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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 胎動編
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アイスの話(1)

 謁見の間には、ウラエヌスの姿すらなかった。俺とゲラルト、そして椅子に深く座り、物憂げに頬杖をついているアイスだけ。


「特例だ。護衛も何もつけず、私一人で会うなど。ゲラルト、お前が自分の首をかけての願いというので聞き届けてやった。下らない話ならば、首をもらう。文字通りな」


「いいですよ。まあ、話があるのは主にそこのヴァンですが」


 アイスの冷たい眼差しに動じることなく、ゲラルトは肩をすくめる。


「じゃあ、お願い」


「分かりました。すいませんね、度々」


「全くだ。二、三日前に会ってやっただけだというのに。話は早く済まそう。さあ、言え」


 俺は頷くと、手帳を取り出す。


「お聞きしたいのは、これについてです」


「ほう、それは?」


「アルルの手帳です」


 瞬間、珍しくアイスの表情が崩れる。目を大きく見開き、だがすぐにもとの平静なものに戻る。


「そうか。イスウ国か」


「さすが、理解が早いですね」


「内容は?」


「ちょっとした暗号で書かれていましたが、解読しましたよ」


 そこで、俺は中に書かれていた内容をかいつまんで説明する。


「なるほど。その中で、私がヴィクティーに関して何かしらアルルと共謀していたのではないかと推測したわけだ」


「はい」


「それで私を問い詰めに来たと。なるほど。疑問が二つある。うまく答えろ。返答を誤ればお前達二人とも首は無い」


 アイスが二本、指を突き出す。


「一つ、その手帳の内容が真実であるという保証はあるのか? 二つ、仮に真実だとして、その内容を私がお前達に教える理由があるか?」


 首の辺りにひりひりと殺気を感じる。おそらく脅しではない。返答を間違えれば、すぐに処刑人を呼ばれるだろう。


「一つずつお答えします。まず、一つ目」


 余裕のある笑みを装いながら、俺も一本指を立てる。


「当然、アイス王妃のもとに来る前に、この手帳の内容の裏を取るくらいのことはさせてもらいました」


「どうやって?」


「一番簡単なのは、何度も出てくるマクガフ博士とやらについての情報を集めることでした。だから、それをさせてもらいました」


「見つかったのか?」


「ええ」


 あっさりと俺が答えると、少しだけアイスの瞼が震える。


「普通の捜し方では全く見つかりませんでした。だから、少し考え方を変えました。手帳ではこのマクガフ博士とやらは突然登場しなくなります。しかも、その前後でどこか不吉な雰囲気がしている。ひょっとして、この前後で亡くなったのではないか、そうあたりをつけました。とはいえ、変死の場合はうち、探偵団の管轄です。けど、資料を読んでもゲラルト団長に聞いても、気になる変死体はそのタイミングでは現れていません。だから、友人に頼んで、事故や病死の記録を調べてもらいました」


 キリオには妙な頼みごとをしてしまった。後で埋め合わせしないとな。


「ちょうど、メモにあった日付に一つ、気になるものがありました。身元不明の行き倒れの老人の記録です。死因は単なる衰弱ということになっていますが、この死因調査の立会人がアルルと記録されていました。こんなケースでわざわざアルルが出てくるのはおかしい。つまり」


「その老人がマクガフだと? だとしたら何だというの?」


 ゆっくりと、キリオに無理を言って貸してもらった命令書を懐から取り出す。


「まさか、あの老人の死亡について調べる人間はいないと思っていましたか? それとも、ここで徹底的に隠蔽工作をすると逆に不審感をもたれると? 何にせよ、その老人とあなたを繋ぐ手がかりは残っていました。身元不明の老人の持ち物を規定どおりの一時保管ではなく即刻処分にする命令書、あなたからの直々のものが残っていましたよ」


「ふむ」


 軽く眉をひそめただけで、アイスは特にリアクションをしない。


「あの手帳の内容が全て真実だという証拠にはなりませんが、あの手帳に書かれていた内容とあなたの間に、なにがしかの関係があるという証拠にはなるのでは?」


「さて、どうかな。二つ目の質問は?」


 アイスは崩れない。


「そもそも、どうして俺達があの事件の再調査をしているのか、どうしてマクガフ博士とやらに興味を持っているかを説明します。説明というより、事実だけを言うなら、実はナムト国からの依頼です」


「お前達はシャーク国の宮廷探偵団だ。それが、私に内密で他国からの依頼を受けていたと?」


 殺気が強まる。


「ええ、この手帳にも載っていますが、怨公を捜してくれという依頼でした」


 一瞬、アイスの目が揺れる。


「不死公からの依頼か」


「そういうことですね。で、その怨公とやらはどうやら青い狼に関係しているらしい。青い狼の案件は、国家間で連携をとり最優先で捜査すること。これは、元々はアイス王妃からのご命令です。それに沿って、僕が内密に捜査をするように指示しました」


 後ろからゲラルトの援護射撃。有り難い。アイスの殺気を受け流して、のんびりとした声でこちらの緊張もほぐしてくれている。


「なるほど、理屈は通る。だが、それならば私に内密にしていたことをどう説明する?」


「いやあ、それなんですがね、不死公がその怨公とアイス王妃に関係があると言ったので」


「つまり私を疑ったということか。もう、いい。お前達には、死んでもらう」


 何か言いかけたゲラルトを遮り、アイスが片手を軽く挙げる。


 まずい。本気だ。


「どうするつもりです? いくらなんでも、探偵団の役職者を二人も処刑することになれば、騒ぎになりますよ。特に僕は、殺すと色々と面倒になるはずです」


 落ち着いて言いながらも、ゲラルトの頬を冷や汗がつたっている。

 こんなゲラルトは初めて見る。相当焦っている。どうやら彼にとってもこの展開は予想外のようだ。まさか、ここまで強硬手段に出るとは。


「何とでもなる。むしろ、こういう時に何とかさせるために体制を作り上げてきた」


 何の合図もしていないというのに、ぞろぞろと兵士達が登場する。その数、およそ二十人。既に剣を抜いた臨戦体勢だ。一般兵と同じ服装、装備をしているが、いきなりこの場に登場し、しかも動揺を一切していないことといい、身のこなしといい、おそらく。


