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第48話 長い廊下だな

○○○


 図書室の謎を解き、開いた扉。その扉を開こうとしているのは、自らをドラゴンと名乗る奇妙な男だった。


 マリは、その背を見つめながら、その男の不思議さの事を考えていた。

 マリ自身が普通ではない、はっきり言って変だと自任しているのだが、それでも、ドラゴンと名乗る彼は自分以上に変だと思うのである。


 ただ、どこが変なのだと言われると、表現に困るのも事実。

 彼は変なのに、思ったよりも普通。そうマリは判断しているのだが、この時点で既におかしいのである。

 例えば、彼の噂を事前に聞いていてそう思うならわかる。会ったのはこれで2回目、会話するのは初めての相手。それまで噂も何も聞いた事のない人物を評するにあたって、『思ったより』という枕詞がつく事自体、普通ではないと思うのだ。


 この印象はきっと、彼の第一印象が最悪なのだと思われた。

 他人を見下した目が大きいのだろうと思う。それは他人が何かを行っている様子を、まるで虫の裏側のグロテスクな部分を見るように、僅かに嫌悪感すら含んだ目で見ているのだ。

 あまりこちらの事に干渉してこない点も、単に興味がないのだと想像すると冷たく感じるし、他人の事などどうでもいいと思っているのだろうなと思って見ると、彼はほとほと最低で、冷徹な男と言えた。


 だが、接してみると少し違った感触がする。

 彼は確かに他人の事を見下しているし、汚いものでも見るかのような目で見るのだが、近づいても嫌がらないし、跳ねのけもしない。

 寧ろどの距離まで近づいていいのか、もう少し離れた方がいいのか、それを測っているような感じすらする。

 

 干渉してこない点も、確かに興味はそれほど無いのかもしれないが、根底に相互理解への自信の無さのようなものが見え隠れする気がするのだ。

 だから、下手に干渉するよりも他人を尊重する事を選んだというような、そう考えると優しいとも言える部分があるように思うのだ。


 冷たいのに優しい男。変なのに普通な男。嫌な奴なのに良い人な男。

 相反するように見えて、見方を変えるだけで姿を変えるその形のないものを色濃く見せる彼は、やはり奇妙な男なのだと思う。


 しかし、それでも決定的にわかる事もある。

 彼は、本質的には他人を必要としていない。

 だから、支え合う事などあり得ないのだ。

 支えてもらう必要がないからこそ、その余裕が誰かを支える原動力となる。けれどそれは、一種歪な力関係でしかない。

 

 一緒に歩く事はできても、一緒に生きるつもりはないとでもいうような、譲歩を感じつつも、彼が定めた一線を超える事を強く否定するような。

 と言って、人間が孤独に生きるという時のような悲壮感などは全くない。

 それはまるで、元から一人で生きる事が普通である生き物のような。


 そんな彼は扉を抜けた先、古い洋館の廊下のような場所を歩いていた。

 マリもその後を追って歩いる。


 洋館の廊下といって、一種異様な場所ではあった。

 その廊下は、所々設置されている燭台によって灯りを得ているが、正直言って薄暗い。壁に目を向けても、窓も無ければ扉も無い。

 先の方を見ても、どれほど長いものなのか、先が暗闇で見えない程であった。


 そんな廊下をただ足音だけが響いている。

 静寂は嫌いではない。だけれど、他人と一緒に居るのに静寂となる、つまり沈黙の時間は、少し気が急く思いになる。

 だからといって思いつく会話も無いため、沈黙に甘んじ、その状況から逃げるように思考の渦に呑まれているのだが。


 ふと、今彼は何を思っているのだろうかという考えが過った。

 考えたところで分かる訳などないし、分かったとて何の意味もないのだが。


(どうせ、この女何もしゃべらないなとか考えてるんだろうな)


 胸中でそんな予想を口走って、自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。

 視線が下に落ちようとする刹那、彼が左右の壁を観察するように視線を這わせるのが見えた。


(……違うか。私なんか、眼中にないよね)


 先程の予想よりも、今回の予想の方がしっくりくる気がした。

 結局、彼は一人なのだ。誰も必要としないのだろう。こうして一緒に歩いていたとしても、彼にとってはどうでもいい事でしかないのだ。


 そう考えると、少し悔しい気もした。自分自身に価値などないとわかっているつもりなのだが、それでも、せめて存在くらいは意識して欲しいと思うのである。

 いや、そんな事を考えるのは、きっと思い上がりなのだろう。家族ですら、一緒に住んでいるのに居ないものとして扱ってきたのだ。

 黒い感情を発散させる時にだけ呼び出され、身体的、精神的な暴力の捌け口にされてきたのだ。


 そう考えれば、勇者がマリ個人を必要とするはずが無かったのかもしれない。

 とうとう自分を必要としてくれる人間が現れたと、有頂天になっていた自分が滑稽でならなかった。


 これが、マリの現実である。現実にありえないような、自分の道を進む老獪で前向きで博識なキャラクターを演じるマリの胸の内は、卑屈で、後ろ向きで、どうしようもないほどに弱かった。


