ゴーレムの謎、再び
「私が全ての犯人だ。私はパパゲアの妻、ティアに恋をしていた。それは一方的な恋だ。触れることも、愛の言葉を交わすことすらなかった。彼女がパパゲア■■■■を裏切ることなどない。それは分かっていた。だがそれでも思いは募り、それはパパゲア■■■■■■■■■■■■■■■への殺意に変わった。パパゲアを殺し、■■■彼女を殺し、自分も死ぬつもりだった。全てをこの館と共に沈めるつもりだった。だがやはり私は意気地なしだ。パパゲアを殺した時、恐ろしくなってしまった。同じように彼女を殺すことなどできそうもなかった。私は■■■■自分の命だけを絶つ。愛しい君には生き延びて欲しい」
以上が遺書の全文だ。具体的な内容に欠けていること、この上ない。そもそも、クロードの筆跡かどうか分からない。心理的な動揺のためか、字は乱れに乱れて、かろうじて読める程度なのだから。文自体の内容もまた乱れている。全体的な順序がおかしいし、表現もところどころ怪しい。書き損じたのか、ところどころ塗り潰されている部分もある。とはいえ、内容は分かる。だが。
パパゲアを殺した方法、どうしてゴーレムに見つからなかったのかも全く書いていない。
正直なところ、これがクロードの犯行の告白であり遺書であると信用することはできない。だが部屋は密室で(エジソンが犯人でないとしたら)自殺としか考えられず、その一方で。
「竜玉が見つからなかったことを、どう考えれば?」
僕はメモに書いて整理しながら呟く。全く、理不尽だ。
あれから、ティアを部屋(元々はメアリの部屋だ)に運び寝かせ、全員でもう一度徹底的にクロードの部屋を探索した後、パーティールームに戻ってきた。全員口を開かず、重苦しい空気の中、僕はメモしてきた情報を整理したり、そこから分かったことや新たに浮かんできた疑問点を新たにメモしたりしている。はっきり言ってしまえば、現実から目を逸らすための作業だ。
気力を奮い起こすため、全員でエジソンが用意したワインをちろちろと舐めつつ、
とはいえ、本当に不思議だ。ヴァンも狼狽えているように、こんなパターンがあるとは想定していなかった。
クロードが死んだ。自殺なのか、それとも他殺か。クロードが本当に犯人なのか。それともなすりつけられただけか。だが、どのパターンだとしても、竜玉が見つからないのはおかしい。
クロードが本当に犯人で、なおかつ後に残った僕たちをどうなってもいいと思っているなら、竜玉を館の外や水没エリアにでも放り捨てるといったことも考えられる。だがそうなると、遺書の内容と整合しない。ティアが死ぬことになる。
一方でクロードが犯人に罪をなすりつけられて殺されたのなら、このタイミングで竜玉を元に戻すはずだ。クロード犯人説の補強のためにも、自殺したクロードの部屋から竜玉が見つかる流れが自然だ。犯人を他人になすりつけつつ、館を浮上させる大チャンスのはずだ。
「……たとえば、部屋以外、どこか見つかる場所に竜玉を転がしておく、とか」
それを誰かが発見すれば、どちらにしろ館は浮上するだろう。だが、どうしてそんなマネを? 見つからない可能性もゼロじゃあない。リスクだけがあってメリットがない。
「あの遺書の内容は本当なの?」
突如としてメアリが口を開く。
「は?」
エジソンが戸惑っていると、
「あの女――お母様と、クロードが、ほら」
ちらりとメアリが目をやる先は、パーティールームの外。西側のドアから外だ。一応ティアを寝かしつけてから、そのドアは開け放たれている。部屋にいるティアの安全のためだ。ティアの部屋を常にパーティールームから見ることができる。
「ああ、さあ、わたくしにはよく……」
「いや、あたしが聞きたいのは、てっきり完全に愛人関係だと思ってたから。噂にもなってたし」
無言でヴァンとアオがうんうんと頷いている。調査でその情報も引っ掛かっていたらしい。
「けど、まだそこまでいってなかったのかなあ、と。てっきりがちがちにいちゃついているものだと」
「いやあ」
答えにくいのか、エジソンは苦い顔で頬をかく。
「――そういや、いるね。メアリ、誰が君を呼んだの?」
