推理(2)
ざわつくのが収まるのに、一分以上かかる。
「どういうことだ、どうしてお前が秘剣の内容を知っている?」
眉をひそめるスライスの目は暗く光っていて、並みの凶器よりも余程危険に感じる。
「推理ですよ。で、どうでしょうか、ここで俺の秘剣に関しての推理を披露してもいいですか、ヘンヤさん?」
「ん」
一瞬、ヘンヤの瞳が揺れる。どう答えるべきか迷ったのだろう。
その一瞬を見逃しはしない。
「ちなみに、個人的には聞いておいた方がいいと思いますよ。ヘンヤさんも」
「ほう、面白い。秘剣を伝授されたヘンヤが、その秘剣についての推理を聞くべきだと言うわけか」
ウーヘイが顎を撫でる。
「ひひ、いいだろう」
いつも通りのにやけ笑いに真意を隠して、ヘンヤは言う。
「聞くぜ、教えてくれ」
「どうも。それじゃあ、ダイゼンさん」
「えっ、お、おいら?」
いきなり振られたダイゼンが慌てふためく。
「あの話を、もう一度、ここでお願いします」
「あの、話?」
きょとんとするダイゼンに、
「あの、剣聖がゴンザ・ホウオウに『月無し』を使った話です」
「それなら、私達も何度も聞いている話です。有名な話ですから」
トウコが言う。
「まあ、いいですから。もう一度、お願いします」
再度俺が頼むと、
「そ、そりゃあいいけどよお」
とダイゼンは頭をかいて、その話を始める。
この場にいる誰もが知っている話のようで、話の途中に特に誰かが口を挟んだり質問することもなく、話は終わる。
「で、これがどうしたんだ?」
待ちきれないように、話が終わると同時にウーヘイが質問してくる。
「おかしいとは思いませんか?」
俺は質問を返す。
「何がだ?」
ウーヘイを筆頭に、誰もが首を捻る。どうやら思い至らないらしい。
「刀ですよ」
そう、俺も最初にダイゼンに話を聞いた時には聞き逃していた。
だが、今にして思えば、不自然極まりない。
「戦いが終わった直後、かけつけたダイゼンさんの目の前で、最上段に構えていた剣聖は構えを解き、その刀を鞘に戻した」
「それの、何がおかしいんですかな」
不審げにヒエイが訊く。
「血ですよ。血と脂です。もしも、その刀で人を斬ったのなら、刃に血と脂がついている。鞘に戻す前に血を拭うなりしていなければならない。違いますか」
「あっ」
低く叫んだのはライカだ。口元を押さえて驚愕している。
「そんなことには気がつかない、人を斬る以外は大雑把な性格だった、とも思えません。何故なら、今回の秘剣伝授の際に血が付いた時には、ダイゼンさんに血を拭うように言っています」
「た、確かに」
何度もダイゼンが頷く。
「だが、それがどうしたって言うんだ? どういうことだ?」
俺が何が言いたいのか分からず、ヘンヤが顔をしかめる。いや、本当は薄々気がついているのか。どこか表情が不自然だ。
「そもそも、もしも刃が血に塗れたままでセキウンさんが鞘に納めようとしていたなら、その場でダイゼンさんはおそらく何か言うか、言わないにしても印象に強く残っていたはずです。後日その刀はぼろぼろになるわけですからね。けれど、話の中で刃の血の描写はない。これは、どういうことか」
一つ、あまりにも単純な答えがある。
「つまり、その時、刃に血は付いていなかった。月無しは、刃に血を付けることのない技なのです」
「なるほど、しかし、そこまで驚くような話ではないな」
スライスはまだ冷静だ。
「秘剣と言いながら、剣を使わず組み付いての素手技。あるいは、刀を捨てての隠し武器による攻撃。そんなことがあっても何もおかしくはない。いや、いかに相手の裏をかいて打ち倒すかを考えるのが武術であるなら、むしろそれくらいの詐称はあって当然か」
「そういうことじゃありませんよ、スライスさん。いいですか、問題は、秘剣伝授の際には、剣聖の刀に血が付着していたということです。ヘンヤさんが動いてしまって、額が少し切れてしまったらしいですが」
「ひひ」
笑うヘンヤ。
「二つ、可能性としては考えられます。一つは、秘剣とは剣を使ったまともな技だと俺達に思わせるため、あの時には剣聖とヘンヤさんで組んで芝居をしていた。しかし、これはありそうにないです。まず、その芝居の必要性がありません。そんなことをせずとも、秘剣がまさか剣を使わない技では、なんて普通は疑いませんからね」
普通、秘剣と言えば剣技だろう。下手な芝居をするよりも、隠しておいたらいいだけの話だ。
