくる。だが。


「ただ、これだと、犯人がそのうちどっちかが分からないんですよね」


「ハルルかムニルか、か。まあ、そうだなあ。さっきもメアリとエジソンの話もそうだけど」


「ええ。それから次のポルックス美術館は」


「これもハルルとムニルか。姉妹だもんな」


 姉館と妹館。あの二人を容易に想像させる。


「これについては、実際にその場に行ってみればどちらなのかも分かると思うんです」


「ほう?」


「舞台は多分、妹館か姉館のどちらか一方のはずです。だから実際に確認してみて、妹館だったらハルル、姉館だったらムニルです。もちろん、ポルックス美術館が舞台だって前提で、ですけど」


「なるほどねえ。それで、次は、ええと、剣の森美術館?」


 ヴァンが促してくるので、僕は頷いて次に移る。


「はい。これは元々初代館長が冒険者で、趣味で収集していたダンジョン産の武具を展示していたのが高じて美術館になったという経緯の、珍しい美術館ですね」


「そこから発展して絵画の展示もちゃんとしてるんだ。へえー、海戦の絵画から海つながりか。ちょっと苦しい気もするけど、なくはないか。で、噴水も一応ある、と。でもこれ、外に小さい噴水があるだけで、しかもこの噴水って厳密にはこの美術館のものじゃなくて公共のものなんだね」


「その辺りは、まあ、これをモデルに劇中では誇張されているのかもしれないってことで」


 少々苦しい気はするが。


「でも、この美術館が舞台だったとすると、犯人は完全に決まりです」


 気を取り直した僕の自信満々の発言にヴァンは頷く。


「ああ、マカロンだな。分かり易い」


 元冒険者であるマカロン。初代館長が元冒険者で、展示されている武具の多くもダンジョンで手に入れたものとくれば、ここがセイバーのヒントならばマカロンで確定だろう。


「最後がロードテイル美術館ですが……」


「ここだけ根拠が薄い気がするけど。エントランスにちょうど海の絵画が展示されてるってだけでしょ?」


「ぐむ。いや、まあ、そうなんですけどね。ただ、このエントランスに展示されている絵画っていうのが、作者不詳の『深淵』っていうかなり有名な絵画で、これをモデルに舞台のエントランスの絵の話を思いついた可能性があると思うんですよ。それに、これってかなり歴史のある美術館で――」


「本当だ。ブル、ロウトン、ルー、三つの町の中でも最古の美術館だって書いてある」


 ロードテイル美術館が発行している資料を眺めてヴァンが相槌を打ってくれる。


「いや、それはロードテイル美術館が勝手に言っているだけで、他の美術館からはうちの方が古いみたいな反論があったりするらしいんです」


 ありがちな論争だ。


「でもともかく、かなり古くからあるのは間違いないんです。それで、これもロードテイル美術館の資料に書いてあるだけなんでどこまで信ぴょう性があるのか謎なんですけど、エントランスも美術館の一部だとしてそこに大々的に絵を展示したのはロードテイル美術館が初めてだ、とか書いてあるでしょ?」


「ああ、確かに」


「第一部の最初の方で、入り口に絵があるなんて珍しい、みたいな会話があったじゃないですか。わざわざあんな会話を入れるなんて、ひょっとしてこれを意識しているのかも、と思って」


「あの会話か、あれは確かに――ヒントではあるな」


 ヴァンはすっと冷たい目をしてあらぬ方向に目をやり、とんとんと指でテーブルを叩いている。あの冒頭の会話を思い出しているらしい。ヴァンからしても、あの会話がヒントだという考えらしい。だとしたらやっぱり、この美術館説もなかなか有望なのではないだろうか。


「それから、歴史があるだけにロードテイル美術館はラメン・ハガーユをはじめとする評論家や文豪が愛した美術館でもあるらしいんです。つまり、そこから連想されるのは」


「元脚本家のルイルイ、か」


 納得したらしくヴァンは何度も小さく頷き、


「大体、ココアの考えは分かった」


「じゃあ、あとはこのピックアップした美術館を回りましょう。ロードテイルだけブルにあるんで遠いですけど、馬車を使えば何とかなります。そうやって実際に足を使って確かめて、どれが舞台なのか絞れば――」


「ああ、悪い。ちょっといい?」


 ヴァンは眼帯の紐に指を絡めて、首を傾げる。


「それもいいんだけどさ、実はココアには別の役目をしてほしいんだ」


「えー……」


 美術館を巡って犯人を見つけ出すという、ものすごい興奮できるプランに水を差されて不満のこもった声を出すのを止められない。


「仕上げだよ。もう一度、あの四人とメアリ、エジソンに会って、聞いてきてほしいことがあるんだ。それで仕上げ。後は全員を不意打ちで呼び出して一同に集めて、謎解きをして終わりだ」


