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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 出題編
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迷走(1)

 ヘンヤが指示を出したが、その指示がなくとも親衛隊の連中が同じように行動したというのは確かだろう。

 牢獄部屋の前に噴出してくる煙。それを、囲むようにして臨戦体勢をとっていた十数人の手練れ。爆発が起こった瞬間に、全員が全速力で集まったのだという。特に、隣の詰め所に既に五、六人がいたから、少なくともそこにいた親衛隊員は爆音が聞こえた瞬間に牢獄部屋の前で剣を構えたそうだ。

 その時点で、男に逃げ出す場所はなかったはずだ。特に、牢獄部屋側の窓は二人が張り付いたという。


「煙の中に踏み込まないようにしていたとしても、煙の方から向かってくる。視界は悪かったはずだ。それに紛れて逃げ出したんじゃないのか?」


 ボブがあっさりとそう結論を出す。


「確かに目の前には煙の塊、視界は限りなく悪かったと言えます。とはいえ、十人以上で囲んでおり、全員が目の前に全神経を集中しておりました。我々の間を抜けることは不可能かと思います」


 親衛隊の一人が生真面目な声で言う。


 こちらの問いかけにも反応しないくらいに煙の向こうに全神経を集中していた親衛隊の様子を思い出す。

 確かに、あの状況で囲いをうまく抜け出すことは不可能に思える。


「視界が悪い上に目の前に集中していたってことは、隣やその隣の奴が何しているのかは分からなかったんだよな」


 壁にもたれたジャンゴが親衛隊を横目で見る。その目からは感情が読み取れない。


「例えば、誰か一人があえて見逃して通らせてやっても、他の連中は気付かないわけだ」


「親衛隊を疑うのはナンセンスだと説明したつもりだったがな」


 冷ややかに不死公がジャンゴに目を向けると、ジャンゴはふっと力を抜くようにして笑う。


「思考実験だよ、思考実験」


「いえ、それもやはり難しいかと。爆発が起きた次の瞬間には、あの場所を、十人を越える者が囲んでいました。あの場所を十人で囲うということがどういうことか、分からないわけではないでしょう。煙に包まれないように距離をとりながら大きく囲むにも構造的に限界があります。手を伸ばせば隣にいる者に触れることができるような状況でした。万が一裏切り者がいたとしても、隣の者の横を何者かが通り過ぎれば気付きます」


「大体、あれは一瞬の話だったんだ。裏切り者が万が一にいたとして、爆破した時にあのように囲む形になって、なおかつ裏切り者が一瞬の間にその囲いのどこに位置することになるかなんて、計画できるわけもないな、ひひ」


 ヘンヤが握った柄に指を滑らせて踊らせるようにする。目には明らかな抑え切れていない興奮がある。剣士として、とてつもない相手がいるのならば是非挑みたいのだろう。


「何より、そういうマトモな手段であの場を切り抜けたとは思えない」


 突如として、ヘンヤの声に不気味なものが混じる。


「どういう意味だい?」


 ゲラルトが流し目をやると、


「煙幕の中でも、気配を捉えるくらいはできる。奴が動いたら、即座に斬って捨てるつもりだった。だが、無かった。男は動かず、それなのに煙がはれれば消えていた。どういうことなのか、俺にも分からない。ひひ。面白い。面白いな、全く。まだまだ斬れないものがある」


 夢見るようなヘンヤの陶然とした顔に誰もが戸惑う中、同じ剣士であるマサカドだけが、


「つまり男は、身動きすらせず消えたと言うわけか。ははは、面白い。瞬間移動でもしたか?」


「考えられん。それはつまり、ダンジョンにおいてある帰還石のようなものか? あれもおそらくは私と同じドラゴンイーターが作ったのだろうが、神代の頃の話だ。今の我々には再現は不可能。怨公にとってもそれは同じだ。いくら天才だろうが、あれは今は失われた技術だよ」


