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三人目

 袋が被せられていたのは、東の待機所のゴーレムだ。


ゴーレム相手の尋問は非常に手間がかかる。

 エジソンの指導の下、何度も質問を繰り返して分かったのは以下の通りだ。


 今まで全く気付いていなかったが、深夜に既にゴーレムは頭に袋を被せられていた。被せた者が誰なのかは判別不明。何故なら。


「お前は被せた者の顔を見たか?」


「いいえ」


「被せた者は顔を隠していたか」


「はい」


 というわけだ。このやりとりで全員の視線がアオに集中し、「私じゃあないですよ!」と慌てたアオが追加で質問をしたが、どうやら全身を布をローブのようにして覆って隠していたらしい。ともかく、その袋を被せられて以降はゴーレムは何も見ることができていなかった。


「あの袋って何?」


 ヴァンの疑問に答えるのはエジソンだ。


「あの袋は見覚えがあります。物置にたくさん置いてあった袋です」


「ってことは、その袋を被せた奴は、浸水した物置から袋をとってきたってことですか? できますか、そんなこと?」


 僕が驚きを口にすると、


「できるでしょうね、それは。その袋を被せた人間が、事件の犯人であるなら」


 アオが冷静に答える。


「ああ、そっか、そうよね、そうだわ。犯人はだって、竜玉とやらを持っているはずですものね」


 忌々し気にメアリが吐き捨てる。


 そうか。竜玉。この潜水館を自在に浮上沈降させることができるほどの聖遺物。そうだ、犯人は水没したエリアを、おそらくは唯一自由自在に動くことができる。


「どのタイミングで物置から取ったのかなんて考えても無駄だろうね。何かに使うために沈む前に物置からこっそり拝借しておいたってことも考えられる。結局のところ、袋の出どころから犯人を推測することはできないか」


 ヴァンは空を見上げて、


「布の方もそうか。クロードなら商品で布くらいいくらでも持っているだろうしなあ……しかし、どうしてだ? そもそも、どうしてゴーレムの頭に袋を被せる?」


「そ、そうですよ。だって、クロードさんを自殺に見せかけて殺したんだとしても、ですよ? ゴーレムの東の待機所はそもそも通らないはず、だからゴーレムの視界を遮る意味なんてないはずなんで、す……」


 言いながら、僕は気付く。そうとも、限らない。そう、もしも犯人が――


「ただし、クロードの部屋に行くのにゴーレムの前を通らなければならない人間は二人います。エジソンと、メアリ。悲しいわ、二人とも。怪しい人間が身内から出るなんて」


 ちっとも悲しそうにしていないティアの言葉には愉悦が込められているようにすら聞こえる。


「じょ、冗談じゃないわよ! そう思わせるようにあんたがやったんじゃないの?」


 叫ぶメアリとは対照的に、エジソンはじっと黙っている。苦渋の表情で。これまでずっと冷静を保っていた彼には珍しく、暗然としている。


 それはそうだろう。さっきティアが言ったことに加えて、例の密室の問題がある。だが、エジソンにはマスターキーがある。つまり、まとめるとこういうことだ。


 密室の問題も、ゴーレムの頭に袋が被せられている謎も、両方とも『エジソンが犯人だとしたら解決する』。

 だが。


「でも、あの遺体の件、は……?」


 僕の呟きに周囲はしん、となる。


 遺体の紐がほどかれていたことは、全く意味が分からない。きつく縛っていた紐はほどかれていた。いや、正確には切断されて死体の周囲に広がっていた。だが、固まってしまったパパゲアのポーズは今更変わることはない。胸の前で腕を交差している例の姿勢のままだ。微動だにしていない。


 していない、が。どうしても、不気味な連想が頭から離れてくれない。


 薄闇の中、びくりびくりとパパゲアの死体が震える。何かが入り込んだように。そうして、硬直していたはずのポーズがゆっくりと変わり、どこからかナイフを取り出す。そのナイフで、ぎこちない動きながらもパパゲアは自らを縛っている紐を切断すると、ゆっくりと立ち上がる。白濁した目で、ぎょろりと目的地を睨む。

 自らを殺した相手である、クロードの部屋を。


「……だとしても、妙だ。おかしいな」


 僕が想像している一方で、ぶつぶつとヴァンは呟き続けていたが、やがて、


「……あとはディーコンをどうするか、か」


「何? うちの夫がどうかした?」


「ああ、いや――聞いてくれ。俺はもう、犯人当ては諦めた。俺の負けだよ。ただ、この館を浮上させたい。それだけだ」


 いきなりのヴァンの発言に、全員が戸惑う。当然僕もだ。何を言いたいのだろう?


