再調査(1)
会合から、十日が経った。
俺達の中で、特に動きは無い。それぞれ、別個に仕事がある。今回は、ナムト国からそういう依頼があったと内外に向けて発表するわけにもいかないから、通常業務はずっとこなしていかなければいけない。
頭のどこかではひっかかりながらも、とにかく日々の業務をこなしていくことで精一杯だった。ナムトへの出張での遅れを取り戻さなければならない。
ずっと引っかかっていたのは俺以外も同じらしく、十日経ったところで、ボブに呼ばれた。キリオと一緒に、王都の外れにある、民家風の店に集合ということになった。ボブの行きつけだそうだ。
「どうするんだよ?」
ボブに開口一番そう詰め寄られて、俺はのけぞる。
「どうって、そりゃあ、気にはなるけど、なかなかさ。仕事もあるし。それに」
「それに何だよ?」
「具体的にどうすればいいのか、よく分からない」
店内は薄暗く、木の板で席ごとに仕切られてはいるが、客が少ないわけじゃない。このやりとりが他に聞こえないかと、辺りを見回す。
「決まってるだろ、やることは」
ボブは自信満々だ。
「ん?」
「レオについて調べるんだ」
「まあ、そうだよな」
別に予想外の答えではない。問題は。
「で、どうやって調べるんだよ」
ナムトでどんな話があったのか公式に喋るわけにはいかない以上、うまく仕事として調査をする方法がない。
「うるさいな。僕は騎士だから難しいが、そっちは探偵だ。仕事で調査できるだろう」
無茶を言う奴だ。
「あのさ、そんな都合のいい仕事が、あ」
そこで、頭にあの噂が蘇る。
「何だ、どうした?」
「いや……ちょっと待てよ」
直接に仕事としてレオを探るのは難しいが、しかし。
「あの事件、調査することなら、できるかも」
「あの事件って何だよ」
「俺達の卒業の時の事件だよ」
「ああ、姫がころ」
そこまで言って、ボブは慌てて自分の口を自分の手で塞ぐ。
「知っているかもしれないけど、噂になっているんだ。うちにも結構届いている」
「噂?」
「そう、姫の幽霊が出るって噂」
こっそりと、声を潜める。
「ああ、何となく聞いたことあるな。死んだかどうか知らないのに、幽霊ってのは妙な噂だと思ったけど」
「あの噂の出所を調査するって名目で、かつての事件を捜査することはできるかもしれない。上だって、この噂が流れていることは不都合に違いはないんだ」
殺されたこと自体を秘密にしているわけだから。むしろ、あの事件についての情報を誰かが漏らしたと疑っていてもおかしくない。こちらから噂の調査を提言すれば通る気がする。
「なるほど、それはありだな」
ボブが珍しく感心してくれる。
「ところで、おい、どうしたんだよ、せっかく僕のお気に入りの店に呼んでやったのに、さっきから一口も食べもしないで黙り込んで」
と、今度はキリオに話を振る。
俺も同感だ。キリオはさっきからずっと塞ぎこんでいる。おかしい。
「いえ、その」
ようやく一言何か喋りかけて、また黙り込む。
「どうしたんだよ、ナムトの帰りから妙だぞ」
俺が言うと、その言葉に反応するようにびくりとキリオは震える。
「うお、どうした?」
驚いたボブが言うと、
「見たの」
と、俯いたままでキリオが言う。
「何を?」
「ナムトの帰り、馬車の中から、何の気なしに外を見ていて、目が合ったの」
「だから何と? いや、誰とだよ」
いらついた声をボブが出すと、
「姫」
「は?」
俺とボブの声が重なる。
「ヴィクティー姫の、幽霊と」
そんなことを、キリオが言う。
何となく、俺とボブは黙る。
「見間違いじゃない?」
とりあえず、そんなことを言ってみる。
「かもしれない。でも、あの顔は、本当に、あの聖堂で見た顔に」
そこまで言って黙り、より深く俯く。
「それ、姫の幽霊じゃないだろ」
と、ボブがそこで小馬鹿にしたような声を出す。
「分かってる。私だって、自分が信じられない」
「いや、そういうことじゃなくて。僕達って、結局、ヴィクティー姫の顔を見てないだろ」
そこで、キリオはハッと顔をあげる。
「確かにそうだよな。そこには俺も同意見だ。だとすれば、キリオが見たのは」
「本当にあの事件の時に聖堂で見たのと同じ顔なら、それはヴィクティー姫の振りをしてるレオの幽霊ってことだ。けど、レオの幽霊がわざわざヴィクティー姫の振りをするわけはない。つまり見間違えってことだ」
はははと、笑いながら月喰い鳥のフライをぱかぱかと口に放り込むボブ。
「そうか、そうよね」
幾分か、キリオの顔色がよくなる。
「気にしすぎていて、そんなことにも気付かなかったわ。ボブに教えられるなんて、馬鹿みたい」
「どういう意味だお前」
口からフライの衣の欠片を飛ばしながらボブが怒鳴る。
「ちなみに、そのヴィクティー姫のまねをしたレオの幽霊とやらは、どんな格好してたんだ?」
俺の疑問に、
「そういえば、白いフードを被っていたわ。だから、顔もはっきり分からなかったし、白いフードってところで、あの聖堂の光景とダブったのかも。ごめん、ヴァン。私、ちょっと過敏になりすぎていたみたい」
「ああ、そうだな」
言いながら、俺は全く別のことを考えている。
フードを被り、顔をあの時のヴィクティー姫のものに変える必要があるのか。レオがナムトにいるとして。
ある、んじゃないか?
