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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第3章 後継候補編
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鴨族のお披露目会

 まだ暑さの残る9月、鴨族の湖では新族長のお披露目会が開かれていた。

新族長の妻は、カラス族長アヤの実妹であるタヤとあってカラス族からは、先代族長夫婦、族長アヤ夫婦、次姉カヤ、サヤ夫婦が参列している。

 その他にも鴨族の取引先である種族が数多く招待され、とても賑やかだ。

だが、

「ん?なにかしら?」

やたらと賑やかというかうるさいくらいの一角がある。

「え!?」

アヤが驚いた顔になる。

その視線の先にいたのは・・・

紫竜の・・・枇杷亭の旦那と竜紗だ。

これにはカラス族全員が驚いた。どうりで騒ぎになっているはずだ。


なぜ?

鴨族の取引担当ではないはずなのに


「嘘でしょう?紫竜の後継候補筆頭がいらっしゃってる!こんなところでお会いできるなんて!」

どの種族も我先に挨拶しようと群がっている。

そうだろう。カラス族のような紫竜の主要取引先ですら簡単に会える相手ではなくなった。

後継候補の中で唯一跡取りがおり、かつ2児の父になった彼は今や紫竜で族長に次ぐ地位にある。

こんな・・・鴨族ごときのお披露目会に呼べる相手ではないはずなのに。


「あなた、挨拶に行くわよ!」

アヤは慌てて身だしなみを確認すると夫とともに向かう。

枇杷亭の旦那はカラスの取引担当になったが、アヤの夫はまだ会ったことがなかった。

「サヤ!私は夫に知らせてくるわ!ワシ族にとってはまたとない顔繋ぎの機会だから。」

次姉のカヤは夫を探しに飛んでいった。


「お父様、お母様」

着飾ったタヤがやって来た。

「おお!おめでとう。とても綺麗だ。アヤとカヤは紫竜に挨拶にいったよ。」

「あ!よかった。その事をお知らせにきたのです。取引担当の龍灯様が紫竜の事情で参加できないとのことで枇杷亭の旦那様が急きょ代理でいらっしゃったのです。」

「候補筆頭が代理?なんでまた?」

「実は鴨族は昨年から紫竜との取引が拡大しているのです。枇杷亭の奥様はフルーツと花がお好きとのことで、枇杷亭の旦那様が毎月のように奥様へのプレゼントとして最高級品を鴨族から買っておられたら、紫竜のほかの奥様たちも同じものを欲しがって・・・どんどん取引量が増えていきました。

夫はお披露目会そっちのけで枇杷亭の旦那様のお相手をしております。」

「やはりすごいな・・・紫竜における妻の影響は。」サヤの夫が呟いた。

「タヤ様、ほかに枇杷亭の奥様がお好きなものをご存知ありませんか?」夫は食いぎみに尋ねる。

「ふふ、どの種族もそれを知りたくて我先にと枇杷亭の旦那様にご挨拶されているようですよ。」

「そう仰らずに。」夫とタヤの会話を聞くのが辛く、サヤはそっと木陰に移動した。

 夫に悪気はないんだろうけど・・・紫竜の花嫁としてカラス族に何の恩恵ももたらせなかったことを後ろめたく感じてしまう。



「失礼、カラス族のサヤ様ですか?」

不意に声をかけられ、サヤは驚いて声の主を見る。

「はじめまして、ゴリラ族のリーラと申します。」黄色のドレスを着た若い雌ゴリラが頭をさげる。

「あ、はじめまして。カラス族のサヤです。」

サヤも挨拶を返すが、ゴリラが何の用だろう?カラス族とは取引も婚姻関係もないのに・・・

「どうしてお一人でこちらに?」リーラはちらりと父たちの方を見ながら尋ねる。

「木陰で涼みに。もしかしてお邪魔してしまいましたか?」

このゴリラはいつからここにいたのだろう?考え事をしていて全く気づかなかった。

「いいえ。前々からサヤ様とお話したいと思っていたのです。」リーラは作り笑顔をむける。

「え?私と?」

「はい。サヤ様なら私の気持ちをわかって下さると思って・・・」

「はい?」

サヤは意味が分からない。なに、このゴリラ?

「実は・・・」


「なっ・・」

とんでもない話を聞かされた。

「どうか私たちと一緒に。」

リーラは涙ぐみながらサヤをみるが・・・

「お断りします。」サヤは断言した。

「どうして?サヤ様だって随分酷い目に・・・」


サヤだってそう思っていた。

自分だけじゃない。父はサヤの離婚のせいで族長引退を余儀なくされ、新族長である姉は反族長派から今もサヤのことで責められ続けている。

 でも族長補佐として紫竜との取引にも関わるようになってから、サヤはようやく自分の無知と愚かさを知った。

紫竜という生き物について何も分かっていなかった。自分が果たすべき役割についてあまりに無自覚だった。


 次姉も妹も嫁ぎ先で立派に役割を果たしている。同じ鳥族といえども風習も考え方も全く違うのだから、日々苦労の連続だろうに・・・夫の種族のことを学び、妥協点を探り、夫の種族とカラス族双方の利益を求めて動く・・・サヤもそうすべきだった。

 それに元夫のことも全く分かっていなかった。変わり者だが、族長息子という肩書きだけの阿呆ではなかった。

後継候補筆頭としての役割を驚くほど立派に果たし、カモメ族の件では紫竜の威信を守り・・・おそらく元夫は数年以内に族長になるのだろう。

そんな元夫が求めていたのは、できるだけ早く子を産み、紫竜族長の妻として恥ずかしくない振る舞いができる・・・あの人族のような妻だったのだ。



「私はカラス族長の補佐官ですので、今のお話は聞かなかったことにします。」

サヤはそれだけ言うとくるりと踵を返して夫たちの方に戻った。リーラは後ろで何か言っていたが、追いかけては来なかった。

 これでいい。今のサヤが守るべきは、こんなおろかな自分を見捨てなかった家族だ。

自分の中に今だくすぶっている憎しみでカラス族に害を及ぼす訳にはいかない。



「サヤ!どこにいたの?」

族長たちが戻ってきていた。

「ごめんなさい。ちょっと木陰で涼んでたの。」サヤは笑顔をつくる。

「さ、行くわよ。タヤの晴れ舞台なんだから。」

「はい、族長。」

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