エジソンに助け舟を出そうとしたのか、そのタイミングでヴァンが無遠慮に令嬢に問いかける。これでもヴァンも精神的に疲弊しているらしい。どんどん素が出てきている。だが断片的すぎて僕にはよく問いかけの意味が分からない。
「俺ですよ」
顔色が見るたびに悪くなっているように見えるディーコンが名乗りでる。
「エジソンさんに頼まれて。ライカは足があれですから、浸水している廊下を歩かせるわけにもね」
そうかそうか。そう言えば、メアリはエジソンやティアが来たら警戒してドアを開けないと宣言していたな。
「元冒険者なんだからそれくらいの傷どうってことないでしょ、ライカなら」
「ふざけたことを。冒険者だって痛い時は痛いわよ。でも確かに落ち込むわね。議員になってデスクワークばっかりで、かなり体が鈍っていたみたい」
「かつての一流戦士が見る影もないな」
「あんたよりはマシよ。ゾンビみたいになってるじゃない」
どんよりと淀んだような沈黙が、そのやり取り、というかヴァンとライカのただの口喧嘩、で少し薄れる。息苦しさから少しだけ解放される。
「さて――情報、整理したいんだけど」
そのタイミングを逃さず、ヴァンが口火を切る。
「……結局、あれは自殺なのかな、エジソンさん?」
「そうですな……わたくしに言えるのは、あの腹部の傷が致命傷であること、そしてそれはクロード様ご自身の短刀によるものだというだけです」
だが、自殺だとすると、あの「カルコサ」の文字の意味が分からない。いや、待てよ。あれについては、他殺だったとしても意味がない。意味が、分からない。
「自殺の方法としては腹を突くのはあまり一般的じゃあない。何よりも痛く、苦しい。でしょ? あたしだったら、せめて心臓を刺すわ」
別の方向から、ライカがぞっとしない意見を出すが、もっともはもっともだ。
「それだけ自責の念があった、自分を罰するつもりだった、そういう風にも解釈できます。ひとつよろしいですか、彼が自殺でないとしたら、あの部屋や姿勢の問題をどう解釈すべきか、どなたか教えてください」
アオが言う。
「どういう意味よ? あの部屋が密室だったって話なら、エジソンさんが犯人なら――」
「ら、ライカ……」
あまりにも直接的なライカの発言を、慌ててディーコンが止める。
「それもあります、が……いいですか? ライカさんの仰るように、自殺は妙だ。それなら、誰かに腹を突き刺されたのだとしたら、ですよ。激痛はあるでしょうけど、それよりも大変なことは即死はしないということです。普通に考えて――」
「暴れまわる、か。血痕は椅子とその下だけ。姿勢だって大人しく椅子に座り込んだまま。まあ、確かに、ねえ」
ふうむ、とライカが考え込むと、横からその夫が遠慮がちに、
「眠っていた、んじゃあないのか?」
ディーコンの顔色はかなり悪い。悪化している。どこか悪いのかもしれない。
「えっ、どういうこと? 痛みで起きるでしょ、そんなもん」
「いや、そうじゃあなくて……ほら、冒険者時代にさ」
「あっ、そうか、そうね――麻痺や眠りの罠はよくあったわよね。そっか――麻痺や眠り、か」
「それ自体が聖遺物であるダンジョンの罠によるものは別として、魔術で麻痺や眠りを起こすのは至難のわざだ」
ヴァンが補足する。一流魔術師でもあるヴァンが言うならそうなんだろう。
「となると、手っ取り早くそれをするとなると、薬か。薬なあー……エジソンさん?」
「ふむ、薬ですか。一般的な傷薬などの常備薬ならこの館にも備え付けておりますが、睡眠薬や麻酔薬の類はさすがに。ただ、クロード様は商人です。商品として薬の類は持ち歩いていらっしゃるようでしたが」
「となると、何かに混ぜて薬を――ああ、待てよ、待て待て。何か見落としている、ような」
ヴァンは苛立たしげに自らのこめかみをノックする。
「なんだっけ、何かに混ぜて薬……何に混ぜる? どう思う、ココア?」
「えっ、いきなり僕ですか、ええと、そうですね、まあ、味の薄いものに混ぜたらすぐに薬がばれますから、なるべく味の濃いものじゃないですか? だから液体。でもあったかいスープとかに混ぜると毒変質しちゃいそうですね。じゃあ、お酒、とか……んん?」
