プロローグ
お久しぶりです。例のいただいたお題を使った話になります。どのお題を使ったのかは、ネタバレになるので前回と同じように最後に回しますのでご了承ください。
明らかな偽物だと誰もが分かっているがゆえに、時に本物を超える。
――ラメン・ハガーユ
『劇の作用』より
ハルル・ウルハラ 月華劇団の団長・双子の妹
ムニル・ウルハラ 月華劇団の人気女優・双子の姉
ルイルイ 月華劇団の人気女優
マカロン 月華劇団の人気女優
脚本家 月華劇団の脚本家・詳細不明
メアリ・モネ モネ家の令嬢
エジソン モネ家の元執事
セイバー 正体不明の怪盗
ココア 記者・主人公
ヴァン・ホームズ 元名探偵
ばたばたと暗闇で複数の足音が響く。
「ちくしょう、あそこだ、早く行けっ」
警備隊長が唸り、叫ぶ。大勢の警備兵がその指示に従い、薄闇の中に見える人影に殺到する。
「捕らえたぞっ」
「よし、こっちだ!」
警備兵たちが人影を囲み、そして一斉に飛びかかり、組み伏せる。だが。
「ああっ?」
あがるのは困惑の声。遅れてやってきた警備隊長がランプで照らすと、警備兵たちの山、その下には布と、人と同サイズの人形。そう、人影は、このローブを羽織らされた人形だったのだ。
「……おのれ」
警備隊長は唸りつつ、警備の兵たちをかき分け、その人形を調べる。そして、予想通りに、その人形に張り付けられているカードを発見する。
舌打ち。警備隊長はそのカードをもぎとる。
「確かに宝石『レッド・ドルチェ』はいただいた――セイバー」
その文面を読み、そのままカードを握りつぶしたいという衝動に耐えて警備隊長は震える。
予告状で犯行の時間まで予告され、警備のプロたる自分を含めた大勢が雇われ、あらゆる手を使って防犯を行ったというのに、それでもまんまと予告通りに宝石を盗まれた。この屈辱。
「やられたか」
静かな声。はっと隊長が振り返ると、雇い主でもある大富豪、ガンビーノがそこにいる。隊長を含め、人形を組み敷いたままで呆然としていた他の警備兵も慌てて直立し敬礼する。
「もっ、申し訳ありません!」
隊長の謝罪に、老いた大富豪は大儀そうに片手を挙げる。
「構わん。相手はセイバーだろう。あの怪盗に狙われて、今まで盗まれなかったものはない。知っているが、みすみすくれてやるのも腹が立つんでな、一応抵抗しただけだ。こうなるだろうとは思っていた。本当か嘘かは知らんが、国から聖遺物も盗んだそうじゃあないか」
軽く笑う老人の態度に、隊長は余計にはらわたが煮えくり返る感覚を味わう。
自分はプロだという自負があるというのに、期待されていなかった。この屈辱。もちろん、実際に警備に失敗した以上、それを依頼主に対する怒りには変えられない。
怪盗セイバーに対する憎しみ、それは抑えきれない。とうとう、カードを握りつぶす。正体不明の怪盗、誰もその姿すら見たことがない怪盗。だが、必ず、必ず俺が捕まえてやる。
「申し訳、ありません」
もう一度深々と頭を下げてから、隊長は有り金を叩いてでも、セイバーを追跡することを決意する。世界最高の探偵を雇って、セイバーを見つけ出してやる。
「で、その依頼どうしたんですか?」
僕の質問に、スープを運んでいた手を止めて、ヴァンは眼帯をしていない方の目を丸くする。
「は? もちろん、黙殺だ、黙殺」
「ええっ?」
名探偵対怪盗。こんな記事になりそうなネタはないのに。
「まず、俺は現役の探偵じゃない。次に、そういう誰かを追跡するみたいな能力に長けているわけじゃない。まあ、他の探偵に依頼した方がいいって丁重にお断りしたよ」
「はあー、もったいないですねえ。僕のために、今からでもその依頼受けるなんてことは……」
「あのな、記事になるかと思ってわざわざこのパーティーに誘ってやったんだ。それ以上に求めるなよ」
確かに、この時点でかなり世話になっている形なので、僕は反論せず肩をすくめる。
