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紫竜の花嫁  作者: 秋桜
第25章 芙蓉編
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策士の娘

~水連町~

3月、熊族の補佐官たちも水連町に到着し、芙蓉たちが来る日が決まった。


数日前にショウたちが、ジュウゴが根城にしていた倉庫の天井裏部屋を見つけたけど、ジュウゴの行方は依然として分からない。

 ただ、ここしばらく病院の襲撃も、放火も止まっている。


ショウが天井裏部屋で見つけた小箱と小瓶は北才に調査を頼んだ。

その調査が終わったそうなので、豊は北才の宿に来た。




~北才の宿~


「こちらです。」


北才の側近に案内された部屋には、北才と狼族長、熊族長補佐官が待っていた。


「お待たせしました。司令官の代理で参りました。」


豊は全員と顔見知りなので、もう名乗りはしなかった。


「揃いましたので、私から調査結果を報告します。」


北才はそう言ってテーブルの上に小箱と小瓶を置いた。


「小箱の中身は睡眠ガスです。成分的に人にもきくように改良されたものですね。熊族にも狼族にも効きます。

小瓶の中の液体ですけど、これはアモード花の成分を凝縮した物でした。

紫竜族長の奥様の香水に混入されていた物とおそらく同じ・・・」


「なんだと!?」

叫んだのは熊族長補佐官だ。


「かなりの濃度に濃縮されていますので、同じ物と思われます。」


北才は確信を持った顔だ。


「で、ではジュウゴが混入を!?熊族領に居たのか!?」


熊族長補佐官は怒りで歯軋りしている。



「奥様の注文を受けて作った香水でしたの?」

狼族長が尋ねる。


「・・・いや、違う。注文が来たときにはもう封がされていた。奥様を狙った訳ではないのか?」


熊族長補佐官は少し冷静になったようだ。



「熊族での異物混入に、解放軍は心当たりはあります。ただ、推測の域を出ませんが・・・」


豊は司令官からこの場で伝えるように指示されていた。


「推測でもいい。聞こう。」

熊族長補佐官は身を乗り出してきた。

熊族はかなり切羽詰まっているらしい。


「策士の遺児です。混血獣人ですが、熊の子の姿で生まれてきた。ジュウゴが出産に立ち会っています。」


「はああ!?」


熊族はやはり知らなかったらしい。


「生まれてすぐに策士が隠しましたので、僕らは子どもの行方も生死も分かりません。母親のカバは産後すぐに死にました。ただ、熊の子の姿なので、策士が復讐のために熊族に潜入させているかも・・・裏付けはなにもありません。根拠のない推測です。」


「・・・ありうるな。雌か?それとも雄?」

熊族長補佐官は興味津々だ。


「娘と聞いてますが、熊の子を見た隊員は居ません。ジュウゴの話だけです。

策士はスズランと名付けたそうです。」


「・・・いくつくらいだ?」


「生まれたのは6年ほど前のはずです。」


「まだかなり子どもですね。」

狼族長はそう言うけど、


「いや、熊の姿でも混血獣人の成長スピードは違う。さすがに成獣はしていないと思うが、本家や商家で使用人として働いている可能性はある。」


熊族長補佐官の言うとおりだ。

熊族は混血獣人を含め子どもの売買を禁止しているが、成獣前の子どもが使用人として働いている例は沢山ある。

使用人という名目で、親に売られたり、拐われて働かされている子どもは珍しくないのだ。



「そんな混血獣人の子どもを特定できるのですか?」


「・・・難しい」

熊族長補佐官は悔しそうだ。


「もしも今回の事件が策士の遺児の仕業なら策士の残党がそばにいるはずです。ジュウゴのそばにいる残党と繋がっているかもしれません。」


豊が一番伝えたかったのはこれだ。



「・・・ジュウゴは始末するのだろう。」


「そのつもりです。生け捕りの確約はできません。ですが、ジュウゴのそばにいる策士の残党を熊族が皆殺しにすることまでは、解放軍も、紫竜族長夫妻も望んでいません。」


「今の話は参考程度にはさせてもらおう。」


熊族らしい回答だ。


解放軍としてはジュウゴをなんとしても始末したい。

ジュウゴのそばにいる残党の獣人たちを熊族軍が引き受けてくれるならラッキーだ。




「・・・」


熊族長、狼族長、北の貴族・・・かつては解放軍と敵対し、双方に少なくない犠牲者を出しているのに、こうして肩を並べて協力する日が来るとは!?


ジュウゴの捕獲という利害が一致しているだけではこうはならなかった。


紫竜の、いや芙蓉さんの影響力ゆえだけど、

ジュウゴを捕えた後、解放軍はどうなっていくのだろうか?


