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剣聖(1)

「あ、窓はちゃんと開けたんだなあ」


 遊戯室を出てダイゼンが開口一番そう言う。


 そうか、窓を全部ダイゼンとヒエイが塞いだって話だったな。ヒエイ以外は皆、遊戯室からそのまま隣の食卓のある部屋に向かったから全然気付かなかった。


「うむ。離れに向かう時に、ついでにな。ただ、セキウン様の部屋だけはそのままにしておいた。セキウン様の指示でな」


「そういや、セキウン様はいっつも分厚いカーテンで自分の部屋の窓を塞いでるもんなあ。むしろ、その状態の方がしっくりくるのかもなあ」


 真っ暗でも、盲目のセキウンにとっては関係ないわけか。


「ところで、あんたぁ、結構緊張してるなあ」


 ダイゼンに振られて、


「はあ、まあ」


 と曖昧に答える。事実、緊張している。


「仕方がない。あのセキウン様の前に立つのは、未だに私でも緊張しますからなあ」


「おいらだってそうだよお。知ってるかあ、俺が昔、セキウン様とゴンザ・ホウオウの戦いを見た時の話は」


「え? いや」


 あの伝説の戦いを、目撃していたのか?


「じゃあ、教えてやるけどよお」


 とダイゼンは事細かに、セキウンがゴンザに挑まれ、そして秘剣で勝った話を歩きながらする。実際に戦いを見たというよりも、戦いの始まる前と終わった後に立ち会ったという話だったが、それでも興味深い話だ。


