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異世界の名探偵(旧題:ファンタジーにおける名探偵の必要性)  作者: 片里鴎(カタザト)
ドラゴンイーターあるいは黄泉がえる首無し姫の問題 胎動編
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集う探偵

 当然ながら、ナムト王都の外観は俺の悪夢とは違った。

 普通すぎるほど普通の町並みだ。王都というには少し発展の度合いが少ない気がするが、シャークの地方都市とほとんど変わらない。

 行きかう人々も、ごく普通の人々で見て分かるような他国との違いはない。それでも、俺達が余所者とはすぐに分かるらしくちらちらと俺達の方を見てきてはいるが。

 何も変わらない。

 ただ。


「あの城は、凄いな」


 王都の中心部にそびえる城を見てボブが漏らした感想には俺も同意見だ。


 決して作りが変わっているわけじゃあない。石造りの城だ。大きさもごく普通。いや、シャークと比べれば幾分か小さい。


 が、見ただけで分かるのは、その城の古さだ。おそらく、壊れたところは修理し、定期的にメンテナンスもしているのだろう。その上でなお、隠しきれない、積もった歴史がその見た目から分かる。

 沈んだ色の外壁。レンガとレンガの隙間から覗く、磨いても磨いても染み付いたように取れないのであろう、苔の色もそこに加わっている。


「あの荒唐無稽な伝説も、信じたくなってくるわね、あの城を見ると」


「はん、不死公のことか?」


 キリオの言葉にボブが鼻を鳴らす。


「あんなものを信じてるのかよ」


 ナムトという国は、建国以来不死の王によって治められている。

 謎に包まれた国、ナムトにまつわる伝説の一つだ。ナムトの閉鎖性ゆえにそんな伝説が生まれるのだろう。

 だが、確かにあの城を見る限り、少なくともあの城はこの国の建国以前から建っていたと言われても信じたくなってくる。

 

 不死公については、人々の間でいくつも噂と伝説の中間くらいの話が飛び交っている。

 曰く、不老不死。曰く、全知全能。曰く、聖女ファタと共に戦った勇者。曰く、見張る神。特に見張る神、としての伝説は根強い。悪事をすれば不死公に見られており、いつか裁きが下される、というわけだ。そこから、七大探偵の一人として並べられているのは笑えるが。逆に言うと、俺は見張る神と同列ということだ。畏れ多すぎてどうしていいか分からない。


「ヴァン、さっさと行くぞ。まずは城に行って、ナムトの王が本当に不死の王なのかどうか、見てやらないとな」


 にやにやと笑うボブが歩き出す。俺とキリオは顔を見合わせ肩をすくめてから、それについて行く。

 相変わらず、味方でなければ敵と看做して、そして敵ならば見下して徹底的に潰そうとする奴だ。が、最近思うが、これはこれで奴の長所ではある。ボブは能力が低いわけじゃあない。自分、ひいては自国のために他に向かって敵対心を剥き出しにして潰そうとするそれなりのやり手。なるほど、国としては使いようによっては役に立つ人材ではある。


「懐かしい顔ぶれだな」


 歩き出した俺達三人に後ろからかけられる声。

 硬質な声。どこかで聞き覚えがある。


 振り返った俺が見たのは、青と白のシンプルなデザインの制服に身を包んだ男。艶やかな長髪は胸の辺りまで伸びている。ナイフで切り込みを入れたかのような鋭く冷たい目と、不釣り合いな絶世の美女のように整った顔立ち。だがそれでも弱々しさを感じさせないのは、その男の背丈が常人の3割増しくらいあるからだろう。


「レイさん」


 俺が名を呼ぶと、レイは僅かに会釈をする。


「どうしてあんたがここにいるんだ?」


 俺の後ろからボブがさっそく噛み付く。

 本当にうるさいな、こいつ。

 だが疑問はもっともだ。


 レイ・コルト。

 ペース国の聖遺物判定官。

 「殺人者の羅針盤」事件で俺達とは顔見知りだ。どうして、ここに?


