急変(1)
いきなり揉め事が起こっているようだ。
男に新しく取り出した布でまた目隠しをした後、ヘンヤ、エニ、マーリンを監視役として残して、他の全員で部屋を出ると、城の外、入り口の辺りで何か言い争う声が聞こえる。
「そんなことができるわけが……」
「いいや、してもらう。そのために我々は来たのだ」
食い下がるイスウ国の兵士を、不死公が淡々とした口調と迫力だけで追い詰めている。
入口の辺りに、不死公を先頭に十数人の一団がおり、彼らの侵入を防ぐようにイスウ国の兵士が数人、その前に立ちふさがっているが、明らかに分が悪い。腰が引けている。
「早く指揮官を呼べ。私が直接話す」
「そんな、勝手な話が通るわけがないだろう」
口ではそう反抗しながらも、本人は気づいていないのだろうが、兵士は一歩、二歩と後ろに下がってしまっている。
そうして、ついに背中がすぐ後ろに立っているマサカドにぶつかる。
「だ、団長」
その時にようやく兵士はマサカドに気づく。
「はは、下がっておけ」
顔色の悪い兵士数人を、マサカドがむんずと肩を掴んで自分の後ろにやる。そうして、直接に不死公と相対する。
「久しぶりだ、不死公」
笑いかけるマサカドは、それだけで周囲を圧する。
続いて俺達も前に出て行く。
そこで気付いたが、まだ日は沈んでいないはずなのに既に外は薄暗い。空には暗雲。さすがは嵐の城だ。
「うむ」
言葉少なに不死公は頷き、
「私の私兵を連れてきた。悪いが、この城にいる他の兵には退出してもらいたい」
「通ると思っているのか、そんな話が」
よこからトカレフが呆れたように言うと同時に、レイが一歩前に出る。
そのレイに相対するように、不死公の一団の背後からも一人の青年が一歩足を踏み出し、睨み合う形になる。
「ウーヘイ」
思わず名を呟くが、見向きもしない。
他の兵士が全身鎧を着込んで顔も分からないのとは対照的にウーヘイは顔を出してはいるが、その代わりに相変わらず全身をマントで隠している。中にいくつの武器暗器を隠し持っているのか想像もつかない。
「よせ」
トカレフが軽く手を挙げると、レイはそれ以上前に出るのをやめる。
「そちらとしても不服だろうが、呑んでもらわなければ困る。我々のことは、世界の暗部だ。知らせてはならない」
「知らせてないよ。信用できる奴らに、必要最小限の情報だけを与えて警備させてる。それでいいじゃないか?」
「配慮に感謝する。だからこそ、今の時点で彼らをこの場から退出させてもらいたい。これから、何が起こるか分からない。この城にいる者全てが、知るべきでないことを知ってしまう展開にならないとも限らないのだ。それが守られないというのなら」
そこで、不死公は目を細める。
「私は怨公との面会を拒否する。これほどまでに部外者がいる状態で、私と彼が会うことは危険すぎる」
あまりにも勝手な話だ。だが、もしもここで不死公がそのまま帰るとして、俺達にはそれを止める手立てがない。これは、国としての正式な不死公への依頼でも何でもないのだ。
弱みに付け込むようなことをしやがって。
「ああ、まあ、いい。分かった。そうしよう。付近の宿に待機させよう。それでいいな?」
「なっ、団長?」
あっさりと要求を呑むマサカドに兵士が驚く。いや、兵士だけでなく全員が驚いている。不死公すら、目を丸くする。
「いいんだ。悪いが、頼む」
「わ、分かりました」
「トカレフ、お前のとこの兵も下げてくれ。悪いな。」
「ふむ。いいだろう」
こちらも、一瞬だけ何事か考えたが、驚くほどあっさりとそれを承諾する。立場上、一番譲歩しづらいはずの二人が譲るので、話は簡単にまとまる。
イスウ国とペース国の兵士の退去が慌しく始まる。
「ああ、さっさとそっちの兵士を警備につけてくれよ」
「分かっている」
頷いて不死公が目を後ろにやると、それを合図にウーヘイ以外のナムト国の兵士達は嵐の城へと入っていく。
退出とナムト国兵士への警備の引継ぎが行われている中、マサカドが代表としてこれまでの経緯を簡単にまとめたものを不死公に説明していく。
「用心棒だと、ふざけた話だ。その者達も退去させろ」
眉をひそめた不死公の発言に、にやりとマサカドは笑い、
「そりゃあ、意味がないから止めた方がいいな。なにせ、そいつらは俺達と同じ程度にはもう知ってしまってる」
「何? 何故、そんなことが」
「俺が教えたからだよ」
「貴様」
不死公の目に怒気がこもる。
「だから、今更そいつらを退去させる必要はない。むしろ、近くに置いといて何か問題があったらあんたの力で消してしまった方が都合がいいんじゃないか?」
その目を向けられても平然としたマサカドはそう言い返す。
「やけに、素直にこちらの要求に応じるとは思っていたが、そういうことか」