「刀を鞘に収めようとしたけど、手が震えてなかなか収まらなかったのは今でも夢に見るんだよなあ」


 そう締めくくったダイゼンの目が、ふと通りかかった場所においてある巨大な鏡に寄る。


 地図では目にしたが、こうして実際に見るのは初めてだ。

 巨大な鏡だ。俺の体がすっぽりと映るくらいに大きい。木枠には多少の装飾がしてあるが、全体としてはいたってシンプルな印象だ。

 今、鏡には向かいのドアと歩く俺達が映っている。向かいの扉は、ヒエイの部屋への引き戸だ。


「この鏡、未だに使ってるのかあ?」


「どける理由もないからな。マサカド様の私物だから、マサカド様が撤去なさるなら、別に構わないが」


「ヒエイも、あの小僧に様付けするかあ」


「もう小僧じゃあない。騎士団長にして探偵団長だ。田舎者のお前には分からないかもしれないが、権威には敬意を払わなければな」


「けっ、どうでもいいさあ」


 拗ねたように言ったところで、俺達は辿り着く。

 何の変哲もないドアの前。木製の、引き戸だ。

 だが、その奥に剣聖の部屋があると考えただけで、その引き戸が途端に重く、とても動かせそうにもないように見えてくる。


 ノックをしようとダイゼンが引き戸に近づいたところで、


「ダイゼンか? ダイゼンに、ヒエイか。む、他に一人、誰かいるな。誰だ?」


 部屋から声がする。


 こちらは何の音もたてていないにも関わらず、だ。

 だが、もうそんなことに驚くには異常な出来事に慣れすぎてしまった。ここは化け物級の剣士の巣なのだ。


「ヴァンです」


 一応、答えると、


「ああ、そうか。一度話してみたいとヘンヤに漏らしたな。気を遣われたか。いいぞ、三人とも、入ってくれ」


 そしてダイゼンが引き戸を開けると、中にあるのはほとんど家具も何もない、板張りの小さな部屋だ。

 窓をヒエイの言ったように厚い布で覆っているため、部屋には一切の光がなく、俺達が入って来た入り口からの光でようやく薄暗くだが部屋の様子が見える程度だ。


 その中央で、薄闇の中、剣聖が胡坐をかいている。


「セキウン様、剣です」


 うやうやしく跪いてダイゼンが剣を渡すと、剣聖は無造作に受け取って傍らに置く。


「うむ」


「セキウン様、ご瞑想の邪魔をして申し訳ございません」


 ヒエイが頭を下げると、


「なに、気にするな。それに土産もあるようだしな」


 そうして、静かな顔にあるかなしかの笑みを浮かべる。


「一級の魔術師にして探偵、ヴァン・ホームズ。あの剣術以外には気の利かない弟子が、よくもこんな土産を持ってくるものだ。少し話そう」


「俺なんかでよければ」


 俺達三人が部屋に入ると、途端に部屋が狭くなる。そしてダイゼンが戸を閉めると、部屋はほとんど真っ暗になる。


「お主は強い」


 そして、剣聖は言う。


「直感というものを私は信仰している。ここで言う強さとは、単なる技量の問題ではない。世界を動かす強さというものを、お主は持っている。うらやましいことだ。腕を磨き続け、勝ち続け、この地位と名声を手に入れてようやく、私が手に入れた種類の強さを持っている」


 否定するのもおかしな気がしたので、黙って聞く。


「経験、才覚、覚悟が揃っていなければそんな強さは手に入らない。その若さでよくぞそこまで。まるで、もう一つ人生を持っているかのようだな」


 その言葉に、心臓が跳ね上がる。

 まずい、動揺を悟られる。必死で、内側の荒波を外に出さないように己を律する。


「光栄です」


「ふっ」


 かすかに、剣聖が笑う。


 妙だ。

 暗闇の中、剣聖の気配だけが増大していって、ダイゼンとヒエイの気配がまるで感じなくなっていく。部屋の狭さすら分からない。どこまでも続く暗闇があるだけだ。

 まるで、無限に広がる闇の中、自分一人だけが立ち尽くして、それを闇そのもののセキウンがじっと見つめているような。


「直感を磨いてきた。目が見えないから、残る四つの感覚と第六感を磨いてきたのだ。だから、お主のことは、部屋に入る前、戸の前に立った時点である程度見えた。きっと、鍛えればいい剣士になる。魔術については詳しくないが、イメージを現実のものにするのが魔術であるなら、それは全てに通じる。最高最善の一撃を常にイメージして、我らは剣を振る。それを現実にするために。我が流派は特にな」


「買い被りですよ」


 闇に押しつぶされそうになりながら、両拳を握り締めて何とかそれだけ答える。


「買い被りか。そうだとしたら、お主は私の心眼を欺いたことになるな。恐ろしい相手だ」


 冷たい声。清流のようだ。透き通っていて、冷たく、静かで、そしてどこか恐ろしい。


「人は誰しも、それぞれ心眼を持っている。そして、そのことに気付いた者は、己の心眼で他人を見抜くことと、他人の心眼を欺くことに心血を注ぐ。お主もそうだろう?」


 他人を見抜き、名探偵らしく振舞うことで他人にそう思わせる。

 それが俺のやっていることの全てかもしれない。


「私は己の心眼に絶対の信頼を置いている。もしも、私の心眼を欺いていたことが分かったならば、一毛の油断もならない。初太刀で、絶対に殺さなければならない。そう思わないか?」


