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四日目 考察1


 ヴァンはまだ同じ喫茶店にいた。すでにメアリの姿はなく、ヴァン一人だ。足を組み、テーブルの上に広げた数十枚の資料を見比べながらうんうんと唸ってコーヒーを飲んでいる。


「戻りました」


「おっ、ああ、お疲れ様。どうだった?」


 多少疲れた顔をして僕を出迎えるヴァンだが、僕がメモをめくりながら見聞きしたことを説明していくと、だんだんとその目が輝いていく。


「ははは、想像以上だ。いやあ、お手柄だよ」


 カップを置き、拍手までしてくれる。


 正直、そんなに喜ぶ理由が分からない。一体、どの情報がそこまでヴァンを高揚させているのだろう。


「少なくともお手柄じゃあない気がするんですけど。僕以外が話を聞きにいっても、聞き出せるような内容ばっかりですよ、正直……あ、僕もコーヒーで」


 テーブルまで来た店員に注文してから、ヴァンの向かいに座る。


「そうでもない。あー、何よりも、俺がやるよりはよっぽどいい」


「え?」


「ココアは本当に、この事件について見当がついてないだろ? だからいいんだよ。犯人は多分、『本物』のセイバーだ。となると手ごわいだろうね。きっと、俺が話を聞きに行ったら、どこかで勘づいて逃げ出していただろうと思うよ」


 褒めているようで馬鹿にされているのは分かった。いや、というより。


「え、じゃあ、ヴァンさん、事件について見当がついてたっていうんですか?」


「大体のところは、だよ。精々6割程度。まだ分かっていないことも多かった。けど、ココアのおかげで8割くらいクリアだね」


「じゃ、じゃあ、教えてくださいよ!」


 物静かな喫茶店だということも忘れて僕は叫ぶ。叫んだあとで慌てて周囲を見回し、声を潜めて、


「ほ、本当にお願いしますよ。僕、全然分かってないんですから」


 僕の懇願に対して、あろうことかヴァンは普通に嫌そうな顔をする。


「うーん、あとで詰めの作業をココアにやってもらうつもりだったんだよ。そうなると、今みたいに何も分かっていない状態の方がいいと思うんだけど……」


 なんて奴だ。


「とはいえ、俺もちょっと話しておいて情報を整理したいっていうのはあるなあ。本当に自分が8割くらい分かっているのかどうかの確認も兼ねて……うーん」


 ちらちらとこちらを見ながら悩んだ挙句、


「まあ、ここで事件について話をしても、ココアは最後までピンとはこない、という可能性に賭けるか」


「な、なんて言い草……」


「いい意味でだよ、いい意味で。ほら、ココアって素直だからさ。こういうのは苦手なはずなんだ」


「どういう意味ですか?」


「まあまあ、いいじゃない。ほら、コーヒーが来た」


 誤魔化そうとしているようにも見えるが、言葉の通りに店員がコーヒーを持ってきたので、それを受け取って一口飲む。


会話が一度途切れている間に、ヴァンは考えをまとめたらしく少し身を乗り出す。


「じゃあ、とりあえずそうだな……俺は、この事件を考えるルートは3つあると思った」


「ああ、そのことですね。一つは脚本家の正体を暴いてその真意を聞き出すってルートですよね?」


 僕の確認に、明らかにヴァンはぎょっとした顔をする。心底驚いているらしい。

 いい気味だ。


「あ、ああ。そこまで読んでいたのか。その通りだ。そして、そのルートは難しいらしい……悪いね、正直見直したよ。俺の考えが読まれているとは」


「ふふん」


「じゃあ、残る2つのルートについても分かる?」


「……それは、分かりませんけど」


 その答えに安堵している様子すらあるヴァン。どれだけ僕を侮っているんだ。


「ああ、違う違う」


 僕の非難の視線に気づいたのか、ヴァンが慌てて弁解しだす。


「そのあたりが分かっているまま、話を聞いていたんだとしたら、セイバーに怪しまれてしまったかもしれないと思って心配しただけだよ。他意はない」


「まあ、別にいいですけど」


 本当は全然よくないので頬を膨らませる。


「残る2つのルートのうち、一つは事件の妥当性から攻めるルートだ」


「妥当、性?」


「そう。どいつが犯人だったらこの事件の発生が妥当かを考える。正直、これは好みじゃあない。けどしょうがない。だって犯行が可能かどうかだと、ココアが話を聞いて回ってくれたように、誰だって可能は可能なんだから。で、そうなると犯行が妥当かどうかで判断するしかない」


「なんだか、すごい嫌そうな顔してますね」


「すごい嫌だ」


 しかめっ面でヴァンは頷く。


「確実に犯人だ、と言える方が当然好みだよ。けどまあ、今回に関してはそれでいける。何故なら、そいつの犯行の可能性が高いと周囲を納得させたらこっちの勝ちだからだ。だろ? だって、そいつを徹底的に調べたら絶対に証拠は出る。なにせ、そいつは『セイバー』なんだからな。これまでどれだけ犯行を重ねたことか。さすがに逃げ切れないよ」


「やっぱり、この事件の犯人はセイバーなんですか? それも、本物の」


 ヴァンの言うことには一理あるが、そもそもその前提が間違っていることはないのだろうか。現に、ルイルイはそれを疑っていた。


「ああ、それについては俺もちょっと迷っていたところではあるんだ。で――」


 にやっと笑ってヴァンは僕を指さす。


「それを解決してくれたのがココアだ」


 僕が?


