探偵が推理するまで(5)
連続投稿 5/5です。 最後に、読者への挑戦があります。
朝焼けが美しい。
屋上に上がって、最初のうちにはぼんやりとそれを見てしまっている。疲れているのもあるのだろう。ただただ、赤く染めている朝日を見てしまう。
「しっかりしろ」
ウーヘイに活を入れられ、ようやく屋上に目を向けるが。
「何もないな」
見事に、何もない。
分かってはいたことだ。一度親衛隊が調べていて何もなかった。見落としたような小さな手がかりがあったとしても、一晩中続いた嵐で洗い流されている。
分かっていた。
分かってはいた、が。
「本当に、何もないな」
ふらふらと周りを調べるが、何もない。
馬鹿馬鹿しくなって、座り込む。疲れた。眠い。
「ん?」
気配を感じて上を向くと、飛竜が目の前まで飛んできている。
「うわっ、違う、俺は生きてるって」
慌てて暴れると、飛竜もすぐに離れていく。
「巣まで連れて行かれるところだったな」
ウーヘイに言われ、
「冗談じゃない、全く」
体を起こし、屋上から城の外を見下ろす。
赤く染まった、森。美しい。この城の中で人が死んだことなど嘘のようだ。
その森から、数人の男が城に向かって歩いてきているのが見える。
「おい、ウーヘイ、タイムリミットはいつまでだっけ?」
「最悪でも昼頃まで、だ」
「それ、かなり早くなったみたいだ」
「何?」
怪訝そうに俺の横に来て、同じように見下ろしたウーヘイの顔色が変わる。
城に近づいてきてる一団は、ペース国とイスウ国の兵士数名だった。
そこから先は、大騒ぎだ。
当然、イスウ国の兵士は騒ぎ、宿に戻り、他の待機していた兵士を全員呼んで戻ってくる。ペース国の兵士だって事態の説明を求める。
親衛隊も殺気立ち、あわや兵士同士で殺し合いが起こりかねないのを、トカレフ、アオイ、ウーヘイ、そして他国ながらゲラルトが必死で抑える。
そもそも、最初に兵士数名が夜が明けたばかりの城にやってきたのは、朝一番に宿の周囲を見回っていた兵士が、明らかにナムト国親衛隊のものと思われる剣が落ちているのを見つけたからだそうだ。
兵士が、それも親衛隊が自らの剣を落とすわけもない。
何か事件が起きたんじゃあないかと心配になった兵士達が、いわば親切心で城まで知らせに来たらしい。
特に、飛竜の巣が城から宿の延長線上の位置にあるらしく、「親衛隊の兵士が飛竜に巣まで運ばれて喰われているんじゃあないか」と疑ったのだ。
だが、城に来てみれば事態はそれどころでは済まなかったわけだ。
「調査に協力してくれ。とにかく、総力をあげて城の周辺を調査するしかない」
混乱を鎮める意味も込めて、ウーヘイはひたすらにそう頼み続けた。
結果、ともかく緊急事態だということで親衛隊、ペース国とイスウ国の兵士は最小限の人数だけを城に残し、残りは城の周囲の捜索に出かけた。
そして、ようやく少しの間だけ静かになった城内で、ウーヘイはひたすら頭を抱えている。
「何てことだ。緊急事態、まだ状況が分からないからとにかく調査をしてくれ。くそ、下の下の策だ。調査が終わったら結論を出さないわけにいかない」
「仕方ないだろ。ああ言ってともかく何か力を注ぐものを作らなきゃ、暴動が起きてた、多分」
俺の慰めも、ウーヘイの耳には入らない。
「くそ、調査は終わる。おそらく、何も新しい発見などないだろう。どうする? マサカドを怨公側として告発すべきか、それともマサカド失踪も含めた全ての責任をナムト国が背負うべきか」
周囲にいる親衛隊も、一様に沈んでいる。
何が国益になるのか、それぞれが必死に考えているのだろう。
そのうち、疲れが限界にきて、俺はだんだん意識が遠くなっていく。
少し、少しだけ眠るか。座ったまま、目を閉じるだけだ。それならいいだろう。
「報告します」
「うわっ」
気づけば俺は椅子に座ったまま深く眠りに落ちており、兵士の声で覚醒する。驚いて飛び跳ねてしまった。
「どうした?」
「はっ……それが」
憔悴したウーヘイの声とは対照的に、親衛隊の兵士の声は興奮しているのか震えている。
「ひ、飛竜の巣を調査しましたが、何も見つかりませんでした」
「だろうな。あの剣は一体、何のためのものか、まだ謎のままか」
「でっ、ですがっ」
更に兵士の声の震えがひどくなる。
