水没したキッチンにて
見に行くメンバーは、ついさっきパパゲアの部屋を確認しに行ったメンバーと同じになった。自然と、だ。
つまり、エジソンを先頭にメアリ、ライカ、ヴァンに僕。東側のドアから出て、薄暗い廊下を注意しながら進む。滑りやすい。注意して、慎重な足取りで進んでいく。
当たり前だが、空気が湿っている。ずっと絶え間なく聞こえる、ぴちょぴちょという水の滴る音。薄暗く先の見えない廊下。はっきり言って、気が滅入る。
角を曲がる。床が濡れていただけの状態から、少しずつ床に水が溜まっている状態へと変わっていく。傾いていることもあって、転ばないように壁に手をつきながら進むことになる。壁もひんやりと濡れていて、まるで何かの体内にいるかのような気分になってくる。
「おっと、いた、あれでしょ」
ライカが声を出す。
見れば、廊下の先、闇の中に、半分水没しながら佇んでいる岩のような影が見える。ゴーレムか。
「……あれ? あれは、何?」
メアリが、彼女にも似つかわしくない無防備な声を出す。
近づくにつれて、見えてきたもの。ゴーレムの横に、何か別のものがくっついている。岩? いや、岩にしては直線的だ。
歩く。水は、既に膝のあたりまで来ている。
「……ひ、ひつ、ぎ?」
震える声。僕の声だ。
ゴーレムの足元にぶつかって沈んでいるようにも見えるそれは、細長く、人より一回り大きなサイズ。石造り。
「……確かに、石棺のようですな」
エジソンが腰のあたりまで水に漬かりながら前に進み、はっきりと観察したらしくそう言う。
「どっ、どういうことよ、どうしてそんなものが」
メアリの声は震えている。
「古いものです。おそらく、外の遺跡のものです。最初の衝突でガラスが破損し水が流れ込んだ時に、一緒に流れ込んだものかと……ドアを開けたことで、もっと先の方で沈んでいたものが移動したのでしょう」
「――中身は?」
冷静に、ぞっとするようなことをライカが訊く。質問しながら、ライカは自身もエジソンまで進む。
「蓋がない。そして、中身は空、か」
水面ぎりぎりまで顔を近づけるようにしてライカが呟く。とんでもない度胸だ。さすがは元剣士。
だが、中身が空だというのは僕の中にあまり愉快でない想像を生み出す。蘇る死者の話を聞いてしまったからだろう。この館に流れ込む棺。蓋が砕け飛び、やがて中から水中にミイラのような死体が漂い出す。だが、すぐにその死体は、ゆっくりと立ち上がり、そして。
首筋に感触。
「ひぃぃぃ!」
思わず絶叫して飛び上がりながら後ろを向くと、僕以上にびびった様子のヴァンさんが飛び上がっている。
「うあっ、お、お前、やめろよ、どうした」
「ヴ、ヴァンさんこそ、ささささ触らないでくださいよ」
「はあ? 俺は触ってないぞ」
そ、それって――
「お前が急に立ち止まったからぶつかっただけだ」
「あ、ああ。何だ、そういう意味ですか」
「お二人とも、よろしいですか?」
心なしか白い目で見てくるエジソン。
「じゃあ、行きましょうか」
ライカの向いている方向を目で追えば、そこ、ゴーレムの横には、開け放たれたドアがある。キッチンへのドアだ。中に水が流れ込んだせいか、多少は水位が低くなっているらしく、完全に水に沈まずともドアのあたりまで行けるようになっている。
「ええ、食器や調理器具が水の中で散乱している可能性があります。怪我をなさらないようお気を付けください」
そう言って先陣を切るエジソンについていく僕たち。キッチンの中は棚が倒れており、エジソンが言うようにいくつか尖ったものが沈んでおり、いくつかは浮いている。おまけに廊下以上に暗い。僕なんかは首のあたりまで水が来ている。危険極まりなく、移動しにくい。
「落ち着いてください。まずは機関室に――とはいっても、暗すぎますな」
「俺が明かりをつけよう。とはいっても、燃やせるものがないな。照明器具も水没しているみたいだし」
ヴァンの声。暗く、そして狭い空間で声が反響しているせいで、誰がどこにいるのか、位置関係が全く分からない。
「ヴァン様、天井ならば水に濡れていないはずです。天井にある照明器具を魔術で点灯できませんか?」
「見えないから無理だ」
「情けないわね、一流魔術師のくせに」
ライカの嘆息。
「……いいこと思いついた」
今のは、メアリの声。
「メアリ様、それは……?」
「ヴァンさんだっけ、髪を一本、抜いてみたら?」
「あんたの?」
「自分のよ。それで、その髪を燃やすの。そうしたら一瞬だけでも、明るくなるでしょ」
「そうして、その一瞬で照明器具を見つけて、今度はそっちを点灯か。悪くない手だな。ただ、俺の髪燃やしたくない。ココア」
「嫌ですよ。大体、お互いが見えないんですから僕が髪の毛渡すことできないでしょ。観念して自分でやってください」
「くそっ」
舌打ちと共に、一瞬だけぱっと光があがる。水の中に集まっている数人の顔が明かりに照らされる。
――え?
「おし、見つけた」
ヴァンの声。それきり、光は消える。
「あ、消えちゃったわよ」
「大丈夫、見つけた。場所さえ分かれば、目を凝らせば見つけられる」
ヴァンとライカの会話を聞きながら、僕は震えだす。それは、水の冷たさのせいだけではない。
全員が天井に集中していたから、気付かなかったのだろう。僕だけが気付いた。いや、見えてしまった。それは、見間違いかもしれない。いや、見間違いのはずだ。
僕たち以外に、誰かがいたなんて。エジソン、メアリ、ヴァン、ライカ以外の顔が、今、あの一瞬に見えた、ような。
「よし、いくぞ」
「あ、ちょっとま」
ヴァンの合図とともに、部屋が照らされる。どうしてだけ止めようとしてしまった僕の声が終わる前に。
そして。
沈黙。全員が、唖然とした顔でそれを見る。
そう、僕たち以外にいる。いや、いるのではなく、ある。
青白い顔。泳ぐように体を水面に浮かしているが、泳いでいるのではなく、ただ浮いているのだ。両腕を胸の前で組んだ体勢。話に聞く、古代の埋葬の体勢だ。そう、さっきの棺から出てきた死体だろうか。そう思いたい。だが、違う。
死体はまだ新しい。何故か、全身に紐が巻き付いている。胸の前で組まれた腕の中には、何か彫刻のようなものが抱かれている。像だ。その像は、死体と同じ格好をしている。埋葬された格好。両腕を胸の前で組んでいる姿。カルコサの像だ。カルコサの体勢をした死体が、同じ体勢をしたカルコサの像を抱いている。奇妙だ。倒錯している。そして、何よりも。
「……旦那様」
エジソンの呟き。
その死体は、パパゲアのものだ。
メアリの絶叫が響く。それは狭い空間に何度も反響して、まるで野太い笑い声のようにも聞こえる。
やっと死体が出てきましたね。