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。剣聖がダイゼンさんに見られたあの血のついていない刃のことを気にして、ひょっとしたら疑われているかも、と心配になって芝居したっていうのはどうっすか?」
ずい、とアオイが身を乗り出してくる。
「それをやったところで、ダイゼンさんが見た光景がどうにかなるわけじゃあありませんからね。意味はないでしょう。むしろ、そのダイゼンさんの話の中の秘剣と芝居の秘剣の違いが気になる人が出てきかねない。俺が現にそうなっています」
俺が言うとアオイは黙る。
「そして、二つ目。これは、非常に簡単です。つまり、ダイゼンさんが見た時の秘剣と、ヘンヤさんに伝授した時の秘剣が、別物だった」
「だろうなあ。ひひ、まあ、そうなるわな」
苦い顔をして、口だけでヘンヤが笑う。目は一つも笑っていない。
「そうなると、次に問題になるのは、どうしてそんなことになったか。いえ、どうすればそんなことが起こりえるのか、です」
「ありえない」
ヒエイがぼそりと言う。
「流派の後継者に、奥義を引き継がないなど、ありえませんぞ。ましてや、偽物の秘剣を授けるなど」
「秘剣というのは、その名の通り秘められた剣です。隠されていないと意味がない。外部に漏れることは極力避けなければならないのは、門外漢の俺でも分かります。とはいえ」
「後継者にまで秘密にして、自分が墓場まで持っていくというのは考えられんな。自らの力と自らの流派の強さは、イコールではないにしろどちらも重要なものだ。流派の後継者に、流派の最大の武器を授けないなどと。それが理由に後継者が負けでもすれば、死んでも死にきれんだろう」
何度もマサカドは首を振る。
「全く同意見です。ただし、それは、次のことが前提になっています。つまり」
俺は言葉を切り、全員の視線が俺の次の言葉を求めて鋭くなるのを待ってから、
「後継者であるヘンヤさんに、秘剣を引き継ぐことが可能であると」
部屋の中が、シンと静まり返る。
「もしも秘剣が授けられないものであるなら、わざわざその内容を教えて、外部に漏れる危険を冒す必要はありません。自分だけの最強の技として、ずっと秘めておくとしても不思議はないでしょう」
「つまり、それは、何か? ああ、くそ、ひひ、お笑いだな」
言いながら、自嘲の笑みを漏らしてヘンヤが両手を挙げる。お手上げのポーズだ。
「薄々、皆さんも気付いているんでしょう? 秘剣によって、ゴンザは切り裂かれた。相手を切り裂きながら、刀を使うことなく、そしてその技はヘンヤさんに引き継ぐことができない。こうなれば、秘剣『月無し』が何なのか、予測はつきます」
「つまり」
がりがりと、苛立ったようにウーヘイが頬を掻く。
「魔術か」
再び、ざわめいた部屋が静まるまで待つ。
「風による刃で、物体を切断できることについては、既に俺が実演していますね。トウコさんとの試合で」
俺がちらりと目をやると、トウコは律儀にも俺の目を見てから頷く。
「だが、風の刃で何かを断ち切るなんて、余程の魔術師でなければできないはず。そこまでの魔術を身につけるほどの鍛錬を師匠が隠れて行っているとは、信じがたい。そもそも、剣を極めながら魔術を極めるなどということができるものか」
スライスが言っていることは正論だ。けれど、それは風の刃に関しては正確ではない。
「皆さんが教えてくれたじゃあないですか。イメージの中で何かを斬る鍛錬、理想の太刀筋を思い浮かべる鍛錬は、剣士にとって基本中の基本なんでしょう?」
そして、それが魔術に非常に似ているということも、剣聖を含めた多くの剣士が教えてくれたことだ。
「剣技のための精神鍛錬と、風の刃の魔術の鍛錬は近いところにあります。できるだけ具体的に、理想の太刀筋を思い描く。ただ、そこに『風によって斬る』というイメージを抱いているかどうかの違いです。もちろん、元々風の魔術の素質があることが前提ですが」
そこで言葉を切ると、反論は誰からも出ない。
いや、本当は、誰もが反論したいのだろう。あからさまな問題がある。ただ、それがあまりにもあからさますぎて、口に出すのを躊躇っているのだ。
「これまでのことを総合して考えると、秘剣『月無し』とはこのようなものになります。まず、刀を大上段に構える。それによって威圧される、あるいは様子を見るために相手が一瞬止まる。その隙に魔術を練り上げ、風の刃で致命傷を与える。こんなところでしょう。剣聖が刀を大上段に構えたというのに、即座に飛び込んでくるような豪胆な奴はそうそういないでしょうし、いたところで不用意に飛び込んできたところに刀を振り下ろすだけです」
