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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 出題編
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急変(2)

 二階に上がった瞬間、感じたのは煙さと異臭。

 更に嫌な予感が膨らむのを感じつつ、とにかく足を動かす。


 階段からそのまま廊下を走り抜けて牢獄部屋が見える場所にたどり着く。


ナムト国の親衛隊の兵士達も牢獄部屋の前に集結しつつある。


 煙だ。

 牢獄部屋の辺りには、煙が渦巻いていて、扉が開いているのか閉まっているのかすら分からない。その煙を取り巻くようにして、親衛隊が身構えている。


「何が起こった?」


 自分の部下でもないというのに、トカレフが鋭い声で叱るように問うが、親衛隊達は全員身動きをしない。いや、できないのか。全神経を、煙の向こう側に集中させているようだ。


 と、よく見えれば煙はゆっくりと渦巻いている。まるで意思を持って、部屋の外に出ようとするように。

 いや、事実として意思があるのだ。


「風の魔術。マーリンか」


 煙の動きを見てトカレフも気づいたようだ。


 そうして、どんどん煙は部屋から出て行って薄れていき、やがて牢獄部屋の中が薄らと見通せるようになる。


 そこにいるのは、煙を吸い込まないようにするためか口と鼻を布で覆ったエニ、右腕を突き出して今もまだ魔術を使用し続けているらしいマーリン、そして刀を抜いているヘンヤ。

 それだけだ。


「馬鹿な」


 呟きはヘンヤのものだが、心情としては全員共通している。


 何が起きた?


 あの男が、いない。

 怨公と名乗っていた男が。

 焼け焦げ、千切れているロープと布、そして横倒しになった椅子。それだけが残っている。


「さて、罠か、それとも」


 ちょうど横に立っていた俺にかろうじて聞こえるくらいの声量で、不死公が呟く。

 その呟きの意味はよく分からなかったが、何故か背筋がみしみしと凍りつくような気分を味わう。





 エニ、ヘンヤ、そしてマーリンの話を総合すると、以下のようだった。


 まず、俺達が出て行ってしばらくして、男の目隠しが男の顔ごと断ち切られた。突然、何の前触れもなくだ。そうして、唖然とする三人の前で、傷から吹き出る血と共に黄金の目があらわになった。

 この時点で、動いたのはヘンヤ。その黄金の両目を切り裂こうとしたのは、流石の判断と言う他ない。

 だがその刀が届くよりも一瞬早く、男の椅子の足が切断され、椅子ごと男が倒れこむ。そうして、男の体を切り裂きながらロープが切断され、男の両手が自由になる。

 ここで一番扉に近かったマーリンは扉を開け放った。後から何故そんなことをしたのかと聞いても、マーリンはうまく答えられないようだった。反射的にとしか言いようがないらしい。男の両手が自由になったのを見た瞬間、もう自分の魔術では何をしても間に合わず、そして手の付けられない何事かが起こると予感したのだという。そして、ともかく退路を確保せねばと思うよりも先に体が動いていたと。結果からすると、そのマーリンの判断は正しかった。

 そして、魔法のように、そんなものはなかったはずなのに、男の手には黒っぽい塊がいつの間にか握られていた。


「逃げて」


 そう言って自らも伏せて口と鼻を布で塞いだのはエニだった。その塊の正体にいち早く気付いたのだ。

 一瞬遅れてマーリンとヘンヤも伏せた。そうして、三人がそのまま部屋を転がり出ようかとした瞬間。

 閃光と衝撃。音というよりも強力な震動。感じたのはそれだったという。

 気が一瞬遠くなり、我に返った時にはもう、三人の目の前は真っ白だった。


「全員、部屋に入るな。煙を囲め」


 おそらく、兵士達が全員集まってきているはず。

 一瞬でそう判断したヘンヤが、聴力が回復していないうちからそう叫んだ。


 マーリンは、視界が最悪に近い中でも、風の魔術により何とか目の前を白く染めている煙を部屋の外へと追い出していった。


 そうしている間に、俺達が駆けつけてきて、煙が薄れ消えていった。男の姿はかき消えていた。

 全て、男の布が顔ごと断ち切られてから数秒の出来事だったという。





 エニ、マーリン、ヘンヤはそれぞれ二人ずつの親衛隊に挟まれたまま語り終える。


「ああ、しかしまだ耳が痛いわい」


 マーリンはぼやく。


 不死公も含め、全員は見取り図で言う大広間の1に集合している。エニ、マーリン、ヘンヤはさっきからほとんど共犯者扱いで親衛隊から尋問されていた。仕方が無いことではある。三人が見張っている中、男は姿を消したのだ。

 残りの親衛隊は必死に城内を探索しているが、男の影も形も今のところ見つかっていない。


「考えてみれば当たり前の話だな」


 未だに焔を片手に持ったまま、マサカドは椅子にどっかと腰を下ろしている。


「盲目でも魔術を使える人間は存在する。その正確性や威力は劣るがな。怨公がそれをできないと考えるべきじゃあなかった。無論、目隠しをした状態で、魔術でその目隠しを切断するなんて正気の沙汰じゃあない。十中八九、自分の目や顔を傷つけるし、下手をすれば頭を割って死ぬ、が」