ヴァン付きの記者、と社内でなっていることを利用して、取材の名目でこのパーティーに参加することができた。これはヴァンの協力あってこそだ。だから、確かに感謝しないといけないのだろう。
なにせ、ただのパーティーではない。ほぼ一週間に渡り、三つの町を巡り、劇を見て、料理を楽しむ、ありとあらゆる楽しみが詰まったようなパーティーだ。というより旅行だ。
「にしても、どういうつもりでヴァンさんに招待状送ってきたんですかね?」
分が悪いので、ずっと疑問だったことを口にして話を変える。
「確かにあの事件で俺に世話になったって意識があったとしても、普通は呼ばないよな、事件の関係者を。気まずいだろうし。まあ、元々あいつは頭おかしい感じするからなあ」
「頭がおかしくて悪かったわね」
と、可憐なドレス姿と華奢な体格、そして狂暴な表情で睨みつけてくる少女がいつの間にかヴァンと僕のテーブルにいる。げげ。
「ああ、メアリ。今回はお招きいただきありがとう」
面の皮が厚いヴァンは大して気にした様子もない。陰口を言っていなかった僕の方がどぎまぎしてしまう。
メアリ・モネ。以前の事件の関係者にして、モネ家の財産を引き継いだ大富豪でもある少女は、ふん、と鼻を鳴らす。
「こっちだって呼びたくなかったわよ。身内の恥をはっきり知ってるわけだから。ただ、あれだけ世話になったのに一応は招待状を出さないのもどうなんだって、旦那に言われてね。せっかくの催し物だし」
ちら、とメアリは招待客のテーブルをせわし気に歩き回って世話を焼いている初老の男に目をやる。エジソン・モネ。かつてモネ家の執事だった男は、未だに執事としての気質体質が抜けていないようだ。
「にしたって、これはやりすぎなんじゃあないか? 新婚旅行なら二人でやれよ」
婚姻記念パーティー、の名目で開かれているこの旅行についてヴァンは疑問を持っているようだ。当然、僕も持っている。あまり聞いたことがない。
「あの事件でモネ家のイメージ最悪だから。これから夫婦で立て直していこうとは思っているけど、まずはまだまだモネ家には力があるんだっていうのを世間に見せつけなきゃいけないってことで意見が一致したの。だから、多少無理してでもなかなか他では聞かないような催し物をしようってね」
確かに聞かない。あまりにも豪華だ。招待客をつれて、一週間弱の旅行つきのパーティーとは。
一日目の今日から、美食の都ルーを巡り、ランチはそのルーでも有名なレストランを借り切っての昼食会。今はその昼食会の真っ最中だが、最初に出てきたスープを一口すすっただけで、この後出てくる料理の素晴らしさが予想できるくらいだ。
「素晴らしいお味です」
スープを一口飲み、本心から僕がそうメアリに伝えると、
「なんだお前、舌が肥えてるな。俺には味の薄いとしか感じないけど」
横のヴァンは信じられないことを言う。こいつ、貴族じゃないのか?
「うるさい探偵だわ、全く。そんなに濃い味が好きなら、塩でも振っときなさいよ」
メアリの皮肉に、
「そうだな」
と卓上のスパイスボトルを手に取り、スープに振りかけているヴァンを、僕とメアリは揃って呆れた顔をして眺める。
呆れ果てたのかメアリが無言で去って行ってから、入れ違いにレストランのウェイターがサラダを運んでくる。
「こちら、当レストランの所有する畑の朝採れの緑野菜を岩塩とオイルであえたものです」
「どうもどうも」
受け取ったヴァンはそのサラダにもスパイスを振り出す。僕はちゃんとまずそのまま食べてみる。うん、岩塩とオイルだけだから野菜のみずみずしさや濃い味がはっきりと分かる。僕には分かる、この料理の素晴しさが……まあ、確かに、ちょっと味薄いけど。
「そういえば、この後は自由時間で、その後に夕食と観劇があるんですよね?」
案内状を取り出し、そこに書かれた予定を確認する。
「え? あ、そうだっけ? 夕食はあるだろうけど、劇って何?」
あっという間にサラダを食べ終えたヴァンがそんな抜けたことを言う。チェックしてないのか?
