第3話:17時のチャイムが聞こえる
第3話です。
ついに「定時退社」という名の冒険が始まります。
社畜生活に慣れすぎた凛さんの、挙動不審すぎる脳内ツッコミをお楽しみください。
午後四時五十五分。
この時間は、大日奈商事における「残業確定のゴング」が鳴る時間だ。
案の定、加藤課長が嫌な笑みを浮かべてこちらへ歩いてくる。その手には分厚いファイル。
「佐藤くん。このデータの照合、悪いけど今日中に……」
(キタキター! 妖怪『今日中に』! 悪かったら自分でやりなさいよ、このマヨネーズ容器! 私の今日の予定は、一之瀬くんと……って、えっ、私、本当に行くの!? デート!?)
私が脳内でパニックを起こし、いつものようにファイルを預かろうと手を伸ばしかけた、その時。
「課長、その件ならもう終わっています。共有フォルダの『緊急』に入れておきました」
一之瀬さんが、私の伸ばした手を優しく、でも力強く引き戻した。
そのまま彼は、私の手首を掴んだまま課長に微笑む。
「……終わっている? 一人でやったのか?」
「いえ、凛……佐藤さんにやり方を教わって、僕が効率化したんです。佐藤さんの指導が素晴らしいので、もうこの部署に、定時を過ぎてまでやる仕事なんてありませんよ」
そして。
校内放送のような、どこか間の抜けたチャイムが響き渡った。十七時だ。
「さあ、行きましょうか。凛さん」
グイ、と手首を引かれる。
私は、まるで誘拐される子供のような足取りで、唖然とする課長を置き去りにしてオフィスを出た。
(待って、待って待って! 階段降りてる! 私、今、会社を出てる! 外がまだ明るい! 太陽が沈んでない時間に外に出るなんて、前世ぶりじゃない!? 街の人がみんなキラキラして見える、何これ、不法投棄された気分!)
エレベーターの鏡に映る私は、髪はボサボサで目は血走っている。
対して隣の彼は、モデルのように涼しげだ。
「……あ、あの、一之瀬さん。私、こんな格好で……恥ずかしいわ。一度家に帰って、せめて顔でも洗ってから……」
「ダメです。今の凛さんが一番綺麗ですから」
(ぎゃあああ! 何その殺し文句! 四十歳の疲れ果てた顔を見て綺麗とか、この子、視力検査した方がいいわよ! 乱視? 乱視なの!? それとも新手の詐欺!?)
「凛さんが自分を嫌いな時間も、僕が全部、好きで上書きします」
一之瀬さんは、エレベーターの壁に私を追い詰めるようにして一歩踏み込んできた。
閉ざされた空間。
十七時の太陽が、彼の瞳を黄金色に染めている。
「……逃がしませんよ。今日は、夜が長いですから」
私の心臓の音が、エレベーターの駆動音よりも大きく響いていた。
お読みいただきありがとうございます!
太陽が出ているうちに退社する背徳感……社畜経験者なら共感いただけるでしょうか(笑)。
一之瀬くんの独占欲も少しずつ見えてきました。
次回、二人の初デート(?)編です。応援よろしくお願いします!