「私の護衛だ」


 それに答えたのは女の声。

 レイの隣に立っていた女だ。小柄なため、レイに隠れていて気付かなかった。

 この女の声も硬質だ。だがレイのものとは質が違う。レイの声が氷、あるいは大理石だとすれば、女の声は鉄。それも、巨大な直方体の鉄だ。全ての辺が真っ直ぐで、切れるように鋭い。そして分厚く重く硬い。


小柄な赤毛の女だ。ショートボブの髪型とその目つきが不釣り合い。鋭いのではない。ただただ、硬い。


 女も青と白を基調とした制服、ペースの士官に支給される服を着こなしていることから、ペースの官僚だと分かる。そして、その時点で正体は察する。


「トカレフさん、ですか?」


「ああ。ヴァン・ホームズだな。今回はよろしく。そして、この件が終わったら我が国に来てくれるよう望む」


 トカレフはそう言うと、俺達の間をすり抜けるようにして歩いていく。レイもそれに続く。

 何となく、呼び止められずただ見送ってしまう。ボブですら同じような状態だ。


 やがて二人の姿が消えてしばらくしてから、


「おい、何してるんだ、僕達? さっさとあいつらの後を追うぞ。どうせ目的地は一緒なんだ。シャークがなめられるぞ、こんなんじゃあ」


 思い出したように大声を出してボブが飛び上がり、駆け出していく。

 自分も固まっていたくせに。




 王城は、近くで見てもなお、いやむしろ近づけば近づくほど、積もり積もった歴史を感じさせて圧倒してくる。


 黒く塗装してある全身鎧を身に着けた兵士が、王城の正門を四人で警備している。


「何者だ」


 俺達三人が近づくと門番四人は両手剣を構えて質問してくる。


「何だその態度は、僕達は」


 いきり立つボブを無視して、俺は懐から身分証明とウーヘイから渡されたナムト国印が押された要請書を取り出す。


「ヴァン・ホームズ。ナムト王の要請により参りました」


 門番の一人が二枚の書類を受け取り、数秒でチェックした後、


「失礼いたしました。ようこそ、ナムトへ。どうぞ」


 と書類を返し、門番達は道を開ける。


「どうも」


 と会釈をして門を通ろうとしたその時、


「これはこれはヴァン様、キリオ様、ボブ様ですね」


 門が内側から開き、真っ黒い服を着た中年の男が現れる。白髪混じりの頭、にこやかな顔、だが目が笑っていない気がする。

 そもそも、このタイミングでちょうど登場するのがおかしい。きっと、扉の向こう側で俺達と門番のやりとりを伺っていたのだろう。


「どうぞこちらへ。陛下がお待ちです」


 男に案内されて、俺達は城内を進む。


 城の内部は、外観ほど歴史を感じさせるものではない。内装が比較的新しいものだからだろう。あくまでも外観と比較して、の話で内装もそれなりに古びてはいるが。

 だからだろう、中に入った後では意外にも例の圧倒される感じは消えて、シャークの王城にいるのと同じくらいの感覚でいることができる。


「こちらです」


 案内されたのは、予想外に狭く、そして質素な部屋だ。

 絨毯すら敷かれていない、石畳に石壁の部屋。そこに古く黒ずんだ木製の長テーブルが置かれている。おそらく銀樹製だろう。

 中程度の貴族の屋敷、そのダイニング程度の広さしかない。


「もうすぐ、陛下がいらっしゃいます。おかけになってお待ちくださいませ」


 一礼をして、男は消えていく。


 座る前に、俺は部屋にいるメンバー、既に席についている面々を見渡す。


「やあ、来たね」


 目が合って、座っていたゲラルトが手を挙げる。


「待たせましたか?」


「いや、こっちも来たばかりさ」


 仕事の関係で、俺はゲラルトよりも数時間遅れて出発した。だから、先にゲラルトが着いていることは予想できた。


 その隣、さっき会ったばかりの二人が座っている。レイとトカレフ。レイは座っていてもなお、刃のように気配を尖らせている。トカレフは対照的に静かに、背筋を真っ直ぐ伸ばして銅像か何かのように座っている。ただ、あの銅像は動き出すとまずい気がする。


それから、懐かしい顔もある。


「ハウザー」


 俺が声をかけると、相変わらず目つきの悪い少年、いや、少し見ない間に青年になっている、は、首を振る。


「その名前は捨ててんだよ、悪いな。今の俺はジャンゴだ」


 そうか、二代目を襲名したんだったな。

 目の下の隈のせいか、獣のようになった口元のせいか、それとも少し伸びた髪のせいか。凶暴な面構えが酷くなっている。


 ずっと立っているのも妙なので、俺はそろそろ席に座る。続いてキリオとボブも腰を下ろす。キリオは緊張から、ボブはおそらく単に必要がないからだろう、黙ったままだ。


「あの娘はどうしてる?」


 少し声を潜めて、気になっていたことを訊くと、


「ああ、リリーナか? まあ、一進一退ってとこだぜ。今、うちの姉貴に面倒見てもらってるよ」


「ええっと、ローズの影武者か」


 元々、研究者なんだから適任なのかもしれない。


「お前らにとっちゃあな。俺にとっては、あっちが本物だ」


 そこで首を捻る。


「しかし、妙な話だぜ。俺だけじゃなくて、姉貴も呼ばれるなんてな」


「え?」


「ああ、リリーナの世話があるから、今回は俺だけで来たけどよ、本当は姉貴も呼ばれてたんだ」


 どういうことだ?