司令官も豊ももう顔を知られているけど、芙蓉さんがいる限り、熊も狼も貴族も表だって解放軍を始末しようとはしない?

いや、そんな甘い世界でもないか。



豊はもう解放軍を取り巻く状況の変化についていけない。

だけど、未来の心配は後回しだ。


ジュウゴをおびき出し始末できる機会を逃すわけにはいかないのだから。




「解放軍はどうやってこちらに来る?」

熊族長補佐官が尋ねてきた。


「ジュウゴには解放軍の存在を知られたくないので、当日の朝に5人ほどが荷車に潜んで潜入します。戦闘に特化した隊員です。

司令官は前日に紫竜本家に行き、族長夫妻の馬車に乗る予定です。

紫竜族長が熊族の店に入る時に、司令官は奥様のふりをして一緒に入ります。」



「はああ!?」

熊と狼は驚愕している。


「嘘でしょう!?雌とはいえ同じ馬車に!?妻もいるのに!?」


「族長はかなり葛藤されたみたいですけど、熊族は補佐官以外は作戦を知らない。ジュウゴの監視がいる可能性もあるので、奥様のふりをして店に入る人族が必要なのです。」


「そ、そうだけど!?で、でも解放軍の司令官が!?妻と同じ馬車に!?」



「ありがたいことに、奥様は司令官に一定の信頼を・・・」



「一定どころじゃないでしょ!?あの龍希が許すなんて!?」


熊族長補佐官は絶叫している。

狼族長は信じられないと言わんばかりに首をふっている。



「僕らが奥様に何かしようとしても、族長は防げる自信があるのでしょう。」


豊はそれほど驚くこととは思ってないのだ。

人も龍希には敵わない。



「そういう話ではないわ!紫竜は、妻が家族に面会する時だって自分の巣の中でしか許さないのに、妻の家族でもない人族を同じ馬車に!?」


狼族長の話は初耳だけど、豊はワニ族領からの帰りに族長夫婦の馬車に同乗したことはある。

 この話はできないけど、でも確かに龍希は怖い顔で睨んでいたし、朱鳳のことがあったのでやむを得ない同乗だったのだろう。



「・・・その作戦なら、族長妻が町に来る必要はないのでは?」


「ええ。町に来るのは奥様の希望です。万一、ジュウゴが替え玉に気付いたら、奥様を探し出して狙ってくる可能性もあるので・・・その時は奥様自ら囮役になると・・・」


豊は司令官からそう聞いている。



「・・・分かってるわよね!?この町で奥様が負傷でもされたら、竜の逆鱗にふれて町ごと消されるかもしれないのよ。」



熊が恐ろしいことを言い出したが、狼は否定しない。豊も脅しだとは思えない。



「ええ。僕らにとっても命がけの作戦ですよ。」


「族長妻はどうしてここまで?」


熊は不思議そうだ。



「人の世界の問題で、人の町が現場になるので、人の手で解決できれば、と。」



豊にも芙蓉さんの真意は分からない。


「それにしても異例すぎるわ。妻の種族の問題に、妻自身は介入しないのよ。族長妻なら尚更。

今はもう、貴族も解放軍も族長妻のために動くんだから、人族に任せておけばいいのに!?」


狼族長も疑問に思っていたらしいけど、


「どうして紫竜の妻は自分の種族の問題に介入しないんですか?下手したら種族の族長よりも権力を持っているんですよね?」


豊も疑問だ。



「・・・」

熊と狼は顔を見合わせている。

さすがに豊の言い方は失礼すぎたか!?



「なんというか・・・紫竜の妻は介入したくとも動けないのですよ。

里帰りもできず、家族との面会すら竜の巣で監視付き、手紙はもちろん検閲されます。

夫竜自身は妻の頼みでも妻の種族問題には動かない。

そんな妻がどうやって介入します?」


「え?でも、妻が望めば監視付きでも面会して・・・」


豊は言いながら気づいた


「普通はそんな面会自体が許されないわけですか?」


「当然です。そんな話を妻にしたいなんて言ったら、族長の首が飛ぶ危険すらあります。」


熊は呆れているけど、考えてみればそうかもしれない。


ワニの地下室で龍希たちの妻への執着を、豊は目の当たりにした。

自分の種族の問題に介入することで、妻に危険が及ぶなら、夫竜はそれを排除するのが普通だろう。



「我らや解放軍が信用できないから、奥様自らお出ましになるのでは?」


「ないわね。妻が信用していない人族なら、龍希は妻に近寄らせない。」


北才の懸念を狼族長が否定したけど、



『僕らは人間は紫竜の理解が足りてない。もしかして芙蓉さんは僕たちを龍希から守るために!?』



豊は芙蓉さんとの付き合いは短いけど、そんな気がしてきた。


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