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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 解答編
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推理(1)

 人は神を殺し、その代替品としていくつかのシステムを開発した。


  ――クァリブル・クァバッタ

  『暗がりで迷子』より





 ざわめきが酷い。

 一つひとつは大したことのない囁きでも、これだけ人数がいればもはや騒音だ。

 イスウ国の兵士が詰め寄ってきたので仕方なくウーヘイが事件の全容を全員に説明したことが原因だろう。もはや隠し通せるものでもない。判断としては間違ってはいないだろう。

 そして、これから俺が事件を解決するらしい、というのも全員に伝わっているわけだ。


 一階に、全ての人間が集められる。ペース国、イスウ国の兵士。親衛隊。そして事件の関係者。軟禁状態にあったはずのヘンヤと不死公も、親衛隊に囲まれるようにして一階にいる。不死公はまだローブの中で腕を組んでいる。


 それなりに広いとはいえ、ここまで人が集まっては落ち着けるスペースを確保するのにも一苦労だ。

 隅の方で、即席で作ったベッドにマサカドが眠らされ、傍にはキリオが付き添っている。


「どうだ、キリオ?」


「やれることはやったわ。後は本当に、体力気力の勝負よ」


「なら、問題ないな」


 体力気力でマサカドが負けるとは思えない。


 俺は、二階への階段を数段だけ上って、全員を見下ろすように立つ。


「皆さん」


 腹に力を入れて、大声を出す。

 城内に俺の声が響く。

 その途端、ざわめきがぴたりとやみ、耳に痛いくらいの静寂が突如として襲ってくる。気おくれしそうになる自分を隠し、微笑して言葉を続ける。


「お集まりいただいて申し訳ありません。けれど、すぐに済みます。皆さん、大体の事件のあらましはお聞きしていると思います。ではこれから、事件の真相を明らかにしようと思います」


一度言葉を切っておいて、


「と、言いたいところですが、無理です」


 大げさに両手を広げて見せる。

 全員の視線を感じる。


「今回の事件、不確定要素が多すぎます。事件の全てを推理だけで明らかにすることは不可能です。ですが、今回の事件を手掛かりにして、次のことを明らかにはできます。すなわち」


 指を一本立てる。


「そこで意識を失っているマサカドさんが怨公側かそうでないのか。そしてもう一つ」


 更に、指をもう一本。


「すなわち、怨公が一体どこにいるのかを明らかにしたいと思います」





「まず、この事件で重要なのは、どこから考えなければならないのか、その出発点です。何故なら、この事件の根は深そうだ。各国の思惑やそれぞれの企み、特にこの城を舞台として選んだマサカドさんと今回の件の発端となった不死公がそれぞれに何かを企み、我々に嘘をついてたり騙すような行動をしていたとしても不思議はありません」


 ちらりと不死公を見る。

 腕を組み、こちらをしっかりと見据えたまま黙然としている。


「お二人の証言や行動を素直に捉えてはまずい。しかし、これはお二人に限ったことではありません。怨公の手は広い。誰が怨公の協力者でもおかしくない。そうだよな、ジャンゴ」


「ああ、そして、それは一人とは限らない。俺としては、俺以外が全員敵なんじゃないかとすら思ってるぜ」


 不敵に笑い、ジャンゴが周囲を威圧するように睨み回す。


「しかし、誰も信じず、その言動や行動の全てに裏があるのではと疑っていては、何も進展しません。そこで、どこから考えるべきかを考えた時に、思いついたのはアオイです」


「うえっ、あたしっすか?」


 びくりとアオイが体を震わせる。


「アオイが何をしたのか、については既に説明があったと思います。もちろん、全てはアクシデントに思えますが、ひょっとしたら全て計算の上での行動かもしれません。が、結果からするとどうも計算の上でのものとは思えません」


 理由としては、と俺は横に準備していたものを取り上げる。


「これです。アオイの行動の結果、これが倉庫の扉にひっかかり、空き部屋から倉庫へ移動できなくなりました」


 俺が手に持って見せているのは、曲がって亀裂の入った金属製の鞘。


「しかし、これによって倉庫の扉を開かなくするのが目的の計算された行動だとすると、さすがにいくつも無理があります。第一に、見れば分かるように既に亀裂が入っています。少し力加減を間違えれば、この鞘は砕けて扉への閂の役目を果たせなくなります。第二に、アオイの行動はかなり不審でした。途中、親衛隊の皆さんに止められなかったのは運が良かったに過ぎません。下手をすれば、そもそも鞘を取りに行くために外に出ることすらできなかった可能性もあります」