 何か、妙な気がする。

 その不死公の言葉のどこかにひっかかりを感じている。話がおかしい気がするが、どこがおかしいのか分からない。


「じゃあ、どっかから、帰還石を持ってきたとか」


 ボブがおそらくは思い付きをそのまま口にする。


「あれは基本的にダンジョンの床と一体化している台座にくっついてるわよ。ごく稀に、ダンジョンすら破壊してしまうような災害で帰還石がダンジョンから外れたケースは知っているけれど」


 冒険者らしく、エニがそこまで自信に満ちた声で説明してから、ちらりとこちらを共犯者めいた目で見てくる。


 分かっている。忘れようとも忘れられない思い出だ。

 軽く頷く。その思い出を恐怖と共に焼きつかせて共有しているのは、この中では俺とエニ、シロナとヘンヤくらいか。


 痛い。

 見れば、わき腹をキリオが思い切りつねっている。沼の底のような目をして。

 怖いよ。


「そうなったら、今度は帰還石の方が壊れているわね。もしも、ダンジョンとは関係なく持ち運べる帰還石みたいなものを怨公が発明したんだとしたら、それはもうお手上げだけど。さすがに、そんな存在と喧嘩する気にはなれないわ」


「基本的に同意。帰還石は無限に出てくるモンスター、宝、そして迷宮。それらとセットで存在するもの。そうでない帰還石の話は聞いたことがない」


 シロナが補足する。


 聞いたことがない、見たことがないからといってそれが存在しない証明にはならないが、しかしそれは悪魔の証明というやつだ。この世に存在しないことを証明することは困難になる。

 この場合、より妥当な常識的な考え方をするべきだろう。それに、ドラゴンイーターのことをよく知っている不死公も帰還石の技術を利用したのはありえないと考えている。何かしら前提が覆らない限り、その可能性は消しておくべきだ。

 自分でも気付かないうち、考え事をしていて顎に手をやり目を閉じている。


「どうしたもんかね。あの部屋、窓はないんだよな。一方通行の壁の窓だから見えないだけで、あそこに窓があるってことはないか?」


 自棄になったように、椅子に座ったジャンゴが限界まで上半身を反らす。


「あの部屋の中から見えないということは、一方通行の進行方向は外から中だ。あったとして脱出には使えない。大体、もしも窓があったとしたら外から見れば分かるだろう」


 そこまで冷静に言ったところで、トカレフの目が大きく見開く。重要なことを忘れていたことに気がついたのだ。当然、俺も。

 しばらく、全員で黙って全員の顔を見て黙る。


「不死公、いいか?」


 やがて、レイがそう切り出すと、


「ああ。行け」


 不死公の合図でレイは走り出していく。


 そうして待つこと数十分、戻ってきたレイは息を切らせることもなく、彫像のような硬い顔をいつも以上に強張らせて、


「不審な点があったそうだ」





 外から見て、という話で思い出したのは、あの爆発が起こった時、外にいたペース国とイスウ国の兵士の話だ。

 あの爆発の瞬間、兵士達はもう城内に入るなという命令と突如の異変の板挟みで、結局その場で警戒を続けているような状況だった。命令をすべきトカレフとマサカドも、ともかく一刻も早く現場に向かうことを優先していた。


 その後、今度は俺達全員が重要参考人のような扱いになって不死公と親衛隊に半ば拘束され、結局直接外の兵士の話をきちんと聞いていなかった。


 それを、レイに聞いてもらったわけだが。


「不審な女?」


「爆発の直後、ちょうどその瞬間に、城門のところに森から女が現れたらしい。黒いローブ姿の女だ」


「城門って、堀の次にある城壁の門のことでいいんだよな」


 見取り図を見ながら、がりがりとジャンゴが頭をかく。


「そこの門に、外の森から女が現れたと。けど、それなら俺達がどうして見つけられなかったんだ? 俺達は、城の入り口の付近で立って喋ってたはず、ああ、そうか。爆発の直後だったな」