「正確には、ココアがもたらしてくれた情報――プロットの存在だよ。これでほぼ確信した。犯人は本物のセイバーだ」


 どうして、あのプロットがあるとそうなるのだろう?

 まだ呆然とする僕に、


「そう難しく考えなくていい。素直に考えれば、本物のセイバーが脚本を盗んだ理由――いや、多分盗んだんじゃあなくて『処分』したんだろうけど、その理由は分かる。脚本家様は、神のごとき能力を持っているという前提に立てばね」


 脚本家は神のような能力を持っている? つまり、脚本家の書いた脚本は預言書みたいなものか。だとすると。


「……脚本家は、セイバーの正体を、本当に知っている?」


「ああ、そしてセイバーも、そのことに気付いた。多分、第二部の時点でね。不安になったセイバーは夜の間に町を移動し、部屋に忍び込んで第三部の脚本を盗み見て――」


 プロットでは、「この舞台がセイバーの正体のヒントだ」とほのめかしたところで劇は終わっていた。だが、それをハルルが「もっと分かり易くするように」と注文を付けた、ということは……。


「第三部の脚本には、セイバーの正体がそのまま書かれていた?」


「だとすればセイバーが脚本を処分した理由も分かるし、このセイバーが本物の可能性が高いというのも納得できるでしょ?」


「いや、ちょっと待ってください……うーん、ええっと」


 考えがまとまらない。


「まずそうなると、ええと、予告状ってどうなるんですか?」


 今のヴァンの話だと、セイバーはこの旅兼パーティーの途中で脚本を標的に決めたはずだ。


「ああ、鋭い」


 ぱちん、とヴァンは指を鳴らす。


「そこは俺のまだよく分かっていない2割だよ。ただ、メアリから聞いた予告状の文面からして、そもそもセイバーは当初は別のものを盗むつもりだったんじゃあないかと思うね」


「ええと、最も輝かしいものを盗む、ですっけ?」


「抽象的だし、逆に予告状からは絶対に標的が脚本だとは読み取れない。予告状があってもなお、脚本を盗難か処分をしたのはあくまで突発的なものだと言うのが俺の主張だね。まあ、確かに色々と奇妙な点はあるけど、とりあえずそう考えるのがシンプルだと思うよ」


 あの予告状から第三部の脚本を連想できる人間はいない。それは確かだ。


「じゃあ、予定変更で脚本を標的にした、と?」


「だと思うよ。それで、そういうわけで犯人は本物のセイバーだととりあえず仮定する、と。ここまではいい?」


 特に異論はないので僕は頷く。


「そうすると最後のルートも分かるだろ? つまり、第三部の脚本の内容を予想する。第一部と第二部からね。そうすれば――」


「セイバーの正体が分かるはずってことですか? でも、そんなの」


 無理じゃあないか、と言いかけた僕に、


「ああ。確かについさっきまで、かなりの部分を仮定や想像に頼って予想しなけりゃいけないと思っていたけど、それもココアが解決してくれた」


 伸ばされたヴァンの手が、僕の手元のメモのある部分を指し示す。プロット、の部分だ。


「この劇の舞台がセイバーのヒント、となっている。だとしたら話としては簡単で、つまり『劇の舞台がどこか』さえ分かったらセイバーの正体が分かるってことだ」


「――ああ!」


 そこでもう一度テーブルの上に広げられた資料を見回す。そこにあるのは、無数にある美術館についての資料、観光用の地図、そしてルー、ブル、ロウトンそれぞれの町についての資料だ。


「そうか、だからあの舞台がどの美術館なのか分かれば、そこからセイバーの正体、そして犯人が分かるってことですね。じゃあ、僕が聞き込みをしている間にそれを突き止めたんですね、ヴァンさん」


 僕の意気込んだ問いかけに、ヴァンはいったんぽかんとしてから、


「あっ、それはしてない」


 してない? ふざけているのか?


「いや、別のことを考えててさ。そっちのルートじゃなくて、例の妥当性の方から事件をずっと考えてたんだ。で、まあ、それについては一応結論が出たんだけどね」


 結論が、出た? そうか。そう言えば見当がついていると言っていたな。もうヴァンは事件についておおよそのところを掴んでいる、ということか。


「大体、さっきのココアの話を聞くまで、舞台=セイバーの正体って直接的につながるって俺は知らなかったんだから、そんなに責めないでよ。ここまで資料集めたりしたのをむしろ褒めてほしいね」


 まあ、それもそうか。ちょっと不機嫌さを顔に出してしまったのを反省する。


「じゃあ、ここからちょっと探っていきましょうよ」


 気を取り直して、僕はロウトンの観光用の地図と、それぞれの美術館についての資料を手元に引き寄せる。


「あー、まあ、そうだね」


 何故かヴァンは気のない返事をしてから、ロウトンについての歴史の本を読みだす。

 なるほど、歴史からのアプローチか。じゃあ、僕はひたすらに当てはまる美術館をピックアップしていくとしよう。

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