 そうして、鞘を置く。


「そうなると、この一連の動作が計画されたものだとは思えません。ですので、このアオイの行動とその結果については、誰の作為もない、素直に考えていいものだとします」


「結果っつっても、倉庫の扉が開かなくなっただけだろ」


 ボブが言うと、


「正確には、一時的に開かなくなった、だ。偶然ひっかかっただけならば、無理に開けようとした時に開かないとも限らない」


 すかさず不死公が反論する。自説を曲げない。


「いえ、実は、他にもアオイの行動の結果があります」


「足跡と、金属粉か」


 さすがに、ジャンゴが気づく。


「そうです。ああ、ここで知らない方がいらっしゃるかもしれませんので、説明を」


 そうして俺は、二階の空き部屋にあった竜の彫像から扉までの足跡と、彫像の周囲にまき散らされていた金属粉について説明する。


「さて、このうち、金属粉については間違いなくアオイの行動の結果でしょう。ですが、一つ疑問が。足跡の方は、果たしてアオイの行動の結果なのでしょうか?」


 俺の問いかけに、誰も返さない。質問の意味が分からないようだ。


「足跡は、嵐の中に外に出て、濡れてしまったアオイの足跡だという話になっていました。ですが、そうするといくつか疑問が出てきます。一つ目、どうして足跡がその他に発見されていないのか?」


「どういう、ああ、そうか」


 疑問に思ったが自分の中で解決したらしく、途中でレイが頷く。


「空き部屋に至るまで、の話か」


「そうです。外に出た後、そこから二階の空き部屋に行くまでの間に同じような足跡が発見されたという話は聞きません。それどころか、アオイはしばらく走り回っていたはずです。城内中に同様の足跡が発見されていてもおかしくありません」


「多くの人が行き来するから、空き部屋以外の足跡は消えたとも考えられるぞ」


「かもしれません」


 噛みついてくるボブには逆らわず、


「二つ目のおかしな点は、空き部屋の中に、彫像から扉までの足跡しかなかった点です。当然ながら、扉から彫像までの足跡が存在しなければおかしいはずです」


「まったく同じルートで行き帰りした、のかもしれないっす。意識してなかったっすけど」


 自信なさそうにアオイが言う。


「あまりありそうにはありませんが、可能性は否定できません」


 頷いて、


「三つ目のおかしな点。金属粉が、足跡の上にかかっていたことです」


 もう一度、鞘を全員に見えるように持ち上げる。


「この鞘が竜の彫像に噛み砕かれかけた時に金属粉がまき散らされた。それなら、その時には彫像の横にアオイはいたはずです。なら、金属粉がまき散らされたとしても、それがかかるのはアオイの足の上です。金属粉が、足跡の上にあるのは妙です」


「竜の口が閉まっているのにはタイムラグがある。その間にアオイがじっとしていたとは限らないだろ」


 ジャンゴが言って、


「そうっすね。あまり覚えていないっすけど、確かにじっとしていられなかった記憶があるっす」


 こめかみに指を当てて、アオイが思い出しながら続く。


「いえ、じっとしていたはずです。もしうろうろしていたら、それこそ足跡が空き部屋中にないとおかしいですから。足跡がアオイのものなら、ですが」


 その俺の言葉に、もはや反論は出てこない。

 代わりに、


「じゃあ、あの足跡は誰のものなんだ?」


 兵士の誰かが、そんな疑問の声をあげる。


「ここで整理してみましょう。あの足跡がアオイのものでなかったということは、アオイの言っていた、あの部屋に入る時点では自分は乾いていた気がするというのが正しかったわけです。そして、その時にアオイによってまき散らされた金属粉が足跡の上にもかかっていた。つまり、その足跡が表していることは、こうです」


 全員の頭に染み込むように、一度区切ってから、


「アオイが鞘をくわえさせるよりも前に、足裏を濡らした何者かが空き部屋を歩いた。ここで、皆さんに質問です。実際に、自分が濡れたままで空き部屋を歩いたという方、いらっしゃいますか?」


 待つが、誰も手を挙げない。


「ですよね。普通に考えて、そんな人はいないと思います。となると、この足跡については、真剣に考えていくべきでしょう。さて、あの足跡が誰のものなのか考える時に、まずヒントとなるのは濡れていたことです」


