ニャアの悩み
8月、蝉の鳴く暑い中、枇杷亭に来客があった。
竜夢がマンゴーを持って訪ねてきたのだ。
「珍しいな。竜湖と竜紗はどうした?」
龍希は首をかしげる。
龍栄の守番である竜夢が訪ねてくるなんて初めてだ。
「2人は別件で忙しくしておりまして・・・代わりにマンゴーを届けに参りました。それに」竜夢はちらりと龍希の横に座る妻をみる。
「龍希様と奥様にご相談したいことがございまして。」
『また面倒ごとかよ!しかも俺の妻にまで』
龍希は断りたいが・・・竜夢が来たということは龍栄がらみだ。話を聞かざるをえない。
「奥様。初対面で厚かましいお願いに参りまして申し訳ございません。実は鴬亭の奥様のことなのでございます。」
「え?ニャア様?何かあったのですか?」
妻はいつの間にか白猫と仲良くなったようで、話を聞く気満々だ。
竜縁様が転変なさってから白猫族がやたらと奥様に連絡してくるようになりまして。ニャア様はお困りなのです。きっぱりお断りになれば龍栄様が動かれるのですが・・・
大変僭越ながら奥様からニャア様にそうご助言頂けませんでしょうか?
竜夢は恐る恐る妻をみる。
「私がですか?ニャア様とご実家のことに口を挟むのはさすがに・・・」
妻は困った顔になった。
「竜夢から言えば済む話じゃないのか?」
「それが・・・熊の奥様が実家を大事にするようにとニャア様に言ったせいでニャア様は逆らえないのです。」
なるほど。竜夢が下手にでている理由がわかった。あの熊でも龍希の妻と意見が対立すれば動きにくくなると言うわけだ。
「でも、熊の奥様と私が違うことを申し上げれば、尚更ニャア様はお困りになるのでは?」
「いいえ。ニャア様は断る口実ができるのです。族長の妻ということで妻の序列は辛うじて熊の方が上ですが、奥様のご意見となれば熊とてでしゃばることができないはずです。」
「え?どうして?私など・・・」
「族長は龍陽様を溺愛されておりますし、奥様が蔑ろにされたとなれば龍希様が黙っておられませんので、熊族としてもこのお2人を敵には回したくないのです。」
「・・・」
妻は困った顔で龍希を見る。
「俺の妻じゃなくて、龍栄殿から奥様に助言されればいいのでは?」
「ダメなのです。私からもそう申し上げたのですが、奥様のご意向に任せるというだけで。本当にあの方は!いくつになっても意気地無しなんですから!思い切りひっぱたいてやりました!」
竜夢の素がでてきた。
竜湖と同じように口うるさいハバアなのだ。
てか成獣してからも守番から鉄拳をくらってるのか?
「あの・・・ご実家はニャア様がお困りになるような内容のご連絡を?」
妻は恐る恐る尋ねる。
「連絡の内容は私からは・・・」
「はあ!また妻と白・・・奥様で話をさせる気か?」
龍希は竜夢を睨む。
「奥様さえよろしければ・・・ニャア様は本当に困っておいでで。とても見ていられないのです。」
竜夢は手を目元にあてて泣くふりをする。
「あなた・・・」
「う・・・」
愛する妻のお願いは断れない。
5日後、龍希は妻子とともに本家の客間に居た。龍栄家族もいる。
龍希は落ち着かないことこの上ないが、龍栄と2人、廊下で待つよりはましだ。
「ニャア様お元気そうでなによりです。」
「芙蓉様!またお会いできて嬉しいです。」
妻たちは子どもをあやしながら和気あいあいと世間話を始めた。龍栄はいつものようにニコニコと妻の様子をみている。
『大体、こいつがもっとしっかりしてれば・・・』
「そういえば竜縁様がすくすくとお育ちになってニャア様のご家族もお喜びなのでは?」
「え?いえ、それはありません。私は一族の嫌われものですから、私の子どもも嫌われてるはずです。」
龍希は驚きのあまり白猫を凝視してしまった。
そんな言い方はないだろう?龍希と妻、それに竜縁だって聞いているのに。
「え?もしやご実家から何の連絡も・・・お祝い1つないのですか?」
妻は動じることなく会話を続ける。
「族長から連絡はあります。内容は分かりませんが」
「難しい内容なのですか?」
「読んでいないので分からないのです。熊の奥様は手紙を読んで実家に力添えをしなさいと仰るのですが、族長はかつて二度と一族に関わるなとご命じになったので。」
白猫は困った顔をしているが、困っているのはこちらだ。
龍希はあきれてしまった。
「熊の奥様は仰っただけ。でも族長はご命令なさったのでしょう?ならば従うべきはご命令の方ですね。もうお手紙も必要ないと龍栄様とご一緒にお返事されてはいかがです?」
「あ!そうか!熊の奥様はご命令はされてはいませんものね。ありがとうございます!奥様のお話はいつもとても分かりやすいです。」
白猫はぱあっと笑顔になる。作り笑顔には見えないが・・・
『嘘だろう?』
龍希は信じられない。
龍栄の妻は・・・こんなにバカなのか?
