第45話「評定」
引き続き拙作ではございますが、何卒お付き合いいただけますと幸いです。
――治承4年(1180年)十月 上総国 小弓 源義円――
小弓の広間には義円の元に集った諸家の主だった者たちが顔を揃えていた
上総の重臣、天羽秀常、時田為常、匝瑳常成、印東頼常。
先の戦で常陸から降った多気義幹、行方景幹。
常陸との戦いを終え、参陣したばかりの足利義兼。
佐竹の惣領、佐竹隆義。
上総、下総、常陸、下野の南半分。
新たに参陣した豪族たちを含めれば、実に4カ国へと勢力圏は広がっていた。
諸将の上座には、宿老として上総介広常、千葉常胤の二名。
傍らには側近である金山将家。
上総、下総の諸将は例外として
新たに従った者たちは、上座に座る俺を値踏みするような目で見つめている。
(無理もない。目の前の若造が担ぐに値するかは、家の栄達に関わるからな)
血筋だけならば、この場の誰にも引けを取らないだろう。
だが平家全盛のこの世で、源氏の血筋は尊さと表裏一体である。
「本日は、方々に遠路足をお運びいただき忝く思う」
まず深く頭を下げる。上に立つ者から礼を尽くす。
信頼を得るまでは下手に出ざるを得ないだろう。
「早速で悪いが、時田殿」
「はっ」
「上総の年貢帳、昨年のものを皆に見せてくれ」
時田為常が帳面を広げる。
数字がずらりと並んでいるが、常陸の者たちには馴染みのない書式だった。
「行方殿の其方が治める郡、米の獲れ高は二〇〇〇石と聞いておる。
この帳面でいえば、いかに書かれるべきと思われるかな」
行方景幹はしばし帳面を覗き込んだ後、静かに首を振った。
「……恐れながら、書き留めることこそ初めてゆえ」
「まあ無理もない。
上総では十年前から田の一枚一枚を測り、そこからとれる収穫を書き付けておる。
……行方殿、その方の所領の二〇〇〇石とは確かなものであるかな。」
「先代より、代々そう申し伝えられておるのみにございます」
「では、真に二〇〇〇石がとれると確かめたことは」
「……ございませぬ」
匝瑳常成が横から口を挟んだ。
「田は年々広がりましょう。切り開けば増え、夏が寒ければ、はたまた川の水量が変われば減るやもしれませぬ。
数十年前の数字のままというのは、いささか呑気にすぎましょうな。」
「よい常成。呑気で済んでいたのは、これまで誰も咎めなかったからだ」
移していた視線を戻し、行方景幹に向き直る。
「行方殿、無礼を承知で聞きたい。
凶作の年、其方はいかにして年貢を決めておられる」
「……代官の見立てと、儂の裁量によるところが大きゅうございます。」
「つまり決まった基準はない。
豊作なら多く、凶作なら少なく。それも其方の胸先三寸であるということだな。」
景幹は答えなかった。
図星だったのだろう。
「ならば逆を伺おう。
其方に仕える郎党たちは、其方のその胸先三寸を毎年信じて仕えておるのだな」
その問いに、景幹の喉が小さく動いた。
「……それが、古来より武家の習いというものかと存じまする。」
「その通りだ。それこそが俺の変えたいところでもある。」
広間の空気が、僅かに変わった。
「ここにお集まりの諸将にお願いしたい。
土地を一度俺に預けてはもらえぬだろうか。
今の石高分の禄は毎年決まった量、俺と上総家が保証する。
豊作でも凶作でも、各々方の懐に入る量は変わらぬ。
開発によって石高が増えれば、手柄を挙げたものに褒美として加増しよう。」
広間が、静まり返る。
沈黙を破ったのは行方景幹ではなかった。
「義円殿」
佐竹隆義が、静かに口を開いた。
「土地を預けよとは、穏やかならぬお言葉ですな」
その声には先刻までの行方景幹のような動揺はない。
老練な落ち着きある響きがあった。
「佐竹殿にはご不快であったかな」
「……佐竹もまた、新羅三郎義光公より続く源氏の一族。其方と同じ流れを汲む源氏の一門。
