第46話 「始動」
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承4年(1180年)十一月 上総国 小弓 源義円――
評定の翌日から、俺の日々は書状の山に埋もれた。
上総、下総、常陸、下野南半分。
佐竹を除く諸家すべてが新たな統治に応じる姿勢を見せたのである。
賛同を示した諸将は、既に小弓に居を移す姿勢を示している。
「義円様。これにて領内の石高はおよそ一五万石を超えました。」
金山将家が積み上がった帳面を前に渋い顔をしている。
積み上げられた紙の束は、既に胡座を組む将家の胸の高さまで達していた。
「多いか」
「多いも何も……。
上総一国でさえ、十年かけて整えた仕組みでございますれば。
いきなり四カ国でやれと言われましても。」
その言葉に内心で苦笑する。
(多い、か)
前世で読んだ史料の記憶が脳裏をよぎる。
戦国後期から江戸初期にかけてのこの四カ国
――上総、下総、常陸と下野の南半分だけでも、合わせて百五十万石近くには達していたはずだ。
現状の十五万石など、その十分の一にも満たない。
今はまだ種を蒔く段階に過ぎないが、いずれはそのくらいの収穫量を目指すべきである。
百五十万石という数字は誰にも語れぬまま、俺一人の胸の内に目標としてしまいこんだ。
「一気にやらねば、意味がない」
帳面の一枚を手に取る。
「行方殿の領内だけを試して、他を後回しにすれば行方殿だけが割を食う。
初めから統一された意思の元で試みを行い、当家に参じる者の前提とせねばならん。」
将家は額を押さえた後、小さく息を吐いた。
指の間から、疲れの滲んだ声が漏れる。
「……分かっております。
分かっておりますが、こうも目の前の仕事が一向に減らぬようでは」
「手は増やす。
上総介と、それから千葉からも算勘に明るい者を集めよ」
「上総介様はまだしも、千葉殿も馳せ参じて日が浅い。
素直に人を出してくださるかどうか」
「これからは各自の力を借りるのではない。
有力者はそれなりの権限を与えるが、この四国はそれぞれの国の民ではなく
この源義円が治める民なのだ。その意識は徐々に根付かせねばな。」
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上総介広常のもとを訪ねると、帳面にざっと目を通しただけで即座に頷いた。
「十五万石か。
……儂が最初に義円殿の話を聞いた時より、随分と大きゅうなったものよ」
「広常殿のお力添えがあってこそにございます」
「世辞は不要。
……して、これからは儂等の領内だけでの統治ではなくなろう。
いかに考えておいでかな。」
「まずは上総、千葉領内の算段に明るい者を集め実務に当たらせようかと考えておりまする。」
「それが良いでしょうな。千葉殿にも儂から話しておこう」
「加えて、今後はそれぞれの国の民ではなく我らが統治する国の民であるという意識を根付かせねばなりません。
先立って上総介殿、千葉殿には賛同を示していただきたい。
領内の統治を手放し、私の後見として支給される禄を受け取る仕組みの上で
上総介殿には軍事の責を、千葉殿には新たに従う豪族の取りまとめを担っていただきたく。」
「よかろう、儂からも千葉への口添えは致す。
しかし義円殿。」
「はい」
「義円殿の描く統治は、あまりにも坂東の理から外れておられる。
今後、反対するものが現れることも頭に入れておられねばなりませんな。」
「ご忠告。痛み入りまする。」
――同月 常陸国 行方郡 源義円――
行方郡では、行方成幹が禄請負の帳面作りに取りかかっている。
俺は当初は混乱を招くであろうと、極力各地の豪族の元を回っていた。
忙しない館の一室で、成幹の隣で作業している郎党たちの顔を見渡した。
見覚えのない顔もある。
多気の家に仕えていた者たちだろう。
「働き次第で褒美が出ると聞いた者は、皆この通り精を出しておりまする」
成幹の言葉に、俺は小さく頷いた。
(言葉より、目の前の褒美の方がよほど早く人を動かす)
数日後、下総の匝瑳常成からも報せが届いた。
「義円様。
匝瑳殿の領内でも、禄請負への切り替えが滞りなく進んでおるようでございますな。」
「思ったより早いな」
「早いのには理由がございます。
……上総介殿の直轄領で既に十年余りは取り組んでいたことでございますれば。
傍らで見ていた諸将は、新たに飛びついた諸将と違い、各々迷わず飛びつきました。」
そう語る郎党の言葉に、俺は思わず笑った。
下野南半分からも続々と報せが入る。
北下野の小山家に近い在地領主の何家かは、既に噂を聞きつけ内々に接触を求めてきているという。
ここまでは順調に見える領内改革ではあったが、上がってくる報告は良い報せばかりではなかった。
「義円様。
……常陸の南、下総国境にて反乱まがいの騒ぎが起きましてございます」
将家が、険しい顔で報告してくる。
「詳しく聞かせよ。」
「禄請負に切り替えたところ、これまでの徴収に着服していたものが明るみに出た由。
……着服していた者が己の不正を隠すため、百姓を煽り新たな仕組みそのものが悪いのだと吹聴しておるとのことです」
俺は、しばし黙って考えた。
「吹聴している者の名は」
「印東家の遠縁、確か重成とか申す者にございます」
「印東殿には儂から話す。
……不正を働いた者を庇えば、印東の家そのものにも嫌疑が向けられかねぬ。」
印東頼常自らが重成という男を縛り上げて、俺の前に突き出した。
「義円様。……身内の恥にございますが平にご容赦を」
「その者の処遇は印東殿にお任せする。
……ただ、着服していた米は百姓に返させよ。」
「無論にございます」
(仕組みを敷けば、必ずそれで割を食う者が出る。
……今は大人しいものだが、上総介の言う通り豪族たちが組織だって反乱することもあるだろう。
その者たちがどう暴れるか、常に見ておかねばならぬ)
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燻った火種から教訓を得た俺は、千葉常胤のもとに自ら足を運んだ。
「常胤殿。
此度は上総介と共にいち早く賛同を示していただきましたこと、忝く存じまする。」
「礼には及ばぬ。
……儂には及びもつかぬが、義円殿のお考えは坂東を豊かにされよう。
儂は豊かさが坂東全土に根付くところを、この目で見てみたいだけよ」
「それはまた、大きな望みにございますな」
「大きな望みでなくては、この歳で乱世を戦う甲斐がないわ」
目の前で愉快そうに声を上げて笑う老人に向け、深く頭を下げた。
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