レオとしては、自分が生きていることは隠さなければならない。レオ・バアルは有名だ。ナムトでも知っている人間がいるかもしれない。そうでなくても、レオは目立つ外見をしている。
巨躯と金色の髪、そして顔、特に目の色を隠すためにフードで頭と体を覆う。肌の色を誤魔化すために、ヴィクティー姫に化けた時のように化粧をする。顔をヴィクティー姫のものに変えているのもそうだ。姫に化けた、というよりも、単に女のものに顔を変えたら、姫に化けた時に似てしまっただけじゃないか? 別の性別に化けることが可能ならば、それは正体を隠す有効な手段になるはずだ。
生き延びたレオが、ナムト国にいる?
いや。
俺は頭を振って妙な考えを追い出す。レオは死んだ。そのはずだ。ナムト国にいる意味も分からない。
「あれ?」
そこで、キリオが妙な声をあげる。
「どうしたんだよ?」
まださっきの怒鳴りで顔を赤くしたままのボブが言うと、
「あれ、ミンツさんじゃない?」
え、と俺もキリオの向けている方向に目を向ける。
カウンター席で、顔をうずめるようにして座っている男が目に入る。横顔だが、確かにミンツ大司教だ。あの事件以来だが、明らかにあの時よりも覇気がない。枯れ木のような老人になっている。
「ミンツ大司教ですよね、お久しぶりです」
と、普通なら声をかけるのをためらうはずのその場面で、立ち上がったボブがつかつかと歩み寄って普通に声をかける。
物凄い図太さだ。
「おお、君は……君らは」
顔をあげてボブの顔を見たミンツは、俺達にも気づく。
さすがにこうなると席に着いたままだと失礼にあたるので、俺とキリオも席を立って近づく。
「お久しぶりです」
「君か。ああ、久しぶりだ。あまり会いたいメンバーではないが」
苦笑するミンツは明らかに痩せていた。
「嫌なことを思い出すからですか?」
ボブが聞きにくいことを聞く。
「そうだな。まあ、終わったことだ。今の私は、ただの老人。全ては過去だ……と、言いたいところだが、どうも我ながら振り切れていないらしい。最近も、過去の亡霊を見てしまったばかりだ」
「亡霊?」
三人の声が重なる。さっきまで話していた話題と被る。
「ああ、聖職者にあるまじきことだが、昨夜、見てしまった。彼女を」
「彼女って、誰です?」
「ヴィクティー姫、聖女ファタの生まれ変わりだよ。夜道で見てしまったんだ。白いフードを被った彼女を。あの顔は、確かに彼女に見えた。ふふ、私も焼きがまわったな」
何と言っていいか分からず、俺達は黙って顔を見合わせる。
「奇遇ですね。実はこっちも」
言いかけるボブの腹に肘を入れて黙らせる。
妙だ。何かが、妙だ。
話としては、確かにさっきのキリオのものと被るが。だが、違う。
ミンツがヴィクティー姫の幽霊を見たというなら、それは本当にヴィクティー姫のはずだ。レオではない。
どいういうことだ? 幽霊が、二種類いる?
ヴィクティー姫に化けたレオの幽霊と、本物のヴィクティー姫の幽霊?
馬鹿な。大体、ヴィクティー姫は死んだはずだ。彼女は絶対にドラゴンイーターではないはずなのだから。
「ヴァン」
キリオに声をかけられて、頷く。
「ああ」
どうやら、本格的にあの事件を再調査する必要があるようだ。