 一体、どういう基準で呼ぶ人間を選んでいる?

 七大探偵と、その周辺の人間を無作為に選んで呼んでいるのか?


「ああ、遅れたか? いや、遅れてないよな、他が早すぎるんだ」


 どたどたと大きな足音と大声と共に、大柄な男が現れる。

 相変わらずの鎧姿、赤みがかった短髪の男は、部屋を見回して、


「何だ、まだ七人の探偵のうち、五人しか来てないぞ。アオイ、ほらな、遅刻じゃあないと言っただろう」


「いやいや、それでも、普通、ちょっと早めに来たりしないっすか、普通」


 後ろからとことことやってくる眼鏡の女はアオイ・エンドウ。

 その後ろから無言で影のように現れるのは、


「うあっ、あれ、ヘンヤじゃないの」


 こそりとキリオが囁く。


「だな」


 イスウ国の現「剣聖」、ヘンヤに間違いない。


「とにかく座るぞ、ヘンヤ、アオイ」


 そうしてどかりと座る大柄な男こそ、七大探偵の一人、イスウ国宮廷探偵団団長にして騎士団長、マサカドだ。


「ええと、後は誰だ? 不死公はここの王だからいいとして、おい、トカレフ、インコグニートはいないのか?」


 至近距離で大声でマサカドに訊かれても、トカレフは僅かに目を動かすだけで、


「どうして私に訊く?」


「インコグニートはお前の国の探偵だろう」


「呆れるな」


 肩をすくめるトカレフ。


 その気持ちは分からないないでもない。

 インコグニート。これもまた不死公と同じく、民の間に広がっている都市伝説、噂話の類だ。ペース国だからといってふられても困るだろう。


 最大の国土を持つペース。その広さから来る「ペース国は何かを隠しているのではないか」という疑心暗鬼とペース国の全体主義的な発想が結びついて、ペース国が秘密の実験をしているとか、極秘の部隊や機関があるという噂は無数に存在する。実際、いくつかは真実なのかもしれない。


 その噂の一つがインコグニートだ。

 かつてペース国とイスウ国が戦争寸前にまでなったことがあった。その時に、イスウ国の「影」にペース国は苦渋を味わった。そこで、ペース国は影を数人捕らえ、拷問や尋問、果ては実験までしてそのノウハウを吸収し、ペース国独自の諜報機関としてイスウ国の影をモデルにした部隊を作り上げたと言われている。そしてその部隊は戦争の危機が去った後も国の内外の諜報活動を続けながら、独自の発展を遂げていった。そんな噂がある。

 いまやその部隊が存在しているのかどうかは分からない。ただ、ペース国の内部で、あるいはペース国が関わった事件で、何か不自然なことが起こると、本気ではないだろうが大衆は噂をする。あの部隊が関わっているのだ。あるいは、あの部隊の生き残りが行ったのだ。等々。

 そもそも存在しているのかどうかも怪しいその存在、部隊なのか個人なのかすらはっきしないくせに、あらゆる事件の情報を知っていて、裏工作を常に行っていると噂されるその存在がインコグニート。


 つまり、身も蓋もない話をすれば、スケープゴートだ。何か、怪しいことが起こった時に、「インコグニートのせいだ」と言われるための存在。

 ある意味で、不死公よりも現実離れしている、幻想そのものの七大探偵の一人というわけだ。それを、ペース国だからといってどうしているのかと質問されても、そりゃあトカレフは困るだろう。


「全員、揃ったか」


 声。


 全員が入り口を向く。


 そこには、幾重にも黒いローブを羽織った男が立っている。


「う」


 ボブが声を漏らす。

 俺とキリオは絶句する。

 そりゃあそうだ。どういうことだ?


 体を覆いつくすように黒いローブを纏っているため、体格はよく分からないが、背が高いことは分かる。だが、そんなことよりも。

 男の髪は黄金で、肌は浅黒く、そして。


「ナムト国へようこそ」


 男の瞳もまた、髪と同じように黄金だった。

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