「ってことは、嵐が起こってから外に出てた奴か?」


「馬鹿な。我々は誰一人として入れていないぞ」


 ざわめきが起こる。


「そう、嵐が起こった後に誰かが外から中に入るとしたら、それがばれていないとは考えにくいです。ジャンゴの言うようにそれこそ、城内のほとんどが共犯だとすれば別ですが、そんな状況だったらそもそもこんな妙な事件が起こるとも思えません。もっとうまく隠ぺいできるでしょう。つまり、嵐以外の要因で濡れた人間がいるということです」


「じゃあ、お茶だ」


 ぽん、とキリオが手を叩く。

 貴賓室でお茶が出ていた話からすればそれは自然か。だが。


「残念だが、お茶で濡れていたのであれば、足跡に何らかの痕跡が残っているはずだ。あの足跡は、その部分のほこりが洗い流されていたから浮かび上がったものであって、何かが残っていて足跡になったんじゃあない」


「ってことは、純粋な水に濡れていたとしか思えないのかあ」


 うーん、とマサカドの方を気にしながらもキリオが唸る。


「ところで、不死公。あなたは俺達にドラゴンイーターの証明として、腕を切り落としてくれたことがありましたね」


 突然の話の方向転換に不死公は戸惑う様子を見せながらも、


「ああ」


「あの時、血は一滴もこぼれませんでした。しかし、以前ヘンヤに斬りつけられた際は出血していました。あの違いは?」


「事前に魔術で血流を止めていたからな。それだけの話だ。あまり見栄えがよくないだろう」


「ということは、何もしなければドラゴンイーターは人と同じように出血するわけですね」


「そうだが、それが」


 どうかしたか、と言いかけて不死公の口が止まる。


「今、この場にいないでなおかつ、かつて濡れていた可能性のある人物がいます。怨公を名乗った男です。彼は目隠しを自らの額を切り裂き、体内から爆薬を取り出しています。それに縛られた時に魔術で椅子の足を切断していますから、その時に自分の足をある程度切り裂いている可能性もあります」


 つまり足裏が血で濡れていた可能性がある、と俺は言う。


「おいおい、血だったら、余計に乾いた後に痕跡がのこ、ら、ないのか。そうか、ドラゴンイーターだものな」


 ヘンヤは言いながら、おそらく途中で不死公の血が消えていった光景を思い出したに違いない。


「あの男がその足跡の主だとして、いつその足跡がついたか。彼が出血してから、姿を消すまでの間と考えるのが妥当です。そう、つまりあの消失劇の際、彼は空き部屋にいたと考えられるのです。何のために?」


 問いかける。答えはない。予想できていたことだ。続ける。


「当然、脱出のためでしょう。脱出のために、どうして一度空き部屋に寄る必要があるのか? 一刻を争う事態のはずなのに。ここで、発想を逆転させましょう。むしろ、脱出するためには空き部屋に寄らざるをえなかったとしたら、どうでしょうか? 空き部屋を通るのが唯一の脱出ルートだとしたら。それこそが、あの不可能なはずの消失劇を可能にするとしたら、どんな可能性が考えられるでしょう?」


「一番簡単な考え方としては抜け道だね。つまり、牢獄部屋からあの空き部屋まで抜け道が通っていた。全ての説明がつく。ただ」


「そうです」


 ゲラルトの後を引き継ぐ。


「ただ、問題は牢獄部屋から空き部屋までの間に詰め所があることです。それに、どれだけ調べても抜け道の類は発見できなかった。しかし、あるはずです。なければおかしい。牢獄部屋から空き部屋までの抜け道は、あるはずです。どこに?」


 俺は、エニを見る。


「どう思う? エニ?」


「あたしの知識の中では、そうなるともう選択肢は一つしかないわ。牢獄部屋から、というよりもこの城の中からはどこでも空き部屋に抜け道が続いてたのよ。つまり、ワープできるわけ」


「俺もそう思う。これは、冒険者ならではの発想だ。冒険者は、あの聖遺物に親しんでいるから」


 そう、トカレフは、昔の、冒険者だった頃の自分ならば案外簡単に謎が解けた気がする、と言っていた。あれは正しかった。


「帰還石ね」


「そうです。帰還石によって怨公は牢獄部屋から空き部屋に移動した。それが、俺の結論です」

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