四日目 捜査開始5
残りの二人、どちらから話を訊こう、と迷っていたところで、ちょうどマカロンが廊下に出てくる。
「あれ、どうしたの?」
うろうろしている僕に目をつけて声をかけてきたので、
「いえ、実は」
と話をしようとしたタイミングで更に傍のドアが開き、ムニルが顔を出す。
「んんー? 珍しい二人組だねえ。マカロンちゃん、ルイルイちゃんから乗り換えたのー?」
「くだらないことを言うわねえ……さすがに空腹だから、ちょっと出ようと思っただけよ。そしたら、偶然……で、何でいるの? どうやってこの階に……」
改めてマカロンが僕に向き直る。
「いや、ちゃんと許可を取ってますよ。いや、ほら、事件があったそうじゃないですか。僕とヴァンさんでその事件を調べるようにって依頼が――」
「あーあーあー」
最後まで言い終わる前にムニルの間延びした声が響く。
「そーゆーことねー。分かった分かった。じゃー、どうせあたしもお昼を食べるつもりだったしさー、どう、一緒に? どうせ、あたしたちは容疑者なんだから、外に行かない方がいいでしょー。確かホテルの一階、軽食なら食べられるとこあったよねー?」
「む。お姫様に仕切られるのも変な気分だけど、それでいっか。面倒なのはさっさと片づけたいし。ココアちゃんもそれでいい?」
「もちろんもちろん」
こっちだって一気に二人分の聴取が終わるならそれに越したことはない。
一階、ロビーの隅に申し訳程度にあるテーブルに三人で座り、特に美味しくもないコーヒーとスナックをつつきながら話が始まる。
とはいえ、ロビーの片隅ではあるので、招待客やそれ以外のホテルの客もちらちらと前を通る。月華劇団の人気役者が二人いるので目立ちもする。なので声のボリュームを落としながら、簡潔に説明と質問をしていく。
まずは脚本を盗んだ容疑者が、身内である可能性が高いことについて。ハルルはこの盗難事件自体が演出であることを否定して脚本家を容疑者から外し、月華劇団の四人が怪しいと考えているが、ルイルイは脚本家、そしてメアリ――話には出なかったが、同じ理由でエジソンも十分犯人足りえると考えている。そもそもこの脚本盗難事件が公になるかどうかも現時点では怪しく、穏便に収めようと思ったらルイルイが間に合わせの脚本を書いて第三部を演じればよい。
これまでの二人の意見をまとめたものを聞いて、マカロンとムニルは二人揃って黙ってコーヒーを飲んでいる。毎回思うが、月華劇団の面々は自分たちが犯人だと疑われている前提だというのに激昂も混乱もしていない。冷静すぎるほど冷静だ。
「あのー、お二人とも……」
さすがに四人とも、なので気になってどうしてそこまで冷静なのかを質問すると、マカロンとムニルは顔を見合わせて、
「確かに、そうね。いつものあたしだったら『あたしが犯人のはずがないでしょ!』って怒鳴って暴れててもおかしくないわ」
「んー……あたしはいつもこんな感じだけど、確かにマカロンちゃんはそうよねえ。あと、ハルルちゃんだって怒ったりしそうだよねー。ルイルイちゃんはどうかなー」
「あいつ、冷静なように見えて意外と激情型だから、あたしと一緒に暴れるかもよ。んー、確かに、我ながら妙ね。うーん」
自分のことなのに不思議そうに首を捻ってマカロンは。
「ひょっとして、演じてるのかもね」
「え?」
「今回の劇、現実との境目がよく分からないじゃない。あたしだってマカロン役演じてたわけだし。で、こんな妙な事件が起こって……正直、現実のことと思えないのよね。これも劇みたいに感じるのよ、ちょっと。もちろんそうじゃないって分かってるんだけどさ」
分からないでも、ない。あの劇の途中にこんな事件が起きたのだから。
「なるほどねー。推理劇の登場人物みたいな感覚なのね。あーそれ、あたしもちょっと分かるかもー」
きゃっきゃとマカロンとムニルは盛り上がっている。
観客であるこちらからしても少しその感覚はあるくらいなのだから、実際に劇に出演している側はそれはそうだろうなとは思う。
「現実問題としてさ」
と、ムニルの口調が不意に真剣さを帯びる。
「こんなことになってるのに、脚本家が事件に無関係っていうのは考えにくいと思うのよ。どう考えても、あの劇の脚本ってこの事件と関係はあるでしょー?」
「無関係な方が不自然なくらいではありますね」
「でしょー? でもさ、脚本家の正体は隠されているし、それを無理に暴こうとする流れになるなら、ハルルちゃんも、もちろんあたしも、多分他の皆もそうだと思うけど、きっと全力でそれを防ごうとすると思うんだよねー」
「ああ、そうね、そうよね。あー、そこも考えると、結構この事件解決するの難しいんじゃない?」
当然のことのようにマカロンが同調するので、
「ど、どうしてですか?」
一瞬意味が分からず混乱していると、
「いや、だって、そっちに話がいって強引に脚本家の正体を暴くことになったら、もう月華劇団のために書いてくれないかもしれないじゃない。はっきり言って、この事件がどうなることよりもそっちが劇団にとっては大打撃でしょ」
ばっさりとマカロンに解説されて、何もコメントができないくらいに納得する。そうか、そうなるか。
だが、ちょっと待てよ。
「……それって……そのあたりの事情を犯人はよく理解しているんでしょうか?」
僕の自然に出てきた疑問に、マカロンとムニルは顔を見合わせて、
「……少なくとも、犯人があたしたち四人の中にいるとしたら、当然これくらいは読めるわよね、いや、外部の人間が犯人でも、これくらいは予想できるかも」
「それを考えた上での犯行なら、悪知恵がすごいわよねー」
妙に感心しているムニルは放っておいて、僕は唸ってしまう。
今更、ヴァンの呟きの意味に思い当たったからだ。ルートは3つ。あの時は分からなかったが、これは事件を捜査するためのルートのこと――そしてそのルートの1つは、脚本家を探るルートに違いない。そのルートは難しいということだ。早くヴァンに知らせなければ。
だが、まだ希望はある。ヴァンによれば、あとルートは二つだ。
その二つを、何とかして探らなければ。ただ、問題は僕には他のルート二つが全く見当がつかないことだ。もう、とりあえずヴァンのところに戻った方がいいだろうか?
ギブアップするかなと迷っている僕の内心を知るわけもなく、ムニルとマカロンはあそこがいいらしいだのここが有名だのと能天気に美術館の話を始めている。
やれやれ。