「とんでもないです。ニャア様とのお話はいつも楽しくて。あら?ごめんなさい。竜琴が眠そうですわ。お話の続きはまた別の機会に。」
「まあ、では私たちはお暇いたしますね。芙蓉様、またお会いしましょう。」
白猫はご機嫌で夫と娘と一緒に客間を後にした。
龍栄はご機嫌な白猫を見てニコニコしているだけで、最後まで無言だった。
「・・・なあ、芙蓉。白猫はいつもああなのか?」
「素直ないい方なのです。素直すぎるがゆえに周りの方がお困りになることもあるようですが・・・」
妻は苦笑いする。
「なんで龍栄は何もいわないんだ?喜んでる場合じゃないだろう・・・」
「やはりあれは作り笑顔ではないのですか・・・」
「・・・」
龍希は何も答えられなかった。
さすがの龍希でも自分の妻が他の族長後継にあんな話を始めたら、言葉を選べと諌めるのに・・・龍栄夫婦の、いや龍栄の意図が分からない。
ノックの音が聞こえ、竜紗が入ってきた。
「龍希様、奥様。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
竜紗の目の下には濃いくまができ、いつもはきれいにまとめられている髪は無造作に垂らされ、着物にはシワが寄って、明らかに疲れた様子だ。
無理もない。龍灯が意識を失ったままもうすぐ3週間だ。族長から対応を命じられた竜紗は何一つ成果をあげられていない。それに・・・
「竜紗様。お忙しい中、わざわざありがとうございます。あの・・・お疲れのようですが、暑い日が続いておりますのでご自愛くださいませ。」
妻は相変わらず龍希の一族にも敬意と気遣いを忘れない。
なんて最高の妻なのだろう。
龍栄のことはもうどうでもいいや。
「こんなお見苦しい姿で申し訳ありません。お気遣いありがとうございます。暑さのせいで寝苦しく・・・睡眠不足なのです。」
龍灯の件は妻たちには内緒だ。竜紗は予め言い訳を考えていたのだろう。
「それは大変ですね。睡眠薬はさすがに大げさですか?暑い日でも眠りやすくするものならいくつかご紹介できますよ。」
妻は竜紗の言葉を信じたようだ。
「スイミンヤクとはなんですか?」
竜紗は食いぎみに尋ねる。
この女は知識欲の塊だ。知らない言葉を聞くと目の色が変わる。
「ええと強制的に眠らせる薬です。人族では不眠は医者にかからずこの薬で改善するのが一般的なのです。ただしお酒と一緒に飲むと効きすぎるので注意が必要ですが・・・」
「まあ!そんな薬があるのですか!ありがとうございます、奥様。さっそく探してみますわ。そのスイミンヤクを!」
竜紗は目をらんらんとさせて出ていった。
『おいおい、龍灯の件を忘れるなよ!』




