一日目 上演前1
結局、その昼食会が終わり、自由にルーの町を巡る際にも、ずっと付きっ切りでその話を聞き、質問攻めにすることになった。
僕が話を聞き終えたのは、夕食会が始まる寸前だ。ヴァンは死んだような顔をしている。
夕食会は、高級ホテルのレストランを貸し切って行われる。おそらく、昼のものよりも格が高い。つくりとしては特に凝ったところもない大広間に武骨な木製のテーブルが立ち並んでいるだけだが、雰囲気を出すためか、明かりはそれぞれのテーブルにあるキャンドルのみ。だが、そのキャンドルの炎で揺らめく料理が妙に艶めかしく見える。
「しかし……」
死んだような顔のまま、ヴァンはメインディッシュである翼竜のローストスライスをフォークでつつき、
「あそこまで根掘り葉掘り訊かれるとは思ってなかった」
「いやあ、ついつい興奮しちゃって。でも、本当に凄い事件ですね、あれって。『帰らずの地下迷宮事件』とでも名付けましょうか」
「ださい。いや、そこじゃあなくて、ほら、ダンジョンについて一から説明しなきゃいけなかったことに驚いたんだ。帰還石や罠、モンスターに宝……こんなもの、わざわざ説明しなくても知ってるもんだと思っててな」
「いやあ、不勉強で申し訳ないです」
思わず頭をかくと、
「責めてるんでも馬鹿にしているんでもないよ。考えてみれば、それはそうなんだ。今や、聖遺物は全て国に管理されている。新しい聖遺物を見つけるなんて気は、もう誰にもないんだろうなあ。今のダンジョンの最奥にいって聖遺物を見つけて一攫千金なんて夢見てる冒険者はいない。皆、ダンジョンに興味はないんだろうなあ」
少しヴァンは寂しそうだ。
ダンジョン。それは通常の手段では破壊不能な材質で構成された迷宮。中にはモンスターや罠が湧くので危険極まりないが、同時にアイテムも湧く。そのアイテムを持ち帰っての一攫千金を狙うのが冒険者。確かに最近は冒険者の話なんて全然聞かない。僕がまだ小さいときにはそれでも話には出たものだけど。
それは聖遺物がもう新しいものが出ることはないという風潮が大きいのだろう。現代の魔術や技術では再現不可能なアイテムを聖遺物と言って、その力の凄まじさから国が管理している。それ自体が聖遺物とも言えるダンジョンの最奥には聖遺物が眠っていることがあり、それを持ち帰り国に売り払って大金持ちになった冒険者もいた。それがないとなれば、命の危険を冒してまでダンジョンに潜ろうという人々もいなくなる。
「だからこそ、前回の潜水館の事件は結構大問題になったんだけどね」
「ああ。新しい聖遺物かもしれないって……確かにそうですね」
「帰還石があれば死ぬ危険はかなり少ないとはいえ、うまくいけば一生遊んで暮らせるってのがないとなかなか、なあ?」
「ですね」
僕だって絶対に嫌だ。
ちなみに帰還石というのはダンジョンの入り口付近に必ず備え付けてある聖遺物で、それに触れて同期しておくと、ダンジョン内で何かあってもすぐにその帰還石のある場所まで瞬時に戻ることができる優れモノだ。
肉を一切れ口に放り込んでから、僕は気になっていたことを訊く。
「セイバーが、聖遺物を使ってるって噂は、どう思いますか?」
それは荒唐無稽ではあるが、あまりにも正体不明で神出鬼没な怪盗セイバーに当てはめると、あながち笑い飛ばせない類の噂だ。
「ああ、あれね。セイバーは実は冒険者で、難易度の高いダンジョンの奥で誰にも知られず聖遺物を手に入れた。そんな噂でしょ? 姿を変えることができるアクセサリーだの、帰還石みたいにどこからでもテレポートできる宝玉だの」
「そうそう」
そういう噂が面白おかしく庶民の間で広がっている。
「聖遺物まではいかなくても、便利なマジックアイテムをたくさん用意してるくらいはありそうだな。魔術や技術だけであそこまで見事に盗みや逃走を成功させるっていうのは、考えにくい」
馬鹿にするかと思いきや、案外同意するようなヴァンの論調に、少し戸惑う。
「ヴァンさんから見ても、そう思うんですか?」
