第5話:初めての「自分時間」
第5話です。
美容に走るのではなく、自分を労わることで「本来の美しさ」を取り戻していく凛さん。
そんな彼女の変化を、一之瀬くんが見逃すはずもありません。
プレゼンは大成功だった。
復元された資料を手に、私が論理的に説明を終えると、役員たちからは惜しみない拍手が送られた。加藤課長が隣で青い顔をしていたけれど、今の私にはそれすら背景のノイズにしか見えなかった。
その夜。私は一之瀬くんに勧められた、小さな贅沢を試していた。
一個五百円もする、琥珀色の入浴剤。
(……五百円。コンビニのお弁当一食分よ? これを溶かして流すなんて、社畜の私には罪悪感で心臓が痛い……! でも、お湯が……お湯がすごくいい匂い……幸せ……)
これまでは、泥のように眠るためだけにシャワーを浴びていた。
でも今は、湯船の中で自分の指先を見つめている。一之瀬くんが「綺麗だ」と言ってくれた、キーボードを叩く私の指。
不思議なことに、疲れきっていたはずの顔が、鏡の中では少しだけ凛として見えた。
翌朝。
出社した私の顔を見て、一之瀬くんがふっと目を細めた。
「……凛さん。昨日はよく眠れましたか?」
「ええ。驚くほど。……教えてくれた入浴剤、すごく良かったわ」
「わかります。今の凛さん、内側から発光してるみたいに綺麗ですから」
(ひえええ! 内側から発光!? 私、ホタルなの!? それともLED!? 褒め言葉の語彙が強すぎて、心臓のバックアップが足りないわよ!)
脳内でいつものようにパニックを起こしていると、一之瀬くんが私の髪に指を滑らせた。
……あ。
職場の同僚が、職場のデスクでやる距離じゃない。
「……一之瀬くん。ここ、会社よ」
「知っています。……でも、今の凛さんを独り占めできないのは、僕の『効率』に反するんです」
彼は私の耳元に唇を寄せ、周囲には聞こえないほど小さな、けれど熱い声で囁いた。
「自分を大切にする凛さんは、僕にとって毒です。……目が離せなくて、仕事にならない」
(……仕事にならないのは、私のほうよ! この確信犯め! 四十歳の心臓を三秒で止めに来てるわね!?)
私を「お局」と呼んでいた周囲の若手たちが、心なしか遠巻きにこちらを伺っている。
でも、そこにあるのは蔑みではなく、見たこともないような「羨望」と「困惑」の眼差しだった。
お読みいただきありがとうございます!
自分を大切にできるようになると、自然と表情も変わりますよね。
そんな凛さんに、一之瀬くんの独占欲がさらに加速しそうです。
次回、第6話。いよいよ「業務効率化」の本当の目的が語られる……?




