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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 胎動編
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ドラゴンイーターの話(1)

 その男の見た目は、いやがうえにも俺の中のある人物を連想させる。


 ただ、顔だけを見る限り、男は痩せ型で、神経質で学者肌の性格を思わせる。

 そこが違うか。


「七大探偵。全員が揃ったのはこれが初めてか」


 顔から想像できるような、静かで中性的な声で男が言う。


「全員? 一人、いないだろう」


 気だるそうに頬杖をついたマサカドが吐き捨てる。相変わらず、鎧を着込んだままだ。


「あれは都市伝説のようなもの。いないものだよ」


 燕尾服を着たゲラルトはステッキをかつりと鳴らす。


「それを言うなら、七大探偵自体が都市伝説のようなものだっての。別に明確な基準があるわけじゃなくて、世間が勝手に言ってるだけなんだからよ」


 二代目ジャンゴを名乗る、元はハウザーという名を持っていた少年、いやもう青年か、は周囲を睨みつける。

 あの目つきの悪さは、生まれつきと緊張からくるものに由来しており、別に機嫌が悪いわけではないことは今の俺には分かる。


「それで? 我々は暇ではない。速やかに用件をいいたまえ」


 赤毛の若い女、髪も手足も体も目も鼻も口も、全てが真っ直ぐなその女、トカレフは感情の篭っていない声で促す。

 会うのは初めてだが、噂通りの外見だ。鉄の女、とはよく言ったもんだ。


「ああ、その前に、そこにいるヴァン君、ボブ君、そしてキリオ君にはショックが大きいようだ。説明が必要かな」


 突然名を呼ばれて、俺は体を硬直させる。後ろでボブとキリオが体を硬くしたのも感じる。

 そうだ。その通りだ。


「私が、君達の友人によく似ている件について」


 その男、不死公の金色の目が俺の方をゆっくりと向く。


「私は、不死公。ドラゴンイーターだ」


 その言葉を聞いても、こちらとしても何の感慨も抱けない。そもそも、ドラゴンイーターとは何だ?


「不死公。あの伝説の存在が、あなたか。本当に、ずっと生きてこの国を治め続けているのか?」


 かすかに体を不死公に向けて、トカレフが問う。面白いことに、そのトカレフの質問に皮肉の響きは一切なかった。


「そうだ」


「ほう、不老不死なのか。凄いな」


 マサカドはにやりと笑い、物騒な犬歯をのぞかせる。


「疑問に思うのも無理はない。だが、まあ話を聞きたまえ。間違いなく、私は不死公だ。少なくとも、そう呼ばれている。不老不死、というのとは少し違うが、そう考えてもらっても構わない。ドラゴンイーターというのは、種族だと思ってくれればいい。ドワーフやエルフ、そういったものと同じだ」


「ああ、ドラゴンイーター。思い出した。ありゃあ、御伽噺で……」


 独り言を呟いて、ジャンゴは目を細める。


「知っているものもいるようだ。そう、ドラゴンイーターは御伽噺で出てくる種族だ。ドラゴンを食べる種族。もっとも、別にドラゴンが主食だったわけではない。御伽噺にあるように、ドラゴンは今よりも遥か昔、恐ろしい魔物だった。今とは比べ物にならない数のドラゴンがいて、今とは比べ物にならないほどに強く恐ろしい種類のドラゴンも生息していた。人が魔物に怯え、地上の支配者たりえなかったのは、ドラゴンがいたからと言ってもいい。ドラゴンイーターとは、そのドラゴンを捕食したもの。つまり、人が地上の主となった原動力である種族だ」


「神、勇者、あるいは聖女によって人は暗黒の時代から解放された。それが教会の教えだった。そんな御伽噺は、子供向けの荒唐無稽なものとして教会に葬られている」


 解説しながらゲラルトは、唇を撫でる。


「その通り。だが、真実はそれだ。ドラゴンイーターは存在する。恐ろしいドラゴンを駆逐し、人に地上を闊歩させた存在は実在する。それが私だ。ドラゴンが、飛竜や岩竜といった亜種くらいしか存在しなくなった理由は、我々が狩って狩って狩りつくしたからだ」