「――え?」


 それは、つまり。ヴァンにはもう事件の犯人が分かっているということだ。


「見当はついているって言ってましたけど――まさか、犯人までもう分かったんですか?」


「犯人はもう分かっていたよ」


 平然と、衝撃的なことを言う。


「ええっ。だ、だったら何でこんなことを、さっさと犯人のところに――」


「俺はこれでも大人なんだよ。犯人はお前だ、って言ったら解決なんて楽観的じゃあない。さっきも言ったけど、周囲を納得させて後は公の手で徹底的に調べてもらったら証拠の一つや二つは出るから勝ちだ。だけど、周囲を納得させるっていうのが曲者でさ」


 ため息をつくヴァンは確かにくたびれた大人以外の何物でもない。


「メアリとエジソンはもちろん、月華劇団の四人も、上流階級にファンやパトロンを多く持つ、つまりは名士なんだよ。ルートの一つ、妥当性の方から俺は犯人はこいつらだろうなと見当がついていたけど、それだけで公権力に徹底的に捜査させられるかっていうと、なかなか怪しい。3つあるルートのうち、1つがダメなら、せめて2つのルートでどちらにしても怪しいのはあいつだ、っていう形にしたかったんだ」


「はあー……じゃあ、ヴァンさんはさっきまでのやり取りで、残る1つのルート――脚本の舞台がどこかが分かって、それで準備ができたってことですか?」


 感心しているのか、混乱しているのか自分でも分からない。


「いや、準備はまだできていない。その準備をするために、ココアにはやってもらいたいことがあるって言ったでしょ。ええっと、とはいえ、相手に既に仕上げの段階だと気付かれてもまずいか……」


 しばらく迷った後でヴァンは決心したのか眉間にしわを寄せて、


「じゃあ、ハルル、ムニル、ルイルイ、マカロン、メアリ、エジソンの全員に――いいか、頼むから全員にだよ、怪しまれたらまずいからね。全員に、次の4つの質問をしてくれ。1つ、これまで巡った町――ルー、ブル、ロウトンと個人的に何らかの関係があるかどうか、あるいは誰か関係ある人間を知っているか。2つ、もしも六人で最後の一人になるまで喧嘩をしたら誰が勝つと思うか。3つ、独身の奴らには結婚の予定があるかどうか、で、既婚というかメアリとエジソンには離婚の予定があるかどうかだ。まあ、確実に怒られるだろうけど。そして4つ、今回の劇の舞台がどこなのかに心当たりはあるか。この4つだ」


 律儀に言われたことをメモしながらも、僕は混乱の極致だ。

 最初と最後は分かる。だが、他は一体なんだ? 喧嘩と、結婚離婚? 意味が分からない。


「それって、どういう……」


「さて、もちろん俺もさぼるつもりはない。俺は俺で、ちょっと調べておくことがある。とどめのためにな。急がないと」


 と、ヴァンは立ち上がる。


「あ、ヴァンさん、ちょっと――」


「悪いが時間がないし、これ以上話してココアが気付いてしまったら逆にまずい。頼むから、たださっきの4つの質問をしておいてくれ。あとは、ほら」


 ヴァンがウインクをするが、片目しかないので単に目をつむっているようにしか見えない。


「お楽しみは最後にとっておくってことでね、じゃあ、頼むよ」


 颯爽と去っていくヴァンを、テーブルでコーヒーを片手に僕は見送ることしかできない。





 結果として、4つの質問は終わった。

 1つ目については、六人とも今回巡った町については特に関係はなし。

 2つ目は、勝ち残るのはマカロンだろうと彼女自身も含めて満場一致だった。特にムニルとハルルは風の魔術が得意という話だが、それでも実戦経験がないため、やはり勝つのはマカロンだろう、と。

 3つ目の結婚離婚については特に予定はなし。他の人間のものも噂すら聞いたことがないらしい。強いて言うならルイルイが現在付き合っている男性がいると告白してきた。メアリとエジソンには怒られた。

 4つ目――誰も、心当たりはない。




 ホテルのロビーで待っていると、外に馬車が止まりそこからヴァンが降りてくる。何故か、服装が少し薄汚れている。一体、どこに行っていたのだろうか。


 4つの質問の結果を報告すると、満足気に頷いてヴァンは、


「じゃあ、全員を集めて、犯人を追い詰めるとしよう」


 と何でもないように言い放つ。

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