香水瓶の思惑
「・・・私の香水瓶は誰が盗んだんでしょう?これだけは随分昔のことですけど・・・」
「三輪さんは結婚前は芙蓉の侍女をしてたなら、一番疑わしいのは同僚だけど・・・」
カカさんたちのことを知らないユリはそんなことを言うけど、
「いえ、誰もそんなことをするはずが・・・香水が族長から頂いた物であることは皆知ってましたから・・・」
「そっか。にしても三輪さんはすごいわね!?あの族長に気に入られてたなんて。」
「え!?」
三輪は困った顔になった。
「え!?私、変なこと言った?」
ユリは芙蓉に尋ねてきた。
「ううん。私は三輪にとっても助けられてた。でも夫は、使用人には厳しいから、一番最後にきた三輪を信頼していなくて・・・」
芙蓉は言いながらふと疑問がわいてきた。
なのに、なぜ夫は三輪に芙蓉と同じ香水を与えたのだろうか?
三輪が来たことを芙蓉が喜んでいるから、ボーナスだと夫は言っていたけど、他の侍女たちは、あのカカでさえ芙蓉と同じものは与えられていない。
というか、カカの性格的に、侍女が妻と同じ物はダメだと言いそうなのに・・・
「・・・もしかして別の意味があった?」
ユリも同じ疑問を持ったようだけど、
「ユリさん、そんな話より、私は香水瓶を盗んだ犯人のことが知りたくて・・・」
三輪がユリを遮った。
「三輪は知ってたの?夫が香水瓶を贈った本当の理由を?」
芙蓉は知らないけど、わざとこうきいてみた。
「え!?えっと、族長からはボーナスとしか言われませんでしたけど、別の方が教えてくれて・・・」
三輪はやはり知っているらしい。
芙蓉は胸がザワザワしてきたけど、顔には出さなかった。
芙蓉は本当の理由は知らないと言えば、 三輪はきっと教えてくれないだろう。
「窃盗犯のヒントになるかもしれないから、ユリにも教えてあげてくれない?」
「え!?そ、そうですね・・・ごめんなさい、ユリさんにだけ隠すのも変ですもんね。
えっと、言葉選びが難しいですけど、侍女が妻と同じ香水をつけたり、似た着物を着ることもあって、妻に危険が迫った時に、その・・・」
三輪は言葉を濁したけど、芙蓉にはわかってしまった。
背筋が冷たくなる。
「なるほどね。それなら納得だわ。芙蓉と背格好も歳も近いから族長はちょうどいいと思ったわけね。」
ユリにも分かったらしい。
「三輪は最初から分かってたの?」
芙蓉は声が震えた。
今の今まで全く気付かなかった。残酷な夫の意図に。
「ふ、芙蓉さん!?もう昔のことですから、気にしないで下さい。私は最初は分かってなくて・・・たぶんカカさんたちも立場的に言えなくて、それで、こっそり私に教えてくれた方が居たんです。」
「誰?それ?」
龍緑が不機嫌になって三輪に尋ねたけど、三輪はなぜかキョトンとしている。
「え?」
「誰なの?」
「え?忘れたの?あなたでしょ!?」
三輪の回答になぜか龍緑まで驚いている。
「え!?俺?いや、そんなことしてないよ。」
「え?でも・・・」
龍緑は演技には見えないけど、三輪が嘘をついているとも思えない。
「・・・龍景、龍緑は嘘ついてる?
別に今さら族長が怒るとは思えないけど。」
竜礼は不思議そうに龍景に尋ねた。
「いや、龍緑も妻も嘘はついてないですけど、どういうことですか?」
「いつのこと?俺が言ったの?」
「え!?えーと、あなたから直接じゃなくて・・・あの、誰だったかな・・・睡蓮亭の使用人が代わりに教えてくれたのよ。主の立場上、誰にも言わないでくれって言われて・・・」
「え!?三輪は結婚前から睡蓮亭の使用人と知り合いだったの?」
芙蓉は意外に思った。
「えっと、知り合いといいますか、延さんたちが倒れた事件の時に、たまたま・・・確か鳥?の使用人だったような・・・?