こうして馳せ参じたのも、共に平家を打倒し源氏の世をつくらんがため。
それを、一度其方に膝をおれば、土地を手放せと仰せか。」
「佐竹殿。それがし土地を取り上げようなどとは露ほども思っておりませぬ。
武家の皆様が己が土地への強いお気持ちを持たれているとこは百も承知。
……ただ、伺いたい。皆様がもたれる矜持とは土地そのものに命を懸けることでございましょうか。
それとも、その土地を富ませ、子々孫々に残す責めを命懸けで負うことでございましょうか。」
佐竹隆義は目を閉じて考え込む。
「……後者であろうな。だが」
「だが?」
「その責めを其方に預けよと仰せか。佐竹の家名を懸けた責めを他家に委ねよと」
「委ねよとは申しませぬ。現時点で従わぬのであれば佐竹殿の御家については
まずご様子を見ていただくだけで結構。賛同いただいた諸将の領内への試みを眺めていただければ結構。」
佐竹隆義は僅かに目を細めた後、小さく頷いた。
「……儂は、今は見届けるとしよう。それで良いな、行方殿」
「は……。ははっ」
行方景幹は、慌てたように頭を下げた。
「行方殿。改めて伺いたい。
当家に領地をお預けいただくこと承服いただけるか。」
「……恐れながら、一つだけ」
「何なりと」
「先祖代々の土地を荘園の民同然に測られ、その上で禄を頂戴する身になるは
いささか家名に関わるように思われまする。
……武家が、商人働きをするようなものではないかと」
「商人働きとは思わぬ」
俺は、はっきりと答えた。
「武士の生業とは、土地に命を懸けることだと皆思うておられよう。
それは正しくない。武士が果たすべき務めは、土地を豊かにする責めを命懸けで負うこと。
土地そのものにしがみつくことと、その土地を富ませることは違う。」
「……仰せは分かりまする。分かりまするが」
「数字が答えを出しましょう。時田殿」
時田為常が頷いて前に出る。
「三〇〇〇石の獲れ高が三割増しになれば約四〇〇〇石。
行方殿に約束する禄は変わらず三〇〇〇石。
差の一〇〇〇石は、義円様のもと、当家の管理と致しまする。
……それだけ聞けば、損をしていると思われましょう。」
「……その通りにございます。何故それにお乗りせよと。」
「今の行方殿は三〇〇〇石のうち、凶作の年には二〇〇〇石しか取れぬこともございましょう。
ですが当家の仕組みでは、凶作の年でも三〇〇〇石の禄が保証されまする。
……行方殿が失うのは豊作の年の上振れ。
当然、当家の管理となるものではございますが、私腹を肥やすものにあらず
義円様の差配にて、諸将の働きに応じて褒美と致します。」
景幹は、拳を額に押し当てるようにして、思案した。
「……儂の郎党への禄は」
「行方殿が儂より受け取る禄の中から、行方殿のお好きに配っていただいて構いませぬ」
「もし義円様が儂を謀り、禄を出し渋られたら」
「その時は存分に儂を詰っていただいて結構。
その時は、私の言葉を信じて土地を預けた他の家すべてから見限られましょうな。
行方殿お一人を謀る理由がございませぬ。」
景幹は一応納得したようである。
「験すとは、あえて申しませぬ」
俺は、居住まいを正した。
「上総にて十年、この試みに取り組んで参りました。
結果は時田殿が今しがたお示しした通り。
私欲による思いつきではなく、諸将とそこに住まう民を豊かに出来ると約することが出来まする。」
景幹の眉が、僅かに動いた。
「では、何と」
「それがしをお信じいただけるのであれば、三年の時と共にお預けいただきたい。
三年で石高が増えねば、存分に儂を詰っていただいて構いませぬ。
その時は土地も、当地のあり方も諸将にお返しいたす所存。」
一同長く息を止めていたように見えた。
やがて、誰からともなく深く頭を下げた。
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