四日目 捜査開始4
ため息とともに部屋から出てきたルイルイと、廊下でばったりと顔を合わせる。
「ああ……どうも」
憂鬱な顔をしている。当然だが。
「あ、あの、僕――」
「話、聞いて回ってるんでしょ、どうせ」
「う、お、あ」
僕の手にあるメモに目をやって、ずばりと言い当ててくるルイルイに僕は返す言葉なく、あわあわとしてしまう。
「いいわよ、ほら、どうせ息が詰まるから外でお茶でも飲もうとしてただけだし、暇よ。どうぞ」
そう言って部屋に招かれる。
つくり自体はハルルのものと同じだが、家具の配置がちゃんとしている。しかし、ルイルイの私物らしきものが見当たらない。机の上に広げてあるノートとペンくらいだろうか。残りは全てカバンに入れて部屋の隅に置かれているらしい。
「それで、何を訊きたいの?」
椅子に座ったルイルイに、とりあえず僕はメモを取りながらハルルに話したのと同じ話をしてみる。
「あー……なるほど。それで、ハルルは脚本家は犯人から外して、私たち四人の中に犯人がいると思ってる、と」
どこまでも冷静に話を聞いた後で、ルイルイはそれだけコメントをする。
「ルイルイさんは、どう思います?」
「そうね……もちろん私は犯人じゃあない。ただ、ある程度事情を知ってさえいれば脚本を盗みにここまで来ることは可能だから、私たち四人の中に犯人がいると思うのは、妥当でしょうね」
ただ、と一度躊躇ってから、
「脚本家を犯人から外すのは早計でしょうね」
「え、そうですか?」
ここまで自分の情報を隠し続けている脚本家が、自分の正体に繋がるような危険を冒すはずがない。そのハルルの意見は、一理があるであろうとは思うのだが。
「この事件がやがて大事になる、とハルルは思っているようだけど、私は疑問よ」
「だって、怪盗セイバー関連の事件ですよ?」
「だとしても、よ。今、この場で一番の権力者であるメアリは事件を公にすることを望んでいない」
「まあ、それは、そうですね」
明らかにそうだ。有り金をはたいて企画した今回のパーティーに泥を塗るのは絶対に避けたいはずだ。
「それで、よ。一方の私たち月華劇団も、大事にする必要は必ずしもないわ。もちろん、全て公になればかなり話題になるでしょうからそういう意味での利益はあるかもしれないけれど……例えば、今回のこの事件について口をつぐむことと引き換えにモネ家が月華劇団のスポンサーになってくれるなら、ハルルはそちらを選ぶはずよ」
「いや、無理でしょう」
慌てて口をはさむ。
「だって、このままじゃあ第三部の劇ができないんですよ? 招待客全員の口をふさぐのは難しいでしょうし、脚本が盗まれたことを隠したままじゃあ、第三部を上演できないのは劇団の責任ってことになって劇団の評判が――」
「書けばいい。傑作とまではいかなくても、つじつまを合わせて客に怪しまれない程度のものなら私が書ける」
「――あ」
そうだった。ルイルイは、もともとは脚本を書いていたんだった。
はっと机の上のノートを見る。
「……まだよ。まだ、書いていない。ただ、ハルルもそろそろ心を決めなくちゃいけない。上演に間に合わなくなるから」
「なるほど……じゃあ、そのあたりを含めて考えると、この事件が公になることはない?」
「そう念を押されると迷うわね」
伸びをして、ルイルイは首を捻る。
「話題になっているセイバー絡みだっていうのを、どう評価するかよね。ここで握りつぶしてしまっても、セイバーが絡んでいることで後から露見する可能性がある。そうなった場合……」
「秘密にしたメアリさんや月華劇団はめちゃくちゃに叩かれるでしょうね」
僕みたいな記者が嬉々として叩くはずだ。
「そうなると、五分五分といったところかしら。ただ、脚本家が全てを仕組んでいるんだとしたら、裏でもう一手打っている可能性がある。メアリと月華劇団が公にしないようにする一手を」
「どんな、ですか?」
メモをする手にも力が入るが、
「私が知るはずがない。ただ、いくつか考えられる。例えば、実は今回の事件はセイバーのものではなかった。セイバーは偽者だったと分かれば、何の心配もなくうちもメアリもこの事件を握りつぶすでしょう?」
なるほどなあ。心底納得する。さすが作家。あるいは、記者にはこの人の方が向いているのかもしれない。
「あとは――メアリが犯人だとすると、簡単ね」
「え!?」
あまりにも予想外の話が出てきて、僕の声が裏返る。
「だってそうでしょう? メアリが犯人だとすれば、本物のセイバーか偽者かは別として、絶対に握りつぶすでしょう? 公にしたって意味がない。彼女が強固に主張すれば、月華劇団がその意向に逆らうこともないはず」
「まあ、そりゃあ、そうですけど」
メアリが犯人? だとしたら、一体、どうして? 彼女がセイバー? ありえない。
だが、確かに脚本のことを知っており、盗む機会があるかないかで言えば、あるはずだ。
「実際、この事件はセイバーが関わってなかったら、どうしようもなく小さな事件のはず」
「確かにそれはそうですね。セイバーの名前が、この事件を大きくしてるのは間違いないです」
「セイバーの件を無視すれば、この事件はすぐに片が付く。劇団もメアリも黙っておいて、間に合わせの私が書いた脚本を使えばいい」
間に合わせの私が書いた脚本、と口にする瞬間だけ、ルイルイの顔が歪む。それも一瞬。すぐに元の仮面じみた無表情に戻る。
「そうしてこの場を乗り切っておいて、脚本家にもう一度脚本をもらえばいい。それだけの話だ。何の問題もない」
確かに、そうなのかもしれない。
この事件はそもそも、そこまで気合を入れて捜査すべき事件なのかどうかも怪しい。
それでも、僕は。
礼を言って部屋を出て、僕はメモに一文書き加える。
・ルイルイ 脚本に未練? 自分が脚本を書くために犯行?