 森を抜けたところに堀と城壁がある。そこを城門を潜って抜けて真っ直ぐ進んだところに城の入り口がある。位置としてはジャンゴの言うように、俺達がその女を見ていないのはおかしい。位置としては、だ。タイミングとしては見ていなくとも不思議はない。


「俺達が城の中に入るか入らないかくらいにその女は現れたらしい。ほとんど入れ違いだな。爆破でほとんどの兵士が反射的に城の方を見ていたが、外からの襲撃を瞬間的に警戒した兵士も数人いた。その一人が最初にその女を見つけ声をあげて、城門が見える位置にいた兵士のほとんどがその女を目撃したとのことだ」


「で、その黒衣の女は何をしたんだよ?」


 ボブが身を乗り出すが、


「特に何も。城の方を窺っている様子だったが、問い質そうと兵士達がある程度近づいたところで森の中へと入って消えたらしい。それ以上は追わずにその場で警戒を続けたらしいが、状況が状況だけにそう責められないな」


「そうだな。俺もぼけてた。部下への指示なんぞ、一番に考えるべきことだがな。状況の異様さに呑まれたか」


 舌打ちするマサカド。


 同じように感じているのか、トカレフも唇を噛んでいる。


「しかし、結局、男がどうやって消えたのかは分からずじまいか」


 唸るマーリン。


 そこに、


「失礼いたします」


 全身鎧姿の親衛隊員が一人、部屋に飛び込んでくると不死公に何か耳打ちする。


「何?」


 学者めいた不死公の顔がはっきりと驚愕で歪む。

 石像のように横で黙って立っていたウーヘイも表情を崩す。


「確かか?」


「はい」


「おい、何が起こった?」


 ボブが尋ねるが、不死公はしばらくの間黙ってボブの方を見もしない。明らかに、不死公は狼狽している。


「やはり、罠だったのか? いや、しかし、何の意味がある?」


 ぶつぶつと呟いてから、不死公は顔をあげると、


「親衛隊員は全員、兜を外して確かに本人か互いにチェックをしろ。些細な違和感も見逃さず、報告しろ」


「はっ」


 言って、さっそくその親衛隊員は兜を取る。短髪の青年の顔が現れる。

 エニ達を挟んでいた親衛隊員達も次々に兜を取る。それぞれの顔を確認し、頷き合っている。


「では」


 と手早く兜を被りなおすと、何事かを不死公に告げに来た親衛隊員は慌しく部屋を飛び出していく。


「一体何が起きているのか、僕達に教えてくれてもいいんじゃないかい?」


 まだ黙って何かを思考している不死公にゲラルトが柔らかく声をかけると、不死公は姿勢はそのまま目だけで俺達全員を一人一人睨むようにする。


「親衛隊員が一人、消えている」


 部屋がしん、と静まる。


「……どのタイミングで?」


 やがて、ぐっと不死公に身を寄せてジャンゴが聞く。


「爆発の直後、親衛隊に一斉に城内の調査をさせた。一人、報告があまりにも遅い者がいてな、確認をとったところ、調査に行った先にその姿がないそうだ」


「一人で行動させたのかよ。あれだけ人数がいるんだから、二人一組にすりゃよかったのに」


 呆れ顔をするヘンヤに、不死公は苦い顔をする。


「一刻も早くこの城内を全て調査したかったのだ。時間との勝負だと考えた。それに、その者が調査に行った先はそこまで重要な場所ではなかった。あくまで一応の確認のための調査だった。だから、そこに二人も割くわけにはいかない。そう思ったのだが」


 甘かったか、と呟く。


「一体、どこの調査の担当だったんだ?」


 マサカドの疑問に不死公は簡潔に、


「屋上だ」


「屋上……」


 自然と呟く。

 そこに、一人で行った兵士が行方不明?


