第1話:社畜の女神、3秒で堕ちる
はじめまして。本作を手に取っていただきありがとうございます。
40代、仕事に命を削る女性が、有能すぎる年下男子に救われ、甘やかされ、そして会社をひっくり返す物語です。
「スカッと」と「キュン」を同時に楽しんでいただければ幸いです。
「佐藤さん。この伝票一千枚、明日の朝までに手入力で集計しておいて。君、独身でしょ? 夜は暇だよね」
肥大した腹を揺らし、加藤課長がデスクに書類の束を叩きつけた。
佐藤凛、四十歳。大日奈商事の営業事務二課、課長代理。
私の仕事は、仕事ができない上司の尻拭いと、マニュアルすら読まない若手のフォロー。そして、この理不尽な残業だ。
(……あああああ! 暇なわけないでしょ! 十二時間労働して帰って寝るだけの生活を暇って呼ぶな、この油だるま! 呪うわよ、その三段腹が全部マヨネーズに変わる呪いをかけてやるからな!)
「……承知いたしました。やっておきます」
脳内で猛烈な罵倒を繰り広げながらも、私の口から出たのは鉄のように無機質な承諾だった。
お局だ、冷徹人間だ、そう呼ばれているのは知っている。でも、私がやらなければこの部署は沈む。それだけが、私のプライドだった。
時刻は午後八時。誰もいなくなったオフィスで、私はひたすら数字を打ち込む。
……ふと、給湯室から物音が聞こえた。
今日から中途採用で入ってきた、一之瀬蓮(三十二歳)。
転職初日から涼しい顔で定時退社したはずの彼が、なぜかそこに立っていた。
「……一之瀬さん? 忘れ物?」
「いえ。コーヒーを淹れに来ただけです。佐藤さん、まだそれやってるんですか」
彼は足音もなく近づき、私のデスクの横に立った。
……近い。
思わず背筋が凍る。普段、男性にこんな距離まで詰められることなんてない。
(えっ、待って。何、このいい匂い。石鹸? それとも香水? っていうか顔がいい。三十二歳ってこんなに発光してるものなの!? 私の四十歳の肌が枯れ木に見えるから近づかないで!)
「手伝いましょうか」
「いいわよ、これは私の仕事だから。……あなたにはまだ難しいし」
「難しい、ですか」
一之瀬さんが、ふっと口角を上げた。
彼は私の椅子を少し後ろに引かせると、身を屈めて私のパソコンを覗き込んできた。
至近距離。彼の吐息が耳にかかる。
「佐藤さん。……それ、僕が組むマクロなら3秒で終わりますよ?」
低い、心地よい低音が耳の奥で跳ねた。
(………………へ!?)
脳内が真っ白になる。
3秒? 私が三時間かけてやる予定のこの苦行が、3秒?
いや、それより距離! 近い! 耳! 私の耳たぶが今、火を噴く勢いで熱いんだけど!?
「顔、真っ赤ですよ。佐藤さん」
「えっ、あ、いや、これは……暖房が……」
「嘘ですね。……可愛い」
(……は!? 今なんて!? 可愛い!? 私が!? 四十歳の社畜が!?)
キーボードを叩く私の指先が、ガタガタと震え出す。
一之瀬さんは、そんな私の動揺を楽しむように、さらに深く身を乗り出してマウスを握った。
私の手に、彼の温かい手が触れる。
「そんなに震えなくても。……僕が全部、終わらせてあげますから」
それが、私の止まっていた人生が、猛スピードで動き出した瞬間だった。
第1話をお読みいただきありがとうございました!
「3秒で終わりますよ」――そんな魔法の言葉、一度は言われてみたいものですね。
これから一之瀬くんによる、甘くて容赦ない業務効率化(と溺愛)が始まります。
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