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エピローグ

 パパゲア、クロード、ティア、ライカ。

 資産家夫婦、大商人、議員の不倫の四角関係の果ての殺人劇。

 舞台は湖の底の館。

 世間の注目の的にならないはずがなく、実体験をもとにした僕の記事は前回以上の評判となった。


 もちろん、実際には四角関係などではないのだが、ライカはそう証言しているらしいので、僕はそれに乗ることにした。その部分はかなり脚色することになった。

 竜玉のことをそこまで深く探られては困るのはパパゲア側も同じだということで、相続人であるメアリを筆頭に親戚関係も全てその四角関係のもつれ説を支持することなったらしい。エジソンもだ。


 竜玉が結局どういう扱いになったのかはよく分からない。アオやヴァンが暗躍したのだろうと想像はつくが、表には出てきていない。


 前回の記事がまぐれ当たりではないと証明され、僕は超一流記者の肩書を手に入れ、講演などで各地を回ることができた。それも事件自体が注目されていたからだ。


 結局、その潜水館事件の熱狂が冷めるのに、半年ほど必要だった。





 妻が殺人犯となった、ということはかなりダメージだったが、それでもディーコンは議員はやめていない。踏ん張って、例の法案を通すために歯を食いしばった。とはいえ、やはりイメージの悪化はいなめない。結局法案は通らず、ディーコンは野に下った。


「ええと、いいですか、それじゃあ、取材」


「ああ、どうぞどうぞ」


 無精ひげを生やし、印象よりも少しやせた様子のディーコンが鷹揚に答える。


 心無い記者連中(僕が言うのも何だが)や誹謗中傷から逃れるためだろう、人里離れた山小屋のような場所に引っ込んだディーコンに取材を申し込んだのは、あの事件への興味がようやく薄れた今なら、取材を受けてくれるのではないかと思ったからだ。


 とはいえそこまで期待していなかった。少し前まで、記者である僕がうんざりするような内容の記事が書かれ、目を覆いたくなるような怪文章がばら撒かれ、通そうとした法案まで揶揄されていたディーコンがそうそう取材を受ける心持ちにはならないだろうと考えていたからだ。


 だが取材を申し込む手紙に対して、ディーコンは即座に了承の返事をくれた。


「ほら、どうぞ」


 武骨な金属製のカップにはいったコーヒーを差し出される。


「こんな辺鄙なところに住んでいていいことは三つです。うるさい連中がこない。星空がきれい。最後がこれだ。コーヒーがうまい。豆は普通のものだが、炭火で焼いて、川の清流の水を遣って、空気までうまい。だからだろうね。どうぞ」


「どうも」


 と受け取った熱いコーヒーは、確かに香りからして素晴らしい。


「それで」


 ぼろぼろの安楽椅子に座ると、ディーコンはこちらを見て微笑む。


「こうやってじっくり話すのは初めてですね、ココアさん。あの時は、それどころじゃあなかった」


「確かに……この取材を受けてくれたのって、僕だから、ですか?」


「正直、それもあるかな」


 ディーコンはコーヒーを一口飲む。


「あの事件のことを話せる相手がいない。たまには、心の内を吐き出す相手が欲しくてね。多くの人は私が妻に利用された可哀想で愚かな犠牲者か、あるいは共犯者だったのを隠している卑怯者かのどちらかだと思っている」


「どちらでもない、と?」


「そんな極端でシンプルな立ち位置じゃあない。ココアさんもあの場にいて分かっていたでしょう。まさか、と思いながら、妻を信じることも疑うこともできなかった。そんな感じですよ。どっちつかずで、気分だけ悪くなって、挙句に妻に薬を盛られましたがね」


「余計なことを言わないように、ですか?」


「どうなんだろうな」


 遠くを見る目をして、


「あれで事件が解決せずに館が浮上して、それから私が目を覚ましたとして、それで何とかなると思っていたのかな。私はやはり妻を問いただしたでしょうし、それでもしも――いや、確かに、だがそうなったら妻を庇って口をつぐんでいた可能性もあるか。少なくとも、あの法案が通るまでは」


「残念でしたね」


 法案が通らなかったことについてはそう言うしか、他に言葉はない気がする。だが。


「まあ、そういうこともあります。やはり、妻が殺人犯というのはね、なかなか厳しかった」


 ははは、とディーコンは快活に笑う。吹っ切れたような笑いに僕が戸惑っていると、


「名探偵も妻も、私の過去の罪を飲み込んで、黙っている。それは、つまりそういうことなんでしょう。私に、あの法案を通してみろ、と。なら、卑怯者と罵られても、それをするしかない」


「まだ諦めていらっしゃらないんですね?」


 僕の確認は、


「諦めたのなら、私は過去の罪を世に向けて洗いざらい白状しますよ。妻の罪も少しは軽くなるかもしれませんし」


 とあっさりと認められる。


「ほとぼりが冷めるまで、ここでじっくりと待たせてもらいます。今は雌伏の時だ。力を溜めさせてもらいますよ。なに、時間はまだまだある」


 にや、とあの顔色が悪かったディーコンのものとは思えない太い笑みが浮かぶ。


「彼女が戻ってくるまでに、何としてでもあの法案を通して、世界を変えてやらないと」


 意外と、似たもの夫婦なのかもしれない。


「だから、取材してもらって悪いけど、大して記事になるようなことは言えませんよ。それとも、全て洗いざらい記事にしますか?」


「それをしたら、今後同行お断りってヴァンさんにくぎを刺されているんで」


 とはいえ、あの事件の真相を書かずとも、いい記事にはできる気がする。

 伴侶の殺人事件、それによる下野という目に遭った後でも、辺境の地でなおも世界を変えることを狙う、決して諦めないしぶとい理想家。





「で、こんなオチか? 酷いもんだな、おい」


 ヴァンは愚痴る。


「文句を言うな。参るのはこちらだ」


 レイ・コルトは冷たい顔と声で切って捨てる。


 真っ暗い、狭い部屋。

 密会は町の片隅にある、一見はただの廃屋に見えるそのあばら家の一室で行われている。


「しかし、間違いないんだな」


「ああ。私以外に誰かが手柄欲しさに動いた様子もない。間違いない。そのアオという男、私とは、いや、ペース国の聖遺物関連部署とは何も関係がない」


「じゃあ、あのアオってのは何者だったんだ?」


 天、というより真っ暗い天井を仰ぐヴァンに、


「ある程度事情に通じているのは間違いがない。竜玉のことも知っていたのだろうし……他国の諜報員か? それこそ、シャークの人間ではないのか?」


「どうだろうな。それなら、終わってから俺に話くらいありそうなもんだ。あのまま、アオはきれいさっぱり消え去った。どうも妙だな……ペースでもシャークでもないとすると」


「国としては残るはイスウとナムトか……イスウは、今実質仕切っているのはマサカドだろう?」


「ああ、マサカドさんは俺の知る限り、こういう手を使うタイプじゃない」


「だが、ナムトというのも……」


 と、レイは呟いてから、


「そう言えば、ヴァン」


「何?」


「今度結婚することになったらしいぞ。まだ招待状は来ていないのか?」


「は? 誰が?」


「メアリとエジソンが」


 無言で、ヴァンはその場でひっくり返った。

ありがとうございました。


今回の話についての正式な後書きとか次回の予定とかは明日にでも活動報告に書くつもりですのでよかったらのぞいてください。

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[一言] 美味しんぼオチィイイイイイイ!!!
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