推理(1)
「狂人には狂人の論理があるはずです。それを解かなければ、この事件は解決できない」
賢しげに言う探偵に対して、
「馬鹿な」
老人は忌々しげに舌打ちをする。
「狂人の論理だと? そもそも、狂人のものでない論理がこの世にあるものか。誰も彼もが、自分だけが理解できる論理に従っているというのに」
――クァリブル・クァバッタ
『兎の死』より
「地下室までは再現できなかったけど、とりあえず似たような間取りの屋敷を探してきました」
マサカドの伝手で探してもらったイスウの外れにある屋敷。
そこに、俺はいる。その一室、位置関係で言えばかつての道場の遊戯室にあたる場所にある客間だ。
俺の前には、あの事件の関係者が全員揃っている。床の上に直接腰を下ろしているもの、立って佇んでいるもの、まちまちだ。
これも、マサカドに頼んで集めてもらったメンバーだ。
「本当に、似たような、だな」
窓の位置を確認しながら、ヘンヤが呟く。
「どこもかしこも、微妙に間取りが違う」
「さすがに完全にそっくりな場所は見つかりませんでしたよ。だから、できるだけ近い造りで、なおかつすぐに一日くらいなら借りられる場所って条件で探してもらったんです」
「一応、まだ権力らしいものはあるからな。消えるのも時間の問題だが」
相変わらず鎧を着込んだマサカドが不敵に肩をすくめてみせる。
「だが、さすがの俺も、今の状態であんた達全員を呼びつけるなんて真似はできなかった。上の目も厳しい。だから、こっそり手紙を出すくらいしかできなかったが、全員が自発的に来てくれて嬉しいよ。感謝する。特にウーヘイなんて難しかっただろうにな」
「別にマサカドのために集まったわけじゃあないわよ。事件を解決、とか大層なことを書いてあったら、あたしはわざわざ足を運んだの。うっとおしい見張りを撒くためにぐるぐる馬車で回ったりしてまでね」
じろりとライカの横目がマサカドを睨み、
「で、本当に解決するんでしょうね、あの事件。剣聖が、無法者程度に殺されたことにされるなんて、あたし達剣士全員に対しての侮辱よ。解決するなら、是非もないわ」
「けど、ここで真犯人が指摘されるとして、それでどうにかなるんすか? もう、国は一応の犯人を作って、確かつい先日死刑まで執行されたはずっすよ」
アオイの疑問ももっともだ。俺も、一番にそれをマサカドに確認した。
「どうにもならんかもな」
そして、マサカドの答えは俺の時とまるで一緒だった。
「だったら」
「それでも、真相は知りたい。そうじゃないか? 特に、剣士なんて連中は、自分が最強だってことを自分に証明したいだけの自己満足の塊みたいな奴らなんだ。ただ自分が納得できない、真相を知りたい。それで充分だろう」
そう言って見回すマサカドに、誰からも反論は出ない。
「御託はいい」
やがて、相変わらず死にそうな声のスライスが、
「それで、剣聖を殺した犯人は誰だ?」
あまりにも単刀直入に言う。
「俺に聞かれても困るな。事件が解決できるって言い出したのは」
ちらりとマサカドの目が俺に向き、それに連動するようにして全員の視線が俺に集中する。
もちろん、俺は慌てない。想定内だ。
いや、むしろ、ここからが本番だ。いつも通り、名探偵を演じきる。
観客は集まり、舞台も整っている。
さて、では始めるとするか。問題は、話している間に殺されないかどうか、それだけが心配ではあるが。
「今回の事件、一番推理する際に困難だったのは、剣聖セキウンが殺された事実をどう捉えるか、という点でした。これを不可能と考えるか、可能と考えるか。ただ事象だけを考えれば、一人男が殺されただけ。密室でもなければ全員にアリバイがあるわけでもない。誰にでもできる殺人です」
しかし一方、と俺は指を一本立てる。
「殺されたセキウンさんの剣聖という側面を見てみれば、途端にこれは不可能犯罪になります。なにせ、関係者の皆さんが、あの剣聖が殺されることなどありえない、殺すことなど不可能だと誰もが証言している」