「分かりません、俺には」


 やけに疲れた。

 ぼうっとした頭で、熱に浮かされたようになりながら、答える。


「妙だな、見えるようで、見えない。私には想像もつかないような秘密があるのか? まあ、いい。楽しかった。大体は、見切れた」


 戸が開いて、部屋が薄闇になった途端、俺は緊張の糸が途切れて倒れそうになる。


 そこは、何の変哲もない小さな部屋で、目の前には老人が胡坐をかいているだけで、俺の周りにはダイゼンとヒエイがいる。


「さあ、戻るがいい」


「失礼します」


 まだぼんやりとして返事ができない俺を置いて、ダイゼンが部屋を出る。

 そしてヒエイが頭を下げてそれに続く。


 俺は、ただ立っている。


「もう、斬れる。斬りはしないが」


 最後に、そう言ってセキウンはにっこりと笑う。


「さあ、それでは瞑想をさせてもらう」


「あ、はい」


 ふっと我に返って、自分の無防備さに気付いた俺は全身に汗をかく。

 慌てて部屋を出て、急いで戸を閉める。


 戸を閉めてセキウンの姿が見えなくなってからも、俺は汗が止まらない。

 もう、既に斬られているような気分だ。


「落ち着くまで、待ちましょう」


 そう言って、ヒエイがぽんと肩に手を置いてくれる。


 それが、なにより有り難かった。




 平静を装える程度に回復した俺が遊戯室に戻るのには、おそらく三十分程度はかかっただろう。

 戻った俺を、遊戯室で退屈しきった顔のライカ、ヘンヤが出迎える。


 トウコとウーヘイ、スライスは食卓に座ってなにやら話している。


「戻ってきたか」


 スライスが戻ってきた俺達に気付いて、食卓のある部屋から遊戯室に顔を覗かせる。


「もうじき日も沈む時間だし、ご飯食べましょうよ、ご飯。そろそろ早めの夕食にしましょうよ」


「おお、それもいいなあ」


 はしたなくもお腹をさすって空腹をアピールするライカに、ダイゼンが同調する。


「ふむ、確かに、軽くつまんだだけですし、そろそろ夕食にしてもいいですなあ。元々、この屋敷では夕食は早めにするしきたりですし」


「道場は大体そうでしょうね。早寝早起き、体が資本ですから。ナムトではどうなんですか?」


 質問と共にトウコが立ち上がると、ウーヘイも続いて立ち上がって、


「同じだ。夜更かしは体の成長を妨げる」


「師匠は瞑想を始めたばかりだぞ、勝手に夕食をとっていいのか?」


 座ったままスライスが懸念するが、


「セキウン様は、一度瞑想を始めると、もうその日は何も食べないんだよお」


「ええ。逆に食事のお伺いなど、瞑想の邪魔だと叱られてしまうでしょうな」


「そんなものか」


「知らない振りをするなよ、スライス」


 にやりとヘンヤが笑いながら冷たい目をするという器用なことをする。


「人の隙を突くのが大好きなお前が、師匠の基本的な情報を把握してないわけがないだろう。長い付き合いなんだ、今更そんなことで油断してくれないぜ、ひひひひ」


「どうでもいいけど」


 ライカが、遊戯室から食卓の部屋に顔だけを突っ込むようにする。


「ここで全員が食事はさすがに無理ねえ。スペースが足りないわ」


「離れで食べればいいだろお」


 ダイゼンがあっさりと言う。


「どうせ、食材も調理場もあっちにあるんだから」


「離れは逆に食卓がない。全員で輪になって、床に座って食べろということか?」


 嫌なのか、眉をひそめるスライス。


「離れで食べるならそうなってしまいますなあ」


 ヒエイの言葉に、


「私は嫌です。皆さんはそうしてください。私はここの食卓で待っています。ヒエイさん、離れでの食事が終わってからでいいので、食卓に食事を運んでくださいますか?」


 真っ先にトウコが反対する。


 まあ、そうだろうな。

 彼女は床に座って輪になって食べるなんて絶対に嫌だろう。いいところのお嬢様なわけだし、そもそもそういう無作法をするように見えない。


「それならば、俺もここで待とう。まだ、そこまで空腹ではない」


 ウーヘイもそう言う。


 前から思っていたけど、この二人って妙に仲がいいな。

 そんな俺の思いを見透かしたように、


「さすがは元婚約者。息が合ってるな」


 とヘンヤがからかう。


 そうなのか。

 驚いているのは俺だけで、他は全員表情を変えない。いや、俺も驚いているのを表面に出していないから、他の人間も同じように内心では仰天しているのかもしれないが。


 ともかく、トウコとウーヘイを残して俺達は離れに向かうことになる。

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