ココアの作戦会議1
無言のままずぶ濡れで憔悴した姿でパーティールームに帰還した僕たちを、残っていたメンバーは不安そうな目で見てくる。だが、僕たちにはそれに答える余裕がない。
パーティールームに入った途端、僕は崩れるようにその場に座り込む。精神的、肉体的疲労で動けない。濡れた服を着替えたいところだが、その気力もない。
横を見ると、ライカとメアリはどうやらいったん部屋に戻って着替えてくるようだ。二人も疲労困憊しているが、ライカにはディーコンが、メアリにはエジソンが付き添うらしい。
何となく僕は同じようにずぶ濡れのヴァンを見るが、
「何見てんだよ」
「いや、別に」
僕に付き添って部屋まで戻ってくれる気はなさそうだ。諦めて視線を外す。とにかく、疲れた。何も考えたくない。呆然と座っていると、時間の感覚がおかしくなる。どうにかここまで戻ってきてからまだ数秒しか経っていないようにも、数時間経ったようにも思える。
パーティールームの中は寒く無くて助かった。濡れた服で体温を奪われるところだ。
「おい、一体どうなって……」
視界の端、痺れを切らしたクロードがエジソンに食ってかかろうとしているが、自らも憔悴しながらもメアリに連れ添っているエジソンにいなされている。
「――おい」
「え?」
疲労でぼんやりとした頭のままその様子を見ていたら、後ろから声をかけられる。
振り向くと、タオルを頭から被っているヴァンが、別のタオルを差し出してきている。
「ほら、部屋から持ってきてやったぞ」
「あ、どうも」
ありがたい。
受け取ってそれでとりあえず全身を拭いている間に、メアリとエジソン、ライカとディーコンが戻ってくる。
「――それでは」
全員の視線が集中していることを確認してから、自らも着替えたエジソンが口火を切る。
「まずは、質問をせず、最後まで聞かれますようお願いします。我々が目にしたものを全てお話しします」
そうして、エジソンは僕たちの体験をそのまま話し出す。といっても、居残り組はティア、クロード、ディーコン、そしてアオだけだから彼らに語りかけるような形になるが。
パパゲアの死体が浮いていた、という話が出た時には、さすがにクロードとディーコンは目を見張り、ティアは短く悲鳴を上げて息を呑む。
だが、エジソンの話は続く。
「……旦那様のご遺体は、とりあえず水からは引き揚げて、その、東の廊下にそのまま置いている状態です。何とかしなければなりませんが……とにかく、動力室は確認いたしました」
「そっ、そうだ、そうだ、どうだったんだよ、そっちは?」
クロードが食いつく。実は僕たちも詳しい話はまだ聞けていない。ただ、エジソンの決して明るくない態度から何となくは予想しているが。
一度、自分を落ち着かせるかのように深呼吸した後、エジソンは、
「結論から言うと、現時点で館を浮上させるのは不可能です」
僕を含めおそらく半数以上は覚悟をしていたものの、やはりそうはっきりと言葉にされると、空気がざわりと揺れる。
「……なっ、何で、何でだ」
狼狽するクロード。
「動力室にある装置の数々は、破壊されてはおりません。きちんと動かすことができれば、それだけで浮上いたします」
それができない、ということは。
「……問題は、その、あまり詳しい専門的な説明をいたしても仕方ないので端的に言いますが、とある部品が抜き取られているということです」
「逆に言えば、その部品さえあれば、すぐに浮上できると?」
すぐさまライカが質問する。
「可能かと思います」
その答えに、一瞬安堵した空気が流れるが、よく考えれば何も事態は好転していない。
「ちょっと待て。おい、その部品とやらが、抜き取られてからぶっ壊されていたらどうなるんだ?」
当然と言えば当然のクロードの疑問に、
「いえ、その部品は頑丈でして、ちょっとやそっとでは破壊されることはありません」
そのエジソンの答えを聞いた瞬間、明らかに妙な態度をしたのが二人。
一人は、アオ。もう一人は、ヴァン。どちらも、不意打ちを食らったかのように、そのタイミングでびくりと背筋を伸ばしている。
どういうこと?