「飛竜の巣の周辺にて、洞窟を発見。その洞窟は隠れ家のようになっており、生活の跡が見られました。そしてっ、そこに」
一度、大きく息を吸ってから、
「マサカド様がいました」
「状態は、良くはないわね」
青白い顔をして、鎧を着たまま一階の床に横たわるマサカドを見て、キリオは唇を噛む。
「動かさなかった方がよかったか?」
ウーヘイの質問に、
「一般論としては。けど、状況が状況だから城まで運ばざるをえなかったのは仕方ないわ。それに、結果としてそれは関係ない。彼がこん睡状態なのは、毒によるものだもの」
そして、青く腫れたマサカドの右手を指さす。
「シロナの針に刺されたのが、右手ね。あの薬を少量でも体内に入れたら、入れた部分から痺れて動かなくなって、すぐに体全体に回るわ。そして、やがて呼吸ができなくなって、死ぬ。ヴァン、彼が走って逃げていくのを見たのよね」
「ああ」
「そんな状態で走っていくなんて、それも嵐の中を……自殺行為よ」
言いながらキリオはマサカドの舌を調べる。
「専門家でないにしても、それなりの知識のある人が応急処置をしているみたい。そのおかげで、この程度で済んでるのね。本当だったら、もうとっくの昔に死んでいても不思議じゃないわ」
「解毒剤みたいなものはないのか?」
「シロナが持っていた薬品と私の薬を組み合わせれば、それに近いものは作れるわ。でも、ここまで来たら、あとは患者の体力次第ってところね」
早くも、キリオは何やら薬剤を混ぜ合わせ出す。
「そうか。頼む」
体力勝負なら、きっと大丈夫だ。助かる。
俺は、そう祈りながら、離れる。傍についていても、俺にできることはない。
「ウーヘイ」
そして、顔色が更に悪くなっているウーヘイに声をかける。
「くそ、これでマサカドが死んでしまえば、いよいよ御終いだ。戦争になりかねない」
ぶつぶつと呟くウーヘイは、ぎろりと目を向けて、
「ヴァン、何か分かったか?」
「全然。悪いが、何も分からない。少し、一人にしてもらっていいか?」
「ああ」
まだぶつぶつと何か呟いているウーヘイから離れて、俺は階段に腰を下ろし、頭を抱える。
さて、もう時間はない。材料はきっと揃っているんだろう。いや、違う。今ある材料で、誰もが納得できる答えを作り出さなければならない。それをするのが名探偵だ。
この状態で、俺は答えを出さなければならない。
眠い。
頭の中には、材料が渦巻いている。目を閉じて、半分眠りに落ちながら、思考を巡らせる。
考えるべきは、マサカドが怨公側なのか、そうでないのか、だ。
いや、待て。
違う。それよりももっと考えやすい方法がある。シロナだ。
彼女が怨公側なのかそうでないのかを考えるべきだ。何故なら、明らかにシロナは不審だ。毒薬を準備していた。事件に無関係、とは考えにくい。
そうなると、シロナは怨公側か、それともその逆か、という話になる。
逆というのが何かは知らないが、まあ、怨公を殺したい側かな。
シロナの言動や行動を振り返っていく。
奴は、どっちだ?
怨公と言えば、あの男か。
怨公とされた男。あの男は、本当に怨公なのだろうか。
そうなのかもしれない。不死公を引きずり出し、殺すために自ら姿を現した。そう考えることもできる。
あの消失は何だったんだ?
爆発。全員で囲んだはずだったのに。トカレフは、昔の自分なら簡単に謎が解けたかもと言っていた。罠抜けトカレフ。
奴は確かにドラゴンイーターだった。
黒衣の女。男の消失の際に現れた、謎の女だ。
誰だ?
いや、誰なのかは分からない。推理で出てくるはずもない。
問題は、誰なのかじゃない。
何の用があったのか。どうして、あのタイミングで城の周囲をうろついていたのか。
分からない。
分からないことだらけだ。
既に俺は眠っている。
考えているようで、夢の中にいる。
レオ・バアル。奴は関係ないのか。俺の胸元にある不死殺しの短剣で殺されたのか。
キリオ。彼女も怪しいとトカレフは言った。本当に?
レイ。あの時、最後まで部屋に残っていたのが奴だ。だから、どうした? 関係あるのか?
エニ。炎術師。炎か。
アオイ。かき乱してくれた。空き部屋の足跡と金属粉。
ジャンゴ。こいつは情報の裏付けをしてくれた。青い狼を誰よりも憎んでいる。
トカレフ。罠抜けトカレフか。
親衛隊の兵士達。この中に、偽物が混じっている可能性はないのか?
