熊族の異物混入事件
~熊族領~
2月の終わり、熊族の一団が熊族本家から出かけていった。
一団を率いるのは熊族長補佐官で、熊族軍の中隊と侍女たちの乗った馬車が続く。
熊族長の命をうけてこれから水連町に向かうのだ。
「補佐官」
熊族長補佐官の側近が話しかけてきた。
「なあに?」
「水連町には狼族長がいるのですか?いいのですか?
紫竜族長夫婦がお越しになるのですよね?」
「仕方ないでしょ。熊族長は本家を離れられないわ。異物混入事件の犯人がまだ見つかってないんだから。」
補佐官は無表情で答えたけど、内心は穏やかではないのだ。
紫竜族長から同じ依頼を受けたらしい狼族は族長自ら水連町に来ているのだから、本当は熊族長にお出まし頂きたかった。
補佐官では、狼族長と渡り合えない。
だけど、オオワシ族に納品した点滴薬に毒物が混入されていた事件から発覚した熊族商品の異物混入事件は拡大しつづけ、取引先からの問合せが殺到しているのだ。
こちらも補佐官たちでは対応できない。
熊族は問題の工場を閉鎖して原因を探っているけど、犯人が全く分からない。
混入規模からして組織的な犯行のようだけど、策士なき今、誰がこんなことを主導しているのか!?
そんな中で、紫竜族長の人族妻に納品した香水瓶にはアモード花が混入していたらしい。
龍緑と龍景の人族妻たちが象族のアモード花入り酒で倒れたことは記憶に新しいので、当然、紫竜と熊族の間で大問題になった。
熊族にとって幸運だったのは、妻たちに被害が出なかったことだ。
族長妻は香水瓶を他の妻にプレゼントしなかった。お茶会の直前に点滴薬の混入事件を知り、北の貴族に香水瓶の調査を依頼したらしい。
そのおかげで、熊族長の首は繋がったけど、今回の依頼は失敗できない。
のに、紫竜族長からの真の依頼は熊族長と補佐官しか知らない。
表向きは補佐官たちは水連町の熊族の店で、紫竜族長夫婦を接待することになっているので、兵士に加えて侍女たちを連れてきた。
だけど、実際には熊の店に入るのは龍希だけで、妻は龍希の補佐官たちが狼族の宿に護送するらしい。
熊の店では人族の解放軍たちがジュウゴという策士の残党をおびき出して狩るらしい。
龍希が人族の、それも解放軍に手を貸すなんて異例だけど、このジュウゴはかつて族長妻を暗殺しようとしたそうだ。
解放軍にジュウゴをおびき出させて龍希自ら始末するつもりだろうか?
何にせよ熊族の仕事は、ジュウゴに人族妻の不在を知られないことと、龍希たちの邪魔をしないことだ。
熊族軍には外の警護をさせるし、熊の侍女たちが、人族妻のそばまで行くことはないので、補佐官が人族妻の不在を軍と侍女たちに悟られないように振る舞わなければならない。
~水連町~
同じ頃、水連町では、ショウは仲間と一緒にとある倉庫に乗り込んでいた。
数日前、ショウたちは豊とともに賭博屋にいたゴロツキたちを捕え、その中にいた定食屋の店主からジュウゴの情報が出てきたのだ。
定食屋の店主は賭博屋でジュウゴと知り合い、利用できそうなゴロツキをジュウゴに紹介する代わりに、報酬をもらっていたらしい。
ショウたちが乗り込んだのは表向きは酒屋の倉庫として使われている建物だ。
すみに倉庫番の控え室として作られた部屋があるが、利用されていなかったそうで、ジュウゴはどこからかその鍵を入手し、定食屋の店主との取引に使っていたらしい。
「テンダ、どうだ?」
協力獣人であるテンダは、控え室内の匂いを嗅いでいるので、ショウは問いかけた。
「ふんふん・・・ジュウゴのにおいする。でもこの部屋だけ、外はもうにおい分からない。」
犬の混血獣人であるテンダが協力獣人の中で一番鼻がきくのでテンダが無理なら、ジュウゴの行方を探るのは無理だ。
「何か残ってないか?」
ショウは部屋を見渡したが、控え室には一組の机と椅子、小さな棚しかない。
「なさそうだな。ジュウゴがここの鍵を入手したルートを探るか」
陶矢は倉庫の持ち主に話を聞きに行った。
「・・・ショウ!こっちにもジュウゴのにおいついてる。」
テンダが指差すのは控え室の壁の上の方だ。
ジュウゴの身長よりも高いのではないだろうか?