 そこで苦笑する。


「奴はドラゴンイーターだったな。全く、手抜かりだった」


「その通りだ。君達のミスだな」


 冷たく不死公が言い放つが、


「彼を連行してきたのは私だ。私一人のミスだ」


 平坦な声でトカレフが返す。


「更に、言い訳させてもらうならば、私はああいった方法で彼が拘束を抜ける可能性を想定していなかったわけではない」


「ほう? その危険があるのにそのままにしていたと? ならば、君の責任は更に重大なものになる」


「極端な話、布やロープではなく金属製の何かで拘束していたとしても、自分の肉体を爆破や切断すれば逃げ出せる。薬品で自由を奪うこともできなかった。金庫にでも詰めて運べば別だが、ドラゴンイーターを完全に拘束する方法はないと言える」


「確かに、ドラゴンイーターは薬品にも耐性がある。君の言う通り、完全な拘束は難しいだろう。しかし、それにしても拘束する体制に不備があった。違うか?」


「目隠しやロープで体を縛ったのは、あれは他の連中を安心させるためのものだ。拘束としてはほとんど意味がない。拘束された男を見せて安心させるのが目的だ。先ほど言ったように、拘束から逃れるつもりならばどれほど厳重にしようと完全には拘束できない。そもそも、あの男はここに来るまで一切抵抗していない。この城に来るまで、あの男はこちらの指示に従順に従い、拘束する際すら抵抗しなかった。質問に答えないだけでな」


「だからこその手抜かりということか。どちらにしろ、この件については正式に抗議させてもらう」


 なおも圧力をかけようとする不死公だったが、


「無駄な駆け引きはなしにしましょう」


 冷静にゲラルトが割って入る。


「そんなことができないことはご自分が一番よく知っているでしょう。そもそもこの話を秘密裏に進めたかったのはあなたです。それぞれの国の有力者にドラゴンイーターや聖遺物の話を広めたくないのは当然です。無論、それに乗った我々にも弱みがあるのは確かです。国益よりも自分の利益を優先した我々は国に対して背信したことになるのでしょうが、それはそれとしても、結局あなたと我々は運命共同体ですよ。ここにいるメンバーで今回のことを解決しなければいけない。そうでしょう?」


 不死公は黙って顎を撫でる。


「あのお、ところで、話に出てきた塊って結局なんなんすか?」


 沈黙に耐え切れなかったように、おずおずとアオイが質問をすると、


「僕が思うに、竜弾だな」


 とボブが答える。


 それは当然かもしれない。

 あの事件の関係者は、話を聞いただけでそれを思いつくだろう。


「あたしもそう思ったわ。見た瞬間ね」


 流石の専門家らしく、エニがにっと全員に笑いかける。


「竜弾。竜の糞と色々なものを混ぜて作る爆薬ね。爆発と同時に大量の煙が発生するのが特徴。今回のは、かなり調合の分量を変えていたみたい。爆薬というよりも、煙幕弾みたいになっていたわ。爆薬としての竜弾をあんな部屋で爆発させられていたら、今頃あたし達三人とも命がないわ」


 ぞっとしない話だ。


「扉は開け放っておったから、ともかく魔術で煙を外に出すことに専念したわい。何も見えんし、わしはドラゴンイーターなんぞではないから、慎重に、ゆるやかな風の流れを作ることでゆっくりとしかできんかったがな」


 あんな状況で即座にそれができたら上等だろう、という気もする。


「あの爆薬はどこに隠してあったんだろうか」


 ぽつりとヘンヤが呟く。


「話を聞く限り、おそらく」


「体内、でしょ?」


 それに答えたのはシロナ、そして引き続いてキリオ。どちらも医術師だ。


「やはりか」


 トカレフはため息をつく。半ば、答えを予想していたようだ。


「ドラゴンイーターが何かを隠し持つとすれば、体内だ。傷がすぐに治癒するなら、中に埋め込んでおいて好きなタイミングで取り出せばいい」


「分かっていたなら、何故それを調べなかった?」


「抵抗するつもりのない男を切り刻めというのか? それに……いや」


 首を振ってトカレフは不死公に対する言葉を飲み込む。


 続くはずだった言葉は何となく予想がつく。

 ドラゴンイーターがどのような存在なのか。伝説などではなく、現実としてどんな生命体なのかを俺達は知らなすぎる。不死公の言うことを全て信じるわけにもいかなければ、ジャンゴが調べたという古い資料に頼り切るわけにもいかない。

 抵抗する意思を見せない相手を切り刻み、もしも限界以上のダメージを与えて死んでしまった場合、取り返しがつかない。

 倫理的な問題以前にそれができない理由は理解できる。


「一番の問題は、誰に責任があるとかそういう話ではないはずだ」


 焦れたのか、珍しく強い口調でレイが一歩前に出る。


「問題は、一体何故かということだ。何故、こんなことが起きる?」


 レイのその疑問は、おそらくこの場にいる全員の疑問でもある。


「どうして、あの男が消えることができる?」

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