反論はない。
「これをどう考えるべきか、つまりどういう立ち位置で推理するかですね。まず、それに迷いました」
「まだるっこしい話だな」
呆れたようにウーヘイが言う。
同感だが、仕方ない。ここをはっきりしないままに推理したからこそ、アオイの推理はぼんやりとしたものになってしまった。
「まあ、ご勘弁を。とにかく、そこの立ち位置を決める方法として、俺は一番簡単な方法をとりました」
「それは?」
多少、トウコが興味深そうな顔をしてくれる。
「皆さんの言うことを、そのまま信じるということです。皆さんが、剣聖が普通に立ち合って殺されたとは信じられないというなら、そう捉えます。剣聖に関しての様々な情報、シミュレーション、感想。全て、一度受け入れようと決めました。郷に入れば郷に従え、というやつです。現に、あの事件の時、あそこには一流以上の剣士、いや剣鬼が集合し、そして秘剣の伝授が行われるということで、一種、外界とは隔絶された異界になっていた気がします。それなら、異界の事件なら、異界のルールに則って推理していくべきです。そのためには、異界の住人の意見を参考にするしかない」
「わしらは異界の住人ですか」
ヒエイは苦笑するが、不快には感じていないようだ。
「実際、門外漢の俺からすれば、よく分からない理屈にこだわり、予想できない力や技術を持つ人達ですからね。正直、今、皆さんの前で推理しているのも怖いですよ」
本心をこぼしながらにっこりと笑う。
「さて、そうなると、根本的な問題があります。皆さんの意見を総合すると、剣聖に対して先をとることはできない。目が見えないゆえの鋭い勘で殺気を感じ取り、どれほどうまく隠そうとも相手よりも先に剣をはしらせる」
全員が無言で頷く。
こんな人間離れした前提に、誰からも反論が出ないというのがもう、剣聖の怪物性を表していると言えるか。
「だというのに、その剣聖を殺せるほどの人間がいたということです。当然、実力を隠していたのでしょう。しかし、どんなに擬態したところで」
「ああ、剣聖は、少なくとも殺気を感じ取った時点で、その実力も見抜くだろう」
ウーヘイが後を引き取る。
「俺もそう思います。いや、実力を見抜ききれなかったところで、少なくともそれまで擬態していたこと、そして実力が未知数なことには思い至るはず。ならば、どうするか? 相手が襲い掛かる寸前、殺気と共にそれを感じ取った剣聖は、何をするか、です」
そう、剣聖は言っていた。
「もしも、私の心眼を欺いていたことが分かったならば、一毛の油断もならない。初太刀で、絶対に殺さなければならない」
そう言っていた。
「秘剣、かなあ」
しばしの沈黙の後、ダイゼンが言う。
「そうです。最初の一撃で、最大の攻撃を繰り出して、絶対に殺す。剣聖は、そうするはずです。ならば、秘剣を使うとしか思えない」
ならば、どうなるのか。
「そうなると、話を素直に考えれば、こういう風になります。剣聖は、殺気を感じ取り、相手を先に殺すべく秘剣を繰り出そうとした。しかし、敗れた。そうなると、敗北のパターンとしては、大きく分けて二つです。つまり、秘剣を何かしらの要因で出せなかった。もう一つは、秘剣を出した上で敗れた」
いつしか、俺の話がどこに行きつくのか全員が薄々と分かっていたようで、全員の視線がヘンヤに向いていた。
「もう、分かりますね、ヘンヤさん。つまり、この事件を解決するためには、秘剣の正体を知ることが必要なんです」
「ひひ」
笑ってヘンヤは応える。
「それで、ああ分かったと俺が秘剣をこの場で説明するとでも思ってるのか」
笑顔の中に、殺気を感じる。まるで爆弾だ。何かをしたらすぐに爆発してもおかしくない。
「その必要はありません。秘剣の正体なら、既に分かっていますから」
俺は、その爆弾に真正面から向き合うようにして、意識して朗らかに言う。