酒。なんだろう、何かがひっかかる。
「……偶然の可能性もある、が」
ヴァンは唸る。
「パパゲアの部屋、犯行現場らしき部屋にワインが飲んだ痕跡があったよね、確か。ボトルにグラスに」
「確かに……偶然の可能性もありますが、気になりますな」
はっと気づいた様子を見せて、エジソンも唸る。
「ただ、残っているワインはないですし、そうでなくともわたくしはワインに薬品が混入されているかどうかを判断する技術などありません」
「まあ、そうだよね、普通……そう言えば、犯人を除くと、最後にパパゲアさんと会ったのはクロードさんだったよなあ、確か。そうなると……」
ヴァンの視線が宙を彷徨う。目に見えない何かをカウントしているかのようだ。
「ワインと言えば、これもですね」
仮面をほんの僅かずらしてワインを飲んでいたアオが、グラスを指で弾く。
「おそろしいことを言わないでよ……」
ライカが苦い顔をする。
僕も不安になってくる。エジソンを疑うわけではないが、はっきり言ってついさっきまでグラスのワインに薬なんて発想がなかった。誰かがこっそりと薬を混入しようと思えばいくらでもできたはずだ。
「なんか、そう考えるとワインが妙に苦く……って、そんなわけないか」
あはは、と笑い飛ばそうとしたところで、グラスの割れる音。
「えっ?」
僕だけでなく全員がそちらを向く。
「――」
震える手。足元には砕けたグラス。
「ら、い……」
傍らの妻に視線を動かそうとした、ディーコンの目がぐるりと回転して、そのまま彼はその場に崩れ落ちる。
顔色は更に悪い。
全員がまずしたことは、慌てて手に持っていたグラスを置くことだ。悲鳴があがる。メアリのものか。だがそれよりも、まずは自分だ。汗が噴き出る。気分が悪い。だが、体のしびれや、苦痛は、ない。ないはず。吐き気もない。動悸が激しいが、これは多分心理的なもの。そうでしょ? そうであってもらわないと困る。
「落ち着け。全員それ以上飲むな。だけど多分、ディーコンだけだ。落ち着け。頼むから、落ち着け。まずは黙って、全員動くな」
ヴァンの指示。
横の夫が倒れたのを見下ろし、身震いしながらも冷静さを失わないライカが、一番にその指示に従う。
一番動揺してもおかしくないライカのその冷静さにつられるように、全員、とりあえずヴァンの言うように黙り、動きを止める。徐々に落ち着いてきてもいる。少なくとも、僕の体にはどうやら今のところは変調はない。
「エジソンさん」
「ええ」
エジソンは床に倒れたディーコンに駆け寄り、
「息はあります。呼吸の乱れもない。これは――断言はできませんが、おそらく睡眠薬の類です。命に別状はないかと」
一気に場の空気が緩む。へなへなと、ライカがその場に座り込む。
「……どうする? ディーコンも自室に運び込んで、もういっそパーティールームと廊下の扉を三か所とも常時開け放つ?」
そうすればティアのいる部屋もディーコンの部屋も常に監視できる、ということだろう。だがそのヴァンの提案には、どうしても頷けない。何故なら。
「うーん、ひ、東の扉は、そのお……」
そこの廊下には、パパゲアの死体がある。
「……とりあえず、あたしたちの部屋に運びましょう。あたしとディーコンだけにするのがまずいなら、誰か数人だけついてきて。ああ、エジソンさんも頼むわね。何人かは、ティアさんのとこを見てなきゃいけないでしょう」
痛めている足を庇いながらよろよろと立ち上がったライカがそれでも気丈に言う。
「……そう、だな。よし、じゃあ、ココア」
「えっ」
「エジソンさんとライカと一緒に、そこのディーコンを運んでやれよ。俺はここの」
と、青白い顔をして、しかし目を血走らせて首をぶんぶんと振っているメアリを顎で示す。
「爆発寸前のご令嬢とティアの部屋の両方を見張っとく」
「もう、いや。いい加減にしてよ。いやよ、もう嫌」
ぶつぶつと呟き続けるメアリは確かに限界っぽい。この状況下に年端もいかない少女が平静でいられる方がおかしいか。
