熊族の憂うつ
8月のある日、熊族の本家に白猫族の族長夫婦が訪ねてきた。
「鴬亭の奥様に送った手紙が突き返されてきたのです。その上もう手紙は送ってくるなと!どうして鴬亭の旦那様はこんなことを?」
白猫族長は頭を抱えている。
熊の族長は困った顔で妻のレイナを見る。
「姉上から鴬亭のご夫婦にアドバイスなさったそうなのだけど、・・・枇杷亭が介入してきたらしいわ。」
レイナの言葉に白猫夫婦の顔色が変わる。
「枇杷亭というと人族の?もしや我らが今人族と揉めているから、カモメのように我らのことを・・・」
「カモメは枇杷亭の妻に直接手をだしたから族滅させられたのよ。白猫は枇杷亭の奥様とは揉めてないでしょう?ご安心なさい。
なんで枇杷亭が介入してきたのかは不明だけど。
それにしても鴬亭のご夫婦に嫌われた理由に心当たりは?」
「いえ、全く。」白猫族長は即答する。
「いつから奥様と連絡がとれなくなったの?」
「え?いつと申されましても・・・鴬亭の奥様ですから、軽々しく連絡など・・・」
「でも族長殿の同腹の妹君でしょう?ご兄妹仲がとても良いと聞いておりますよ。新年の挨拶文であったり贈り物であったり何かしらのやり取りはされてきたのでしょう?」
「え?いえ、鴬亭の奥様のお眼鏡にかなう贈り物などとても・・・」
白猫族長の様子がおかしい。
「鴬亭の奥様と何があったの?隠し事をなさるならこちらはこれ以上の協力はできませんよ。」
「隠し事など・・・熊の奥様からお聞きではないのですか?鴬亭の姫様がお生まれになる前、鴬亭の旦那様は突然、なんの連絡もなく、白猫族の侍女たちを皆殺しになさったのです。」
「ええ?」
レイナは驚きのあまり大声が出た。
そんな話、姉からは聞いていない。
姉の息子はそんな乱暴者ではないはすだ。孔雀の息子ならいざ知らず・・・
「なんでそんなことを?」
「分かりません。」白猫族長はまた即答する。
「全く心当たりはないのね。わかった、姉上・・・熊の奥様から鴬亭の旦那様夫婦に事情を聞いて頂けないかお願いしてみるわ。」
「族長・・・」
白猫の妻が白猫族長を睨む。
「あ、いえ・・・その・・・」
「なあに?まだ隠し事?」
レイナは嫌な予感がした。白猫族は熊族と長年付き合いのある重要な取引先なのだが、如何せん頭が悪い。
「実は・・・」
「はああ!」
レイナは驚きのあまり立ち上がった。隣の夫は顔を真っ赤にして怒っている。
花嫁をすり替えた?
そして紫竜には即バレた!?
何をしてんの?
「どういうことだ。我が一族と熊の奥様が貴殿の妹君を後妻に推薦したのだぞ。花嫁のすり替えなど、紫竜にけんかを売った上、我が一族の面子を潰す気だったのか?」
熊の族長が凄む。
「い、いえ。そんなつもりは。私の妹はどうにも嫌がりまして、異母妹の方がまだましかと思い・・・」
「そう思うならば、なぜ事前に我が一族に相談しなかった?」
「紫竜に嫁ぐのは嫌だと駄々をこねているなど、熊の奥様にはご不快なお話かと思い・・・」
「ほう、花嫁のすり替えを熊の奥様がお知りになったら、ご不快どころか激怒して何をされるかわからんのにか?」
熊の族長は殴りかからんほどの勢いだ。
「そ、そんなご冗談を!?紫竜は別に気にしませんでしたよ。何のおとがめもありませんでしたし。」
「どこまでバカなのよ!だから鴬亭から絶縁されたんでしょう!ああ、なんてこと!私たちの一族まで共犯だと思われたら!すぐに姉上にお知らせしなきゃ!」
レイナは走って部屋を出ていった。
~紫竜本家~
「はああ!?」
エイナは驚きのあまり大声が出た。
妹のレイナが突然訪ねてきたと思ったらとんでもない話を聞かされた。
「そんなバカな!?白猫族は紫竜に恨みはないと思っていたのに・・・」
「恨みはないようです。実妹を溺愛するあまりと白猫族長は・・・予想以上のバカだったようで。」
妹は恐縮して小さくなっている。
「龍栄からそんな話は・・・まあ、でも、そうね。紫竜がこんな話を妻たちに聞かせるわけがないわ。カモメのように族滅させるなら別だけど。」
「はい。しかし我が一族としてはどうすればよいでしょうか?」
「知った以上はうちとしても動かざるをえないわね。なんてことを!私の息子をバカにした上、熊族の面子も潰して!族長家族の首だけじゃ気がすまないわ!」
エイナは腹立たしくて仕方ない。
なぜ息子はこうも妻に恵まれていないのか!