「そんな場所に?」
ショウは壁に近付いた。
壁を調べてみたが、隠し扉はなさそうだ。
となると、
ショウは椅子を壁の近くに移動させて、椅子の上に乗った。
ショウの身長でも天井に手が届く。
ガコ
天井の板が一つ外れた。
天井裏にも部屋がありそうだ。
「テンダ、懐中電灯くれ。」
ショウはテンダから懐中電灯を受け取って、口にくわえ、天井裏の部屋によじ登った。
天井裏はあまり広くない。高さも1メートルもないので、ショウは四つん這いになって部屋の中を探した。
「・・・」
残念ながらここも無人だ。
だけど、かたくなったパンと飲みかけの缶ジュースが残されている。
ジュウゴはここに潜んでいたのだ。
コツン
ショウの足に何かあたった。
ショウはゆっくり身体の向きを変えてその何かに手を伸ばした。
小さな箱と、液体の入った小瓶だ。ショウは小箱には見覚えがある。
「テンダ、飛び降りるから避けてくれ。」
ショウは箱と小瓶を片手で持って、床にむかって飛び降りた。
「ショウ!」
ショウがテンダと倉庫から出ると、陶矢がちょうど戻ってきた。
「倉庫の鍵は盗まれたとさ。手がかりはなかった。」
陶矢はがっかりしているが、
「天井裏に部屋があった。ジュウゴだ。こいつが落ちてた。」
ショウは陶矢に小箱と小瓶を差し出した。
「これは・・・睡眠ガスの保管箱か?中にまだある!それにこっちの錠剤は解毒剤か!?」
陶矢は箱を開けて驚いている。
ジュウゴは解放軍を裏切ってから、睡眠ガスを人にも効くように改良した。
解放軍ではその改良睡眠ガスの解毒剤を開発できず、睡眠ガスは脅威となっている。
「司令官に報告だ。」
ショウと陶矢が潜伏先に戻ろうとした時、女が1人、往来から走ってくるのが見えた。
あれは、定食屋の店主の元妻で、ショウのストーカー?をしている八百屋の娘だ。
「・・・陶矢、テンダたちと先に戻ってくれ。」
ショウは1人でその場に残った。
「ショウさん!」
八百屋の娘はショウのもとに走ってきた。
満面の笑みで。
「こんにちは、八百屋のお嬢さん」
「私、お礼を言いたくて!あいつを、元夫をショウさんが捕まえてくれたって!」
八百屋の娘は感動しているけど、
「俺は賭博屋で暴れていたゴロツキたちを捕まえただけですよ。お嬢さんの元夫がいるのは知らなかった。」
ショウは困った顔で答えた。
この娘のためにしたわけではないのだ。
だけど、ジュウゴのことは町民には明かせない。
「いいんです。ショウさんのおかげで、私も両親もやっと安心して暮らせます。」
娘は本当に嬉しそうだ。
「それはよかったです。良縁を見つけて今度こそ幸せになって下さい。」
ショウは営業スマイルで娘に告げて、その場を離れようとしたのだが、
「待って下さい!連れて行ってとは言いません。この町にいる間は・・・お仕事のお邪魔はしませんから、私を妻にしてください」
「・・・」
全く予想していなかった娘からの求婚に、ショウは目を見開くほど驚いた。
「・・・ご冗談を!?
ダメですよ。若い娘さんがこんな流れ者の中年に・・・俺はあなたの人生に責任を持てない。
雪が溶けたら町を出る予定なんです。」
ショウには断る以外の選択肢はない。
黙って町から消えるつもりだったけど、さすがに娘からの求婚を無視するわけにはいかない。
「私は出戻りで、もう若くないです。でも、まだ子どもは生める年齢ですし、この町の実家で働けるので、ショウさんの帰りを待ちながら子育てもできます。」
「・・・お断りですよ。そんなつもりで助けたんじゃない。
俺は犯罪者からも獣人からも恨みを買ってる。俺と一緒になったら、お嬢さんもその家族も殺されるかもしれませんよ。」
ショウの言葉に八百屋の娘は顔をひきつらせた。
こんなことすら想像できない娘はショウに関わるべきではないのだ。
「俺に恩を感じてくれるなら、この町で普通の幸せを見つけてください。
そうしたら俺は、この町のことも、あなたのことも、いい思い出として覚えていられる。」
ショウはもう家族も平穏も望んでいない。
だけど、昔のように復讐のためだけに獣人と戦っているわけでもない。
家族を失った悲しみも、獣人への憎しみも消えたわけではないけど、ショウたちが戦うことで、平和に暮らしている人々の生活を守れるなら、それはショウが命をかける価値のあることだと思っているのだ。
「・・・分かりました。ありがとうございました。本当に、本当にお世話になりました。」
八百屋の娘は目に涙を浮かべながらもう一度ショウに頭をさげると、振り返らずに帰って行った。
理解してくれてよかった。
彼女は1人の町民として幸せになるべきだ。
ショウは少しだけ胸の痛みを感じながら、陶矢のもとに向かった。