「俺は腕っぷしには自信がない。何かあったら頼むぞ、アオ。お前が前衛、俺が後ろから魔術援護する」
「私も魔術師タイプなんですが」
言い合っているヴァンとアオは放っておいて、僕たちはディーコンを部屋に運び込む。死体は見ないように目を逸らしながら。
ベッドに寝かせて、一息ついたところで。
叫び出したくなる。何だこれは。どうなっているんだ。誰がディーコンに薬を飲ませた? もう、クロードが犯人であるわけがない。僕たちの中に犯人がいる。
ベッドのディーコンを念入りに調べているエジソンも、その二人を心配そうに見守っているライカも、信用できない。演技なのではないかと思ってしまう。一体、どうしてこんなことになった。
そう言えば、あの時、クロードの部屋にいく直前、ディーコンが言おうとしていたことは一体、何だったのだろう? ひょっとして、ディーコンが薬を盛られたのはそれが動機か? 考えはまとまらない。
ともかく、ライカを置いてパーティールームに戻った僕とエジソンは、そこで残っていた三人と合流して、そうして。
「ともかく、もう事件の真相も何もかも後回しだ。最優先で、一縷の望みをかけてやるべきことがある」
ヴァンが宣言する。
「……竜玉の捜索ですな」
「うん。もう、エジソンさんのマスターキーを使って、プライバシーも何もなしで、とにかく個人の部屋も廊下も全部調べよう」
それしかない、か。パパゲアの死体があることを考えると廊下はどうしても調査したくないが、そんなことを言っている場合でもない。
「身体検査も、だ。一度やったから免除もなし。とにかく徹底的に調査をしよう」
「でも、ライカさんとディーコンさん、ティアさんを放っておくのもどうでしょうかねえ」
アオの意見に、僕たちは顔を見合わせる。確かに、そりゃあそうだ。
「――わたくしは、大丈夫です」
と、声がする。
見れば、西の扉の方からふらりとティアが入って来るところだ。
「奥様、お体は――」
「問題ありません。申し訳ありません、無様なところを」
顔色は悪いが、口調はしっかりしている。
「わたくしも、調査に同行いたします」
「しかし、奥様そのような――」
「よし、じゃあ、ココア」
「はい?」
「お前は、パーティールームの中央に立っていてくれないか? メアリさんと一緒に」
「え?」
どういう意味だ?
「で、三つの扉を全て開け放つ。それから、ココア以外の俺たちで調査していく。互いや、他のグループを監視しながら。個室に入る時はドアは開けっ放しで。これなら、何かあればすぐに分かるし、ライカとディーコンのこともココアが見ておける。どうだ?」
「どうしてあたしとこいつなのよ」
メアリが噛みついていくが、
「別に誰でもいいけど、なるべくパパゲアさんの遺体を見たくなさそうな人を選んだつもりだ。本当だったらティアさんも残したいんだけど――」
と、そこでちらりとヴァンが目をやるとやつれたティアの顔に苦笑が浮かぶ。
「醜態を見せてしまいましたしね。確かに、わたくしとメアリが残ればまた大喧嘩になりそうです。わたくしは構いませんわ」
それきり、誰からも異論は出ない。こうして、調査が始まる。とはいえ、僕は不機嫌そうに爪を噛みまくっているメアリと一緒にパーティールームの中央で周囲を窺うだけだが。神経は使う。数分が数時間にも感じる。
結論から言えば、竜玉は出なかった。その代わり、別のものが見つかった。まるで、予想していなかったものが。
「それで、どういうことだと思う?」
パーティールームに戻った後で、疲弊したヴァンが全員に問いかけるが、返事はない。混乱の極みで、全員が頭を抱えている。
「全く、意味が分かりません」
ぶんぶんとエジソンが頭を振る。
「俺もだよ。アオは?」
「カルコサ伝説に、それに類する儀式のようなものはない。あれは、一体、どういうつもりかなど私にもわかりませんよ。あんな――」
「全く、どうして」
ティアは青白い顔に恐怖によるこわばりを張り付け、
「どうして、夫の遺体の紐が解かれ、そしてゴーレムの頭に袋が被せられているというのですか?」