おそらく、と言い添える。
「秘剣の名前、『月無し』というのも、考えてみればそのままですね。月の無い夜、つまり真っ暗闇です。何も見えない。そう、魔術による見えない刃。これこそが、セキウンさんの、普通の剣士には授けることのできない、唯一無二の秘剣だったのです」
沈黙。
その後に、おずおずとアオイが手を挙げる。
「あの、その」
「はい?」
しばらく口ごもっていたが、やがて意を決したのかアオイは目を見開いて、
「そもそも、剣聖は目が見えないからそんな魔術を使えないと思うんすけど!」
と誰もが気になりながらも、言えなかったことをとうとう言う。
「……アルルさんは、どうして殺されたと思いますか?」
「は? い、いや、質問に」
「剣聖を殺す動機なら、簡単に思いつく。最強の証明です。自分自身への。俺なんかにはよく分かりませんが、最強を目指す人々ならそれで充分でしょう。しかし、ならばアルルを殺した理由は? この短期間で起きた二つの事件の犯人が別々だとは思えません。しかし、剣聖とアルルさんの両人を殺す同じ動機など想定できない。そもそも、アルルさんが屋敷に来たのだって半分は偶然ですしね。となると、本来は剣聖さえ殺せればいいはずが、突発的にアルルさんを殺さなければならない事情ができた、と見るべきでしょう」
「奴が医者で検死を担当したことを考えれば、当然、死体を調べて何か見つけてしまったことが、その殺される理由になると考えるのが妥当だな」
探偵らしく、マサカドは妥当性の高い説を出してくる。そして、それには俺も完全に同意だ。
「でしょうね。ところが、アルルさんはそれをはっきりと自覚していなかった。ただただ、『違和感がある』と繰り返していただけでした。思えば、それを皆の前で言ってしまっていたのが命取りだったのでしょう。はっきりとどこがおかしいのかを皆の前で言ってしまっていれば、もうアルルさんを殺す意味がなくなっていた。何も気付かなければ、犯人もアルルさんを殺そうなんてそもそも考えなかった。中途半端な状態が、アルルさんがおかしな点にはっきりと気付く前に殺そうという犯人の考えに結びついてしまったのです」
そうして、指を自分の目尻に当てる。
「アルルさんが殺された状況は、とりあえず置いておきます。かなり混沌としていて、運がよければ誰でも密かに殺せて、運が悪ければ誰だろうと露見するような状況でしたから。問題は、目尻からの傷です。アルルさんの指には、何かを引っかいたような痕跡がありました。素直に考えれば、これは自ら目尻を強く引っかいた、と考えられます。なんのためか」
ダイイングメッセージ。俺の元々いた世界にあった、ミステリー小説ではよく出てきていたフレーズだ。
「死んだ後、誰か何かを伝えようとしたのではないでしょうか。犯人の名前でも書き残せればそれでいいのですが、ほぼ即死のためそれをする時間もなく、そして目の前に犯人がいるから名前を書き残したところで消されてしまうでしょう。もっとも、そこまで死までの短い間に考えたかどうかは疑問です。実際のところは、アルルさんは死の寸前、走馬灯のようにこれまでのことが過ぎり、そして襲われる寸前まで頭について離れなかった違和感について、瞬間的に答えに気付いた。だから、反射的にその答えを指し示した。そういうことかもしれません」
「指し示したって、引っかき傷が一体何を?」
唾を飲み込んだライカが喉を鳴らす。
「正確には、引っかき傷ではありません。あれは、犯人が無理矢理に手を動かしたからですよ。おそらく、死ぬ時に、アルルさんは渾身の力を込めて指し示していた。だけれど、それを指し示したままにしているのは犯人にとってまずい。だから、死の瞬間に力んで爪が皮膚にめり込むように指し示していた指を、無理矢理動かした。引っかき傷は、その時のものです」
「なるほど、つまり」
マサカドはいち早く俺の言いたいことに気付いたようだ。
「そうです。アルルさんは、自らの目を指し示した。そしてそれは、何を意味するのか」
俺は自分の目を指し示したままで、全員の顔を見回す。
「これまでの流れから、結論は皆さん予想がついていますね。そう、つまり、剣聖は目が見えたのです」