念願の孫が生まれたことはなんとも喜ばしい。
娘か息子かなどどうでもいい。エイナは最初に生まれた娘も次に生まれた息子も愛している。
息子は今年で30。まだまだ若い。今の妻とは白鳥よりも上手くいっているようだから次の子も十分期待できる。
白鳥の妻は家柄は問題なく、頭もよく作り笑顔も完璧だった。なのに・・・息子に対する憎悪は凄まじかった。なぜあんなに憎んでいたのか今でも分からない。
それに結婚前のエイナのアドバイスを悪用されるなんて予想もしていなかった。
エイナが嫁いだ頃、紫竜の妻が実家に一時帰宅することは珍しくなかった。帰宅を懇願する夫に金銭をねだるために。
中には離婚するために実家に戻る妻もいたが、前者がほとんどだった。
エイナは離婚する気はなかった。金銭も求めていなかった。ただ夫に孔雀との縁談をきっぱり断って欲しかっただけなのに・・・これ幸いとばかりに離婚を望んで実家に戻ったことにされた。
だから白鳥にアドバイスしたのだ。どんなことがあっても夫の巣を出てはいけないと。紫竜の雄は妻を巣から追い出すことができないから、妻から出ていかない限り離婚はできないのだ。
白鳥はそのアドバイスに従った。
だが、それは夫のためではない。子は孵化させない、新しい妻も取らせない・・・子を望む息子に対する最も残酷な嫌がらせだった。
あの白鳥が大人しく実家に戻ったはずがない。竜夢たちが動いたのだろう。だが、エイナもそれでよかったと思っている。
今の白猫の妻を推薦したのはエイナたちだ。白猫族はバカだが熊族の指示には素直に従う。息子の妻もそうだと思っていたのに、実家を大切にせよとのエイナの指示に一度も従わなかった。
白猫族は結束の固い一族のはずなのにとずっと不思議に思っていたが、今回やっとその理由が分かった。
身代わりにされた花嫁からすれば白猫族も熊族もさぞ憎かろう。
幸いなのはニャアの恨みが息子には向いていないことだ。
熊族としては、白猫族に制裁を加えて、花嫁のすり替えにはノータッチだと息子夫婦に説明して・・・それで息子の妻はエイナの言うことを聞くようになるだろうか?
枇杷亭に息子が産まれた影響は想像以上に大きかった。
息子の妻だけではない。若い妻ほどエイナよりも枇杷亭の妻の顔色を伺い、真似をしようとしているようだ。
族長後継候補である龍算と龍灯は卵生の妻と別れて胎生の妻を迎えた。
それにエイナの夫は初孫を溺愛している・・・
孔雀の息子の妻への執着度合いもすさまじく、朱鳳にカモメに・・・妻に少しでも危険が及ぼうものなら、相手が誰であろうと容赦がない。
紫竜が他種族を族滅させるなど100年ぶりらしいが、普段は温厚な息子でさえも反対しなかったようだ。
いや、できなかったのかもしれない。夫と孔雀の息子がやるといえば反対できるものなどいない。
やはり紫竜は恐ろしい。ここまで少子高齢化が進んでいてもたった1日で他種族を族滅させてしまった。
これで乱暴者で短気な孔雀の息子が族長になるようなことがあれば・・・考えるだけでも恐ろしい。
息子には頑張ってもらわねば・・・息子自身のためにも、熊族のためにも・・・
そして何よりも全てを犠牲にしてでも息子を守ろうとした竜帆のためにも。