「……とにかく、こういうことね。その部品とやらを見つけ出して、装置に戻せばあたしたちは解放される」
「ええ」
完全な安堵とも落胆ともつかない微妙な空気が周囲に流れる。そうして、しばらくの沈黙の後……
「それで、あの人が死んでいたというのは、どういうことなのですか?」
ぽつりと、ティアが口を開く。
「どういうこと、と言われましても……正直なところ、わたくしも整理できておりません。一体、どうして……」
「ちょっと、いいですか?」
記者魂がむくむくと大きくなって、僕は思わず声を出す。
「一つ一つ、整理していきましょう。パパゲア氏が亡くなっていた。これは事実です。疑う人も、そこの廊下にあるご遺体を見れば納得するはずです。そうなると、問題は、いつ亡くなったのか、です」
明らかに迷惑そうな目でヴァンがこちらを見ている。余計なことしやがって、という目だ。だが一度喋り出したのだから止まらない。
「考えられるのは、あの衝撃。この館が湖底に激突した時の衝撃で頭を強く打ってしまった。つまり、事故ということですが……」
「無理よ無理。あの死体の有様見たでしょ」
メアリが呟く。
そう、確かに、ただの事故ならあんな風になるわけがない。紐で、全身を縛られ、カルコサの像と同じポーズに締め付けられていた。
「ちょ、つまり、こういうことかよ……殺されたって……」
ごくり、とクロードがつばを飲み込む。
ティア、クロード、アオ、ディーコンは明らかに動揺した様子を見せるが、実際のあのパパゲアの有様を見た僕たちには、はっきりと口には出さないまでも分かっていたことだ。
「だっ、誰が、誰が殺したんだよっ」
「落ち着いてください、クロードさん」
ディーコンは顔色が悪いながらも、冷静に言葉を続ける。
「この館が沈むまでは、パパゲアさんは生きていた。ということは、犯人は……」
「ええ。ここにいる誰か、ということになります」
僕の宣言に場が凍る。
「ちょっと待って。そうとは限らないんじゃない? あたしたちの知らない誰かが、潜水する前から隠れていたって可能性もある」
ライカが言うが、そんなこと、あるだろうか? ちょっとよく分からないのでエジソンに目を向けてみると、
「……あらかじめ忍び込んでいた、ということでしょうか? そうですね……ありえないとまでは言いませんが、かなり可能性は低いかと」
はっきり言って、潜水館なんてわけが分からない代物だ。何度も実験はしていると言っても、『あの』パパゲアが発明したもの。現に、今、予想外のトラブルで破損している。そんなものに、非合法で潜り込む。確かに、可能性は低い気がする。目的にもよるだろうが、こんな手段はとらないだろう。
「ふふっ」
笑い声。凍っているような雰囲気の場をかき乱したのはメアリだ。
「確かに、殺しそうな奴は何人かいるもんね。遺産目当ての家族とかさ」
「メアリっ、あなた……」
「お、おいっ」
ティアが激高して掴みかかろうとしてクロードにとめられる。
「あとは、あいつ、結構恨まれてるって話も聞くし。結構やばいことにも手を出してたって噂ね。色々コレクションしてたけど、そのコレクションを集めるために非合法なことに手を出したりとか乱暴な手段を――」
「ちょっといいですか」
アオが、全員の注目を集める。
「パパゲアさんを殺す動機――そんなことを考えたり、全員から意見を聞いても大した意味がない。そう思いませんか? 何しろ、我々は今、潜水中です。外と隔絶されている。過去のことや個々の事情について、この中で嘘をついても、誰も調べる方法はない」
それは、確かに。
「確かにそうです。皆さん、いったん、落ち着きましょう。椅子にでも座って、落ち着いてから――」
僕は嫌そうにしているヴァンの方をちらちらと見ながら言う。
「事件をどう考えていくべきか、これからどうすべきかを、話し合いましょう」