ごめんなさい、使用人のことは覚えてなくて、夫が香水に気付いてこっそり警告してくれたってことだけが印象に残ってて・・・」
「俺はそんな命令はしてないよ。本当に睡蓮亭の使用人?」
龍緑には全く心当たりがないらしい。
「うん、それは間違いないわ。その使用人とあなたが一緒にいるところを見たことあったから。」
「じゃあその鳥の使用人が嘘ついてたってこと?」
「そういうことですよね。でもなんでそんな嘘を?」
三輪は困惑しているけど、誰にも分からない。
「龍緑様は分かってて、三輪さんに教えなかったの?」
ユリの問いかけに龍緑は顔をしかめた。
「結婚後はそんな役割させませんけど、結婚前は族長の侍女でしたから、俺が口出しなんてできませんよ。」
「じゃあ、やっぱりその鳥の使用人が独断で三輪さんを守ろうとしたってこと?もしかして、香水瓶を盗んだのも、その鳥かしら?」
ユリが驚くべきことを言い出した。
「え?どうして香水瓶を?」
「だって三輪さんの当時の立場的に危険を知っても香水を使わない選択はできないじゃない?」
「た、確かに・・・でもさすがに・・・あの香水瓶は本家の使用人用の部屋に置いてたので、睡蓮亭の使用人は入れないはずです。」
「じゃあ本家に協力者でもいたんじゃない?それだと辻褄があうわ。今回の芙蓉の帽子の窃盗は本家の使用人だろうし。」
「た、確かに・・・で、でもそれだと今回の窃盗の目的はなんですか?
さすがに私を守るためではないですよね!?」
「逆かも・・・」
芙蓉は思わず呟いた。
「え!?」
皆が不思議そうに芙蓉を見てきたけど、芙蓉はさらに背筋が寒くなっていた。
芙蓉はこれまでの話を聞いていて、自分でも驚いているけど、点と点が繋がった気がした。
「三輪を守るためじゃなく、邪魔だったのかも。匂いのせいで私と三輪の見分けが付かないことが・・・」
「芙蓉さん?どういうことですか?」
「三輪が結婚する前、本家の部屋でアホウドリに殺されかけたり、毒キノコで死にかけたことがあったじゃない!?
あの時はどうして侍女の三輪が狙われたのか分からなかったけど、私を狙う誰かが、同じ香水をつけた三輪を邪魔に思って盗んだなら・・・」
「は!?そ、そういえば、昔はそんなこともありましたけど、で、でも・・・芙蓉さんだって猫に襲われた事件がありましたよね!?」
「あの時は枇杷亭の控え室にいて、三輪は確かそばに居なかったからよ。あの当時も狙われていたのは私だった。そうとしか思えない。
今回もそう。私を狙う獣人は、私の見た目をよく知らないのかもしれない。私の匂いがついた物を、三輪やユリが持ってたら、私と間違うかもしれないから、2人から盗み出したとか?」
「で、でも、なら芙蓉さんの帽子は?芙蓉さんの物を盗み出す必要はないのですよね!?」
「ううん。私の匂いを覚えるために盗んだんじゃないかしら。」
「・・・ありうるかも。前にあの犬も芙蓉と間違えて本家にいた私を襲ったし、黄虎の匂いに騙されて私と間違えて三輪さんを追いかけたし。」
「え!?ユリと三輪を襲った犬って何?」
芙蓉は初耳だ。
だけど、芙蓉以外は驚いていない。
「あ~大丈夫。私は怪我してないから。」
ユリは気まずそうに言うけど、
「私は、ってことは、三輪は怪我したの?」
芙蓉はまたショックを受けた。
「だ、大丈夫です。たいした怪我ではありませんでしたから。もう何年も前のことです。」
三輪はそう言うけど、芙蓉の知らないところでそんな危険な事件が起きていたなんてショックだ。
「奥様の仮説には説得力がありますね。本家の使用人の大半も匂い以外では奥様方の区別はつかないと思います。」
竜礼が話題を戻した。
「でも、2人には今はもう自分の夫の匂いがついているのでは?」
「ここ本家は族長の匂いが強いですから、よほど鼻のいい獣人でなければ、匂いが混ざって区別がつかないことがございます。
ですので、妻の控え室は札の印や色を変えて使用人たちが間違わないようにしているのです。」
「え!?なら、この本家でなら私でも芙蓉のふりできる?」
「ユリ!?身代わりになんてさせないけど!」
芙蓉より先に龍景が止めに入った。
「身代わり?ユリ、何をしようとしてるの?」
「そんな顔しないで。例えばだけど、芙蓉のふりしてジュウゴを誘い出せないかな~って思って。私じゃなくて解放軍の誰かでもいいけど。」
「誘い出す?」
「そう。芙蓉の訪問先にジュウゴは現れたんでしょ?なら、今度は罠にはめてやるの。」
「でも、ジュウゴ自身が本家に来るかしら?」
「う、うーん。そこなのよね・・・」
「あ、あの。もし芙蓉さんの推理が正しいなら、今回の窃盗犯を罠にはめることはできるのでは?
ちょうど、また香水がありますし。」
三輪がいい作戦を思い付いてくれた。