 不死公は宙を抱くように両腕をゆっくりと広げる。


「我々の偉業だ。ドラゴンイーターと呼ばれる種族は、力が強く、体は大きく、頭脳は明晰で、そしてその上で不老不死だった」


「素晴らしい。完全無欠だ」


 同じようにマサカドも両腕を広げる。


「完全無欠ではない。種族としての弱点はある。まず、絶対的に個体数が少なかった。これはつまり」


「繁殖力が弱い」


 断ち切るようにトカレフが言う。


「ほう、よく分かったな」


「長寿のエルフも繁殖力が弱く個体数が少なかった。それを考えれば、意外なことではない」


「その通りだ。不老不死の上に繁殖力が強ければ、世界はドラゴンイーターで埋め尽くされてしまうから、これはむしろ必然だ。そして、我々の繁殖力の弱さは、エルフの比ではない。不老不死だから当然だが。ドラゴンイーター同士でも滅多に子は産まれず、他種族との間では更に産まれる確率は低下する。そうして、もしも他種族との間に産まれたとしても、その子にはドラゴンイーターの特徴は発現しない。不老不死はおろか、この髪と瞳の色すら遺伝しない。その絶望的なまでの繁殖力の弱さと、不老不死という特徴がうまくバランスをとり、ドラゴンイーターは生き延びていた」


「話は予想がつくなあ。つまり、自分で自分の首を締めたわけだろ」


 ご丁寧にジャンゴは自分の首を締めるゼスチャーをする。


「そう。人が地上を支配し、凄まじい勢いであらゆる種族の血が混じっていく過程で、当然ながらドラゴンイーターは消えていく。エルフやドワーフが減っていくのと比べれば劇的なスピードで。そもそも、純血以外のドラゴンイーターは存在できないのだから。種族としてのドラゴンイーターはすぐに消えていく」


「ちょっと待て。ドラゴンイーターは不老不死なんだろ? 増えることはなくても、減ることもないんじゃないか?」


 マサカドの疑問に、


「不老不死に近い、というだけだ。実際にはその生が終わることも多々ある。そうして新たなドラゴンイーターが誕生することなく、個体数が減っていって、僅かなドラゴンイーターはこのナムト国へと逃げ延びるようにして集まった」


 純血でしか存在できない、というか他の血が混じれば一切の種族としての特徴が消えてしまうドラゴンイーターが、この純血主義のナムトで生き残ったのはごく当然の成り行きではある。

 それは納得できる。

 問題は。


「で、俺達はいつまでこの与太話を聞かなきゃいけないんだ?」


 ようやく、マサカドが言う。


 その通りだ。長々と話されたが、そんな荒唐無稽な話を信じろという方が無理だ。


 場の空気が冷ややかになる。

 マサカドと俺だけではない。この場にいる全員が、当然ながらさっきからの話をまるきり信じていなかったことが空気から浮き彫りになる。


 誰もが、不死公の反応を待っている。


「やはり、そうなるか」


 唐突に、不死公はローブの袖からその浅黒い左腕を伸ばす。

 露になったその腕は、大樹のように硬く引き締まっている。


「あまり、上品な方法ではないが」


「おい」


 マサカドが立ち上がるが、止める暇もなかった。


 右手にいつの間にか握られていた長剣で、不死公は自らの左腕を切断する。


「ひぃ」


 俺の横でキリオが息を呑む。


 だが。


「は?」


 ボブが、場違いに馬鹿みたいな声を出す。その気持ちも分かる。


 切り落とされた左腕。だが、切断面から一切の血が吹き出ない。剣の刃にも血が一滴もついていない。それどころか。


「うわっ」


 ジャンゴが飛び退く。


 切り離された左腕は、その指を蜘蛛の足のように動かし、テーブルを動き始める。


「下らない芸当だが、少なくとも私が常人と違うことは理解してもらえたか? 必要なら、首を切り落としてみてもいいが」


 騒然とする部屋の中、冷静に言う不死公は剣を納める。左腕は、自ら体を起こすようにして切断面を上に向けて、そのまま指を動かして移動すると不死公の腕の切り口と切断面を合わせる。次の瞬間、切断されていたはずの左腕は繋がり、何の変哲もない、胴体と繋がった普通の腕となっている。


「これが、ドラゴンイーターだ」


 右手で左手首を掴み、位置を調整するようにぐるぐると動かしながら、不死公が言い放つ。


 しばらくは、誰も口を開かない。

 というより、おそらくは開けない。

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