「非正規部隊。あなたの私兵ですか」


 少し顔を白くしながらゲラルトが呟く。


「残念だ」


 少しもそう思っていないようにアイスが片手を更に高く挙げる。

 兵士達が俺達を取り囲む。


「僕が死んだら、今までの経緯を記した手紙が不死公の手に渡るようになっていますよ」


「構わない。何か言われても知らぬ存ぜぬで通す。ここでお前達を闇に葬れば、戦争に発展させてまで不死公がこちらに首を突っ込むことはない」


 相当な覚悟を決めているようだ。

 まずい。

 今にも、挙げられた手が振り下ろされようとしている。


 死ぬのか。嘘だろ。


「あっけないな」


 背後からレオの声。もう、見なくても分かる。黒と白のローブの二人組みがそこにいる。俺の幻覚が。


「夢の中以外にも俺達が出ているってことは精神的に追い詰められてるってことだ。いや、精神的にじゃないか。今、正に生命の危機だものな」


 全くだ。


「俺のトコにこんなに早く来るとはな、お前が」


 お前は死んでいない、そのはずだ。


「そうか、お前はそう考えているんだったな。まあ、どうでもいい。これで、お前は終わりだ」


 終わりか。これで。次はどんな風に生まれ変わるのか。いや、次があるのか?


「物騒な雰囲気だ」


 声。

 力強い声が俺の幻聴をかき消し、身構えていた兵士達を一斉にそちらに振り向かせる。


「中々錬度が高い。俺とヘンヤ、ヴァン、ゲラルトが組んでも、五分五分というところか。まあ、試す価値はあるか」


 重い足音と共に一人の巨体の男が現れる。いや、もう一人。巨体に隠れるようにして、足音もなくもう一人の男が潜んでいる。


 鎧を着込んだ巨体の男はマサカド、そして後ろに潜んでいるのはヘンヤか。


「なぜ、ここに?」


 アイスが眉をひそめる。本心から困惑しているようだ。


「ああ、どこまで聞いたんだ、二人から? とにかく、俺も不死公から依頼を受けてな。どこかのタイミングで、あんたに話を通さなきゃとは思ってたんだ。それが、このタイミングだったというわけだ。一人じゃあ不安だから、腕利きの護衛も連れてな」


「ひひ」


 ヘンヤが笑う。刀に既に手がかかっている。


「よく言うよ。全く、ああ、しかし確かにそれなりの遣い手が揃ってるな。あんただけじゃあ、ちょっときついか。ひひ」


「ああ、そうだ。ヘンヤ。お前の助けが必要だ」


 そこでまた顔をアイスに向けて、


「ネタをばらすとな、そこのヴァンがアルルの手帳を手に入れたのは知っている。直感で、これは数日のうちに話が大きく動くと思って、このタイミングで訪ねてきたわけだ。どうやら、タイミングはばっちりだったみたいでよかったよかった」


 本当に、直感だとしたら最早それは超能力の域だ。


「で、どうするアイス? 言っておくが、今日、あんたに『挨拶』しにくるのはうちの王様には伝えてあるし許可もとってある。ここで、焔持ちの俺とうちの剣術指南役、それからそこの一流魔術師を相手にして、乱戦といくか? 勝つ確率は俺の見たところ半分くらいだし、それに勝った後どうする? まさか、他国の重要人物の俺とヘンヤを殺したのを上手く誤魔化す手まで準備してるのか、ああ?」


「……退け」


 躊躇は一瞬。

 アイスが決断しそう呟いた瞬間、兵士達は現れた時のように一斉に消えていく。


「いい駒だな。うちにも欲しい」


 物欲しそうな目をしてマサカドが頬を撫でる。


「影が同じようなもんだろうに」


 ヘンヤはぼやいて、刀から手を離す。


「ふう」


 疲れを隠さず、アイスが背もたれに体重を完全に預ける。こんなアイスの姿は初めてみた。何か解放されたようにも、死ぬ寸前にも見える。


「それで」


「え?」


 さっきから、急展開の連続でぼうっとしていた俺は慌てる。


「何を聞きたい?」


「え、話してくれるんですか?」


「ゲラルト、お前は既に外堀を埋めているはずだ。お前はそういう人間だ。おそらく、ここで私が話さなければ不死公か誰かを動かして強制的に私を喋らせる、あるいは失脚さえさせる手を用意している。だからこそ、ここでお前の予想を裏切って強引に話を終わらせるしか私が助かる道はなかったが」


 ちらりとマサカドを見て、


「詰みだな。いいぞ、私の罪を何でも話そう」


「ヴァン、僕からいいかな?」


 そこで、完全に余裕を取り戻したゲラルトが入ってくるので、俺はもちろん頷いて譲る。


「アイス王妃、あなたと怨公とやらの関係を教えてください。アルルとマクガフ博士との関係も」


 ため息。そうして、妙に落ち着いた目をして、アイスの話が始まる。

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