「俺だから、だよ。皆、忘れがちだけど、俺は魔術師としても天才的だからな。その俺が魔術では対応できそうにない状況を、セイバーは対応している。魔術について俺以上の超天才だってことじゃなけりゃ、事前に準備して揃えておいた道具を使ったことには間違いはない。セイバー自身が優秀な道具屋なのか、それとも道具を作成調達する共犯者でもいるのか、そこまでは知らないけど」
はあー、と思わず感心して息を漏らしつつ、メモをする。なかなか筋が通っているように思える。
マジックアイテムとは、その名の通り魔術の道具だ。何らかの効果をもたらすアイテム。聖遺物との違いは、それが魔術で再現可能であるということだけだ。こちらはダンジョンで手に入ったり、あるいは専門の魔術師が作成したりしている。
「なあんだ、依頼断ったとか言いながら、結構ちゃんとセイバーについて調べたり推理してるんじゃないですか」
「いい奴でしょ、俺って」
「失礼」
と、どうでもいい会話をしていると、不意に横から声をかけられる。
「お話が聞こえてしまって。ヴァン・ホームズさんですよね? 怪盗セイバーについての推理、もっと聞かせていただけませんか?」
涼しげな女性の声。
キャンドルの灯りに揺らめくその顔を確認して、ぴっ、と僕は喉を鳴らす。
いつの間にか、僕たちの隣の席に座っていたその女性の顔を知っていたからだ。実際に見たことがあるのは一回だけだが、出回っている肖像画などで何度も目にしている。
余計なものを削ぎ落したような怜悧な美貌。眼鏡の奥の鋭く冷たいようにも見える知性を感じさせる目。無造作に伸ばしているだけのような長髪。いくら見ても、いまいち年齢がはっきりしない印象の、ある種象徴的なものすら感じさせる女性。
「る、ルイルイさん」
僕が思わずそう名前を呼ぶと、
「あら、ご存知なんですね、ありがとう」
にこりともせずにルイルイは会釈をしてくる。
「ええっと、知り合い?」
困惑したヴァンが僕に訊いてくるが、答える余裕はない。代わりに、
「あっ、さ、サインいいですか?」
と思わずメモ帳を差し出してしまう。
ルイルイは少しだけ口の端を上げて、メモ帳を受け取るとさらさらとサインを書き込んでくれる。
「この後の劇、楽しんでください」
「この夕食会って、劇団の方々も参加されているんですね」
「ええ。本来ならリハーサルをしていなければいけないのでしょうけど、主催者のご厚意で我々も招待されたので。団長は、こういうことが何と言うか、がめついので、ただで食事ができるなら絶対に食べる性質でして……ああ、話がずれました。セイバーのお話をしてらっしゃったと思うのですが」
「ああ、そうですけど」
皿を空にしているヴァンは相変わらず戸惑った表情のままだ。
「いえ、実はもしも、セイバーについてかの名探偵ヴァン・ホームズが何か意見があるなら、是非伺いたいと思っていて。仲間の疑惑を晴らすことにもなりますし。ほら、そこの」
とルイルイが指さす先には、ばくばくと料理を平らげているショートカットの女性がいる。その細い体からはありえない量の料理がその周囲に並んでいる。
あれは、まさか。マカロン?
「ああ、そっか、マカロンさんって、確かにその説ありましたよね」
まだ夢見心地でメモ帳を返してもらった僕が納得しているのを見て、ヴァンはますます混乱しているようだ。
さすがにちょっとかわいそうになってくる。
周囲を見回すと、少なくともこの近くにはどうやら劇団員はルイルイとマカロンしかいないようだ。
ばくばくと鳴る心臓を感じつつ、
「あのー、どうでしょう。上演前の貴重なお時間を使わせてしまうことになりますけど、ヴァンさんにいちから説明してからお話ししては。どうやら月華劇団のこともよく知らないみたいですし、僕から説明させてもらいますけど」
ルイルイは考えることなく軽く頷くと、凄い勢いで大量の料理を食べ終えたらしいマカロンを手で招く。
「なーに、ルイルイ」
と、ひょこひょことマカロンがこちらのテーブルまで寄って来る。
近くで見ても細い体つき、だが弱々しさはなく、全身ばねのようだ。髪が短いこともあって、美少年のようにも見える美貌。あの、マカロンだ。本当に夢みたいだ。正直、僕は劇団員の中でも一番マカロンが好きなのだ。別に珍しい話ではないが。
完全な役得だ、とうかれながら、僕はヴァンに向かい合うと説明をしていく。