「いやいや、劇ですよ、劇。あの月華劇団が来るんですよ、このパーティーのために」
「げっかげきだん、って、何?」
全然話が噛み合わない。
「いや、僕もそういうの詳しい方じゃないですけど、それでも知ってますよ! 貴族のヴァンさんは知ってなくちゃおかしいんじゃないですか?」
「ええ……? ああ、そういえば、嫁さんと妹が何かそんなことを言っていたような、気が……」
「いや、絶対奥さんも妹さんも知ってるはずです! 今、大人気なんですから!」
ヴァンとの会話がどんどん白熱していくことに気を使ったのか、次の軽いもの盛り合わせを持ってきたウェイターは無言で皿だけ置いていく。
「女性だけの劇団で、そりゃあもう美人ぞろいなんですよ、僕も一度くらいしか観たことないんですけどね、大人気でチケット取れなくて。脚本がいいんですよ、脚本が、いやあー『ヴァルヴァロ』は泣けたなあ」
「ふうーん、あ、わかった、男役も女性がやってたりするか? で、男性人気よりも女性人気の方が凄い」
「なーんだ、知ってるじゃないですか、男性人気もすごいですけど、確かに女性ファンが多いんですよ」
「いや、知らない。ただ、宝塚みたいなのだろ、要するに」
「タカラヅカ?」
「いや、こっちの話だ、悪い」
わけのわからない単語が出たせいで、変な沈黙が流れる。その間に僕もヴァンも盛り合わせを食べ終え、ワインで口を湿らせながら気を取り直して会話を再開する。
「ま、まあとにかく、あの大人気劇団をプライベートで呼んで劇をさせるってだけでも、どれほど金や力を使ってるかってことですよ」
「かなり力を入れて、モネ家は死なず、とアピールしているわけか……なかなか気合入ってるな」
「しかも、三回ですよ、三回。この六日間の間に、三回も月華劇団の劇を観ることができるんです。ありえないですよ、こんな」
ぶんぶんと腕を振ってアピールする僕を、ヴァンは白けた表情で眺めて、
「だけど、さすがにその劇団員を全てってわけじゃないだろ? 劇団員全員に裏方も全員、セットや小道具に衣装も全部一緒に回るってことになると、さすがに家が傾く」
「うっ、ま、まあ確かにそれは考えにくいですね……ただ、元々セットや小道具や衣装については、必要最小限にしているタイプの劇が多いんですよ」
「あ、そうなの? てっきり、ものすごい着飾って演技したり、セットや小道具が凄い豪勢なタイプの劇かと思ってた」
「どうしてそんな風に勘違いしてるのかわかりませんけど、月華劇団は脚本と演技力だけをシンプルに味わってもらうタイプの劇……あっ」
「え、何?」
「すいません、そういうのヴァンさん苦手ですよね。シンプルに素材の味を味わうみたいなの。味が濃ければ濃いほどいいタイプですもんね。演出過剰な劇の方がよかったですね」
「煽ってんのかコラ」
そんな会話をしているうちに、ウェイターが料理を持ってくる。どうやらこれがメインの料理だ。さすがにメインディッシュを説明しないわけにはいかないらしく、言い合っている僕とヴァンさんの会話に、
「失礼いたします」
と入ってくる。
「こちら、火吐き魚の煮込みです。ダンジョンのモンスターだった魚が野生化したらしい魚で、この地方でしか食べられない大変貴重な魚です」
真っ赤なソースで煮込まれた魚だ。試しに食べてみると、旨いことは旨いが、辛い。スパイスがかなり効いている。
「おいしい、けど、辛いっ」
汗を流しながら思わず口をついてでる。
「辛いけどおいしい、おいしいけど、辛い」
汗をかきつつ、文句を言いつつ、それでもフォークが止まらない。なるほどかなり中毒性がある。
「いやあ、すごいですね、この料理。これ、辛いから火吐き魚って言うんですか?」
僕の質問にウェイターは、
「いえ、水中で実際に火を吐くからです」
と返してきて、ちょっと恥ずかしい。
視線を感じるのでふと横を見ると、ヴァンが腹を押さえて震えている。笑いを耐えているのだ。
「ちょっと、自分は月華劇団も知らなかったくせに」
ウェイターが去った後で文句を言うと、
「いやあ、悪い悪い、しかし、うまいなあ、これ」
はっきりした味付けのこの煮込みは舌に合ったらしく、ヴァンはあっという間に平らげてしまう。
「ヴァンさんは火吐き魚ご存知なんですか?」
「うん。だって、冒険者としてダンジョン潜ったことあるし」
「マジですか?」
そう言えば、そんな話を聞いたことがあるような、ないような。
「で、そこで殺人事件に巻き込まれて――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
慌ててメモ帳を取りだす。かなりいいネタになりそうだ。
「そういえば、この後の自由時間どうする? 美食の都だから食べ歩きとかしたいんだけど、夕食食べられなくなったら困るよなあ」
「いや、そんなことはどうでもいいですから!」
「えー」
不満そうなヴァンに、何度もお願いしてその事件の詳細を聞く。