 だから、マリは沈黙を選んだ。

 そうするのが当然だと思えた。


 そんなマリの耳に、奇妙な男。ドラゴンと名乗る彼の声が聞こえる。


「長い廊下だな」


 確かに長い。扉をこえてから結構な距離を歩いてきた気もするが、未だ先は暗闇で果てが見えない。

 しかし、それよりも違和感を感じてマリは胸中で疑問符を浮かべる。


 彼らしくない言葉に思えたのだ。

 それはどういう訳か、確信に近い感情を伴ってマリの胸中に言葉を紡がせた。


(見てわかる事をわざわざ言葉にして言う必要がない。彼ならそう言いそうなのに)


 物思いに耽っていて気付かなかったのだが、彼は顔だけこちらに向けて、じっとこちらを見ている様だった。

 当然の事だが、話しかけられて無視した形になっている事に気付いて、慌てて回答を口にする。


「あ、うん。そうだね──そうじゃな。どこまで続くんじゃろうな!」


 妙に大きくなってしまったその声に、彼は何を納得したのか一つ頷いて、前を向きながら言葉を発する。


「どれだけ続くのかわからない以上、休むという事も考えなくてはならない。疲れていないのか?」


「大丈夫じゃ」


「そうか? 人間は脆弱だからな。マリは魔法を使うくらいだからそこそこ体力はあると思うが」


 魔法使いは近接戦闘では剣士などに劣るため、勘違いされる事が多いのだが、身体能力はかなり高い。

 何故なら、魔力が多いからだ。

 動物は筋肉の働きだけで身体能力としているが、魔物や人間は魔力という力で身体能力をさらに向上させることが出来る。

 例えばドラゴンという種族は膨大な魔力を発生させ、身体能力の殆どを魔力に依存しているため、逆に筋肉があまり発達していないという話を本で見た事がある。


 しかし、そう言えばと思うが、彼は他者に対して殊更「人間」という表現を多用する。

 自分自身もどう見ても人間以外の何物でもないというのに、何故そういった表現をするのだろうか。

 ダンジョンに入る前、まるで自分がドラゴンという種族であるかのような発言をしていたり、名前をドラゴンと名乗っていたりと、おおよそ普通の事ではない。

 といって、彼は確かに人間だ。

 寧ろ、彼ほど人間臭い者が人間でないなど考えられないと言ってもいい。

 もし彼が人間を模した魔物や、それこそドラゴンが人間に擬態した姿だというのなら、ここまで人間臭い性格である説明がつかないとまで思える。


 もしかすると彼の生い立ちに何か秘密があるのかもしれないが、そういった事を聞いても答えてくれるかはわからない。

 寧ろ、機嫌を損ねてしまうかもしれなかった。

 

 しかし、彼の生い立ちに思いを馳せた結果、かねてから思っていた疑問が浮き上がってきた。


「のう、ドラゴン氏。答えにくければよいが、お主はこの国の人間ではないんじゃないか?」


 この問いに、彼は一瞬考える素振りを見せた。

 そして何かを探るように、声を抑えて質問を返してくる。


「どうしてそう思う」


「ああ、いや、ドラゴン氏が使う魔法には魔道具を使う時のような魔法陣が発生するじゃろ? じゃが、魔道具を使っている素振りはない。合ってるかのう?」


「魔道具とやらは知らぬ」


「そうか。この国の魔法使いは大きく分けて2種類じゃ。魔道具を使って魔法を使う者。彼らの事をウォーロックというのじゃが、ダンジョンや遺跡から発掘された魔道具、巻物や杖の形をしたものが多いのじゃが、それらを使う際にはドラゴン氏が魔法を使う時に現れるような魔法陣が発生する」


 マリはぴっと人差し指を立てて、まるで講師のような振る舞いで説明を続ける。


「対して、わしもそうじゃが、血の力、遺伝によって先天的に魔法が使える我々の事をソーサラーというのじゃ。ソーサラーの魔法には魔法陣などは発生しないのじゃ」


「なるほど。では、式はどこで描いているのだ?」


「式? 描く? ……うーむ、ウォーロックであれば何かわかるかもしれぬが、我々ソーサラーは感覚で魔法を行使するのじゃ。だから、特段何かを描くという事は無いのう」


「そうか。質問してもいいか」


「うむ、よいぞ」


「それとこの国の人間ではないと結論付けた事の関連性は何だ」


「本当に、お主どこから来たんじゃ? 魔法が使用できるくらいの教養があるのに、常識的な事を知らぬのはおかしくないか?」


「……そうだな。遠い所から来たのだ」


 彼の目が僅かに泳いだ気がする。気のせいだろうか。

 しかし、別に話してはならない秘密ではないため、マリは彼の疑問に答える事にした。


「ソーサラーが血筋によって先天的に魔法が使用できるという事と繋がるのじゃが、この国の祖である神の血が混じった人間はこのルールとなるのじゃ。ところが、例えば隣の国、アースガルズ王国ではヴァン教の神々の血が国民に流れており、ドラゴン氏のように魔法陣を発生させて魔法を使うと聞く」