「だから、提案だ。半分に分けるんだ。ディーコンを合わせて八人だから、四人ずつに分かれて、あとはその四人でどこかの個室に食料を持ち込んで籠る。で、ひたすら互いを監視する。そうして残りの日々を過ごすんだ」


「いや、それじゃあ――」


 それじゃあ、結局誰も装置に竜玉を戻さないじゃあないか。


「まあまあ、黙って聞いてよ。ただし、部屋を抜けることはできる。トイレに行ったりとか、狭い部屋に四人でいたら息が詰まるから少しの間でも外に出たい、とかね。で、その時は必ず一人だ。護衛や見張りはつけない。悪いけどね。その分自分で警戒してくれ。で、こうやって外に出るときは必ず一人って縛りを付けるわけだから、犯人はその間に竜玉を戻すことができる。そうでしょ?」


「いやいや、忘れたのですか?」


 アオが呆れた口調で、


「装置は水没したエリアにある。行きは竜玉を使って犯人も移動できるかもしれませんが、帰りは? 水に潜りながら部屋に戻らなければならない。ずぶ濡れに濡れた人間が戻ってくれば、あからさまに分かります。全身ずぶ濡れになってしまえば、濡れた床に滑ってこけた、では説明がつかない」


「うん、だから、もう一つ、外出については縛りを付ける」


 まさか……


「部屋の外に出た場合、『必ず全身を濡らして帰って来る』ってルールにしよう。部屋の中にあらかじめ大量にタオルの類を準備しておいてさ。これなら、犯人も疑われないでしょ」


 トイレに行くなら全身濡らさなきゃいけないのか。最悪だ。水浴びしてこいって?


「それと、二つのグループに分けているのにも意味がある。まあ、八人を個室に入れるのはさすがにきついっていうのもあるけど、重要なのはもう片方のグループの様子が見えないってことだ」


「はあ、もう片方の様子が分からないと、どうなるんですか?」


「例えば犯人が装置に竜玉を戻しに行こうと思って、だが短時間で終わらせる自信がなかったとする。あまりにも長時間部屋を出ていると犯人だと思われる。他の連中は皆、かなり短い時間で戻ってきているように思える。ほら、こうなると犯人もなかなか装置に行きにくいだろ? だけど、グループを二つに分けていたら、そんなことを考える必要はない。もう一つのグループでは自分よりも長時間外に出ている奴がいるかもしれないんだから。犯人以外にしても、同じ部屋に犯人がいる、と思うよりも、犯人は別の部屋にいる四人のうちの誰かかもしれない、って逃げ道があった方が精神衛生上いいでしょ」


 そうか。ずっと、精神的に追い詰めて皆が暴走してしまうのをヴァンは警戒していた。そのためか。


「で、部屋だけど一つはディーコンが寝てることもあるしディーコンとライカの部屋、もう一つはメアリ――今はティアさんの部屋か、そこにしようと思う。どうかな? っていうか、今までの俺の提案に異論はある?」


 誰も何も言わない。不信、疑念、焦燥、恐怖、色々なものが混ざり合っているが、全員の顔に浮かんでいる一番強いものは、単純な疲弊だ。疲れ切っている。誰もが、早くこれを終わらせたいのだ。だから、何が何でも館が浮上してくれればいい。僕もそういう思考になりつつある。


「で、グループ分けだけど、俺が勝手に決めさせてもらうよ。ディーコンが寝ている部屋には当然にディーコン、そうなると奥さんのライカもそこで、ディーコンの看病のためにエジソンさんも同じ部屋。これで三名。後は、メアリかな」


「あたし? まあ、いいけど」


「で、後は残り物チームだ。俺、ココア、アオ、ティア。このチーム分けで問題ない?」


 異論はない。おそらく、喧嘩になりそうだからティアとメアリを分けたのだろう。

 これで、戻れるのだろう? そうであってほしい。そうでないと困る。





 ヴァンがかなり頭を絞って考えたであろうこの方法は、結局一晩も立たずに駄目になった。

 トイレに行くといって部屋を出ていったティアが全く戻ってこず、しびれを切らしたヴァンがディーコン・ライカの部屋に行き報告、そうして結局全員で館内を探索することになったからだ。


 ほどなくして、ティアは見つかった。クロードの部屋で。


 腹を突き刺した割には綺麗だったクロードの部屋は、血がまき散らされている。部屋の中央、クロードとティアが絡み合っている。

 クロードを抱いてティアが死んでいたなら、後追い自殺かとも思ったかもしれない。だが状況は、まるで違う。ティアはクロードを抱いているのではない。むしろ、クロードを突き放そうとしているように見える。だが、クロードの手足がティアの手足に絡みつき、離れられない。ティアの顔は恐怖に引きつり、目は零れ落ちてもおかしくないくらいに見開かれている。その目は充血している。唇は紫。そして。


 血に染まった片手に、ティアは竜玉をしっかりと握っている。

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