「中々の腕利きをそろえてある。そいつらと俺達が合わされば、それなりに抵抗できる。不死公にな。そうだろう、ゲラルト?」
突然話を振られたゲラルトは一瞬目を見開いたがすぐに、
「ああ、その通りだ。それから万が一、ナムト国が一連の出来事を隠蔽しようと僕達を消し去ろうとしたとしても、それにも対抗できるだろうね。万が一、万が一さ」
「信用のないことだ。決して、そういうつもりで城内をナムト国の兵ばかりにしたわけではないというのに」
「分かっていますよ、万が一の話、いえ、例えばの話です。冗談ですよ」
ゲラルトが薄く笑って首を傾げる。
「ところで、ペース国とイスウ国の一般の兵士を信用されていないということですが、そちらのナムト国の兵士についてはどうですか? 彼らはどこまで知っているんですか? そして、どこまで信用できるんですか?」
「それについては、俺が答える」
ウーヘイが口を開く。
「俺も含めて、彼らは親衛隊と呼ばれる。親衛隊には、ナムト国の貴族の子息で、かつ腕に覚えがある者だけで構成されている。家柄の面でも、腕の面でも選ばれた者たちによるエリート部隊だ。ナムト国で上に昇ろうと思えば、一度は親衛隊に所属することが必要になると言われている。彼らは不死公の命に命を賭けて従い、その代わりに不死公の庇護を得る。不死公の秘密を教えられ、より不死公への忠誠を新たにし、そしてナムト国の中枢へと昇る。そういうシステムだ。ゆえに、彼らは全てを知っている」
「裏切り者が出るとは思わないのか? 情報を他国に売るかもしれない。もしかしたら、怨公の信奉者が紛れているかもしれない。違うか?」
トカレフが訊く。
「親衛隊はまず家柄の面で信用できる。馬鹿げたことをする恐れはない。そして、裏切りも考えにくい。まず、彼らはそのまま親衛隊として勤め上げればナムト国の中枢に昇ることが約束されている。それを反故にして、リスクをとって裏切る必要性は薄い。それに、親衛隊は強力に相互監視している。ライバルの弱みを見つけて蹴り落とすために、そしていずれ自分が中枢となるナムト国に仇なすことがないように。裏切り者がいたとして、親衛隊の中では何もできない」
なるほど。単なるボンボンのエリート部隊かと思っていたが、それなりに存在意義はあるわけだ。
「けど、全身鎧を着てるわけだから、顔が分からないぞ。ひょっとして、中身がいつの間にか変わってたりしてな」
ははは、と全く親しくないはずのウーヘイや不死公に大声で冗談を言うボブに畏怖すら感じる。この図太さ、デリカシーのなさは凄い。
が、どうもボブの冗談は単なる冗談ではなく、考える余地のある問題提起にも思える。確かに、そうやって今城内に信奉者が紛れ込んでいる可能性はありうるんじゃないだろうか。
視線にこもった俺の考えを読み取ったのか、目があったウーヘイが肩をすくめる。
「鎧を装着したのはナムト国の王城内。それからここまで、ずっと一団となって行動してきた。今まで、成り代わるタイミングはない」
「今はどうだ? 今、城内で親衛隊諸君はある程度バラバラに行動しているはずだ。中で信奉者が入れ替わっているかもしれん」
「マサカド。ということは、元々城内に信奉者が潜んでいたということか。我々が来るまでの警備の担当はイスウ国のはずだな。君の国の兵士はそこまで能力が低いのか?」
冷静沈着な不死公の返しに、今度はマサカドが肩をすくめて黙る。
「ここで不毛な言い争いはやめようではないか。どうやら、引き継ぎは大方済んだようだ。そろそろ、案内してもらってもいいかな?」
不死公の提案に、マサカドとトカレフは頷く。
確かに、イスウ国の兵士もペース国の兵士も大部分が城の外に出つつある。頃合いだろう。
「それじゃあ」
と、ゲラルトが言いかけた、その時。
山が崩れたのかと思うような、爆音が響き、地面が揺れる。
「うわっ」
と、ボブが大きくバランスを崩して尻餅をつくのと、
「ちっ」
トカレフが舌打ちをしてまだ揺れが収まっていないというのに走り出すのがほぼ同時だ。
少し遅れて、俺達も全員走り出す。目的地は決まっている。まず確認すべきは、牢獄部屋だ。
「おい、ちょっと待てよ」
腰が抜けたらしいボブが、背後で叫んでいるけれど誰も待ちはしない。
二番手に走り出したマサカドが足を止めずに焔の鉄鞘を抜き払うと、そのまま鞘を投げ捨てる。一瞬で焔の刀身が赤く光り出す。
そして、マサカドのすぐ後ろについて走っていたアオイが、
「うぎゃ」
と、その鞘を思いきり踏んでずっこけている。
が、気にして立ち止まっている暇はない。
全員で、とにかく走り出す。
まずい。
何かまずいぞ。
あの場に残していた連中は、ヘンヤ、エニ、マーリンは無事なのか?
気ばかりが急く。