「神……しかしなぜ同じ人間であるのにそんな違いが生まれるのだ」


「正確には異種族だという説が濃厚じゃのう。ほれ、エルフと人間は似ているが、別の種族で違いも多いじゃろ?」


「なるほど」


 彼が納得したようなのでこれ以上は言及しないが、エルフの中でもいくつか種類がある。

 例えば、ハイエルフという種族は草食で活動時間は長いが、その活動時間の殆どが食事の時間である。カロリーの全てを草木のみに頼っているために、食べるか寝るかというと極端だが、そう言える程に食事量が多いのである。

 対して、ダークエルフという種族は肉食で、活動時間が短い。

 食べた後はすぐに寝てしまい、なるべくエネルギーを温存しようとする性質がある。

 これは、狩りで食事を得る都合、草木に比べて食事にありつける難易度が高い事が理由とされている。

 獲物が居ないなどの理由で何日も食事にありつけない事もあるそうだ。だから、彼らにとって狩り以外で無駄に出来るエネルギーなど無いのである。


 ハイエルフもダークエルフも、姿に殆ど違いがない。多少肌の色が異なるが、人間も含めて同じ種族の一つに見えなくもないのだが、その生態は大きく異なるのである。

 因みにハイエルフ、ダークエルフ以外にエルフという種族もいるが、彼らは雑食で人間に近い生態である。

 ただし、人間に近いとされるエルフも人間とは大きな違いがある。これは、エルフ、ダークエルフ、ハイエルフという種族が森の住人と言われる所以でもあるのだが、彼らは年老いるとどんどん意識が希薄になっていき、最終的には木になるのである。


 それは死なのか、それとも木として生きていると言えるのか、学者によって見解は様々だ。

 そういう意味で、人間とエルフは死生観からして全く異なる種族といえた。


 それはさておき、マリはこの会話を通じてドラゴンと名乗る彼が、出自について話してくれる事を期待していた。

 こちらから聞くべきではないとは思いつつも、やはり気にはなるのだ。

 だからこそ、彼が自発的に喋ってくれるのが一番形として良いと思う。

 だから、彼の次の言葉を待っていた。


「では」


「では?」


「混血はどうなのだ?」


「むう」


 期待していた話にならず、思わず不服の声が漏れてしまう。

 けれど、心の高揚はある。何故なら他人とこういう議論をした事など、今までの人生で無かったのだ。

 純粋に会話が楽しいと感じているのも事実。

 だから、マリは知っている知識から答える事にした。


「現時点では情報が少なすぎてなんとも言えぬが、どちらか一方だけの特性を引き継ぐという説が有力じゃ。ただ、情報が少ない背景には、わしらの住む国ガルトランドは基本的な立場として他国の人間や文化を否定しておる。まあ、これは宗教的な理由もあって、我が国の祖が絶対神であるという考えが強いからのう」


 マリが少し興奮気味にいうと、ドラゴンは何か思う事でもあるのか、深刻な事でも考えるように黙ってしまった。

 どうしたのだろう。そんな気持ちが口から漏れる。


「どうしたのじゃ?」


「例えばの話だが、あまりに異なる種族が、そのどちらの特性も引き継いだとしたら、どうなると思う」


「うーむ、難しいのう。あまりにも異なるという部分がはっきりせんことにはなんとも言えぬが、普通は生まれる事すらない筈の者が生まれたとしたら、という事かの」


「そうだ」


「だとしたら、残念じゃが成長過程のどこかで無理が出てしまうのではないか?」


「……そうか」


 彼から、重苦しい空気を感じた。

 知り合いにそういった境遇の存在でもいるのだろうか。だとしたら、あまり言いたくないが大人になるまで生きる事が難しいかもしれない。

 ここまでこの話をしたのだ。彼が思い悩む理由を聞くくらいは許されるのではないだろうか。

 そう考えたマリは、「詳しく訳を」と言いかけたが、彼に手で制される。

 足も止めたようなので、どうしたのかと思って訝しんでいると彼は目の前を指さした。


 指の向こう、今まで暗闇で見えなかった廊下の先には、何の変哲もない一枚の扉が見えていた。

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