ウーヘイ。お茶片付けとは。そんなことをこいつがするなんて。
マーリン。彼の魔術でも、万能ではない。
ゲラルト。何を企んでいるのか。
際限なく、人の顔が流れていく。
隠れ家から見つかったこん睡状態のマサカド。飛竜の巣の近く。飛竜は繁殖期か。親衛隊の剣が落ちている。
真っ赤に熱せられた刃。焔。シロナのローブの赤黒い線。
家族の顔も浮かぶ。
ヴィトナ。シュタイン。俺の両親だ。
そして、リーナ。妹。あのセリフはどういう意味だったんだ? そうだ、うちの家族が、怨公と関係あるのかもしれない。マクガフからの手紙。
『名前を悩んでいるということだが、リーナというのはどうだろうか。それにしても貴殿の細君について杞憂でよかった。小生も我がことのように嬉しい』
『あの子が才能豊かであることは、貴殿にとっても私にとっても喜ばしい。おそらく師にとっても。それはおそらく、実験の成果のひとつだ』
『いずれ士官学校を受けるつもりとのこと、非常に驚きだ。師も喜び驚いておられた。いずれ会うこともあるかもしれない』
『こちらの実験は良好。そちらの細君の調子もいいとのことで何より』
『家畜に対しては、同じものを作ろうという発想は昔からあった。どうしてこれまで人間を対象としなかったのか。師によって目を開かれた思いだ。私は私の実験に取り掛かろうと思う』
『自らの子の様子を定期的に小生に報告することに抵抗があるのは理解できる。それでも、その子は普通の子ではない。何かあった時に対処するためには、小生に詳しく情報を教えてもらわなければならない。その子に兄のような不幸が訪れないためにも』
『師の発想は異常だ。私は違う。もっとも、私の発想も師の影響を受けたものではあるが。情報というものについて、師は異常な興味を示している』
『今更の礼ではあるが、何もいわず、あの子を預かってくれてありがたい。小生としては、貴殿の弱みに付け込んだようで心苦しかったのだ』
『薬がなくなったが取りにいくことができないという貴殿からの手紙を頂き、どうしてそんなことに気付かなかったかと自省するばかり。一緒に同封した薬が追加分となる。必ず、毎日それを飲ませるように』
『願いを聞き届けていただいて感謝する。貴殿には世話になった。手に入れたいものは全て手に入った。この借りは必ず返す。しかし、その前に、小生はこれから怨公と会わなければならない。いずれまた、シュタイン殿』
リーナ。彼女は何者だ?
不意に、キジーツの顔が浮かぶ。
キジーツ、か。
アイスの話。スペア。身代わり。クローン。入れ替わり。乳幼児を使った研究。情報。記憶。異世界。自分の作品には署名。まだらの壁。ダンジョン。
怨公は、悪ふざけが好きだ。マサカドは直感が鋭く、力尽くで動きながら抜け目がない。
愉快犯の企みに、飲み込まれているのか。それとも。
ローブの中で手を組み、立ち尽くしている不死公。開かずの間の扉。嵐の城の外見が、士官学校に変わり、ヴィクティー姫が死んだ式場に変わり、そして大聖堂に変わる。ダンジョンに変わる。帰還石が輝いている。
レオ・バアルが笑っている。
偽物の聖女が笑っている。首が取れる。
ゲラルトは、人が納得する物語を提供するのが名探偵だと言っていた。
俺は、誰しもを納得させられるのか。
マサカドが、俺を選んだ。事件を解決するなら俺以外にいないと。
七大探偵のほとんどがここに集まっていて、それでも解決するのが俺の役割か。
俺の、役割。
ぐるり、と俺のイメージの中で全てが逆転する。
人の顔も、建物も、物事も。並べられていた手紙が逆転されてばさばさと一枚ずつ舞い落ちていく。
そうか。そうだったのか。
証拠は? ある。ある。今の時点であるし、何よりも。
「できたっ」
叫んで、立ち上がっていた。
そんな俺を見て、誰もが怯えた目をする。
「おい、大丈夫か?」
憔悴しているくせに、かわいそうな人を見るような目をしてウーヘイが近寄ってくる。
「大丈夫だ。それより」
口元が寝ている間によだれで濡れているのに気付いて、それを拭う。
「全員、集めてくれ」
「何?」
ウーヘイの疲れ切った顔に、少しだけ希望の光がさしている。ひょっとして、いやまさか、そんな風に感情が揺れているのが外から分かる。
「ヴァン、どういうことだ?」
「全員だ。不死公も、ヘンヤも、兵士も、全て。全てだ。全員を集めなくちゃあ意味がない」
「まさか、分かったのか、マサカドが怨公側なのか、どうか」
「ああ」
「それは、うちの親衛隊も、イスウ国の兵士達も納得させられるのか?」
「もちろんだ。それどころか」
にやりと笑ってみせる。
名探偵らしく。
「怨公が、今どこにいるのかも、分かった。これで事件は解決だ」
俺の宣言に、にわかに周囲が騒がしくなっていく。
震えている。それが何に起因しているのか自分でも分からない。武者震いか。それとも、恐怖か。
そうして、騒いでいる周囲には決して聞こえないくらいの声で、囁く。
「また、会えるかもな、レオ」