「待てよ」


 と、レイが口元を隠して目を細める。


「そう言えば、外の兵士が言っていたな」


「何を?」


 横に立っていたシロナが目をくりくりと動かす。


「爆破の直後、飛竜がやけに城の上を旋回したり、屋上をかすめるようにしていた飛竜もいたそうだ。暗くてよくは見えなかったらしいが」


 また、全員で顔を見合わせる。


「飛竜は、生きている人間は襲わないが、弱っている人間や死体は食うんだったな。それから、雛のために巣に持ち帰るとも」


 確認するようにジャンゴが呟く。

 そして、沈黙。


「痕跡はあった? 鎧の一部とか」


 シロナが冷静に口を開くと、全員がはっとする。


「報告では、屋上には何もなかったそうだ。ただし、素人の調査の結果だ。徹底的に調査をすれば……」


 眉を寄せ考えながらゆっくりと不死公が言う。


「そうか。飛竜が持ちさったとしても、何かしら痕跡が残っているはずね」


 キリオは早口で医術師らしくそう言うと、シロナと頷き合い、二人で部屋を飛び出そうとする。


「おい、勝手なまねを」


 言いかける不死公に、


「ちょっといいか」


 挟んでいた二人の親衛隊員が気付かないほど自然に、いつの間にかヘンヤが歩み寄っている。


「何だ?」


 顔を向けようとした不死公に向かって、ヘンヤは刀を一閃させる。


 ぱっと胸の辺りから血を散らせて、不死公はもんどりうって倒れる。


 守るはずの親衛隊すら、身動き一つしない。突然の出来事に、誰もが呆然としている。声すらあげられない。

 出て行こうとしていたキリオとシロナも凍り付いている。


 夢か?

 だが、散った血は、俺の目の前の床まで飛んできている。その血は、明らかに偽物ではない。


 沈黙。空気が凍りついたようだ。誰も何も言わない。口でも手でも、少しでも身動きすればそれで全てが砕け散ってしまうかのように、怯えてじっとしている。


「まさか、大当たりか」


 その中で一番冷静なヘンヤが呟いた瞬間、


「いや、ハズレだ。これで満足か?」


 呟きと共に、不死公がゆっくりと起き上がる。とたん、散っていた血痕は消えていく。目に見えない気体になって不死公に吸い込まれでもしていくように。


「なんだ、駄目か、ひひ」


 がっかりしたヘンヤが失笑した途端、場の空気がかすかに緩む。


「貴様っ」


 そして、今更のように親衛隊員が全員剣をヘンヤに向けるが、


「よせよせ」


 不死公は手を挙げておしとどめる。


「私が偽物か、と疑ったのだろう?」


「ああ。俺達を疑い、親衛隊員をも疑っている。状況が状況だけに仕方が無い。だが、不死公、あんただけはそのままだ。不公平だろう? ひひ、だから斬りつけさせてもらったぜ。すぐさま黄泉がえらないから瓢箪から駒かと思ったが」


「残念だったな。君が何のつもりなのか見極めるために死んだ振りをしていただけだ。それよりも、シロナ、キリオ」


 そんなことがあった直後だというのに、不死公は落ち着いた顔を二人に向けて、


「もはや、ここで君達だけを屋上の調査に行かせるという選択肢はない。君達が危険であるし、そもそも君達二人が今回の事件の犯人側ではない証拠もない。全員で屋上に調査に行くとしよう。ああ、そろそろ大嵐になる頃だろうから、調査は難航しそうだがな」


 そうか。嵐の城だ。

 文字通り、「嵐」が来る。


「決断しなけりゃな」


 マサカドがトカレフに声をかける。


「何のことだ?」


「お互いにだ。外の部下を、嵐が来ようって言うのにその場に待機させておくわけにもいかんだろう。夜の間、外を移動するのは自殺行為だ。今のうちに城内に入れてやるか、それとも宿に返すか、だ」


 そして、マサカドはそのまま不死公にも目を向ける。


「さあ、どうする?」

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